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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
29/95

28話 一枚上手

「……この辺りですね」


 奇術師は地面に残された血の痕跡と美咲たちの発する『生命の波動』から彼女たちの場所を割り出していた。

 波動を探知し正確な場所を把握するのは、熟練の仮面能力者でも容易ではない。

 ただここは他に人がいない『影の世界』である。

 追跡を邪魔する他の人間の波動がないため現実の世界よりは感知しやすい。

 

 奇術師は最初に美咲の波動から追跡を始めた。彼女は重症を負っていて波動が荒れているため追跡しやすいと踏んだからだ。

 だが途中で奇術師は美咲の波動を見失うことになる。美咲が波動を制御し自身が発する波動を抑えたからだ。

 相手が波動を抑えている場合、波動の感知の難易度は跳ね上がる。彼女の波動からの追跡はもはや困難なものに変わった。

 そこで奇術師は美咲ではなく、三香の波動を感知し追跡を再開した。

 三香が波動を抑えている様子は一切ない。できないのか、それともやらないだけなのか、それは奇術師にもわからない。

 できるのにやらないとすれば、何か策があってあえて自分の居場所を知らせているのかもしれない。

 ただどんな策があるにしろ、そこに三香がいるという事実は確定した。

 奇術師にとってはそれで充分。

 罠を張っているとしても奇術師からすれば望むところ、警戒する必要はない。むしろ楽しみなくらいだ。堂々と乗り込みどんな罠を仕掛けたか看破し、ねじ伏せる。

 全ての策を突破し、彼女たちの打つ手がなくなった時、二人は奇術師の求めていた表情を晒してくれるはず。

 その瞬間が奇術師にとって今から楽しみで仕方がなかった。


 奇術師は美咲たちの隠れ家を特定し乗り込もうとする。

 だがすぐにその必要はなくなった。奇術師の前方の角から隠れていた三香が姿を現したからだ。


「おや、かくれんぼはもう終わりですか?」


「鬼が来るのがあーんまり遅いから待ちくたびれちゃったのよぉ」


「それは申し訳ありません。では次は何をして遊びましょうか?」


「残念だけど遊びは終わりよぉ。一応あたしたちも未成年だから夜遊びがすぎると叱られちゃうわぁ……だからそろそろ決着をつけましょう」


「……いいでしょう」


 その言葉を皮切りに奇術師対多重人格者、両者の最後の戦いのゴングが鳴った。


 先に動いたのは三香。三香は奇術師に向かって全力で走り出す。


(さっきと違い今度は自分のほうから私に向かってきますか……。あの三香という人格、何かを狙っていますね。氷のお嬢さんの姿が見えないということはおそらく――)


 奇術師が三香の狙いに勘づくころ彼女は目前に迫っていた。

 だが二人が激突する瞬間、三香は後ろに飛んだ。

 それとほぼ同時に足元から冷気を感じた奇術師も三香と同様に後ろに飛び跳ねる。

 二人が衝突するはずだった場所、その地面から氷の柱が天に向かって一気に伸びた。

 そのまま進んでいればお互い氷漬けになっていただろう。


「いるのはわかっていましたよ。氷のお嬢さん」


 奇術師の右横、物陰から美咲が姿を現した。

 再び無理を押して仮面を発現させていた美咲。だが仮面はすぐに消え、崩れるように地面に膝をついた。


「タイミングが早すぎましたね。少年を囮にして私を倒す算段だったのでしょうが、少年ごと攻撃するぐらいでないと私には当てられませんよ」


 奇術師の言葉に対し美咲は悔しそうに顔を歪ませ、諦めの色を浮かべた。


(どうやら最後の力を使い切ったようですね。よくやりました、と言いたいところですが少し拍子抜けですかね。所詮子供の考える策などこの程度ですか。残念です。氷のお嬢さんは戦意喪失、あとは少年にトドメを刺して――)


 そこまで考えて奇術師の頭にある疑念が浮かんだ。


(いや待て。何かおかしい。これまでどれだけ追い詰めようと、その目から光が消えることがなかった氷のお嬢さんがいともたやすく戦意喪失? それにあれだけ体を張って守ろうとした少年を捨て駒にするようなまねを氷のお嬢さんがするだろうか?)


