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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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26話 真似

 姿が変わったわけではない。だが明らかに信五とは違う存在だということが美咲にも理解できた。


「次はあたしがあなたの相手をしてあげるわぁ」


 左手を腰に置き、片足に体重を乗せ脱力している立ち姿、艶っぽい声色と言葉遣いからその人物は女性を連想させた。


「君は信五と名乗った少年ではありませんね?」


「あたしは三香っていうの。よろしくねぇ、奇術師さん」


「やはり、新たな人格ですか。それも今回は女性の人格とは……驚きましたね」


「理解が早くて助かるわぁ」


「どうやら二重人格というのは正しくなかったようですね。二重どころではない。君は一体あといくつの心を持っているのですか?」


「答える必要はないわよねぇ。でもサービスで少しだけ教えてあげる。零は嫌なことがあると別の人格を作っちゃう癖があるの。だから現在進行形で私たちは増え続けているわぁ」


「多重人格……それも四つや五つ程度ではなさそうですね」


 仮面能力者の戦いにおいて常識に囚われることがあってはならない。

 なぜなら世の理の外で生きる仮面能力者には、常に想像を超える事態がついて回るからだ。

 常識に縛られていては、目まぐるしく変わる世界に対応できなくなる。

 だから美咲はちょっとやそっとのことでは動じないという自信があった。

 だがふたを開けてみればどうだ。まだ出会って間もないこの少年にいったい何度、胸を衝かれただろう。


「御幸くん、君は一体……」


「美咲ちゃん、ありがとねぇ。あたしたちのために戦ってくれたあなたのために、今度はあたしたちがあなたを守るわ」


 三香と名乗った人格は手で顔を覆うと仮面を発現させた。


「……やはりまた違う仮面ですか」


 三香の仮面は半面で色は黄色。仮面の左半分はシンプルなデザインだが右半分は蝶の羽を模した煌びやかな形をしていた。信五と名乗る人格が使っていた仮面とは似ても似つかない。


「新たな人格に新たな仮面……仮面能力もさっきとは別物とみてまず間違いないでしょう。多重人格の仮面能力者ですか――。実質、一人で複数の能力を扱えるというのは厄介ですね」


「厄介……という割にはずいぶんと楽しそうに見えるけどぉ」


「ええ、感謝しますよ。君たちのおかげで今の私はこれまでにないほど心が躍っていますよ。さあ、早く続きを始めましょう!」


「せっかちねぇ。もう少しおしゃべりしましょうよ?」


「それも悪くありませんが、あまり時間を稼がれるとこちらとしては都合が悪いので……そちらが来ないのならこちらから行かせていただきます」


 しびれを切らした奇術師が先に仕掛ける。

 三香は構えもせずにその場から一歩も動かない。ただ気だるそうに迎え撃った。

 奇術師はナイフを投げて軽く牽制した後、ステッキを三香に向けて思いっきり突いた。

 三香はひらりひらりと奇術師の攻撃を回避していく。


「女の子に対していきなり棒で突いてくるなんて、ちょっと乱暴すぎじゃないかしらぁ?」


「先程の人格と違って、あなたからはあまりやる気が感じられませんね」


「戦いってあんまり得意じゃないのよねぇ。まあそんなことも言ってられない状況なわけだし? そろそろこっちからもいかせてもらおうかしらぁ」


 三香はそれまでと一転して積極的に仕掛け始めた。

 隙の少ない短いパンチを奇術師は避け続ける。

 さっきの信五と違って三香は仮面能力でスピードを強化しているわけではない。奇術師が避けるのは簡単なはずだった。


「あっ、今の惜しかったわねぇ」


 三香の拳がわずかに奇術師の仮面をかすめた。

 スピードは信五より遅い。だが三香の拳は奇術師をとらえ始めていた。

 なぜか。理由は単純。三香の攻撃が信五より避けにくいからだ。

 信五の攻撃は速いが、動き自体はまっすぐで読みやすいものだった。

 おまけに奇術師のフェイントにも簡単にひっかかるため、攻撃を誘導することもできた。だか三香は違う。スピードこそないものの一撃、一撃が狙いすましたように、奇術師にとって嫌な部分を攻めてくる。

 フェイントにつられることもない、どころか逆にフェイントを入れてくる。


「人格が変わるとこうも動きが変わるとは……」


 ただ全力でパンチを撃ち続ける信五とはまるで違う。

 全ての攻撃に意味があり、時にはフェイントも入れてくる。

 そしてその全てが本命の一撃を入れるための布石。

 そう三香の動きはまるで――。


「……まさか! 私の動きを!」


「あら、もうバレちゃった? さっき戦いは得意じゃないって言ったけど、真似をするのは得意なのよねぇ、あたし」


「……だが所詮、猿真似。本物の私の動きを超えることはない」


 読みづらかった攻撃も自分の真似をしているとわかれば話は別だ。

 自分だったら次にどう仕掛けるか考えればいい。

 奇術師は三香の攻撃をかわしながら好機を待った。


 そしてすぐにそれはやって来る。ここまで三香の攻撃は奇術師の予測通り。

 三香は完璧に奇術師の動きをトレースしていた。

 次の三香の一撃、奇術師ならばフェイントを入れるタイミングだ。

 三香の攻撃がフェイントだと確信した奇術師は、反撃するために拳に力を込めた。

 三香のフェイントにつられず、奇術師はガードを解き彼女に拳を振るう。

 だが三香のパンチはフェイントなしに、そのまま奇術師にまっすぐ向かってきた。


「なっ!?」


 フェイントだと思い無警戒だった奇術師は、そのまま三香の拳に打ち抜かれ後方へと飛んだ。


「あ、ごめんなさいねぇ。今の一撃だけアンタじゃなくて信五を真似させてもらったわぁ」


 三香はそう言うとすぐに後ろを向き美咲に駆け寄った。


「美咲ちゃん立って、一旦退くわ」


「えっ?」


「あいつが立ち上がる前にさあ、早く!」


 さっきまでのゆったりとした、気だるげな話し方と打って変わって、三香の声は切迫していた。

 三香は美咲の手をとって立ち上がらせると、そのまま奇術師には目もくれずに走り出した。


 奇術師は二人の影を見送りながらゆっくりと立ち上がる。


「逃がしませんよ。私の奇術ショーはまだ終わっていませんから」

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