3話 生命の波動
「生命の……波動……」
「そう。そいつのコントロールだ。お前は生命の波動についてどこまで知ってる?」
言葉自体は美咲から聞いていた。
だがそれが何なのかはよく知らない。
詳しい説明を聞く前に奇術師の襲撃にあったため、結局聞けずじまいになっていた。
「確か……生き物が発している……力みたいな感じのアレで……」
「まぁそうだな。人間に限らず動物や植物、生命のあるものは例外なく生命の波動を発している」
「えっと……それでそれが仮面能力者の戦いにどう関係するんですか?」
「順を追って説明してやるからそう焦んな。いいか、まず俺たち生き物は皆、体の中に生命エネルギーってのが流れている。なんとなくわかると思うが、生命エネルギーは生きるために必要なエネルギーだ。目には見えねぇし機械で計測することもできねぇ。だが確かにそれは存在し体の中を駆け巡っている。ここまではいいか?」
「はい。たぶん」
「じゃあ続けるぞ。生命エネルギーはゼロになった時点で生き物は死んじまうんだ。だから生き物は生命エネルギーがなくならないよう常に体の中で生産している。だがそいつは過剰生産なんだ」
「過剰生産?」
「ああ。例えば普通の人間が一日に消費する生命エネルギーが10だとする。だが体の中で生産される生命エネルギーは一日で50とか100とか……とにかくものすごく多いんだ。ゼロになった瞬間死んじまうからな。簡単に死なないように過剰に生産してるってわけだ」
「使われない分の生命エネルギーはどうなるんですか?」
「これを見ろ」
鳴海は自分が飲んでいたコーヒーを指差した。
「コーヒーがどうかしたんですか?」
零はきょとんとした顔で聞き返した。
「このコーヒーカップにコーヒーを注ぎ続けるとどうなる?」
零は少し考えた後、自信なさげに答えた。
「注ぎ続けたら……いっぱいになって……あふれる?」
「正解。生命エネルギーもこれと同じだ。生産された分は体の中に蓄えられる。だが無限に蓄えておくことはできねぇ。蓄えられるのはカップに入る分のみ。あとはあふれるだけだ。コーヒーがあふれてテーブルに広がっていくのと同じように、生命エネルギーも体の外に放出され周囲に広がっていく。つまり体からあふれ出た生命エネルギーが生命の波動だ。わかったか?」
「はい。なんとなく」
「それでだ。生命の波動は周囲に広がっていくから感知できるようになれば、遠くにいる人間の位置も把握できるわけだ。俺がお前たちの救援に行けたのはそれが理由だ。」
「生命の波動の感知はね、単に人の位置を知るだけじゃなくて戦闘でも役に立つの。死角からの攻撃を避けたり波動から相手の動きを予測したりね。例えばあの奇術師も信五くんの動きをとらえるために波動の感知に集中してたわ」
美咲の補足説明で零にも生命の波動の感知の重要性がだんだんわかってきた。
確かにそれができるかできないかが今後の戦いの生死に大きく影響しそうだ。
「まぁ戦闘中の波動の感知はかなり難しいがな。サッカーやりながら数学のテストを解くようなもんだ」
「私もリキさんも実はあんまり波動の感知は得意じゃないの」
「え、そうなんですか?」
「むしろ得意なやつなんていねぇだろってくらいの難易度だ。……俺は簡単にはこの言葉は使わねぇんだが、波動の感知が得意な奴は間違いなく天才だよ。天才」
「だれか得意な人はいないんですか?」
「うーん、私たちの知ってる人の中だと俊くんとか春ちゃんかな」
「俊は戦闘中の感知はまだまだだな。ただかなり遠い距離まで感知できるからそこは俺より上だな。春は間違いなく天才の部類だ」
「本当はその二人にお願いしたかったんだけど……」
「俊は面倒見のいいタイプじゃねぇし、春は感覚派で気分屋だからな。師匠には向いてねぇだろ」
「リキさん、波多野さんには頼めなかったの?」
「あのジジイは無理に決まってんだろ。頼もうにもそもそも見つからねぇし」
無理無理と鳴海は手を横に振った。
「見つからないって、その人は行方不明なんですか?」
