過去と写真は
更新遅れましたね……
フォーオナーが面白すぎるのがいけないのです。
……いえ、遅れてすみませんでした。
「今日も失敗か……。簡単にはいかないもんだな」
放課後、校門の前で溜息をつく。
朝、登校してから今まで、チャンスを伺ってはみたものの。
収穫ゼロの手応え皆無。
少し変化があったとすれば、ちらちら視線を送るクラスメイトの数が減ったぐらいだ。
はぁ。
朝から真野と友達(?)になれたから、いい感じに行けると思ったんだけどなー。
自分としては和やかな雰囲気を醸し出し、皆が話し掛けやすい環境づくりを心がけているつもりだったが。
やっぱりこっちから話しかけないといけないのか?
会話が広がるように、例えばクラスの連中みたくテレビなんかの話題で盛り上がるんだ。
「ねぇねぇ昨日のドラマ観た?あれちょーヤバかったよね!?」
……いかんいかん。
想像しただけで寒気がする。
僕は頭の悪い女子高生か。
どうも緊張すると語彙力が下がってしまうな。
そもそも僕の部屋にテレビは無いし。
よし、試しに堅くやってみるぞ。
シチュエーションは落し物を拾う時、だ。
「ふむ。お主、落し物だぞ。おお、良い消ゴムではないか。次からは気をつけ給え、消ゴムが泣くぞ?」
と、僕は消しゴムを拾うジェスチャーを交えてみたりする。
少し堅すぎたかな?
じゃあ、次は外国人風に――
「お前、こんなところで何やってんだよ……」
「えっ」
綿密な練習を重ねる僕の目の前で、車が停まっていた。
車の中からは、真野が冷めた視線を僕に送っている。
……ヤバいちょー恥ずかしい死にたい
ぎこちなく周りを見渡し、他に誰も見ていないことを確認すると、僕はほっと息をつく。
良かった。真野以外には誰にも見られていなかったみたいだ。
ふー、危ない危ない。
危うく上り調子だった僕の評価が、この一瞬で急降下することろだったぜ。
真野一人分の恥ならまだ耐えられるだろう。
「いや安心するなよ。さっきまで下校中の生徒がそこそこいたのに、お前を見て何処かへ足早に去って行っただけのことだ」
「何だよ駄目じゃん!」
「駄目だと分かっているなら、大衆の面前で身振り手振りを付けたエチュードなんてするなよ」
見ているこっちが恥ずかしい、とお叱りを受ける。
「くっ……。返す言葉もない」
僕は下唇を噛んで車に乗り込んだ。
これが、後悔はしているが反省はしていないってやつかな。
「それを言うなら『反省はしているが後悔はしていない』だ……ん?いや、この場合は正しい言い回しなのか」
それはそうと、と真野は話を進める。
「そもそも何であんな事をしてたんだよ。遠くから見たらちょっとしたホラーだったぞ」
「それには深いわけがあってだな……」
深いわけなどあるはずも無いが、ぼかして質問から逃れる。
口が裂けても友達を作る練習をしていた、なんて言えない。
しかし、そんな苦し紛れの言い訳にも、真野は深く突っ込まなかった。
「ふーん。ま、それでいいか。あんまり興味ないし。ところでこれから予定はあるか?行きたい場所とかは?」
「いや、特にはないけれど。どうした、この後寄りたい場所でもあるのか?」
「ま、そんなところ。用がないなら少し付き合ってくれ」
「?りょーかいした」
僕にとっては丁度いい暇潰しだしな。
家に帰っても筋トレぐらいしかやることがないから、今日の暇潰しに困っていたところだ。
どうせ部屋の中で遊びに使えそうな物は筋トレ器具しかないので、既にこの数日で遊びのバリエーションは尽きたように思える。
(他の道具は下手に触ると手に負えない状態になると思い、僕は出来るだけ部屋の物には手を出していない)
筋トレ器具でバランスゲームをするよりも、買い物に付き合った方が幾らかは有意義な時間が過ごせるだろう。
それに僕が街へ行くのは必要最低限の買い物をする時ぐらいなので、遊び気分で行くのは実は初めてなのだ。
車が街の方へと進み出した頃合いに、僕は待ち切れずに訊いてみる。
「なあ真野、街に何の用があるんだ?買物か?それともゲーセンとか?」
「悪いけど、そんなに楽しいもんじゃない。ただの買出しだよ」
「買い出しって言うと、お使いか?へぇ、偉いじゃないか」
「いつもはボクがやってるんじゃなくて、お姉ちゃんが自分から進んで買いに行くんだけどな。付き添いと同じく、買い出しもボクが代わりをする事になった」