 奇術師の頭には次々と疑念が沸き上がった。


(少年がいない?)


 奇術師が三香から目を離したのは、美咲を横目で確認したわずかな間だった。その間に氷をはさんで奇術師の前方にいるはずの三香が姿を消していた。


(どこへいった?)


 周囲を警戒する奇術師の足元に何かがポタっと落ちた。落ちてきたのは血だった。


「上かッ!」


 奇術師が上を見上げると上空に三香がいた。


(そうか! 先ほどの氷は攻撃のためではない。私が氷のお嬢さんに意識を向けている間に少年が上空に飛んだことを悟られないようにするための壁だったのか!)


「ですが、これで終わりです」


 奇術師がステッキを振ると宙に数十本のナイフが現れる。

 目の前に召喚されたナイフは標的をロックオンしたミサイルのように、一斉に上空にいる三香に向かって進んだ。


「意表を突かれましたが空中では躱すことは不可能。私の勝ちです」


 奇術師が勝利を確信するなか三香は迫りくるナイフに向かって静かに手を伸ばす。


「いいえ、奇術師。私たちの勝ちよ」


「なに!?」


 奇術師の目には信じられない光景が映った。三香が伸ばした手の先から氷の盾が出現しナイフをすべて防ぎきっていた。


「バカな!? 氷のお嬢さんは限界のはず!」


 奇術師は横目で美咲を確認した。美咲は今も地面に膝をついている。そして仮面はつけていない。


(氷のお嬢さんが仮面を発現していないにもかかわらず、氷が形成されているだと!? ということは氷を作ったのは――) 


「まさか! 氷のお嬢さんの能力をコピーしたのか!?」


「ハズレよ。惜しいけど」


「惜しい? ならば、能力はなん――」


 そう言いかけて奇術師は三香の異変に気付いた。


(なんだ……? 姿が揺らいでいる?)


 三香の体は風に吹かれたロウソクの火のように揺らめいていた。揺らぎは次第に大きくなり三香は姿を変えた。そこにいたのは三香ではなく美咲だった。


(そういうことか! 能力をコピーしたのではなく姿を変化させていたのか。だとすればまずい。上にいるのが氷のお嬢さんなら横にいたのは――)


「言ったでしょう。真似が得意だって」


 横で膝をついていたはずの美咲が奇術師の耳元でそう囁いた。正確には美咲に姿を変えていた三香が、である。


「くっ、離れろ!」


 三香が攻撃しようと伸ばした手を奇術師は慌てて振り払う。

 その衝撃で三香も美咲の姿から元の姿に戻った。


 後方への退避を試みる奇術師。だが離した距離を三香は一瞬で詰めた。


「なに!? このスピードは!」


 三香の仮面、蝶の羽を模した黄色の仮面は額にゲージのある青の仮面に変わっていた。


「アクセル」


「逃避の仮面の力か!」


「若いから回復も速いんスよ。また会えて良かったッス。奇術師さん」


 奇術師は戦いを楽しむために『奇術』の使用を控えていた。しかし追い詰められた今となっては話が別だ。

 握るステッキに力を込めて奇術師はそれを振るった。

 だが何も起こらなかった。美咲が最後の力を全て注いで作った氷の矢で『奇術』の発動前にステッキを撃ち落としたからだ。


「今よ! 御幸くん!!」


「最高ッスよ! 倉科先輩!」


 信五も残った力の全てをこの一撃に注いだ。

 これが最後、次はない。全てを出し切る。


「アクセルゥインパクトォォォッ!!」


 加速した信五から放たれた強烈な一撃が奇術師の仮面に炸裂した。

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