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TAG~チートだらけの異世界で~  作者: 橘ゆき
第一章・最悪な伝説の始まり
2/33

1、コンラッド・ルカーチェス

 

 

 皆さんこんにちは。

 俺の名はコンラッド・ルカーチェス、十八歳。しがない村人Aです。

 棲んでいるのは、とある小さな島。家族はたくさんの牛と羊と鶏…そして犬に馬。

 今日も朝早くから家畜たちの世話をし、只今野菜畑を耕し終わって水まきの真っ最中です、てへ。


「………て、一体何の育成ゲームだ、スローライフだ!」


 水まき用の如雨露(じょうろ)を振り回しながら思わず叫ぶ。自分で流した脳内の爽やかなプロローグに、自分で突っ込むとか悲しすぎる。


 本日も太陽さんさん、喉はからから。

 そして、俺へとへと。


 起床は毎朝四時。

 家畜たちを放牧し寝床を掃除。

 それから、丹精込めて作った野菜と小麦を収穫し、牛と鶏から恵みを頂き、新しく種を植えた箇所に水をまく。


 ゲームならボタンを押すだけの単純作業だが、生憎リアルな現状では超肉体労働。

 家畜たちだって、体調管理等は全部俺がしてやらなきゃいけない。

 誰かを養うのは、ガキだろうが動物だろうが、責任と金と労力が必需品だ。


 俺は『この世界』に来てから、本物の農家の皆さんを心の底から尊敬している。


「ワン!」


 木陰で一息ついていると、遠くで愛犬が俺に向かって吠えた。


 灰色と白い毛をしたボーダーコリーの雌。

 特徴は、なんといっても黒い目の上の麻呂眉。これがまた可愛いのなんの。

 名前はもちろん『マロ』。安直だという突っ込みはなしだ。わかりやすくていいだろう。


 そんなマロがもう一度吠えた。まるで急かすように。

 何となく懐中時計を確認すれば、取引先へ週に一回行っている出荷の時間が迫っていた。


 どうやらそれを教えてくれたらしい。…なんて頭のいい愛犬なんだ。

 見やれば誇らしげな顔。わたしが居なきゃダメダメね、なんて言われている気がする。

 ……俺は、別に親バカではないぞ。


 重い腰を上げ、仕方なく木陰を出た。


 今朝収穫した野菜を半分量と加工した小麦粉を一袋。牛乳を大きな専用のビンにふたつ。卵は小さなカゴにいつつ。

 それらを馬車の荷台につめて一頭だけの馬を繋ぐ。鼻先を撫でて「頼むぞ」と言い御者台に上がって手綱を振れば、馬は軽快に走り出した。


 空を確認してみたが、雨は降りそうにない。

 もし降ってきても、うちの牛や羊たちは、すぐに屋内に避難するよう躾てある。避難しないようなら、出来る(おんな)・マロが迅速に対応してくれるから大丈夫だ。


 俺は周りの奴らーー動物に恵まれている。

 …可哀想、なんて同情はいらないからな。


 というより、この島に俺以外の村人はいない。殆ど無人島だ。

 では、これから行く取引先とは誰か。


 動物なんて、そんなつまらないオチではない。そっちの方が、まだ可愛いが。


 この島の丁度中心に広がる森。うっそうと茂った木々の隙間、広い獣道を馬車で進んでいく。


 天然の迷路は、少しでも道を外れたら遭難はもちろん、死を覚悟しなければならない。

 慣れたー、とか油断したら、自然の厳しい洗礼を受けるのがお約束。


 これは体験談だ。


 さて、そんな森の中に住み着いている、物好きな奴。

 そいつが、取引先の主人。動物以外で唯一の島の住人。


 ーー家から馬車で二十分。森に入ってから、約三十分。

 ようやく見えてきた建物に、息をついた。


 いやはや、何でこんな場所に住んだのか。というか配達させるのか。

 でさーーよく、RPGとかでラスボスとかがいる、それらしい(・・・・・)城ってあるじゃん。

 霧に覆われてて、雷がしょっちゅう城の周りで鳴ってる感じのさ。あれあれ。


 さすがに雷はなってないけれど、いかにもな外観なんだよ、ここ。

 尖った屋根に、無駄に雰囲気ある(さび)具合。苔と蔦に覆われたボロいレンガの外壁は、見た目に合わずどんな衝撃でも崩れない。