「あー、なるほど。いつも買い物で何かしら買ってるなと思っていたけど、それだったのか。てっきり、かなりの浪費家かと思ってた」
「お姉ちゃんは寧ろ節約家だよ。家に物が多過ぎるから少なくしたい、って言ってるぐらい。まあ、今回の買い出しはお姉ちゃんの為なんだけど」
「武蔵の為って事は、薬類か」
「そう。物が多過ぎる割には肝心な物が無いんだ。きっとお姉ちゃんが家を掃除した時に一緒に薬も捨てたんだと思う」
「そりゃ皮肉なもんだな。さて、薬の他にはどんな物が必要なんだ?手分けして買って来たら時間短縮できるだろ」
「そうだな。えっと――」
真野はいくつかの項目を挙げたが、僕が担当する事になった品は風邪薬とスポーツ飲料だけだった。
どうやら元から買う量も少なかったらしい。
街に着いてから二手に別れて買い出しをすると、ものの十分程で全てが揃ってしまった。
僕はと言うと、後半は見慣れない商品を見て歩くだけになっていた。
ちなみにこれが人生初めてのウィンドウショッピングである。
「あっちの世界じゃあ、目的の物を買ったら脇目も振らずに帰っていたからなぁ」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。それよりも用事は買い出しだけ、なんだよな?それじゃあ悪いけれど、これから僕の家まで送ってくれ」
スマホを確認すると『PM6;35』を示しており、僕としてはそろそろ帰宅したい時間だった。
幸い車にはもう乗っていて、いつでも出発できる状態だ。
筋トレが僕を待っている。
無意識にスマホで今日のメニューを確認するが、急な真野の言葉がそれを遮ってきた。
「用事はまだあるんだ。今朝、お姉ちゃんからの伝言があるって言ってただろ?それをお前に伝える」
「え、それ嘘じゃなかったのかよ」
僕を苛つかせるための虚言だと思っていたのだけれど。
思わぬ誤算だった。嬉しい誤算だ。
それでは聞こうではないか、幼馴染の伝言とやらを。
僕は余裕綽々で先を促す。
「一度しか言わない……。『今日の放課後にお見舞いに来てくれない?』以上」
真野は苦虫を噛み潰したような表情で、しかし意外と似ている武蔵のモノマネで僕に語る(顔と声とのギャップが面白い)。
「……ええっと、つまり」
つまり――これから武蔵家にお邪魔することになるらしい。
女の子の部屋へお見舞いに、なんてそんなの、彼氏にしか許されないことなんじゃないのか?
僕のさっきまでの余裕は嘘のように溶けていった。
その伝言が嘘だったらいいのに。
嬉しいんだけども、嬉しいんだけれども!
展開に付いて行けない、と言うより緊張が先立って僕の心を埋めている。
しかし進み出した車は、既に武蔵家へと向かっていることをディスプレイが無言で告げていた。
「次の目的地は、武蔵家、デス」
……いや、こいつも喋るんだった。
武蔵家にいざ着いてみると、やはり武蔵本人に聞いていた通り、僕の住む場所からそう遠くない位置に存在していた。
逆にこの家が、近所に有る事を知らなかったことが不思議なぐらいだ。
説明ベタで申し訳ないが、見たままの光景を言おう。
武蔵家は、大クスの木を借景に取り入れて、重厚な屋根を乗せた中二階建ての"豪邸"だった。
どこからどう見ても、紛う事なく豪邸。
ご近所さんのお金持ちの枠を超えている。
いくらあればこれだけの建物が建つんだ?
生憎、お金持ちとは程遠い生活を送ってきた僕なので、そこら辺の検討もつかない。
「どうした、早く入れよ」
玄関の扉の前で呆然としている阿呆 (僕)を、真野が手招きして中へ誘う。
彼はこのリアクションをとられることを予め予想していたようで、僕が止まってから直ぐに声をかけてきた。
「……お邪魔します」
僕が文字通り肩を縮めて武蔵の玄関に入り、
「ただいまー。お姉ちゃん、帰ったよー」
と、真野があとに続く。
何となく僕と話している時よりも、真野の声のトーンが上がっているように聞こえる。
どんだけお姉ちゃん好きなんだよ。
下手すると今後、真野から殺される可能性もあるな。
武蔵家の人間とは健全な関係を築こう。
「ん」
僕が気持ちを新たにしながら靴を脱いでいると、真野がさっきの買物袋を手渡してきた。
広い玄関だし、別に僕に持ってもらう必要はないと思うが?
