21話 勇敢と無謀
向かってくる零に対し奇術師はナイフを1本、投擲した。
奇術師は戦闘開始時に初めにナイフを投げることが多い。
これには二つ理由がある。
一つは相手の力量を測るためというのが理由だ。防御するにしろ回避するにしろナイフの対応一つで、ある程度相手の力量が測れるのだ。
さらに仮面能力を使って防いでくれれば儲けものである。
仮面能力者の戦いにおいて先に相手の仮面能力を知ることは大きなアドバンテージである。
その点でいえば最初に美咲と零に同時にナイフを投げたときは大きな収穫だった。
美咲一人なら仮面能力なしでもナイフ1本ぐらい簡単に防げていた。だが彼女は零を守るためにとっさに氷を使って防御した。
つまり最初の時点で奇術師は相手の仮面能力の情報を入手し優位に立っていたのだ。
二つ目の理由は牽制と誘導だ。
ナイフの投擲による攻撃、それによる殺傷能力はそれほど高くはない。
ナイフは相手の動きを制限することに意味があり、本命の攻撃を当てるために相手を特定の位置に誘うのが目的だ。
つまり奇術師にとってナイフによる攻撃は、相手を仕留めるための攻撃ではなくその前の準備のようなものだ。
だがそれは仮面能力者が相手の場合の話である。
今、奇術師の目の前にいる少年は何の力もないただの高校生。
最初のナイフによる攻撃で終わってしまうことも充分あり得た。
だから奇術師は少し手心を加えた。
常人でも回避できるよう加減してナイフを投げたのだ。
最初の一手で終わってしまったらつまらない、ただそれだけの理由だった。
ナイフは零を目がけて真っ直ぐに飛んだ。
ナイフに対しどう対応するか、奇術師は零のとる行動に期待する。
結果を言えば奇術師の期待は裏切られた。
零は回避も防御もできずにナイフをその身に受けた。ナイフは零の左肩の辺りに深く突き刺さる。
奇術師は落胆した。つまらない。これで終わりか。やはり所詮無能力者などこんなものかと。
しかしすぐに奇術師は考えを改めることになる。
零は止まらなかったのだ。ナイフは確かに命中していた。
だが零はナイフが当たってもスピードを緩めることなく何事もなかったかのように走り続けた。
零は回避や防御ができなかったのではない。初めからするつもりがなかったのだ。
常人の零が回避や防御で少しでも歩みを止めていては、いつまでたっても奇術師に近づくことはできない。だから回避や防御を捨て、奇術師が油断しているうちに最短で一気に近づく道を選んだのだ。
「覚悟ができたと言っていたのは、どうやら嘘ではないようですね」
死を恐れぬ零の特攻に奇術師は歓喜した。
奇術師は続けて2本目のナイフ投げた。今度は加減しなかった。
ナイフは零の心臓をロックオンしている。命中すれば死んでもおかしくない。
だがナイフは零に当たらずヒュンと空を切って夜の闇に消えた。
零がナイフを見切ったわけではない。奇術師が的を外したわけでもなかった。
奇術師の狙いは正確だった。当たらなかったのはたまたまだった。
たまたま零が左肩の痛みで態勢を崩したのだ。態勢をくずしたおかげで運よく2本目のナイフを回避できただけだった。
そう、痛みがないわけではない。ナイフは今でも左肩に深く突き刺さったままだ。
だがどれだけ痛もうと態勢を崩そうとも零が止まることはなかった。すぐに態勢を立て直し、奇術師から一瞬たりとも目を切ることなく走り続ける。
奇術師はすぐさま3本目のナイフを構えた。
投げる直前にキンッとナイフが高い音を立てた。それは奇術師の手からナイフが弾かれた音だった。
弾いたのは零ではなく美咲だ。
美咲が自分の足に刺さっていたナイフを引き抜き、奇術師に向かって投げていたのだ。
その隙に零は距離を一気につめる。奇術師はもう目前に迫っていた。
「まさかここまで接近を許すとは……。少々甘く見すぎていたようです。ですが近づいたところで君に何ができる? 身体能力ではるかに劣る上に武器すら持っていない君に!」
「武器ならある。お前がくれた」
美咲のアシストがヒントになった。零にも一つだけ武器があったのだ。
零の左肩に刺さったままになっている奇術師の投げたナイフが。
零はそのナイフを一気に引き抜いた。体に電流が流れるような激しい痛みに顔が歪む。
傷口からはダムが決壊するように、ナイフでせき止められていた血液が一気に噴き出す。
「なに!?」
さらにここで零に幸運が舞い降りた。噴き出した血が奇術師の目に入ったのだ。
血液による目つぶし。狙ってやったわけではない。むしろ狙っていたら回避されていただろう。
ただの偶然だった。偶然だったからこそ奇術師にも読み切れなかったのだ。
美咲と戦っている時ですら見せることはなかった動揺。
奇術師が常に持っていた余裕、それをわずかに崩せただけでも大健闘といえる。
けれどまだそれで終わらない。
目を開けた先で奇術師が見たものは、またしても彼の想像を超えるものだった。
「バカな! 仮面だと!?」
仮面能力者ではない零が仮面をつけているという事実に、さすがの奇術師も驚かずにはいられなかった。
零がつけていたのは、匠からもらった何の力もないただのお面。レインボー仮面のお面だ。奇術師を動揺させるために、服の後ろにはさんで隠し持っていたものだ。
奇術師が冷静なら一目で見破られていただろう。だが零の想像を超えた動きと偶然の血の目つぶしにより、奇術師は冷静な判断力を奪われていた。
零は勇気、幸運、策の三つを積み重ねることで、奇術師の隙を一瞬だけ作り出した。
常人が仮面能力者を倒す、そんなことはありえない。
だが零はありえないはずの奇跡を本気で起こそうとしていた。
自分の命を掛け金にすることで――。




