9話 倉科先輩
「さーて気を取り直していこうぜ」
結論から言うと匠の目論見は失敗した。四人は射的屋を後にし次の露店へ。
「アンタが外さなければ成功してたかもね。私と佳奈と零ちゃんは狙いもタイミングもばっちりだったし」
「いやーちょっと狙いすぎちゃったかなあ? 紙一重の差だったんだけどなあ」
匠は帆夏から目をそらしつつ苦し紛れの言い訳をした。
「結果は残念でしたけど楽しかったですね」
「ほら聞いた? 佳奈ちゃんのありがたいお言葉。景品が獲れたかどうかは重要じゃない。大切なのは楽しめたかどうかだ」
「まあ、それは私も否定しないけど」
「零も楽しかっただろ?」
「うん。匠の弾が射的屋のおじさんに当たったのが面白かった」
「完璧なフォローありがとう。よし、零も楽しめたみたいだしこれで何の問題もないな。次行くぞ! 次!」
匠は自分の失態を勢いでごまかすために早く次に行こうと提案した。
相談の結果、次はかき氷を食べることに決定。四人はかき氷の屋台を探して歩き始めた。
しばらく歩いたところで匠が突然、立ち止まった。
「ちょっと、いきなり止まらないでよ! 危ないでしょ!」
ぶつかりそうになった帆夏が匠にキレる。匠は帆夏の怒りの声を無視して
「……見つけた」
「……どこにもないけど?」
辺りを見回してもかき氷の屋台は見当たらない。不思議に思った三人は匠の視線の先を見つめる。
すると帆夏が匠の見つけたものに気づいて声を上げた。
「あっ! あれ倉科先輩じゃない!? すごっ! めっちゃキレイ」
零は匠から話を聞いていただけで、実際に倉科を見るのはこれが初めてだった。見た瞬間、零の目は彼女にくぎ付けにされた。
匠が興奮して話していたことも今では納得がいく。学校で一番の美人というのは誇張でもなんでもなかったのだ。
整った顔立ち。長い黒髪はかんざしでまとめられ、女子高生とは思えない上品な色気を放っている。
倉科が着ている浴衣は白の下地に青い花が散りばめられただけのシンプルなデザイン。
着る人によっては少し地味な印象を与えてしまいかねないものだ。だがそれが彼女の美貌をよりいっそう引き立てている。
彼女自身が華やかな存在であるため浴衣はシンプルなほうがバランスはいいのだろう。
零はこれほどまでの美人は今まで見たことがなかった。
零の中では帆夏も奏凪もかなり可愛い部類だと思っている。だがそれは虹陽高校という括りの中の話だ。
だが倉科は学校という枠を簡単に飛び越え、日本でトップクラスとかそういうレベルの美人である。
「なんか倉科先輩に浴衣って反則って感じだね」
「はい。まさに鬼に金棒って感じですね」
零も二人の感想に同意した。まさに反則級の美しさ。男なら例外なく目を奪われてしまうほどの。
現に彼女とすれ違うほとんどの人が彼女のほうを振り返っている。隣に恋人を連れて歩いている人さえも。
「あれ? あの人……」
倉科に目を奪われて気づくのが遅れたが彼女の隣にいる人物。その男に零は心当たりがあった。
倉科の隣にいる金髪の大男――それは祭りに来るときに零とぶつかった人物だった。
「隣にいるのやっぱ彼氏かな。高校生……ではないよね。でも意外。倉科先輩ってああいう男が好きなんだ」
「あんな男を選ぶなんて……倉科先輩、男の趣味は悪いみたいですね」
「えっ、そう? 結構かっこよくない? ワイルドで男らしい感じがして。でもめずらしいね。佳奈が悪口言うなんて」
佳奈が悪口を言うところは零も初めて見た。悪口なんて誰でも言ってしまうことがあるだろうが、彼女がこんなにはっきり嫌悪感を示すイメージはなかったので少し驚いた。
「……そうですね。少し言いすぎました。自分の好みとはずいぶんかけ離れていたので、つい……」
「そういえば、佳奈の好みってどんな人? っていうか佳奈とこんな話するのもめずらしね」
「帆夏ちゃんみたいな人がタイプですね」
「もう、真面目に答えてよー」
楽しそうにおしゃべりしている横で匠はずっと黙ったまま。
「そろそろ行こうぜ」
やっと口を開いて出たのはその一言のみ。
(何だろ? 早瀬さんの様子も少しおかしかったけど匠も何か変だ。倉科先輩を見つけたらもっと大騒ぎするかと思ったのに……。彼氏がいたことがショックだったのかな?)
その後四人は再び歩き始め、ほどなくしてお目当てのかき氷を見つけた。匠はイチゴ、帆夏がレモン、佳奈がメロンを購入した。零がどれにするかなかなか決められずにいると
「零、迷ってるところ悪いが、かき氷の味ってどれもだいたい同じだぞ」
「そうなの?」
「レモンは果汁、抹茶は粉末が入ってるから違うが他の味はどれも同じだよ」
「ふーん、じゃあこれでいいや」
みんな違う味を買っているので、零は残った味の中からブルーハワイを選択した。
雪のようにふわっとした氷の上に色鮮やかなシロップが注がれていく。赤、青、緑、黄、それぞれのかき氷を受け取り四人は勢いよく口に運んだ。
口から伝う冷気がやがて全身へと広がる。この暑さの中、歩き詰めで疲弊しきっていた体も心地よい冷たさが癒してくれた。
匠はいち早く食べ終わり頭を押さえてうめいていた。他の三人はゆっくりとしたペースで食べ進めている。
かき氷を食べているとクラスの女子グループと遭遇。帆夏と佳奈はそのまま女子グループと談笑を始めてしまった。
人見知りの零はなんとなく気まずくて匠のほうへ退避を試みる。しかしいつの間にか匠は忽然と姿を消していた。
いつもうっとうしいくらい向こうから寄ってくるのに、肝心な時にいない匠に心の中で舌打ちをした。
「あっ!! 零ちゃんじゃーん」
逃げ遅れた零はとうとう女子グループに見つかってしまった。女子たちのマシンガントークに圧倒され、次々と来る質問にぎこちなく返してく零。
質問攻めの後は女子グループの一人の「わたあめ食べる?」を皮切りに零に何かを食べさせる時間が始まった。
わたあめに続きりんご飴やクレープなど立て続けに甘いものを差し出される。
内心かなりつらい零だったが断り切れずにすべて口へと運んだ。
最後に零と記念撮影すると満足したのか女子グループは嵐のように去っていった。
「ふふ、モテモテだったね、零ちゃん」
「はは、そうかな。モテてるとは少し違う感じだったけど」
「そんなことないよ。あのバカならきっと泣いてうらやましがるぐらいモテてたよ」
「呼んだか?」
バカという単語に反応したのか姿を消していた匠がどこからともなく現れた。
「匠! どこ行ってたの?」
「……えーと、かき氷食ったら腹痛くなったから便所にな」
「一言、言って行きなさいよバカ」
「事態は一刻を争うものだったからしゃーねえだろ」
相変わらず匠は大したことのないことを大げさに言うやつである。
「……大丈夫ですか?」
「佳奈ちゃんは優しいなあ。けどもう大丈夫、元気100倍」
「ねぇ匠。それ何?」
零は匠が戻ってきてからずっと右手に持っている、あるものが気になり詳細を求めた。