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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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12話 帰り道にて

 夜というのは不思議だ。同じ場所なのに夜というだけで、昼とは別世界のように感じられる。

 夜に街を歩くと昼と違ってなんだか少しドキドキする。


 零は夜が好きだった。

 小さい頃、夜は怖いものと認識し嫌っていたが、夜が心に安らぎを与えてくれることを知ってからは好きになった。

 特に田舎の夜は良い。都会なら夜でもにぎやかだろうが田舎は静かなもので、昼にざわついた心を落ち着かせてくれる。


 誰もいない夜の道を独りで歩いていると、世界に自分しかいなくなったような錯覚がする。寂しいようでほっとする。

 もう誰にも傷つけられないし、傷つけることもないから。


 こんなことを考えてしまうのもきっと夜の力だ。夜は人を感傷的にさせる。

 いつもは考えないようなことも考えてしまう。けれどいつもは気づかないことにも気づかせてくれる。

 答えを探すならきっと夜が良い。


 夜に街を独りで歩くのは、自分の気持ちを整理するのに役に立つ。

 特に今日はいろいろあった。ありすぎたくらいだ。

 頭には次々と考え事が押し寄せ、たくさんの感情が胸からこぼれそうになる。

 打ち寄せる感情の津波もこの静かな夜なら溺れることもきっとない。

 落ち着いて自分の心に対処ができるだろう。


「ここどこ?」


 夜を味方につけていたと思っていたがどうやら今は違うようだ。昼ならば考え事をしていても迷うことはなかっただろう。


 気が付いたら迷子になっていた。零は高校からこの街で暮らし始めていて既に3か月が経過している。

 だが普段から零は通学以外ではあまり外出することがないため、道に詳しくない。

 頼りのスマホアプリの地図もスマホの充電が切れているため役に立たなかった。


 自分の家がある方角に歩いていたら住宅街に入り込み今に至る。似たような家ばかりで特に目印のようなものはない。

 何回か行き止まりに直面し戻って角を曲がる、というのを繰り返していたら方向もよくわからなくなってしまった。

 とにかくこの住宅街を抜けてなにか目印になるものを探そうと零は辺りをさまよっていた。


 どれぐらいさまよっただろうか? 

 時間はいつもスマホで確認していて腕時計もつけていないから時間もわからない。

 既に祭りが終わってから結構な時間が経過している。

 少し前までは自分と同じように、祭りから帰る途中の人もちらほら見受けられたが今は自分以外誰も見当たらない。

 民家の明かりも消えている家のほうが多くなってきていた。


 伯父母には遅くなるとは伝えてあるがあまり心配させるわけにもいかない。

 連絡なしでいつまでも帰ってこないとなれば警察に通報するかもしれない。

 特に伯母は最近の連続殺人事件のことでナーバスになっていた。急がなければ。


 そんなときだった。


 角を曲がった先、零の少し前方に男が一人、ふらふらと歩いていた。

 男も自分と同じく祭りからの帰りかと思ったが、服装から帰宅途中のサラリーマンだということが推察できた。


 土曜それも祭りの夜、こんな遅くまで仕事をするサラリーマンには赤の他人とはいえ、少し同情する。

 足取りもおぼつかない様子で相当疲れているのだろう。もしかしたらただ酔っぱらっているだけかもしれないが。

 手に持っているのはバッグか何かだろうか? 

 街灯が壊れているので暗くて良く見えない。時折チカチカと瞬いているがあれでは消えているのとそう変わらない。

 バッグが重いせいか、あるいは酔っぱらっているせいか、男がちょくちょく体を傾けるせいでバッグの底を地に擦らせてしまっている。

 

