表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
17/95

16話 影の世界

「影の世界!?」


 仮面能力者や仮面凶蝕者の話だけでも零にとって受け入れ難い事実である。

 その上今いる場所は自分の知っている世界とは違う世界だという。

 その事実は零の許容量を大きく超え、頭はパンク寸前といった感じだった。


「何なんですか影の世界って? 正直、僕には自分たち以外の人間が見当たらないということ以外は普通の世界と変わらないように思えるんですが……」


「私も影の世界が何なのかは詳しくは知らないわ。知っているのは、私たちの世界にあるものは影の世界にもあるということ。人を除いてね。そして私たちの世界と影の世界はリンクしている」


「リンク?」


 美咲はうなずいて説明を続けた。


「例えば、現実の世界で建物が壊れたら影の世界でも壊れる。現実の世界で新しい建物を建てれば影の世界にもできるわ。少し時間差があったりもするけど現実世界で何かが変われば影の世界もまず間違いなく変わると思っていいわ」


 美咲の説明を聞いていると零には一つの疑問が浮かんだ。


「じゃあ逆の場合はどうなりますか?」


 現実世界が変化すると影の世界もそれを真似るように変化する。

 ならば逆の場合はどうだろうか。

 先ほどの美咲と仮面凶蝕者の戦闘で近くの道路や建物は破壊されている。

 現実世界と影の世界が繋がっているなら現実世界にある建物も壊れているのだろうか。影の世界には人がいなくても現実世界にはいる可能性も当然ある。

 考えたくはないが、もし現実世界に影響があるなら壊れた建物の中にいた人は無事では済まないだろう。


「逆の場合は何も起こらないわ。もし影の世界で何かを壊しても現実世界には影響はでない。影の世界はあくまで現実世界の影なの。物が形を変えれば影も同じように形を変えるけど影が先に形を変えることはないでしょ? ちなみに影の世界で壊れたものはしばらくすれば元に戻るの。だから戦うときは現実世界より影の世界のほうが被害を気にしなくていいから都合がいいの」


「なるほど」


「影の世界について私が話せることはこのくらいかな。じゃあそろそろ現実世界に戻りましょうか」


「どうやって戻るんですか?」


「ちょっと待ってね」


 そう言うと美咲は右手で顔を覆い隠す。すると瞬く間に仮面が現れる。

 仮面を発現させた美咲は次に手を前にかざすと、眼前の空間が裂けた。

 城門が開くように縦に裂けた虚空、そこには光の穴が出現していた。


「ここから元の世界に戻れるわ。仮面があれば簡単に現実世界と影の世界を行き来できるの。さあ、早く入って」


 美咲の指示に従い零は恐る恐る光の穴に手を突っ込んだ。

 特に何も異常はないことを確認して覚悟を決めて前進する。


 光の穴を通り抜けると先ほどと何も変わらない光景が広がっていた。

 零の後に続いて美咲も光の穴からするっと出てきた。

 美咲が通り抜けたあと間もなく、光の穴は閉じて消えてしまった。


 本当にこれで元の世界に戻って来られたのだろうか? 

 そんな疑問を察して美咲は零にあそこを見るようにと指を差す。

 美咲が指を差した方向は先ほど美咲と凶蝕者が戦っていた場所だ。

 影の世界では地面は割れ、建物は崩れていたがここではそんな痕跡は一切見当たらなかった。


 半信半疑だったがどうやら自分は本当に別の世界に迷い込んでいたらしい。

 その事実を零は受け入れるしかなかった。

 しかしさっき美咲が作った光の穴に見覚えはなかった。

 零はいつ影の世界に、そしてどうやって迷い込んだのかがわからなかった。


「倉科先輩、さっき仮面があれば現実世界と影の世界を行き来できるって言っていましたよね? それってもしかして仮面凶蝕者もできますか?」


「ええ。できるわ」


(できる、ということは最初に会った仮面凶蝕者が犯人か?)