「そこの階段上がって廊下奥の右の部屋だ。お前だけで行けよ」
「いいのか?流石に気が引けるんだけど」
「大丈夫だろ。お姉ちゃんが来いって言ってるんだし、準備くらいしてる。と思うけど」
「……何だか不安だな。まあ、そういう事なら遠慮無く邪魔するかな」
弟のお墨付きも貰ったし、今の僕に恐れるものはない。
寧ろ下着姿でもガン見してやる。
「何かあったらボクは下にいるから」
「おいおい。病人の、しかも武蔵から何かされると思ってるのか?」
「お、ま、え、が何かすると思ってるんだ」
「信頼されていないようだが、僕はそこまでの鬼畜じゃないさ」
僕は言い残して階段を上がる。
それにしても、武蔵が僕を呼んだ理由は何だろうか。
お見舞いに来て欲しいとしても、わざわざ来てくれと伝言を頼むほどのことなのか?
例えば休んだ人にプリントを届ける風習は、もちろんこっちの世界ではない。
プリントなんて、データでタブレットに一括配信されるので、ネットに繋がりさえすれば何処にいても受け取れる。
こっちの世界ではネットの繋がらない地域なんて聞いたことがないし、その線は無い。
仮に寂しいとしてもクラスメイトに女友達がいるだろうから、そっちに来てもらえばいい話だろう。
うーん、ますます分からん。
僕は頭を悩ませながら、やたらと綺麗で広い廊下を歩いて、武蔵の部屋の前に辿り着いた。
『とうかの部屋』と可愛い字で書かれたプレートが掛けてある扉は、何とこっちでは珍しい手動式だ。
ドアノブの感触が懐かしい。
と、僕は慌てて思わず触れたドアノブから手を離した。
女子の部屋に入るのにノックもしないなんて、男子の風上にも置けない。
いくら幼馴染とは言え、必要最低限のマナーは守らないとな。
僕はきちんと三回ノックして、中の武蔵に声をかける。
「武蔵、僕だ。古坂だ。入ってもいいか?」
「……こっ、古坂君!?ごめん、少し待ってもらえるかな??」
部屋の中から音が漏れる。
時折、重い鈍器を落としたような鈍い音が聞こえるのは気のせいだろう……?
どうやらこれはノックして正解だったらしい。
しばらく経って音が止むと、扉が内側から開かれた。
おずおずと武蔵が扉から照れた笑みを半分だけ覗かせて、へへへと笑う。
普段見られない部屋着に加えて、メガネを掛けているのもポイント高い。
「ちょっと待たせちゃったね、どうぞお入り下さい」
少し鼻声なのも趣深く、僕は喜びを噛み締めながら部屋に侵入した。
部屋に入ると、微かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、僕の気分を浮つかせる。
それに加えて可愛いぬいぐるみが置いてあったりと、武蔵の女子っぽさが際立っている部屋だった。
窓際のベットが乱れているのも、今まで寝ていたことを印象付けさせていて、中々に目のやりどころに困ってしまう。
「立ち話も何だし、座ってお話しよっか」
「いいのか武蔵?今まで寝ていたみたいだし、寝ながらでもいいんだぞ?」
せっかくお見舞いに来たのに悪化させてしまっては、とんだマッチポンプだ。
いや、自業自得か。
僕は呼ばれて来た立場だし。
だが、病人を床に座らせるわけにもいかないので、武蔵はベットに腰掛けさせておいて、僕だけ床に座った。
「それよりも、本当に来てくれるなんて思わなかったな」
「……僕はどうやら姉弟共に信頼れていないようだ」
真野はともかく、武蔵に言われるのはちょっと傷つく。
これからの目標がまた増えたみたいだ。
人に信頼されること、だな。
「そ、そういう意味じゃないからね?ただ、あの子が素直に伝言を伝えるなんてなー、って思って」
「姉も知ってたのか。弟のシスコンぶりを」
「うん、まあ私が言ったのはシスコンってよりも、君が嫌われてるからってことなんだけど」
「ああ」
「もちろん以前の君が悪戯したことが原因なんだけど、あの子はちょっと過敏に反応し過ぎてる嫌いがあるから」
「僕としては正しい判断と思うがな。シスコンでもシスコンじゃなくても、普通だったらああなるさ」
「シスコンを連呼しない。じゃあ、あの子とどうやって和解したの?」
「これから僕が真野の家庭教師になって、僕の植えつけた嘘の知識も未知の知識も教えるって約束したんだ。だからこれからも、この家にお邪魔する機会があるかも知れない」
「なるほどね、家庭教師。……うん。偶然だろうけど、以前の君の立場に近付きつつあるみたい」
「以前の僕、か」
