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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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2話 予感

 俺と幼馴染みを車に引かれたような強い衝撃が襲った。

 何が起こったのか頭が追い付かない。

 気がつくと俺の横で幼馴染みは頭から血を流し意識を失っていた。

 俺も遅れて全身に痛みを感じたが、動けないほどではない。

 軽傷だったのは幼馴染みのおかげだった。衝撃がやって来る前、異変にいち早く気づいた彼女が俺をかばってくれたのだ。


 意識のない幼馴染みに向かって俺はわき目もふらず声をかけ続けた。

 

 そんな俺たちに黒く巨大な影が差した。


「なん……だよ……! こいつはッ!?」


 夢でも見ているのかと思った。

 目の前に立っていたのは、見たこともない巨大な化け物。

 とても普通の生き物には思えない。アニメやゲームに出てくるような怪物だ。


「仮面……?」


 巨大な化け物は黒い仮面をつけていた。

 すぐに幼馴染みを抱えて逃げなくては。そう思っても俺は恐怖で動けなかった。

 情けない、幼馴染みは勇敢に俺を守ってくれたというのに。


 仮面の化け物は巨大な拳を握る。

 俺は震える足で何とか立ち上がった。こんな足では人一人抱えて逃げるのは不可能だ。

 一人なら逃げられるかもしれない。だがそんなことはできるはずがない。

 俺は幼馴染みと化け物の間に立って攻撃に備える。

 たぶんあの拳をまともにもらったら助からない。だけどもうこれ以上彼女を傷つけさせるわけにはいかない。

 

 全身に鈍い衝撃が走った。

 ガードに使った腕は痛みを通り越して感覚がない。

 それでも死ななかっただけ奇跡だ。もしも化け物が本気で拳を振るっていたら、俺は間違いなく死んでいた。

 まだ生きていられるのは、化け物が俺の存在など敵とすら認識していなかったからだ。目の前にいる虫を払いのけた程度の認識だったのだ。

 化け物は俺に目もくれず幼馴染みを狙った。俺は再び間に割って入る。次は本当に死ぬかもしれない。

 手加減されてももう耐えられないだろう。無力な自分を呪った。

 『どうか自分を殺して満足してくれ』、『幼馴染みには手を出さないでくれ』、そう強く願った。


 化け物は再び拳を握る。

 腕も上げられなくなった俺にできることはもう何もない。

 これまで体感したことのない死の恐怖が俺の全身を襲っていた。

 それでも目だけは閉じなかった。それが俺にできる最後の抵抗。どれだけ怖くても恐怖にだけは屈しない。


 化け物が拳を振り下ろした。さっきとは違う、今度はきっと全力だ。


「ごめん、帆夏(ほのか)

 

 せっかくの夏祭りなのに嫌な思いをさせてごめん。守れなくてごめん。

 ああ、最悪だ。俺が伝えたかった言葉はこんな言葉じゃなかったのに。


「よく耐えた、坊主。この勝負はその子を守りきったお前の勝ちだ」


 あきらめかけた俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。

 仮面の化け物の巨大な拳を、目の前に突如現れた男が片手で受け止めていたのだ。

 さらに男は軽く地面を蹴ると、弾丸のような速さで仮面の化け物の懐へ飛び込んだ。

 その勢いのまま、反応できない化け物の顔面へと拳を叩きこむ。

 一瞬の出来事だった。

 化け物の仮面は粉々に砕け散った。仮面を失った化け物はその場でボロボロと崩れ去り、塵となった。


 たった一撃。人が敵うとは到底思えなかった化け物を、目の前に現れた謎の男はたった一撃で倒してしまったのだ。

 男は化け物の崩壊を見届けるとこちらへ振り返った。

 暗くて気づかなかったが男は高校の制服を着ていた。

 そして何より驚いたのが、男の顔にもまた化け物と同じように仮面があったことだ。


「その仮面、俺にくれ!」


 助けてくれたお礼よりも先にそんな言葉が出てしまった。

 力の源が仮面であることはすぐにわかった。

 俺は力が欲しかった。無力な自分に耐えられなかった。

 こんな気持ちはもう二度と味わいたくない。幼馴染みを守れる力を何と引き換えにしてでも手に入れたかった。


 俺の言葉を聞いて男は腹を抱えて笑った。


「やらねぇよ。つーか他人に譲れるものでもねぇんだよ。こいつはな」


 男は自分の仮面を指差しながらそう言った。

 それを聞いた俺は落胆した。だが考えてみれば当たり前の話だ。

 あんなすごい力を持っている人間が普通なわけがない。

 目の前にいる男は選ばれた特別な人間なのだろう。特別でない俺が仮面を欲したことは、きっと男の目にはひどく滑稽に映ったに違いない。

 だが続く男の言葉は俺の予想を裏切るものだった。


「坊主、お前にこいつは必要ない。お前はもう持ってるからな」


「えっ?」


「聞こえなかったか? お前はもう仮面を持っている。そう言ったんだ」


「どういう意――」


 そこで俺の視界は揺らいだ。


(待って、まだ答えが聞けてない!)


 そんな想いは届かず、俺は限界を迎え意識を失った。

 

 次に目覚めた時、俺は近くの公園のベンチに座っていた。

 隣には幼馴染みが俺の肩を枕にして静かに眠っていた。

 辺りを探したが助けてくれた男は見当たらなかった。

 不思議なことに俺も幼馴染みもケガが治っていた。傷跡一つ残っていない。

 意識を取り戻した幼馴染みは、襲われたことを何も覚えていないようだった。まるで夢でも見ていたような気分だ。

 

 謎の男のおかげで俺たちは普通の日常へと戻ってくることができた。

 夏祭りの日以来、特に変わったことは起こっていない。

 ただ一つ気になったのは、別のクラスの女の子が夏祭りから行方不明になっていることだ。

 俺たちと同じように仮面の化け物に襲われたのかもしれない。

 でも、もしかしたら……。

 俺はその続きを考えないようにした。

 

 あれから四年が経った。俺はあの人と同じ高校に入学した。

 とっくに卒業しているはずだから会えないことはわかっている。

 高校に入学してすぐ新しい友達もできた。少し変わったやつだけどいいやつなのは間違いない。そして幼馴染みも一緒だ。


 今年も夏祭りの日が近づいてきた。

 この時期になるとどうしてもあの日のことを思い出す。

 俺にはまだあの人がくれた言葉の意味がわからない。

 だけど予感がする。

 あの人と同じ高校、近づく夏祭り、そして街に広まる仮面の噂。

 今年は何かが起きる予感がするのだ。

 

 あの言葉の意味がわかった時、俺はあの日の続きを始められる。

 そうすればきっと思い出せるはずだ、あの時の気持ちを。

 あの時、俺が幼馴染みに伝えたかった言葉が何だったのかを――。

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