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煌びやかなネオン街、大人の世界が広がる兎我野の街を、場違いな人間が歩みを進める。
スカウトのお兄さんも、躊躇いながら声を掛けて来る。
それもそうだろうね、私には似合わないもの。
それでも私はここに用があるから、そんな男の人に、一々『ごめんなさい』と謝りながら進んだ先、地下へ続く階段を下り切ると、他の店に負けない神々しさと、明るさと賑やかさと、お金の匂いとほんの少し消毒の匂いのする世界が開けた。
“エンジェル”
天使の絵が描かれたそこは、世に言う風俗店、ソープランドとも言うのかな?
「おはようございます」
「おぉ、愛来ちゃん、今日も出勤ご苦労様」
従業員用扉を開けた先、のんびりと煙草をふかしているオーナーは、にっこりと微笑んでくれた。
街中で彷徨っていた私を拾ってくれた神様だ。
「ありがとうございます」
「今日こそ頑張って、一人でも多くの指名、取ってよぉ」
のんびりした口調ではあるけれど、しっかりとした釘だ。笑っていない目が鏡越しに伝わる。
平々凡々の私がそんなに指名取れる訳無いのに。
そんな事口が裂けても言えないけれど。
『ご来店ありがとうございますっ‼︎ 本日も可愛い子が沢山控えていますので、皆々様、どうぞ心ゆくまでお楽しみください』
他のお店がどんなものなのかは知らない、けれど、このお店は開店した瞬間からとても賑やかだ。
近付かないと会話も出来ないくらい、お客にくっつかないと何も聞こえないくらいに。
『早速ご指名ありがとうございます‼︎ アヤちゃん、一番へどうぞー‼︎ 続きまして、またまたご指名ありがとうございます‼︎ スミレちゃん、二番へどうぞ‼︎』
次々と呼ばれ、控え室にいる女の子達が一人、また一人といなくなって行く。
大体いつも私が最後まで残っているのだから、のんびりと化粧直しなんかして、鏡に映る自分に魔法をかける。
大丈夫、私は綺麗になってる、だから大丈夫。
『ご来店ありがとうございます‼︎ 愛来ちゃん、七番へどうぞ‼︎』
久し振りに呼ばれた自分の名前に、ちょっとだけ興奮したけど、抑えて控え室を出た。
沢山のドアが並ぶ廊下を進む間、あちこちから声が漏れて来る。
耳を塞ぎたくなるけれど、こればかりは仕方ない。
慣れたなんて言いたく無いけれど、毎日聞いていても、他人の行為はこの上なく気持ち悪い。
「お待たせしました、本日はご指名ありがとうございます」
すっかり身に付いたこの時間だけの笑顔、吐き気がしそうな気持ちの悪い自分を、何とか継続させる。
「愛来ちゃん、こんばんは」
「サトシさん、来てくれたのですね、嬉しい」
このお店には昔から通ってくれていると言う常連さんで、ナンバーワンの子を差し置いて、ずっと私を指名してくれている唯一のお客。
小太りで髪も薄く、掛けた眼鏡は顔にくっつきそうで、時々曇っている。
こんなお店じゃ無いと絶対相手にしないような人だけど、ここでは私にとって貴重な稼ぎ客。
「ふふ、今日はね、良い物持ってきたんだぁ」
「なになにぃ?」
サトシの鞄から出て来たのは、一着のセーラー服だった。
まさかとは思うが、これを来てやれと言うのだろうか。
オーナーや、他の女の子が言うように、サトシはどんな客と比べても、女の子の扱いは優しいし、無理強いはしない。
けれど時々自分の趣味を押し付けて来るのだ。
そう、コスプレプレイ。
「料金上乗せしても良いからさ、これでやろうよ」
気持ちの悪い笑みが部屋の受話器を取って、嬉しそうに勝手に話を進めて行った。
本当に、吐き気がする。
他の子みたいに可愛く無いし、スタイルだって良く無い、胸だって最近Bになった貧乳だ。
それでもサトシは可愛い可愛いと何度も褒めて来るし、スカートを嬉しそうに捲り上げながら、最上級だろう笑顔を浮かべた。
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