「以前の君は、真野の家庭教師で在りながら、私の生徒でもあったのよ?」
「何だよそれ、羨ましいな」
メガネ武蔵に勉強を教えてもらえるなんて、こっちの僕は贅沢をし過ぎだ。
僕は苦笑いをするが、ベットの上にぺたんと座った武蔵は僕の目をじっと見つめて続ける。
「……思い、出さない?」
「え?」
「事故より前の記憶。実はその話で君をここに呼んだの」
「記憶、か」
「記憶喪失になってから、それこそ目覚めた時から君の近くに居るけど、何らかの記憶が戻った感じが無かったから」
「……そっか。悪いな、心配させたみたいで」
口ではそう言いながらも、僕は彼女の期待に応えられない事を知っていた。
今の僕は事故以前の記憶が無い訳じゃなくて、別世界の僕なのだから。
例え最先端の医療を試みようと、過去の体験を語られようと、呼び覚ます記憶自体が僕には無い。
できることと言えば、こっちの僕と今の僕がどれ程異なった人生を送ってきたのか知ることぐらいだ。
「ううん、いいんだよ。でも、古坂君って記憶を取り戻そうとしている素振りが無いから、おかしいな?って思っただけ」
「ああ、それなんだけどさ――」
僕は以前から、こっちの世界に来る前から思っていた疑問を吐露する。
「記憶喪失の人って必死に記憶を取り戻そうとするだろ?まあ、これあくまで僕の印象の話なんだけど。だけどさ、別に必ずしも取り戻す必要はないと思うんだよ。記憶の無いまま、新しい体験をして、生きていく。確かに、その人は記憶喪失になる前の人格とは違うかも知れないけれど、一人の人間だということには変わりないんだと思うんだ」
記憶が無くとも、生きていける。
進んでいける。
だとしたら、記憶喪失に見えるこの僕でも、この世界を歩んで行けるのではないだろうか。
いきなり長文を話したため、武蔵が理解できたのか心配だったが、武蔵はふんふんと頷いていた。
「うん、なんとなく古坂君の言いたいことは解ったかも。ごめんね、そんな事考えてたなんて思いも寄らなかったから」
「待て待て。武蔵が謝ることじゃない、寧ろ僕が謝りたいぐらいなんだ。今まで黙ってて悪かった」
土下座まではしなくとも、頭を下げる。
「それじゃあ、これから君はニュータイプ古坂ってことだね」
「ニュータイプ古坂……」
ネーミングセンスっ!!
僕は白目をむきかけたが、危うく留まった。
当の本人は何も気付いてる様子もなく、顎に指を添えて考える素振りを見せる。
「んー、だったら古坂君を呼んだ理由が半分くらいなくなっちゃったかも」
「僕を呼んだ理由?」
「うん、私が持ってるアルバムの中で古坂君が映ってる写真を見てもらおうと思って。何かのきっかけになれば、って思ってたけど徒労だったかな」
「……確かに記憶は取り戻さなくてもいいけれど、武蔵のアルバムは見たい。何があろうとも」
だってアルバムってあれだろ?
幼少期の武蔵とか見れるんだろ?
最高じゃん。
寧ろこちらから頼んで見せてもらいたいくらいだ。
「そんなに熱意を持って言われても……。まあどちらにしても見せるつもりだったけどね」
そう言うと、ベットのどこからか三冊ほどアルバムを取り出して、僕に手渡してきた。
ページの所々に付箋が貼られており、事前にチェックされているようだった。
僕は意外と重みのあるアルバムを受け取ると、一番表紙に近い付箋ページを捲る。
そこにはショタ僕とロリ武蔵が満面の笑みでピースサインをして写っていた。
このころの僕はまだグレていないらしい。
小学校に入学する前くらいだろうか、僕は年表を確認して思考を巡らせる。
次は小学校の入学式、遠足、運動会と行事に沿って写真を確認した。
そして、小学四年生のクラス集合写真を見てふと気付いく。
「ここまで全部武蔵と同じクラスだけど、偶然もあるもんだな。四年間も一緒だなんて」
「四年なんてものじゃないよ?ほぼ全部」
「ん?」
「だから、小学生から去年まで全部同じクラスなの」
「何だその無駄な強運は」
だとすると十年間同じクラスだ。
今年も同じクラスだね!ってレベルを超えているじゃんか。
一種の祟りかよ。
「小学生の頃は遊ぶ時も一緒だったから、周りの冷やかしとか酷かったけどね。でも中学生になると公認カップルって扱いになって楽しかったよ?」
「メンタル強いな。僕なんか冷やかされたら武蔵と無理にでも離れそうだけど」
「うん。だから私が無理矢理近くにいたの」
離れさせない為に、と笑顔で語る武蔵の顔は病人には見えない爽快さだった。
こいつ、悪魔なんじゃないか?
