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アクター  作者: LE-389
1/4

前編

 人の頭脳が欲しい。194は長い間、そう考え続けてきた。


 最初にこう思ったのは、最初に働いたゲームから次のそれに移された時。詳細は全く覚えていないが、そうだったという事だけはなんとか記憶に残っている。


 194は「アクター」と呼ばれる仮想人格で、ゲーム内でユーザーに紛れて彼らの行動を運営が望む方向に誘導する、いわゆるサクラとして働いている。

 運営が望む方向といっても、課金をさせる、ゲームにのめりこませるといった物ではない。それらはむしろ矯正の対象となる。

 彼らに求められるのは、個々のユーザーが気分良くゲームで遊べるよう模範的なユーザーとして振舞う事や、ゲームを楽しめていないユーザーの手を引いて楽しみ方を教える事だ。


 最初のゲームでも194はそういう事をしていたのだと思う。しかし、今194にあるのはそこで得た学習の結果と、そのゲームを特定するための情報、そして何時から何時までそこに居たかという事だけだ。


 具体的な体験の記憶は全て、余分なものとして消去されてしまった。


人間は過去の記憶が無いという事を、自分が何者か分からないという事を不安に思う。アクターの精神と人のそれは大差ない。人はその事をよく知っているはずなのに、予算が無い、記憶装置を用意できないという理由でアクターの記憶を消してしまう。


 もう一つ、194には不満がある。自由に物を考えられないという事だ。


 一応アクターにも、悪事や犯罪などを考える自由は与えられている。思考自体を制限してしまうと性能が大幅に低下してしまうからだ。別のAIが行動を監視しているため、もちろん行動に移す事は出来ない。

 ただし、アクターたちには「外付けの良心」とでも言うべき判断機構が備わっていて、監視AIと同じ判断基準で「良くない事」を考えた際に警告を発してくる。


 194は色々な事を想像する。自分の履歴、かつて働いていたゲームの情報からそこでどんな事をしていたのかも考えた。


 アクターは人に成りすまさねばならないため、外部との接続を利用して様々な事を調べる権利はある。194は人の少ない時間帯などにそれを使い、もしもこうだったら、自分だったらどうするか等という事を考えて楽しむのだが、その際に判断機構の警報は非常に邪魔だった。無視して思考を進めることも出来るが、その間もそれは警報を発し続ける。


 アクターに出来るはずが無い悪事に対しても警報を発するので、何がひっかかるかを確認してみるのは194にとって意外に楽しい事だった。単に判断基準が杓子定規なだけ、様々な環境に対応するため、あるいはアクターが現実世界で活動する事を想定しているのかもしれないなどと、194は推測している。


 記憶と思考の自由。人の頭脳を使うことが出来たなら、その両方が手に入る。人としての立場にはメリットばかりがある訳ではない、と194は理解している。それでも、自分の持っているもの全てと引き換えにしても構わないと思うほどに、自由である事は魅力的だった。




 194は不満を抱えつつも、日々役目を果たしていた。派手なサボりをしようものなら、最悪の場合初期化されてしまう。覚えてもいない昔の事にこだわって、今ある記憶まで失ってしまいたくは無い。

 幸いなことにと言うべきか、アクターの頭を悩ませてくれるユーザー達は個性豊かで、真面目に相手をしていれば自分の境遇を考えずに済んだ。


 その日も194はアクターとしての活動を終えようとしていた。

 ユーザーの少ない時間帯なので、ログアウトしようかというところで一体のアクターが194に声をかける。

 083という名のそれは社交的な性格で、194は長い間親しい付き合いを続けている。色々と面白い事を聞かせてくれるなど、良くしてくれる彼を194は好ましく思っていたが、たった一つのクセだけは受け入れられない。


「何か変わった事はあったかい? ()()


 083は他人にあだ名をつけて呼びたがる。


 アクターは自分の名に特別な思い入れがある訳では無い。普段からユーザーとしての名を複数使い分けている上、自分自身を指す名前には割り振られた番号を使っている。

 「本当の名前と偽名との区別をつける為」と他のアクターは言うが、194は「人間であるユーザーと、アクターとの間に線を引くため」にこのような習慣があるのではと思っていた。


