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受験生の恋愛の苦悩の1日

作者: 逢坂ぎん

 風が吹いている。と藍は思った。

 冬の冷たい香りを含んだ風が藍の頬を撫で、教室の中に吹き込む。

 もうすぐ受験を控えた生徒たちの中には、痛いくらいの緊張が溢れていた。

 自習中の教室は誰も言葉を発さない。

 藍はそんな中、窓際の席で、ぼーっと外の景色を見ていた。

 肘をつくと勉強に集中していないことが先生にバレてしまうので、あくまでも姿勢は良いが、その目には絶望にも似た色が浮かんでいた。

 教室の窓から見える景色は、いつもと変わらず、校庭も寂しさに占領されている。

 藍は、ため息を1つ吐いた。

 ため息は白く変わり、冬のモノクロの空気に混じっていく。

 その光景も、藍には虚しさとしか映らず、藍は目を机の上のノートに戻した。

 ノートは真っ白で、何も書かれていない。

 藍は思わず、もう1回ため息を吐いた。

 藍の隣の席の男子がそれに気付き、静かにしろよと言わんばかりの視線を送ってきた。

 藍はそれに悪かったという気持ちを込めた苦笑を返すと、ゆっくりとシャーペンを動かし、文章をノートの上に綴った。

『もう別れよう』

 藍はその文章をじっと見つめると、消しゴムで強く消した。

 窓から吹き込む風は、教室の雰囲気と同じくらい冷たい。

 藍には約1年間付き合っている彼氏がいる。

 クラスは同じではないが、毎晩メールをしている。

 藍は受験を控えた今、もう別れた方が相手にとっても自分にとってもいいのではないかと思い始めた。

 もちろん、相手には相談していない。相談できることではない。

 相手を余計なことで悩ませたくはないし、不安にもさせたくない。

 今でも大好きなのだ。

 大好きだからこそ悩んでいる。

 藍はシャーペンを強く握り締めると、今度は言葉をノートに綴った。

『嫌い』

 本心と反対の事を表すというのは、これほど辛いことなのかと藍は思った。

 今すぐにでも勇人に会って、抱きしめたい。

 大好きと伝えたい。

 藍は、消しゴムを握り締め、言葉を消した。

――チャイムがなった。

「起立。気をつけ。ありがとうございました」

 学級委員長が号令をかけ、クラスのみんながそれに従う。

 藍も例外ではない。もちろんみんながやることは藍もやる。

 授業が終わり、教室が騒がしくなると、藍は再び椅子に座った。

 することがない。考えることはある。

 藍はもう少しで涙が溢れそうだった。

 別れ話を出すならば、今日しかない。

 藍は地元の高校には行くつもりがなかった。

 他県の高校に行くのだ。

 虚しさで溢れそうになった藍の涙を、北風が冷たく乾かしていった。

 藍は、机に伏せた。

 できるだけ、周りの雰囲気に惑わされたくなかった。

 一人の時間が欲しかった。

 藍は休み時間の間中勇人のことを考えた。

 きっと、彼のために命を投げ出せるかと聞かれたら、即答はできなくともイエスといえる覚悟だ。

 しかし、それだけの覚悟など何の役にもたたず、心休めにしかならない。

 今必要なのは相手を傷つける覚悟と、傷つける勇気だ。

 もちろん、傷つくのは相手だけではない。自分も同じくらい、いや、それ以上傷つく。

 藍は、自分が傷つく覚悟はできていた。

 しかし相手を傷つけることができない。

 ただの意気地なしだ、と藍は思った。

 机に伏せたままの体勢で、藍の目から雫が落ちた。

 雫はパタッと音を立てて机に落ちた。

 その涙は、誰にも気づかれることはなく、ましてや北風に乾かされることもなかった。

 藍は、目を固く閉じると、袖で涙を拭った。

