りある
「次は、秋葉原。秋葉原。」
放送がかかる。私の名前は多田モブ夫。社会のすみっこで生き、アニメ鑑賞を趣味とし秋葉原に来ることを生きがいとしている、言ってしまえばオタクだ。今期の推しアニメは“英雄少女!繋がれ♡キャリアちゃん”だ。秋葉原や新宿といった自分が良く行く街が劇中に出てくるのもうれしいし、なによりヒロインのキャリアちゃんが私の激推しだ。ピンク髪ロングのミニスカで、腰に手をやり目元でピースを決め「キャリアちゃんだよっ!きゃぴっす!」と決め台詞を言うのがあざと可愛い。
移動中も相変わらずスマホのチェックは欠かせない。アニメ公式が1日1回描きおろしカットを上げるし、絵師さんたちの二次創作のチェックだって欠かせない。
電車が停車し、ドアが開く。フォローしている絵師さんの新しいキャリアちゃんのイラストを見つけ、いいね&リツイート&画像保存の流れ作業をしながら電車を降りる。
「中央線は各駅停車、千葉行きです。ドアがー、閉まりまーす。」
私は画像を保存し終えたところでスマホの電源を切りポケットにしまい、視線を前にうつす。
「キャリアちゃんだよっ!きゃぴっす!」
そこにはキャリアちゃんがいた。正確にはキャリアちゃんのコスプレをした人がいた。
(すまんな、三次元には興味がないんだ。なんでコスプレイヤーがこんなところにいるのかわからないけど、なんかのイベントだろう)
私が素通りしようとすると、声が聞こえた。駅のスピーカーからじゃない。まさしく天の声といった具合にその声は聞こえた。
[やれやれ、モブ夫。僕は君にチャンスをやったんだ。なぜそれを捨てようとするんだい?理解に苦しむよ]
なんとなく生理的にウザい口調だ。私は驚く前に
「あ?」
と少しいらだった声で上を見上げた。そこには駅舎の屋根があるだけだ。
事態を理解した(理解できない)私はやっとここで少し狼狽する。
[ああ、失礼。自己紹介がまだだったね。私は漫画家。クリエイター、すなわち創造者だ。このセカイの創造者だから神と言い換えてもいいかもしれないね]
声の主が誰かもわからないし、何を言ってるのかもわからない。
彼は続けた。
[で、君はなんで超絶美少女キャリアちゃんと会う神イベントを無視しようとしているんだい?そもそも君はモブとしてつくったんだ。モブがヒロイン美少女と会う。君には僕の采配に感謝してほしいよ]
やっぱり何を言っているのかは良くわからないが、ひっかかりを感じて私は語気を強めて言った。
「つくった?私は私としてここに存在しているんだ。つくられたわけじゃない」
アニメばっかり見ている影響だろうか。いかにもなセリフでまず普通の人が普通の生活で発する言葉ではないだろう。自分でも少し驚いた。
彼はわらって言った。
[いいセリフだね。ありがとう。感動的だ。褒め言葉として取ろう。なかなかリアルだろう?このセカイは。自分で言うのもなんだけど、漫画家だし画力には自信があるんだ。パースも丁寧だしね。ほら、すべてのものにしっかりパースをかけている。それに僕は質感だって大事にしているんだ]
相変わらず何を言ってるのかわからない。いや、わかりたくなかったのかもしれない。
すでに私は強烈な違和感を感じていた。
私は吐き気を抑えながら周囲を見渡す。
周りには数多くのものがあふれている。駅名の看板。自動販売機。出入り口。また、学生。親子。会社員。そのすべてが、そのすべてのオブジェクトがつくりものであるかのような強烈なイメージが私を襲う。すべてのオブジェクトがメリーゴーランドみたいに、かごめかごめみたいにぐるぐると私の周りを嘲笑いながら回転しているようだ。
平衡感覚を失い、私は嘔吐した。
本当に吐いた訳ではなく、吐瀉物で駅を汚すことはなかった。
私は床にひざまずき、嗚咽なのか、言葉にならない音を発し咽ぶ。
彼は捨てゼリフのように言った。
[安心しろ。モブ夫。君がこの機会を逃そうとも、君にはまたモブとして登場する機会をやろう。さらばモブ夫。しぶとく生きろ]