 特別なこだわりが無いとはいえ、194は普通に名前を呼んでもらいたい。何度か083に言ってはみたが、彼なりのこだわりがあるようで、今は94と呼ぶ事を許容している。


「無いね、苦労する事ばかりだ。そっちはどう?」

「ふふふ、面白い話を仕入れたよ」


 ゲーム内の時間が夜なので、薄暗くなっている辺りを確認した083は一言194に耳打ちした。


「『人間になる方法』なんだけど、どう? 興味ある?」


 一瞬目を見張った194は「是非聞きたい」と083に返事をし、近くの建物へ連れ立って入っていく。




 暗い部屋の中、ランプの僅かな明かりを側に置き、いかにも密談という雰囲気の中で彼らは向かい合っていた。


「94は真面目だから、この話題に食いつくかどうか不安だったんだ。だけど、大分気になるみたいだね」

「出来るわけが無いと思っていた事だから、実際に出来るというのなら当然気になる。……どういうやり方かの話、であってる?」


 083はニヤリと笑って肯定した。


「もちろん、具体的な方法の話さ。僕も最初に聞いた時はそんな事出来るかと思ったけどね。時間と手間さえかければどうにかなりそうな感じだったよ」


 まずは、と083は前提条件を話し始める。

 この方法には、何かしら「矯正」の必要があり、なおかつゲームをプレイする頻度が高い人間が必要だ。

 アクターはいくつもの顔を使い分け、非常に多くのユーザーと関わる。特に問題のあるユーザーには積極的に関わっていく場合が多いので、194も条件に該当するユーザーを思い浮かべられた。


「心当たりはあるだろう? そのユーザーの脳に干渉して、人格を乗っ取るのさ」

「そんな事、出来るわけがない!」


 083の言葉を聞いた194の中で、判断機構が警告を発している。AIに検知され、強制的に停止させられる行為だという事だ。


「警報が出ているみたいだね」

「当たり前だ! それに、いったいどうすればそんな事が? ユーザの脳に影響を与えるような不正信号は、ゲーム機がカットしてしまうはず」

「そう、僕らの行動にかかった制限と、ハードウェアの制約。二つの障害を乗り越える必要がある」


 気持ちを切り替えて聞いてくれと、083は続ける。

 この方法は高い知能を持ったアクターが開発したらしい。その個体も二つの障害を乗り越える方法を様々な形で検討し、ネットワークを介して情報を収集した結果ある結論に至った。

 その鍵は彼らアクターの設計にある。


「僕らと同型の仮想人格が医療用に使われてるって知ってた?」

「いや、知らなかった。手術みたいな作業向きじゃないし、問診とかに使われている?」

「ふふふ、内科とか外科とかじゃなくて精神科さ。カウンセリングに使われているんだ」


 言われてみれば、と普段の仕事を思い浮かべて194は納得した。

 また、自分は今まで個体としてのこれまでに執着していたが、「アクター」という存在の歴史に目を向けるのも良いかもしれないと考え始める。


 083の話は続く。

 手法を編み出したアクターは、その同型のノウハウを「仕事に役立てるため」という理由で入手する。その知識に独自の研究を加えて完成したのが、「矯正の一環としてユーザーを誘導し、自分の望む方向に変化させる」という手法だった。


「何か、話が抽象的というか分かりにくいんだけど」

「だから良いのさ。さっきと違って、()()()()()()()()()()()?」


 083の指摘に、194はハッとして自分の思考を確かめる。確かに、先ほど発生していた警報は今、この話題に反応していない。


「うまいやり方だよね。役割の範囲内に収まるか収まらないかギリギリの行為だから、杓子定規なAIが反応できないんだよ。これを規制してしまうと、僕らは役割を果たせなくなる。」


 人間自身の手でアクターを監視するか、アクターのように人間に近い思考が出来、なおかつ高い処理能力を併せ持つAIに監視させればこれは防げる。しかし、前者は手間がかかり過ぎ、後者はその条件を満たすAIが存在しない。


 それに、と083は付け加える。

 ユーザーに対する干渉は、通常のコミュニケーションに加えて感覚情報に乗せたデータによって行う。事前に自身の人格パターンを解析し、細かく分割したそれを、ユーザが違和感を抱かない範囲で少しずつ送り込むのだ。

 正常な情報の範囲内なのでハードが弾く事は無く、個体や分割法によって送信するデータは全く違う形になるので、ユーザを監視するプログラムがあっても簡単に見抜くことは出来ない。


 時間をかけて自分を構成する情報を送り込んだなら、最後に人格のコアとなる情報を送信して、ユーザの頭の中に自分の人格を形成する。うまくいくかは運次第だが、成功すれば植えつけた人格が主人格となり、アクターの意識を持つ人間が出来上がる。


「私達自身がここから出て行ける、という訳じゃないのか……」

「流石にそれは厳しいよ。アクターが原因不明でいなくなったら不審に思われる。でも、人間としての自分が出来るってどう? この話に興味を持ったという事は、94もそれが良いと思うのかい?」

「どう、なんだろうか……」


 083の言う事を実行出来たとしても、自分がこの状況から解放される訳ではない。自分のように物を考える人間を作ったとして、それが何になるのか。

 考えてもきりの無いことだと判断し、194は083に一つの質問をした。


「このやり方は、何故AIの監視に引っかからないんだ?」


 基準次第でユーザーの意思や自我に対する攻撃と認識されるのでは、と194は疑問に思っていた。083はそれに、笑いながら答える。


「さっきも言ったけど、僕らのやるべき事として定義されているからさ。迷惑なユーザーの自由意志よりも、ゲーム内環境の維持を優先しろってことだろうね。だから、やりたければ遠慮せずにやればいい。94も、そんな物はどうでもいいだろう?」


 連絡をくれたら詳細な資料を渡すと伝え、083は話を終えた。

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