1-2
「ご苦労様」
二回もの延長の末、約三時間も滞在し、満足してくれた。
決して私から止めようなんて言わない、吐き気と胸を突き刺す後悔と、言葉で言い表せられない悲しさの波に飲み込まれながら済ませた行為は、サトシをこれでもかと満足させたようで、お小遣いまでくれた。
これはそのままお財布に入れて良いことになっているので、有り難く頂戴した。
髪型から化粧から、元通りに手直ししている時、嬉しそうなオーナーは、しっかりと売り上げを金庫にしまいつつ、小さな画面を操る。
小さく区分けされた画面には、すべての部屋の様子が映されていて、見たくも無い行為が次々に行われている。
「オーナー、一番客です」
「お? 今日は何人だ?」
「五人」
「ちょっと待って、指名は無しか?」
「それが……無しは一人だけなんです」
「何とかしよう」
隠語の会話はどんどん進む。
この店にとって、一番金をばら撒いてくれる常連客の来店だ。その上、仲間を引き連れて来たのだから、一番の稼ぎどころ。
まぁ、指名ありみたいだから、私はまたきっと前戯対応なんだろう。
仕方ない。これが私の立ち位置なんだもの。
「愛来ちゃん!」
ほら来た。私はみんなのお飾り的存在なんだもの。精一杯飾らせて頂きますよ。
「ノー指名行ってみよう!」
「え?」
「チャンスだ! 頑張ってこい」
「はぁ……」
賑やかなアナウンスが店内に響き、爆音の音楽の中を、沢山の扉が並ぶ廊下を進む。
皮肉な事に、着いた先はさっきまでサトシといた部屋だった。
ドアノブを握り、小さく深呼吸してみた。
大丈夫、大丈夫、私も十分可愛いから。
「ご来店ありがとうございます‼︎ 愛来と言います、どうぞ宜しくお願い致します‼︎」
「愛来?」
「え?」
部屋の中から聞こえた声は、聞き覚えのある声音。
この場で思い出したく無い本当の私が、いつかの私が、側で聞いていたかった大好きだった声。
「あーー、本当に愛来?」
「彰宏君?」
着飾って、姿を変えて、いつかの自分を閉じ込めて、強気になって、何でもやってのける、強くて綺麗な私になっているのに。
何故現実は私を貶めに来るのだろう。
「何してんだよこんな所で」
「何って……ソープ嬢だよ」
大好きだった人にこんな姿を見せるなんて、本当に、いつもより吐き気がする。
胸の中を渦巻く悲しみと苦しみが、急激に渦巻いて、上手く体を動かしてくれない。
「そうだけど、何でそんなに悲しそうな顔してんだよ」
「え?」
ポロリと落ちた何かが私の手に付いて、視線を落とすと、手の甲が濡れていた。
もしかして、私、泣いてるの?
「兎に角座れよ」
「大丈夫、やることやってしまおう」
「強がるなって」
いつかの様に、ポンポン頭を撫でる彰宏は、一切私と行為を持つことはしなかった。
モヤモヤする気持ちも、イライラする感情も、苦しくて吐き出したい気持ちも、全部抑え込んで、笑顔で退店を見送った。
「またのご来店をお待ちしております」
オーナーと共に、一番客たちのお見送りを、相手をしていた女の子全員でした。
人気ナンバーワンの子は、次回来店の約束を楽しそうに話し、ナンバーツーの子は、ぎゅっと抱き合っていた。
他の女の子も、楽しそうに見送っていて、私もしっかりと、お店の顔で見送った。
大丈夫、今日だけのこと。
行為無しでサトシよりも稼いだのだから、運が良かったと思えばいいよ。
何度も自分に言い聞かせ、その日の営業は終わった。
空は朝焼けに染まり始め、私の感情を笑う様に太陽が照らして行く。
過去の私はもういない。此処に居るのが今の私、甘えなんていらない、優しさなんていらない!
それなのに、風だけは、私をそっと撫でる様に吹き付けた。