 とにかく疲れているところ申し訳ないが零にとっては道を聞くチャンス。

 人見知りなので人に道を尋ねるという一番簡単な方法を避けていたが、時間的にそんなことも言っていられない。


「すみま――」


 声をかけようと足を前に踏み出した時だった。

 踏み出した方の足がぬるっと何かで滑った。バランスを崩して転びそうになる体をもう片方の足で支える。

 足元に目を向けると何かの液体が地面を濡らしていた。液体は男の方まで続いている。

 よく見るとその液体は、男の持つバッグからポタポタとこぼれ落ちているようだった。

 男がそれに気付いている様子はなくそのまま歩みを進めている。

 男がちょうど街灯の横を通り過ぎる時だった。突然、街灯が自分の役目を思い出したかのように明るく点灯したのだ。


 その瞬間、零の背筋は凍りつく。零の足元から男まで伸びる赤の軌跡。男の持っていたそれもバッグなどではなかった。

 バッグだと思っていた赤黒く染まったそれは人間だった。より正確に言うなら胸から下をなくした死体だった。

 自分が踏んだものが何かを理解し、零は吐き気を催した。

 零は生唾を呑み込み後ずさる。後ろへ下げた足に何かが当たりカランと音を立てた。

 踵に当たったのは誰かがポイ捨てした空き缶だった。

 顔も名前も知らない誰かに怒りがこみ上げるが、続く恐怖がそれをあっさりと塗りつぶす。


 空き缶の転がる音に反応した目の前の男は立ち止まった。そのまま身体の向きは変えずに首だけグルっと回してこっちを見る。

 人間離れした動きに零は戦慄した。だがそれで終わらない。恐怖はさらに畳みかける。

 振り返った男の顔を見て零は心臓が止まるほどの衝撃に襲われた。

 男は仮面をつけている――。


 零の体中から汗がぶわっとふきだした。心臓の鼓動は加速し手足は震えた。

 全身が目の前の恐怖から早く逃げろと警報を鳴らしていた。


 仮面の男は手に持っていた死体をその場に捨てると突如、自分の顔を押さえて苦しみだした。

 何が起きているかわからなかった。だが今なら逃げられる。

 そう思った直後だった。ボコボコと仮面の男の背中が膨れあがったのだ。変化はそれだけではない。

 男の肌は火が燃え広がるが如くみるみるうちに黒く染まっていった。

 男は地面に手をついて唸り声をあげながらその変化に耐えているようだった。

 耳をふさぎたくなるような嫌な音を立てながら仮面の男は徐々に人としての形をなくしていった。


 その戦慄する光景を目の当たりにした零は、仮面の男の変貌が終わる前に後ろを向き全力で逃走した。

 どこに逃げればいいかはわからない。とにかく一歩でもあの化け物から離れなければ。その一心で零は走り続けた。

 近くの民家に助けを求めるべきかとも考えたがあんな化け物、普通の人間にどうにかできるとは思えない。

 それに自分が助けを求めたせいで、代わりに誰かが犠牲になるのは絶対に避けたかった。


 零は自分の息が切れるまで走り続けると、後ろを振り返ってあの仮面の化け物が追ってきていないか確認した。

 後方の安全を確認すると、零は腰に手をついて大きく息を吸って深呼吸。


(仮面の殺人鬼は人じゃない――!? そんなバカげた噂が本当だったなんて……)


 自分の目で確かに見た今でさえ信じられないほど衝撃だった。

 殺人鬼がこの街にいることは別に疑ってはいなかった。だが人ではないという噂がまさか真実だとは夢にも思わなかった。

 殺人鬼が仮面をつけているという部分すらただ誰かが流した嘘だと思っていた。


(これからどうしよう? 警察に助けを求めるべきだろうか?)

 

 個人の力ではでどうにもならない非常事態、警察に助けを求めるのは至極当然の考えである。

 だがそれはすぐに考え直す。

 警察に事情を説明したところで、仮面の殺人鬼が化け物だったなどという話を信じてくれるとは到底思えなかった。


(余計なことは言わないで殺人鬼という部分だけ伝えるのはどうだろう?)


 つまり仮面や化け物といったワードは伏せて殺人鬼に会ったという部分だけ伝えるというもの。

 だがこれは仮に信じてくれたとしても、確認のために現場に向かった警察官が犠牲になる可能性がある。

 あの化け物に拳銃で対抗できるのか怪しいところだ。

 そして一番ダメなのが正確な場所を伝えるため、現場に零も同行する可能性があるということだ。

 あの場所に再び戻ることなど考えたくもない。



 結局、考えはまとまらず息を整えて再び走りだそうとした。その時だった。後ろから嫌な気配を感じた。

 おそるおそる振り返ったがなにもいなかった。零は安堵の微笑をもらすと前を向く。

 そこで目の前に飛び込んできた存在に背筋が凍り付いた。


 目の前にいたのは先ほどの仮面の男。だがさっきよりも一回り大きい。着ていたシャツは破れそこから露出した上半身は禍々しい漆黒。腕は柱のように太く盛り上がり、背中からはさらに二本の細長い白い腕が生えていた。

 仮面の化け物は獣のように四足歩行で零に向かってくる。恐るべき速度だった。とても普通の人間が逃げ切れるスピードではない。

 あっという間に零との距離を詰めると、仮面の化け物は背中から生えた腕を振り下ろした。

 何もできないまま体にすさまじい衝撃が走った後、零の意識は闇に落ちていった。

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