「いや、いる場所はわかる。風我山のどこかだ」
「えっ、山にいるんですか?」
「ああ、仙人みたいなジジイでな。山からまったく下りてこねぇんだ。最後に会ったのももうずいぶん前の話だ。あのジジイの波動の感知はスゲェぞ。なんせあのジジイには攻撃がまったく当たらねぇんだ。なんでそんなに避けられるのか訊いたら、お前さんの波動が全部教えてくれるからって言われたよ。もう予測とかの次元じゃなくて未来予知のレベルだぜ、あのジジイの感知は」
「すごいですね。それは」
「ああ。おまけにあのジジイが本気で隠れるとまず見つからねぇ。普通は仮面能力者が身を隠す場合、自分の発する波動をコントロールして抑えるんだ。敵の感知に引っかからないように波動をできるだけゼロに近づける。だがジジイは違う。ジジイは抑えるじゃなく溶け込ませるんだ」
「溶け込ませる?」
ピンと来ていない零に鳴海は続けて説明した。
「ああ。自分の波動を周りにいる植物とか昆虫とか動物の発する波動に溶け込ませる。まさに自然と一体化するって感じだ。人間離れしすぎててそんなの誰にも真似できねぇがな。そういうわけであのジジイを見つけるのは困難。頼むのは無理ってわけだ。そもそもあのジジイを見つけて捕まえられるレベルなら、奇術師も仮面の殺人鬼もとっくに見つけて始末できてるよ」
「それもそうね」
「さて、話はこれくらいでいいだろ、そろそろ特訓始めるか。ちょうど必要な物も届いたみたいだしな」
「必要な物?」
「こ、こんにちは」
零の後ろから少し緊張したような声が響いた。
零は声のほうに振り向くと小さな女の子が立っていた。身長からして小学校高学年くらいだろうか。
女の子はその小さな体には不釣り合いな大きな革のアタッシュケースを両手で大事そうに持っていた。
赤みをおびた茶色のそのアタッシュケースは少し色あせていて年季を感じさせる。
「は、はじめまして。浅葉沙也加っていいます。お父さんからこれを届けるように言われてきました」
沙也加はアタッシュケースを零に渡すために、右横に持っていたアタッシュケースを胸の前まで持ち上げようとした。
だがその際にアタッシュケースがスカートに当たり一緒にスカートが捲り上がってしまった。
遅れて気づいた沙也加は慌ててスカートを手で押さえ恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「はじめまして。御幸零です」
零は見なかったフリをしてアタッシュケースを受け取りつつ自分も軽く自己紹介を済ませた。
「あの……体はもう大丈夫ですか?」
沙也加はまだ顔を赤らめたまま小さな声で零に質問した。
「零くん、奇術師との戦いのあと君の傷を治してくれたのはこの子だよ」
「え、そうなんですか! こんなに小さい子が……。あ、あのありがとう。沙也加ちゃん。傷跡も残ってないし君のおかげで助かったよ!」
「い、いえ。元気になって良かったです」
「傷を治したのに零くんがなかなか目覚めないから、さやちゃんすごく心配だったんだよね」
沙也加はコクリと頷いて肯定した。
「そうだったんだ。ありがとう。心配してくれて。それでこのカバンには何が入ってるの?」
「えっと......それは私も知らなくて……でもたぶん......」
「開けてみろ、零」
「あ、はい」
鳴海に言われて零はテーブルの上にアタッシュケースを置いた。
ケースを開けようと手を伸ばすとケースの持ち手、その左右にロックがかかっていることに気が付いた。ロックは3桁の数字を入れるダイヤル式だ。
(ロックのかかったアタッシュケース……。中に入ってる物は貴重なものだったりするのかな?)
「沙也加ちゃん、ロックの数字わかる?」
「はい。番号は……」
沙也加が教えてくれた番号にダイヤルを合わせるとロックが解除された。
「じゃあ開けますね」
そう言って零はアタッシュケースをゆっくりと開いた。
「これって……!」
ロックのかかったアタッシュケース。
その中に入っていたのは仮面だった。