 …魔法で覆われてれば、そりゃあそうだろう。


 森の中でデカい面積を陣取って建つ、正しく『魔王城』。

 ここがもう一人の住人の家だ。


 ーーいや、本当に棲んでいるの、魔王なんだけど。


 魔王城に近くなると、馬が先に行きたくないと脚を止めた。


 わかる、わかるぞ。だが毎回のことだ。我慢してくれ、頑張れ。

 俺だって気持ちは同じだ。できれば行きたくない。ていうか関わりたくない。

 不満そうに首を振る馬を、どうにかこうにか宥め、少しずつ距離を詰めていく。


 正門の前、馬車が入るくらいの隙間から敷地内へ入り込むと、空気が一変した。

 まるで墓場にいるような、居心地の悪い奇妙な感覚。ゲームなら間違いなく、緊張感と恐怖心を煽るようなBGMが流れているだろう。


 御者台から降り、無駄な深呼吸する。途端に咳き込んだから、しなきゃよかった。


「…ブルルル」


 不安げな馬を撫でて慰める。

 この雰囲気に慣れきってしまえる奴、いるなら出て来い。ちょくちょく来ている俺でも、長居は余りしたくないぞ。

 余計も、動物は人間より勘が鋭くて敏感だから、長時間いるのはストレスになる。


「行ってくるから、辛抱しててくれ」


 馬が「嫌だよぅ」と目で訴えてくるが、すまない。現実問題として、今日の取引を逃すと金が尽きるんだ。

 子牛が産まれたから、今月はちょっと厳しいんだ。


 できるだけ早く納品完了の判子貰ってくるから、頑張れ俺の愛馬よ。


 という訳で、近くにあるリアカーに持ってきた物を移す。

 そのままリアカーを引いて、城の裏口に回り戸を叩いた。


「ちわー、納品にあがりやしたー」


 戸を開けて大声を張り上げるが、返ってくるのは静寂。


「…。ちわーす」


 しーん。

 反応なし。


 ここだけの話。俺は結構短気だ。自覚がある。

 普段はそこまでではないが、うちの愛馬ちゃんが震えて待っている現状、大人しくはしてられない。


 という訳で、大きく肺いっぱいに息を吸い込んでーー。


「魔王!! テメェさっさと顔出して判子押せや、ゴラァアアア!!」


 叫んだ。

 只今午前十時。もしこんな時間にも関わらず寝ていたら、ぶっ叩こう。


 …いや、まあ現実的に考えて無理だが。


 この世界の魔王という種族は、簡単に言えばチートだ。

 不老長寿(不死ではない)、魔力制限なし、超再生能力あり、などなど。

 基本何でもあり。弱点なし。


 こんなのがそこらのダンジョンの奥でラスボスやっててみろ。絶対に売れないRPGの完成だ。

 それに対して、俺をそれっぽく数値化すると次のようになる。



コンラッド/ヒューマン Lv:1

《職業》村人、農夫

《体力》100

《魔力》0

《財産》命、牛、羊、鶏、犬、馬、田畑、氷室



 うむ、涙が出そうだ。

 魔王城の入口で泣くとか、肝試しの出だしで泣き喚くくらい恥ずかしいから堪えたが、目頭に熱い何かが込み上げたぞ、こんちくしょう。


 命は言わずもが大切なものだが、何故「氷室」があげられているかというと……の前に氷室っていうのは、簡単に説明すると氷を使った天然の冷凍庫だ。


 これがまた便利で、野菜と肉の冷蔵・冷凍はできるし、氷を維持さえすれば、夏はちょっとした避暑地になる。

 天井に氷柱もできているから、まるで家に鍾乳洞がある気分だ。


 …話を戻そう。

 この世界には、真水がない。川や湖と呼ばれるものはあっても、全て塩分を含んでいる。自然に流れている水は全部海水だ。

 雨は地域にもよるが二週間に一回の頻度で降り、塩分を含まない水分は雨水以外だと、魔王共の城内にある魔法の泉くらいにしか存在しない。


 で、そうなると飲み水とかは言わずもがな希少だし、真水でないと作れない氷なんか、一生に一度、庶民には口にできるかどうかである。

 ごくごく少数の、超大金持ちなら、一度くらい味わえるだろうか。


 そんな中、実は俺んちの地下には真水が流れており、ついでに自力で氷室を作ってしまった。


 何故真水が流れているかって?


