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ぶっとばす

作者: クビナガ

 ぶっとばしてやる!

 そんな言葉を本気で使ったのは初めてかもしれない。心の中で一瞬浮かんで流したことなら何度でもある。今度は違う。浮かんだ言葉を、そのまま声に出して叫びたい意思がある。

「ぶっとばしてやる!」

 言った。目の前には驚く友人。視界がぼやけ、焦点が絞られ、頭がボーっと熱くなる。周囲の音が妙にクリアに聴こえてくる。時間が縮まり、自分がいつもより速く動く感覚が包む。

 皆が唖然とする中、俺は動き出した。振り返って向かうのは正面玄関。大きな扉は開いている。いつもにまして外には光が満ち溢れているようだ。光の中へ飛び込むように進み、外へ出た。火照った体を風がなだめてくるが、関係ない。無駄に広い敷地を出て、いつも賑やかな居住区の大通りへと足を速める。


 今日は友人の作品発表会の日。数か月前から準備をして、毎日空いた時間を使っての作業。時に寝る間も惜しんで取り組んでいた。何度か失敗して落ち込んでいたことがあった。投げだしたくなって自暴自棄に、作品を破壊しようともした。それを止めようとした別の友人と口論になっていたこともあった。それでもなんとか2日前に完成させたのだ。それを公表するのが今日なのだ。それを、あいつらが台無しにした。


 賑わう商店街。人を避けただ前進する。後ろから仲間の声が聞こえた気がするが、無視だ。あいつらの元へ向かうのみ。

 作品発表会は中止になったのだ。だからあいつらも会場ではなく、いつもの館にいるはず。少し遠いが、この商店通りを進めば見えてくる、変わった外観の大きな館。あれが作られる時も連日騒ぎを起こして、近隣の住人に怒りを買われていた。そして、今回の発表会中止もあいつらが原因。参加者の作品をいくつか破壊したことでそれどころではなくなってしまったのだ。そして、友人を悲しませた。

「ガツンと言ってやる!」

 この賑やかな商店街では気にならない声で一言。早足の速度を上げる。


 目的の場所に着いた。

 大きな館がある。石材を詰んだ壁が横に広く伸びていて、とても登れそうにない高さ。上には尖った木の杭。この平和な街に似つかわしくない怪しい砦が、あたりまえのように建っていた。大きな門は黒ずんだ金属製の扉が、どうぞお入りくださいと言わんばかりに、全開状態だ。ちなみに、ほぼ毎日、昼も夜も開放している。

 門番を雇うほど本格的ではないのは、あいつららしい。なにもかもが、悪ふざけなのだ。

 真直ぐ門をくぐり、地味な中庭へと入ると、人を見つけた。玄関前で鉢植えをいじる大柄な男。奴らの1人である人物だ。こちらへ気づくと立ち上がり、体を向ける。コイツはイモ。ナマズみたいな顔をしていて体つきがガッシリしている。

「なにか?」

「なにか、じゃねえ! 発表会を中止にさせたお前たちに、文句言いに来た。ぶっとばしてやる!」

「おまえ、工場のとこの小僧だな。あいにく、リーダーは今お取込み中だ。おまえには会わんから帰れ」

 しっし、手で指図するイモ。カチンときた

「なんだと、勝手な!」

「どっちが勝手だ!」

 こっちの文句に怒鳴りかえすイモの迫力はなかなかなもの。だが、こちらも立ちふさがるわけにはいかないのだ。俺はこの男をぶっとばす!

「ぶっとばす!」

「な、なに!?」

 タックルを大きな胴の真ん中狙ってかましてやった。工場の先輩方に仕込んでもらった、相手を吹き飛ばすのに特化した技だ。大男が瞬間宙に舞、玄関へと激突した。衝撃で気をうしなったようだ。

 玄関前のイモをどかして中へと入る。広いエントランスホールから伸びる幾本もの廊下と、大きな二本の階段。中央には、活花風の黄金像がそびえたっている。

 おもったより綺麗で、質素な内装。掃除もしっかりされているようだ。これはおそらく奴らの1人、綺麗好きのワラがやっているのだろう。いつもはその綺麗好きで周囲に迷惑を掛け、異常さを感じさせられるが、ここでは至って普通に感じる。

「でてこい!」

 住人によびかける。すぐに、階段から一人の痩せ細った男が慌てて階段を降りてきて目の前で立ち留まる。痩せすぎていなければなかなかの美系と噂の、綺麗好き男ワラだ。

「なんです、大きな声で」

 落ち着いた堂々とした口調で質問するワラの瞼は閉じたまま。

「イモはなにをしているのか、君は何しにここへきたのか。静かに」

「おい、ワラ。おまえのところのリーダーをだせ!」

「その声はしっているぞ。たしか工作場の地味な……」

「俺の事はいいんだよ。あと、目を空けろ」

「リーダーは今とりこんでいる。目をあけろ?嫌だ。汚いものをみたくはない」

 無視することにした。目を閉じ突っ立ってるワラを避け、廊下の奥へと向かう俺。

「あれ?どこに?」

 異変に気付いたようだが、目を空けてまで追ってくる様子はなさそうだ。

 奴がどこにいるかは知らないが、この屋敷のどこかにはいるはず。いるとしたら奥。まずはそこを目指すこそにした。


 一階は迷路だった。赤いカーペットの敷かれた細い廊下を、右に左に真直ぐに、時に戻ったりして、部屋の扉を求めて歩き回ったが、一向に見つからない。5度目のエントランスに来て、探索の目を一階から二階へと移すことにした。玄関に向けて独り言するワラがいたが、こちらに気付いていないようだ。

 階段を上る俺。ある事に気づいて足を止めた。

 下にはワラがいる。玄関扉の向こう側にはイモが寝ているはず。この屋敷のどこかにいるであろうアイツをぶっとばすために押しかけ、階段上にいる俺。

「あれ?」

 急にむなしくなってきた。なにやってるんだろう。

「ジェード!」

 下のエントランスから聞き覚えのある声。俺を呼んだ人物は、ワラの横を通って階段を上ってくる。

「もういいから。またつくればいいんだからさ。ぶっとばすのはやめよう」

「……」

 熱が冷めていくのがわかる。狭くなってた視界も、いつものクリアさに戻っていく。空気が新鮮に感じる。

 なんだかどうでもよくなってきた。やつらの悪ふざけはいつものことだし、今回はたまたま俺が怒りを爆発させたに過ぎない。騒ぎが起これば、この町の誰かが同じように怒りを爆発させるだろうし、ぶっとばすことになるだろう。

「帰ろう…」

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