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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
プロローグ
1/95

仮面の噂

「ねぇ、知ってる? また誰か殺されたらしいよ」


 どこかで誰かがそう言った。


「知ってる。また出たんだね……『仮面の殺人鬼』が」


 『仮面の殺人鬼』――それは今月に入ってすでに五人も殺している連続殺人鬼のことだ。

 いま、この街ではどこに行ってもその話で持ちきりだ。

 家でも学校でも職場でも、どこであろうと人と出会えば自然とその話題になる。

 うんざりするほどに。


 被害者の年齢や性別はバラバラ。

 一番下は10代、上は50代まで、殺人鬼の標的に子供か大人かは関係なく男か女かも関係ない。

 被害者の関連性が見出せないため、無差別殺人の可能性が高いと言われている。

 何より人々を恐怖させたのは殺人鬼の殺し方だ。被害者はそれぞれ別の場所でいずれも怪死を遂げていた。

 全身を数百のパーツに切り分けられた者、獣に食い荒らされたような状態の者、体を限界まで小さく丸められボールのような姿で発見された者、全身の血を一滴残らず全て抜かれていた者、体と壁が同化するように埋まっていた者。

 どの被害者も限界まで苦しみ抜いた上で殺されていた。その事実と人智を超えた殺害方法に住民は震えあがった。

 警察は何一つ手がかりを掴めず捜査は難航している。これだけ派手な殺し方をしているにもかかわらず、有力な目撃証言は一つも出てこなかった。

 

 被害者が増え続ける中、いつからか誰もが連続殺人鬼のことを『仮面の殺人鬼』と呼ぶようになった。

 なぜ仮面かといえば、警察の捜査でも犯人像がまったく見えてこないことから、顔が見えてこない、顔を隠しているという意味で仮面という単語が使われるようになった。

 つまり仮面の殺人鬼は実際に仮面をしているわけではなく、正体不明という意味で仮面の殺人鬼と言われているのだ。

 だがその意味で使われていたのは最初だけだった。

 仮面の殺人鬼が犯行を重ねるうちに仮面の意味は変化した。

 仮面は何かの比喩ではなく、殺人鬼は本当に仮面を被っているのだという噂がどこからか流れ始めたのだ。


「殺人鬼が仮面を被っているってホントなの?」


「噂だと殺された人も仮面をつけていたらしいよ」


「俺は仮面の殺人鬼の正体が美少女って聞いたぞ」


 別の場所、別の時間に誰かがそう言った。


 誰もが仮面の噂をしているが、それが真実だと信じている人間はほとんどいないだろう。

 皆、あえて口には出さないだけで噂がただの嘘だと知っているのだ。


 会話を盛り上げるため、事実を誇張して伝える人間は一定数存在する。

 真実よりも面白いかどうかが重要。そういう人は思っている以上に多いだろう。

 そして事実は捻じ曲げられる。捻じ曲げられた事実から生まれた虚構。

 それは伝言ゲームのように周りに伝播していく。

 殺人事件があったのは事実だ。だが仮面の噂は真実ではない。

 誰かが話を盛り上げるために吐いた虚言に過ぎない。


 と、誰もがそう思っている。


 誰かが蒔いた噂の種。

 それはすぐに芽を出し、この地に根を下ろした。

 種の成長に水や日光は必要ない。

 代わりに人々の嘘を養分として根から吸い上げる。


「あなたは知っていますか? 仮面の殺人鬼の噂について」


 今日もどこかで誰かが噂をしている。


「ええ、もちろん知っていますよ」


「どんな噂ですか? 聞かせてください」


 ここでもまた噂は成長していく。

 いつか枯れるその時まで、噂の種は成長を続けるのだろう。


「仮面の殺人鬼は人ではない。化け物たちですよ」


「ハハッ。さすがにそれは話を盛りすぎですよ。それじゃあ誰も信じませんよ」


 大きく成長しすぎた噂。

 もはやそれは誰一人騙せない荒唐無稽なものに変わった。


 仮面の噂を本気で信じる人などいない。だがもしも――


「あなたもこちら側へ来ればわかりますよ」


「……えっ?」


 もしも仮面の噂が全て真実なのだとしたら――


 根はすでにこの街全体に張り巡らされていた。

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