 簡単なことだ。

 魔王城の魔法の泉の管理がずさん過ぎて、水が結構な量地下に漏れ出し、丁度俺んちの真下まで流れてきている、それだけ。


 しかも「魔法の」水なので、凍らせても溶けない・栄養価が高い・色々追加効果プライスレス、なんて素晴らしくお得。ただし、少しばかり、維持するのに特殊な加工が必要だ。


 因みに、魔王は水漏れに気づいていない。気づかれたら、俺の生活はお終いだが。


 正直、野菜や小麦より、真水や氷を売れば間違いなく大成功する。一攫千金だ。


 だが如何せん希少価値が高い真水と氷。それが手元にあるなんてバレたら、面倒なことに巻き込まれるのは目に見えている。


 ということでトップシークレットだ。家宝、と位置付けたっていい。


 魔王にも絶対にばれてはいけない。

 で、その魔王は。


「…来ねぇし」


 叫んでみたものの、返ってくるのはひたすら静寂。物音すらしない。


 早く引き取って貰わないと、商品が傷んでしまうのに。特に牛乳と卵。

 腹を壊したって殴り込まれても、責任なんかとれないぞ魔王よ。


「いねぇのかよ、イルミの奴」


 これは、まさかの出直しか。

 応答がない以上は仕方ないので、また午後に来よう。


 溜め息をつきながら、そう決めて(きびす)を返した時。


「ーーああ、卵も持ってきてくれたのか」


 きれかけていたから丁度良かった、なんて言葉と一緒に、耳元に息がかかる。


 悪寒が走ったのはその後で、すぐ背後に誰かが立っていると気づいたのは、更にその数秒後だった。


 普通なら、俺が床に三回、細切れで転がされるのに充分過ぎる間ーー。

 なのに背後のそいつは、俺の肩に手を置き、もう片手で緩く首に触れるだけに終わった。


 赤く塗られた伸びっ放しの長い爪が、喉仏を上から下に撫でる。


 冷や汗が遅れて背中を伝う。

 しかし、それは恐怖からというより…。


「ヤローのクセに引っ付くんじゃあねぇッ!! 暑苦しいわ!!」


 振り向き様、思いっきり手刀を胴体めがけて打つ。

 確かな手応えと共に、背後のそいつは「うぐッ」と呻いて離れた。


 レベル1の村人、捨て身の攻撃である。相手、全然ノーダメージだけどな! 理不尽!


 ゲームなら、仕掛けたこちらが自滅して御臨終様だ。

 しかし、ここは現実。レベルやスペックに天地の差があろうとも、ただの肉弾戦で命まではなくならない。


「………ぅお、ッ……堅ぇ…んだよ、お前の腹ぁ…」


 ただし、他人を殴った痛みは返ってくるが…。

 ていうか、相手がボディビルダー顔負けの腹筋を持っているせいで、俺の渾身のチョップは通じない。


 何が「うぐッ」だ。リアクションの上手さだけは認めてやるが、わざとらしいんだよ畜生。


「ッ、いるなら返事くらいしろ! 馬鹿魔王!!」


 痛む手を押さえながら言えば、そいつは相変わらずムカつく顔で笑った。


「ゴメンゴメン。ちょーっと地下に行っててね」


 ……こいつが魔王。魔王、イルミナート・テルミニ。

 この城の主だ。


 長い手足と胴体の、モデルみたいな体型をした超絶美形。以前、興味本位で身長を訊いたら、百九十八だとかふざけた数字を述べやがった。

 長い金髪をシルクのリボンで緩くひとつにまとめ、深紅の切れ長な双眸は宝石みたく煌めいている。


 白い、というか青白い肌なのに病的には見えず、寧ろ活発そうなのは表情がそうだからか。

 中世の貴族のような服装は白を基調としていて、襟の金の刺繍やら、袖口から覗く控え目な赤いフリルやらが金持ち感を醸し出す。服の生地が厚いのに、なんとなく割れているとわかる胸筋と腹筋の鍛えられ具合が、俺の男としての自尊心(プライド)を真正面から砕くようだ。

