Who man is that !?
私は以前、彼と会ったことがあるような気がしてならなかった。
もしかしたら気のせいかもしれないが…。
「…どうしたの?」
目の前の“彼”が私の表情を観察するように覗きこんだ。
「…大丈夫…? 話、聞ける…?」
私はそのためにここに来たのだ。
構わないから続けてくれ、と私は口にした。
広い部屋の奥にある大きくて立派な玉座に腰かける1人の男がいた。
「逃がした、だと?」
ずぶ濡れになっている大柄な男と小柄な男が膝を床につけて頭を下げている。
「申し訳ございません...ヴィンセント様...。」
「申し訳ないで済むならば、死刑制度は必要ない。今回はどっちの責任だ?」
ヴィンセントと呼ばれた男は、気だるい様子で二人を指差した。どうにか許してもらおうと必死に言い訳をするが、彼はそれを聞き入れなかった。
「なら、二人とも死刑だ。」
「お待ちください、ヴィンセント様! ヴィンセント様ァ!!」
ヴィンセントが手を二回ほど叩いて慣らすと、4人の執事が現れ、それぞれ二手に分かれてそれぞれの2人を連れて行った。
その日の夜、二台のギロチンが作動した。
<ウィル!>
ウィルが愛用している本の世界にいるアーサー姫が青色のジャージ姿で跳び跳ねていた。
「どうしました? 姫様?」
<私のことはアーサーと呼んでください!>
口パクと共にすらすらと文字が現れる。何故跳び跳ねているのかは不明だが、可愛い。
「分かりましたよ、アーサー?」
<敬語も結構!>
「でもあなたはお姫様であって...。」
<今はあなたの仕事仲間です!>
「いや……まぁそうだけど...。」
ボソッと呟くように言って頭を軽くかく。彼の癖で、困惑したときに見られる。
「ところで、何をしているのです?」
アーサー姫が咳払いをしたのだろう。現れた文字が「ん゛ん゛っ」だった。濁点がついた「ん」に少し困惑してしまったが、すぐにそう理解した。
「ごめん。」
<うむ。それはそうと、本題です!>
<お仕事はどうです?>
「え、あー、うん。今から取りかかろうとしてたんだ。君を連れて行こうとして、この本を開いたんだよ。」
<なら早速行きましょう!! さ、はやく! はやくー!>
妙にやる気になっている彼女は、そう言ってドアを開けてこの本から姿を消した。
だが、すぐに戻ってきた。
<あのぅ...どこの世界です...?>
「あ、あぁ、うん。だよね、僕教えてないよね。えーとね...。」
今回はシンデレラの物語だ。簡単にまとめると...。
かつて美しく、そしてやさしい娘がいた。しかし彼女の母親が亡くなったことにより、父親が再婚をした。それによってできた新しい母親と二人の義理の姉だったが、彼女らはその娘を酷い扱いをした。そこでついたあだ名が、“灰かぶり”という意味を持つシンデレラである。
ある日、国の王子が城で開いた舞踏会にシンデレラを除く彼女らが参加した。彼女自身も参加したかったと嘆いていると、目の前に妖精が現れ、魔法によって、着ていた服はドレスに変わり、はいていたボロボロの靴はガラスの靴にしてカボチャの馬車を作ってやり、会場の城へ急いだ。
魔法が解けるのは夜の12時。その時まで会を楽しみ、ついに王子とも踊った。12時、魔法が解け始めるなか急いで帰宅したが、その際に落としたガラスの靴が後に王子と彼女を再度引き合わせたきっかけとなった。以後、王子と彼女は結婚して幸せになった。
<このお話は前半が苦手...。主人公が可哀想...。>
着替えを済ませた彼女がボソッと言った。
「そう言わないでよ...?」
<...ウィルが言うなら...。>
「うん、ありがとう。さぁ、行こうか、“相棒”!」
モノクルを着け、シンデレラの物語の世界に入り込んだ。
破かれたページは、妖精が現れるページだ。このままでは...。
「じゃあね、シンデレラ!」
馬車に乗っていた義母と義理の姉が、家に置いたシンデレラに手を振った。親しみを込めたものではない。煽りだ。
それを見届けた彼女の顔が涙に濡れた。彼女はひたすら家事をやっていたが、今の辛い暮らしから逃げたい一心であった。
野菜のスープを作るためにニンジンを刻んでいたが、今持っている薄い鉄のもので逃げることができる気がした。
「お父さん...ごめんなさい...。」
彼女はそれで自分の手首を切ってしまった。意識が消え、膝から崩れ落ちると、傷口から赤い液体がドクドクと溢れ流れ続ける。
その様子を遠くから見ていたアーサー姫が、あまりのショックに両手で口を押さえた。
「ね、ねぇ...どうしてこんなに暗いお話なの...?」
「破られた物語は、無理矢理自分で完結しようとするんだ。流れが悪い状況で完結したら、そのまま悪いエンディングを迎える。」
ウィルが彼女にそう説明すると、初めて見た光景に気分を悪くした彼女が嘔吐した。
彼は黙って彼女の背中を擦った。
「早く救ってあげましょ...!」
「僕もそれを言おうとしていた所だ。行こう。」
元々物語の世界の住人であることもあり、彼女はテープの大まかな位置を把握している。今回集めるべきは5つだ。
「そういえば、クラシアスさん__」
ウィルが彼女を呼んだ瞬間、本人が咳払いをした。
「...アーサー。」
「よろしい。それで?」
「...。 以前から君に聞こうとしていたんだけど、どうして“物語の世界”のことを理解しているの?」
「あー、それは...。」
彼女曰く、自分もいつから知ったのか分からないようだ。突然に知ったのではなく、知っていたのだ。そして現実世界の存在もそうだという。通常、物語はいわゆるキャラクターの人生の一部分を切り取ったに過ぎない。だから、例えばシンデレラならば彼女には幼い記憶はないのだ。もちろんそれは屁理屈であり、メタい発言とも言う。過去はあってもそれは体験していない。しかし、彼女にはそれがある。何故だ?