 仮面凶蝕者が光の穴を作って零を影の世界に放り込んだのか。もしくはその仮面凶蝕者を倒したらしい謎の人物の仕業かもしれない。


 考えても答えはわからない。ともかく脅威は去った。

 死んでいてもおかしくなかった状況から、無事に生き延び元の世界にも戻ってこられたのだ。今はそれで充分だろう。


「さてと、近くに凶蝕者の波動も感じないし、たぶんもう安全だと思うけど一応、家まで送っていくわ。君の家はこの近く?」


「はい、まあ。あ、そうださっきから話に出てくる波動? っていうのが気になるんですが……」


「波動っていうのは『生命の波動』のことで人や動物、命ある者なら誰でも発している――」


 そこまで説明したところで美咲は焦った様子で後ろを振り返った。そして「下がって」と、短く零に指示する。


「先輩?」


 美咲の切迫した声に動揺しつつ零も遅れて後ろを振り返った。


 後ろにはどこから現れたのか一人の男が立っていた。

 深紫色に金の刺繍が施された派手な燕尾服を身に纏い、さらに頭にはシルクハットをかぶっている。

 それだけでも充分すぎるほど怪しいが、さらに目の前の男は仮面をつけていた。

 仮面の右半分はダイヤとハート、左半分はクラブとスペードがそれぞれ描かれている。

 トランプ柄の上で右は歓喜、左は悲哀に満ちた表情を浮かべていた。


 怪しさ満点のこの男が、美咲の仲間という可能性は彼女の反応から即否定されている。

 敵かどうかはまだ確定していないが、危険な存在であることは明白だった。


「こんばんは、今宵は月がきれいですね」


「何か用かしら?」


 美咲は男を警戒しつつ零をかばうように前へ一歩踏み出す。


「そこお嬢さん、研ぎ澄まされ、洗練された良い波動を発していますね。その若さで実に素晴らしい! 」


「あなた、仮面能力者ね。……もしかしてあなたが仮面の殺人鬼だったりするのかしら?」


「殺人鬼? いいえ私は見ての通り奇術師ですよ。仮面能力者のお嬢さん」


「目的は何?」


「大したことではありませんよ。先ほども言ったように私は奇術師。あなた方に私の至高の奇術を堪能していただきたい、ただそれだけですよ」


「……悪いけど今は持ち合わせがないの」


「ご心配なく。代金はいただきません。お代はあなた方の命で支払っていただきます」


 奇術師はそこでチラッと零のほうに視線を移した。

 仮面の奥で怪しく光る瞳と目があった瞬間、零の全身から嫌な汗が噴き出した。

 手足は震え、頭に浮かぶのは明確な死のイメージ。

 ここにいては絶対に助からない、全身がそう叫んでいるようだった。

 奇術師が零に向けて放ったのは攻撃ではなくただの殺気。

 だがそれだけで仮面凶蝕者と遭遇した時とは比べ物にならないほど恐怖に襲われていた。


 零の心は恐怖に支配され体の自由を奪われていた。自分の意志では指一本動かせない。瞬きすらできない。


「ふむ。どうやらそちらの少年はハズレのようですね。変わった波動をしているので期待したのですが」


 奇術師は心底、残念そうに肩を落とした後、素早く腕を振るって美咲と零に何かを投げた。月の光に照らされ鈍く光るそれはナイフだった。

 零は恐怖で身動きできなかった。

 仮に動けたとしても仮面能力者の投げた圧倒的な速度のナイフを、常人の零が回避するのはほぼ不可能だっただろう。

 零は回避も防御もできずただその場に立ち尽くしていた。

 しかしナイフが零の体を刺し貫くことはなかった。代わりに肌を刺したのは冷気だ。

 ナイフは零の眼前に出現した氷によって弾かれていた。


「ほう……これはなんとも美しい」


 【氷華の盾】、美咲が作った氷の華を模した盾に奇術師は感嘆の声をあげた。


「御幸くん、大丈夫?」


 美咲はポンと零の肩に手を置いた。恐怖で身動き一つとれなかった零だがそれがきっかけになり体の自由を取り戻した。


「御幸くん、今すぐ後ろを向いて全力で走りなさい。どこでもいいからどこか遠くへ、決して私たちのほうは振り返らず走りなさい」


「で、でも僕だけ逃げるなんて……」


「心配いらないわ。私は……大丈夫だから」


 その言葉を聞いた瞬間、今の状況は自分が思っているよりずっと深刻だと零は理解した。美咲は大丈夫だと力強く宣言したが、わずかな焦りを隠しきれていなかった。

 それに凶蝕者との戦闘の際には逃げろという指示はしなかった。目の前の奇術師はそれほどの相手なのだろう。


「……ごめんなさい」


 零は後ろを向くと、かき消えそうな声でそう言い残して全力でその場を立ち去った。


「それでいいわ……」


「自分の身を犠牲に少年を逃がしましたか……。能力だけでなく心も美しいようですね」


「犠牲になるつもりなんてないわ。あなたは私が倒すもの」


「美しいだけでなく強さも持ち合わせていましたか。……お嬢さんどうやらあなたは私が奇術を披露するのにふさわしい相手のようですね。邪魔が入らないように場所を変えましょう」


 ポンと音が鳴ると奇術師の手に黒のステッキが現れた。

 奇術師は慣れた手つきでステッキを振るう。

 するとステッキの先に光の穴が出現した。影の世界への扉だ。


「このほうがあなたにとっても都合がいいでしょう?」


 現実世界で戦えば少なからず被害がでる。誰かに目撃されるリスクもある。

 万が一、零が戻ってきてしまっても影の世界の扉は開けられないから問題ない。

 美咲は奇術師の提案に同意した。


 二人が光の穴に飛び込むとそこには誰もいなくなった。


 物陰から全てを見ていた者を除いて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