 頭に被った服と同じ生地のテンガロンハットには、薔薇とリボンなどで豪華な装飾が施されている。…大変に重そうである。


 何とも派手で、ひたすら妖艶な雰囲気で立つ、無駄に美形なこの男。

 もう一度言おう、こいつが魔王だ。勇者だかが呼ばれる原因になった一人。


 とりあえずチートな能力ばかりの魔王様、そのひとだ。

 ーーうん。


「…テメェ、見た目ぐらいゲルニカみたく滅茶苦茶だったら……どんなに良かったか」

「はて、ゲルニカとはなんだい?」


 首を傾げる魔王に、心の中だけでストレートアッパーを決めた。

 ピカソよ、この美形な魔王をムンクにしてくれ。是非に。


 俺なんて、どこにでもいる平均的な顔で、目立つのは赤い色の髪くらいなのに。身長だってやっと百七十なのに。

 チートのくせに、何故美形か。


 想像してみろ、野郎共。

 その、無駄に美形な長身の男が音もなく背後に立ち、首に凶器に等しい長さの爪をあててくるという状況を。


 ーーただの恐怖だろう。

 ついでに激しく萎えるだろう。


 これが、ボン・キュ・ボンなお姉様だったら、殺されても本望だ。

 背中に柔らかい二つの塊を感じながら昇天できるとか、ただの至福だろうが。ありがとうございます、と笑顔で逝ける。


 ーー何が悲しくて、石みたいな男の厚い胸板を感じたいか。


 密着してあれほど気色悪いものって、あるか。俺はない。

 男同士で抱き合って錬成されるのは、虚しさと激しい嫌悪感だけだ。

 少なくとも、俺はそっち系じゃないからそう思う。


「コンちゃんったら全然遊びに来てくれないから、寂しかったよー」


 イルミナートは、笑いながらそう言う。

 いや、魔王城に気軽に遊びにくる村人って何。


「どうでもいいから受け取り印と金寄越せ」

「…相変わらずドライだねぇー」


 領収書を突き出せば、慣れた手付きで判子を押される。判子を押す魔王とか、見たことないぞ。


「ほら。食材が傷むから、さっさと持ってけよ。腹壊しても俺のせいじゃねぇからな」


 すると彼は「やれやれ」と肩を竦め、指をひとつ鳴らした。

 と、リアカーがひとりでに動き出し、奥の部屋へ消えていく。


 食品庫に運ばれたのだろう。


 そちらを見やっていると、小さな金属音がした。魔王を振り向けば、小さな皮袋が目の前に差し出される。

 今日の納品分だ。


「て…おい少ねぇぞ」

「いやあ、今月はボクも金が必要でね」


 ずい、と背伸びしてイルミナートに詰め寄る。


「ウチは今月、子牛が産まれましたぁ」

「わあ、おめでとう」

「めでたいと思うなら金払え」

「それは別ー」


 両手でバツを表す巫山戯(ふざけ)た魔王に、無言で拳を振りかぶる。

 だが、今度は軽々しく受け止められ、手首を掴まれた瞬間、俺はぐるりと宙を舞った。


「ぐッ!?」


 背中から床に叩きつけられた俺を見下ろし、イルミナートは相変わらず胡散臭く笑った。


「ごめんねーコンラッド。でも、本当に困った事態になりそうでねぇ」


 長い爪を擦り合わせながら、魔王は目を細める。


「ーー勇者と魔法少女共が、ここに来そうなんだよ。割と近い内に」


 そろそろ本格的に彼らと戦争かなぁ?