「あ、ウィル! あそこ!」
彼女が指差した先にあったのは、公園で、その中の噴水だ。一部がぼんやり金色の光を放っている。
「よくやったね!」
本を開き、いつものようにして魔法を発動させた。引き寄せの魔法で飛んできた金色のものは、やはり“物語のテープ”だった。
「ウィル、もっと褒めてくれても良いのよ?」
ツンツンした態度で彼女はそう言った。ウィルはニコッとして彼女の頭を三回だけポンポンと撫でてやった。
「...ばか。」
どうやら他人に頭を撫でられるのは初めてのことで、反応が遅れたようだ。
「?」
「なんでもない! 次行くよ次!」
アーサー姫は、ウィルの手を握って引っ張って行った。
それを見ていた不穏な影があったことも知らずに。
「見付けたぞ...アーサー...。」
それは、彼女の婚約者のヴィンセント“王子”だった。彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべ、二人の後をこっそり追った。
その後も順調にテープを回収し、残りはあと2つになった。
「何かを探し回るのって、こんなに楽しいのね!」
「そうかい? 僕はもう疲れたな...。」
時々突然に無邪気に走り回る君のせいで、なんて口が裂けても言えるわけがなかった。
ふと、ブーツをはいた誰かが通ったのか、足音がした。
それも一人ではない。
「ウィル?」
人差し指を彼女の口に当てた。これが意味するのは、“静かに”。
本を開いて構える。すると__
バンッ!
と発砲音がした。
「アプロテグ(守れ)!!」
だが攻撃されることを予測していた彼は、ドンピシャのタイミングで守護呪文をとっさに唱え、弾丸をバリアで防いだ。
「ヴァント・ミレンバ(闇を照らせ)!」
発光魔法を使って闇夜を照らし、発砲してきた者の姿を確認した。現れたのは、身なりが整っている男性1人と、彼を守るように集まった数人の兵士たちだった。
「...ヴィンセント王子...。」
アーサー姫がウィルの背中に隠れた。
「君がアーサーを追ってる王子様かい?」
ウィルが男に問いかけた。
「そう言う貴様は...?」
その男は周りにいる兵士たちに「構え」の指示を出しながらきいた。
「僕はウィル。訳あってアーサーと共に...旅...そう、旅をしている...!」
「旅? そうは見えないが...?」
嘘がバレたかもしれない。
「まぁいい。旅人さん、あなたを巻き込んでしまったようで悪いね。さぁ、アーサー姫、私と共に元の世界へ帰りましょう...。」
「嫌! あなたと一緒にいるなんて考えられない!」
「姫。旅人さんにご迷惑をお掛けするわけにはいかないのです。」
アーサー姫はウィルの背中を抱いて離さない。
「悪いが、彼女も嫌がっているみたいだ。君に彼女は渡さない。」
彼女には近寄らせまいと、腕を出して庇った。しかし彼はこの展開も台詞も初めてなことで、実は内心怯えている。
「はぁ? まぁいい...。俺の邪魔をする奴は死んでもらうことにしている。」
ヴィンセント王子が手を上げると、それを一気に振り落とした。撃ての合図だ。
「リローダムラン(移動せよ)!」
転送の魔法を唱えると、アーサー姫とウィルはその場から姿を消した。
「なに!? どこにいる!?」
気が付くと、森の中で寝転んでいた。
「ウィル!」
息切れが激しい状態で寝込んでいる彼の名前を何度も叫びながら揺らす。
「はぁ、はぁ...! 僕は...大丈夫...だよ...。」
「大丈夫じゃないじゃない! どうしたの!?」
「なに...ただ...魔法を...使いすぎただけ...だよ...。」
元々ウィルの魔力は一般的に見ても少ない。が、彼が持っている本のお陰でそれが拡張されており、いくつでも魔法を使うことができたのだ。本を介さずに魔法を...しかもその中でも比較的消耗が大きな上級魔法を2回も使用したことにより、魔力は底をつきた。
「私...どうすれば...!? ウィル、しっかり!」
「死な...ないから...大丈夫...。でも...そうだな....少し...休もう...。」
アーサー姫は彼の言うことに従って少し休むことにした。彼女は彼の頭を持ち上げ、それを自分の膝の上に置いた。膝枕だ。
「少しは...マシになるかな...? ほら、星空でも見てさ...少し休もう...!」
心配を隠すように作り笑いをした。少し涙声なのは、自分を差し出せば楽になるものの、庇ってくれた事が嬉しかったからである。
彼はそんな彼女の目を見つめた。
「...。君の...顔が見える...。」
ウィルが言った冗談に、アーサー姫はクスッと笑った。
幻実の本 #3 Who man is that !?
「この世界では本に魔力を保存して、その持ち手に力を与えるんだ。要するに酸素ボンベみたいなものなんだよ!」
彼は別の本を取り出してそう言った。もしかして彼が持つ本も…?
いや、その割にはウィルという英雄と違って色々なことが書かれているような気がする。