嘘と本音と観覧車
「いや……やっぱり、怖いわね。」
私はさりげなく隣を歩く尚樹の腕をつかむ。これで大概の男はイチコロだ。尚樹にも効いたはず。
「大丈夫、俺いるし。」
「うん…ありがと、尚樹と来て正解だったわ。」
尚樹は私の幼馴染みだ。今日は、私がお願いして、廃園になった遊園地に来ている。もちろん肝試しに来たわけではない。ちゃんとした理由がある。……尚樹には教えてないけど。
「にしても、なんで夜にしたんだ?廃遊園地に夜行くなんて、危険しかないだろ?」
「まぁ、そうね。」
「せめて、昼間にすればよかったのに。」
尚樹は知らないけど、夜じゃなきゃいけない理由だってある。
「なぁに、もしかして怖いのぉ?」
思いっきり甘い声で囁いてみた。
「別に。そういうわけじゃねぇよ。」
「本当?なら、夜でもいいじゃない。」
「まぁ、いいけど。」
今日、この遊園地に来た理由。それは、私が一番信頼している祖母の話が関係している。
私の家は家庭環境が悪い。父が、私や母に暴力をふるうのだ。昔の私は、優しくて素直で明るい子だった……ような気がする。でも、父のせいで変わってしまった。男をむやみにたぶらかすようになったし、祖母には愚痴ばっかり言うようになった。
そんなある日の祖母との会話である。
『あーあ、お父さんだって、前はもっと優しかったのにな。』
『美加ちゃんは最近そればっかりだね。』
『そりゃね。もううんざりだよ。』
『もうそろそろ限界だな……。それじゃあ、いい方法を教えようか。』
『え、そんなのあるの!?はやく教えてくれればよかったのに!』
『あんまりオススメできないのよ。危険だしね。でも、美加ちゃんのお父さんを前の状態に戻せると思う。』
『それならなんだってやるよ、教えて!』
祖母が教えてくれたのは、祖母から聞いたのでなければ絶対信じないような、非現実的な話だった。
『近くに、廃園になった遊園地があるでしょう。そこの観覧車がね、夜の12時になったら動き出すから、それに乗って。それで、てっぺんまでいったら、お父さんの名前を叫んでちょうだい。そしたらきっとお父さんは前の優しさを取り戻すはずよ。』
でも……と祖母は続けた。
『一人で行くのは危ないから、尚樹君と行きなさいな。』
うちと尚樹の家は近く、しょっちゅう祖母とも会ってたから、祖母も尚樹を知っている。私は勢いよくうなずいて、お礼を言った。
それで、今日に至る。尚樹にはそのことは教えてないから、騙してるみたいでちょっと悪いけど、まぁ仕方ない。
今は……丁度いい。あと数分で12時になる。私はさりげなーく尚樹を観覧車の方へ誘導していた。
「そういやさ、尚樹はどうして私の頼みをすぐに聞いてくれたの?」
「さぁ、なんでだろうな。」
「ま、可愛い幼馴染みからのおねがいだものね。」
なーんて、私の誘惑を断る男なんざいないだろうけど。
「……あ。」
「どうした?」
もうそろそろ12時だ。3、2、1……
ゴゴゴオォォォォオオォォォオォォォォオォォ
「お、おぉっ!?」
観覧車が動き始めた。私は尚樹を引っ張って走り出した。そのまま観覧車の前まで行く。
「……美加?」
不思議そうな尚樹などお構い無く、扉が開いていた観覧車に乗り込んだ。
「美加は観覧車に乗りたかったのか?」
尚樹が聞く。……その前に、どうして観覧車が動き出したのかは聞かないのだろうか。まぁ、尚樹は鈍いから。
「観覧車なんて久しぶりだなぁ。お、もうすぐてっぺんだぞ。」
本当だ。もうすぐてっぺんに着いてしまう。私は深く深呼吸をした。もうちょっと……。あと少し、あと少し…………よし、今だ!