 そう言った時のイルミナートの顔は、本物の魔王らしかった。

 俺は、床の冷たさにではなく、イルミナートの冷たい目に体が震えた。


 ーーだが。


「俺には関係ねぇから、金払え!!」

「おっと?」


 勢い良く起き上がり、その長い足に払いをかけようとする。

 だが、ひょいと余裕でかわされ、何故か拍手まで送られた。


「いやー、コンちゃんってさ。ただの(・・・)村人なのに、冗談でもよくボクに喧嘩腰で挑めるよねー」


 ああ、反論はない。自分でもそう思う。

 チートな魔王であるイルミナートがその気になれば、平凡な俺なんか一瞬で死ぬのだ。


「商魂逞しき村人を舐めんなよ! こっちは生活かかってんだ! 取引相手が魔王でも、びた一文まけねぇぞ!!」


 ウチには、可愛い愛犬と愛馬、その他大勢の牛・羊・鶏がいるのだ。負けられん。


 誰か、農民の鑑とか褒め称えて。権力に屈さない俺、素敵だろ。


 指差して宣言すれば、魔王はひとしきり笑い転げた。

 そろそろマジでぶん殴ろうか。


「そんなに大口叩くと、取引を打ち切るよー? コンちゃーん」


 にやにやとこちらを見てくる魔王。


 あ、今何か俺の大事なものが、ぷっつんと切れた。


「そんなこと言ってると、絶交するぞ。ていうかする」


 先程のイルミナートの目に負けぬ冷たさで言い放てば、途端に彼は、がしりと俺の肩を両手で掴んだ。


「駄目。ボクぼっちになるじゃん」

「そんなの知るかよ」


 だから、村人が友達の魔王って何だよ。いや、友達じゃないけど。俺は思ってないけど。


 友達ゼロとか、さすがだよ。これで彼女がいなければ、少しは好感度が上がるんだがな。こいつ、実は結婚してやがるから。

 それもあって、俺はイルミナートが嫌いだ。

 …羨ましいだけだろとか、突っ込まないでくれ。図星だから泣くぞ。


 ーーていうか近い。顔が近い。

 やめろ、美形に迫られても喜べない。寧ろ吐きそうだ。


「さようなら」


 極力目を逸らしながら呻く。

 目に毒、なんてこいつの顔に使うべき言葉だ。


 イルミナートはやがて溜め息をつき、「わかったよ」と呟く。


 そして、懐からもうひとつ、金の入った皮袋を取り出した。

 おい、持ってるんじゃないかよ。


「…まいどあり」


 とりあえず、これで今月は大丈夫そうだ。

 用は済んだので、長居は無用とさっさと帰ろうとする。


「コンラッド」


 だが、不意に魔王に呼び止められ、俺は半分うんざりとしながらそちらを見た。


 こちらを見つめるイルミナートは、真顔だった。


「さっきの話は本当だよ。近々この島は戦火に包まれる。…その時、キミは生き残れるかい?」


 いや死ぬわ、そりゃあ。

 こちとら一介の農民村人だぞ。

 何をわかりきったことを訊いてくるんだ、この魔王。馬鹿か。


「……何が言いたいわけ」


 いや、大体意図はわかる。恐らくはーー。


「今なら、ボクがキミを庇護してあげられるよ。どうだい?」


 実に悪役っぽく微笑んで、片手を差し伸べてくる魔王。


 ーーはい、予感的中。


 この甘い言葉に騙されてはいけない。友人だとか言ってたが、信用しては破滅する。


 この手を取ったら最後、庇護という名の監禁が待っている。


 何故わかるかって…。

 『前例』を知っているからだ。身をもって。


 イルミナートは、先程みたいな感じで緩いイメージになりそうだが、魔王の一人だということを忘れてはいけない。

 所詮、常識的な価値観に当てはまらないから、魔王なのだ。


 イルミナートは男女問わず、気に入った人間で暫く『遊ぶ』癖がある。

 どんな遊びかは、ちょっと伏せさせて頂こう。思い出したら、発狂しそうだ。


 なので。


「や、だ、ね」


 舌を出して断固拒否を示す。


 この時のイルミナートの顔といったら、……正直その場にくず折れそうなくらい迫力があった。


 だが、俺はこいつの本気を知っている。だから、何とか堪えて、ふてぶてしい態度を続けられた。


「俺は家畜たちとゆったり過ごしていたいんだよ。戦争とか、勝手にやってくれ」


 それで死んでも、悔いはないよ。

 しばらくして、イルミナートは小さく「やれやれ」と呟いた。そして薄く笑う。


「友人に何かあってからでは遅いからと、提案したのだがね。まあ、キミらしいけれど」

「大きな親切、余計なお世話でーす」


 じゃあな、と手を振って歩き出す。

 今度こそ外に出て、戸を閉めた。扉の向こうにいた魔王は、笑顔で片手を振っていた。


「……魔王、イルミナート」


 ぽつり。口の中だけで囁く。

 この島で唯一の話し相手。案外と、話や趣味が合うとわかったのは、俺が島に住み始めてから一ヶ月後だった。


 初めは恐怖しか感じられず、その内に、今のような反抗的な態度をとれるくらいになって。

 それでも、完全に気を許すことはできなかった。


 ーーだって俺は、一度あの魔王に殺されている。

 ただ殺されたのではない。

 時間をかけてなぶり、その割に、最後はすんなり首を飛ばして殺された。


 そうして、前回俺は死んだ。

 と言っても、向こうは俺のことなんて覚えていないだろうが。






 …さて、改めまして自己紹介。


 俺の名はコンラッド・ルカーチェス。本名・花村 臨(はなむらのぞむ)。元日本人。

 二十三年前、地球からこの異世界に召喚され、六人の魔王と戦った初代勇者。


 最後の魔王・イルミナートに敗北し、死後に、女神の加護でこの世界の住人として転生したーー今はただの村人A。しがない、農夫。


 かつてのような力も殆どなく、魔王に挑むなど言語道断。

 しかも、二度と地球に戻れなくなった俺は、この世界で穏やかな余生を過ごすと決心した。


 自分を殺した魔王と接点を持つとは思っていなかったが、それでもまあ、今の生活は気に入っている。

 だから、できるだけ何も起こらないで欲しい。


 ーーまさか。そう祈った後すぐ、この生活をひっくり返されるとは、思わなかったが…。


 

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