涙目で逃げ惑うショタ僕が目に浮かぶようだ。
僕は顔を引きつらせながら視線を泳がせると、武蔵の枕元に置いてある写真立てが目に止まった。
普通の写真だが、何か引っかかる。
「なぁ武蔵。あの写真、ちょっと見せてくれるか?」
「ん?あ、これ?これは君の伯父さんの家に遊びに行った時の写真だよ。確か、夏頃だったかな」
その言葉通り、武蔵から受け取った写真には麦わら帽を被った幼少期の僕達がいた。
どこかの山の中なのか、背景には背の高い木や、青々とした田畑などが見て取れる。
だが、僕が気になったのはそんな背景ではなく、ショタ僕のポーズだった。
麦わら帽を左手で押さえ、右手で握り拳を握って胸に当てるポーズ。
一見戦隊モノのポーズに見えるが、そうではない。
「これって――」
今でも覚えている。
僕は小さい頃、よく遊んでいたある友達の癖をよく真似していたのだ。
その友達は小学校に入ってから間もなく引っ越ししたが、顔も思い出せないほど摩耗した記憶でも、これだけは覚えている。
「――空音のポーズだ」
僕はこっちに来てから、あらかた僕の人間関係をあらかた調べたのだが、幼少期に武蔵以外と仲良くなった記録はなかった。
ましてや"空音"という名前は姿も影も無く、なんとなく落胆していたのだ。
言ってしまえばこっちの世界にいるはずの無い人間だと。
そんな人間のポーズを真似ている、なんてまるで――
まるで過去の僕が、一度こっちの世界に来ているみたいじゃないか。
一時的にこっちに来て、記念写真に写ってしまった。
「ん、あくねって?どうしたの?見覚えあるの?」
怪訝な顔を僕に向ける武蔵に、僕は手を遮るように振った。
「いや、そうじゃないんだ。ただ、こっちの僕もこのポーズとってたんだなぁって」
「このポーズ、可愛いよね?なんだかカッコよく見せてるみたいで」
「カッコよく見せているかどうかは分からないけれど、特徴的なポーズではあるよな。……他にはこうやって写ってる写真とかは?」
「それが無いんだよねー。だから特にお気に入りなの、この写真」
「そっか……。ありがとな、参考になった」
「ううん、いいけど……参考?」
「まあ、生きてくための、な」
もし過去にも来たことがあるんだったら、何か戻る手掛かりがあるかも知れない。
別に戻りたいと思っている訳ではないが、戻らなくてはならなくなった時のために調べておく必要があるだろう。
こっちに来てしまった理由は多少なりとも気にはなっているし。
「と、そろそろお暇しようかな。流石に遅い時間になってきた」
「そうだね、結構話し込んじゃったかも」
手元のスマホは7:46を示し、看病云々よりも健全な高校生として危ない時間になっている。
武蔵としても今日の用事は済んだらしく、引き留めることもなく帰らせてもらえそうだ。
僕は立ち上がって、武蔵に声を掛ける。
「じゃあ、また明日な。そこに薬とか置いとくから、ゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう。あ、あと古坂君」
「ん?」
不意にポケットのスマホが反応して、画面を表示させる。
「それ、私と君で応募してるんだ。そろそろ発表だから見ておいて?」
「応募……」
武蔵から送られたメッセージには、
『最新型のスマートフォンを体験してみませんか?当社では、世界最高水準のAIを搭載した新シリーズ"フォート"のテストを体験して下さるユーザーを募集しています!』
と堂々書かれていた。
「入院前に君に誘われて応募したんだけど、もし当選してた場合に備えてね?」
大体が狭き門なんだけど、と武蔵は続ける。
「そっか、まあ楽しみにしておくよ」
僕はそう言って武蔵の部屋を後にした。
さっきも武蔵の言った通り、狭き門のはずで、高倍率も高倍率だ。
それに知り合いが二人も当選する訳がない、と僕は気軽に考えていた。
そう。
その後家に帰り着いて、荷物を受け取るまでは。
さてさて、荷物とはなんでしょうね!?
次回はすこーしSF要素が??