……お父さんの名前を叫ぼうとした、その時だ。
「牧田美加!」
急に尚樹が立ち上がって、私の名前を叫んだのだ。
「な……どうして……」
尚樹は私の方を見て、薄く微笑んだ。
「ごめんな。俺、知ってたんだ。お前のばあちゃんに話聞いて。」
「でも……なんで私の名前……叫んだの?」
「それは……その……」
尚樹は急に言葉を詰まらせ、照れたように頭をかいた。
「前の、素直で活発な美加が……好き……だったからだよ。」
「……前の私……?」
「そう。でも、お父さんからひどい扱い受けるようになってから、変わっちまっただろ?だから、前の美加に戻ってほしかったんだよ。」
尚樹がそんなことを考えていたとは知らなかった。尚樹は鈍いとか思ってたけど、意外と、鈍いのは私の方かもしれない。
「……下に到着したら、変わってるのかな。」
もうすぐ、下に着く。
「美加ってさぁ、結構鈍いよな。」
尚樹は、笑っていた。……なんかちょっと不気味な笑み。
程なくして、私達の乗った観覧車は下に到着した。尚樹が扉を開けたので、私も降りる。
「美加……ずっと言おうと思ってたんだけど……」
……どうしよう。こんな真剣に尚樹と話すなんて初めてかも。私は少しドキドキしていた。
「……何?」
「美加って……」
「……美加って……本当、嫌な奴だよな。」
「……はぁ?」
予想外の尚樹の言葉に、素頓狂な声をあげてしまった。
「いや、はっきり言ってうざいんだよ。確かに前の美加は結構好きだったけど、今の美加は性格悪いし目障り。だから……」
呆然とする私に尚樹は言ってのけた。
「……消えてもらうことにした。」
今度は言葉がでてこなかった。……き、消えてもらう?
「その点で、お前のばあちゃんと利害が一致したんだよ。」
「……わ、私を……けっ、け……消したいってこと……?」
「そう。ばあちゃんは、父さんからの暴力に耐えきれなくなった美加を楽にしてあげたい。俺は大嫌いな美加を消したい。」
あれ……でも……おばあちゃんの話だと……
私の疑問点を察したらしく、尚樹は不気味に笑った。
「美加ってやっぱり鈍いよなぁ。まだ気づかないわけ?騙されてるんだよ、お前。」
尚樹は面倒臭そうにため息をついた。
「あの、ばあちゃんの話すら嘘なの。本当は、“叫んだ人が前の状態に戻る”じゃなくて、“叫んだ人をこの世から消せる”だったんだよ。」
「え……じゃ、じゃあ、お父さんの名前叫べばよかったんじゃ……」
「それじゃ俺、来る意味ないだろ。美加を消せるっていうから、わざわざ来てやったのに。」
そこまで……私は嫌われていたの?さっきまでのは全て演技だったんだ……。ずっと、私が騙されてたんだ……。そして私は……もうすぐ死ぬの?
「それじゃ、お別れだ。じゃあな、美加。短い間だったけど、お疲れさま。」
全く気持ちのこもっていないお別れの言葉を述べると、尚樹は私に近寄ってきた。……その後は一瞬だった。
お腹に痛みがはしったかと思うと、すごい勢いで血が飛び散った。
「いつ、俺の演技がバレるかひやひやしてたんだ。よかったよ、美加が鈍い奴で。」
あぁ……私、死ぬんだな……
意識がなくなる直前に、尚樹の手にキラッと光るものが握られているように見えたのは、気のせいだろうか。
「……本当、美加が鈍くてよかった。あの話、全部嘘だから。ここの遊園地の噂はもっと違う内容だし。お前、ばあちゃんの殺意にも気づいてなかったみたいだしな。……ていうか美加、殺意芽生えさせるほど、愚痴はいてたのか?」
消えゆく意識の中で、そんな声を聞いた気がした。
「……ったく。手間のかかる演出までさせて。観覧車動かすためにどれだけの労力使ったかあのばあちゃんわかってんのかな。……帰ったら大金ねだろう。」
家へと戻る尚樹の手には、血まみれの包丁が握られていた。
その血が誰のものであるかは……いうまでもない。