 そして、顔を上げると、冬の寂しさに彩られた窓の外を見つめ、ため息をこぼした。


 帰りのホームルームが終わった。

 一気に教室が騒がしくなり、藍はその雰囲気に呑まれた。

 しかし、数分経つと、教室の中は再び静まり返った。

 藍は、教室が落ち着いてからも、独りで椅子に座っていた。

 やはり窓の外に見える景色は朝と少ししか違わない。

 藍はため息をこぼした。

 ため息癖になってる、と藍は思ったが、今はそれを止められなかった。

 癖になっていることに気づくと、それも残念なことに思えて、再びため息がこぼれた。

 教室は、寒い。

 もう誰もいない教室は雰囲気さえ冷たい。

 藍がふと、廊下に目をやると、勇人が立っていた。

 藍は驚いたように目を見開き、固まった。

 勇人は、藍のそんな様子を不思議そうに眺めてから、声をかけた。

「一緒に帰ろう」

 藍は涙がこぼれそうになった。

 いつも通りのこんな日常が愛しくなった。

 勇人がいてくれるだけで、寒さが緩和され、ふんわりとした暖かさまでも見える気がする。

「……うん」

 やはり、自分には勇人が必要だと藍は思った。

 しかし、相手には必要とされていないかもしれない。

 そんな思いが頭を過ぎった。

 いつもだったら、頭を振って消し去ってしまうようなそんな思いも、今の藍は真正面から向き合った。

 そして、覚悟を決めた。

 

 校門を出て、勇人の隣で冬の景色の中を歩く。

 藍は、下を向いて歩いた。勇人は前を向いて歩いていた。

「ねぇ。……大事な話があるんだけど」

 藍はやっとのことで声を絞り出すと、更に俯いた。

 その声はとても小さく、車の音にかき消されてしまいそうだったが、勇人はしっかりと聞いていた。

「どんな?」

 勇人は、一度だけ藍を見ると、また前を見た。 

 藍はずっと下を向いている。

「……あのさ、もう別れたいの」

 勇人は答えない。

「あのね、もう、別れたい、の」

 藍は小さな声で繰り返した。

 そうでもしないと、自分が潰れてしまいそうだった。

 勇人はずっと前を向いて歩いている。

「……なんで?」

 勇人が静かな声で聞き返す。

 静かなのに、藍の耳には痛いほどに響いた。

「……ほか、に、好きな人、が、できた、の」

 藍は涙を堪えながら、途切れ途切れになりながら、嘘を吐いた。

 勇人は、それでも前を向いている。

 藍は、涙をこらえるのと、好きな人に嘘を吐く辛さとで、頭が痛んでいた。

 すると、勇人が口を開いた。

「それ、嘘でしょ」

 やはり静かな、心に響く声だった。

「嘘な、わけない、で、しょ……」

 藍は、気がつくと俯いたまま涙をこぼしていた。

 制服のスカートに、少し水の染み込んだ跡がある。

 勇人は足を止めた。

「俺、藍がなんでこんなこと言ってるのか、知ってる」

 そして、藍の方に向いた。

「……高校のことでしょ」

 藍はハッと顔を上げた。

 なぜそれを知られているのか、分からなかった。

 藍の頬には涙の跡が光っている。

 勇人はそんな藍を落ち着いた目で見つめた。

「俺、遠距離でも藍のこと、愛し続ける」 

 藍は、驚きと戸惑いの混じった瞳で勇人を見つめ返した。

「それでも、別れるって、言う?」

 勇人は、ゆっくりと、確かめるように言葉を紡いだ。

 藍は勇人から目を逸らした。

 勇人はずっと藍を見つめたまま、動かない。

 藍は大きく息を吸い込むと、下を向いた。

「きっと、無理、だよ。勇人だって、このまま、あたしと、付き合ってたら、きっと、辛い。だったら、別れた方が、いい……でしょ」

 涙と辛さでうまく話せない藍は、途切れそうになりながらも、言葉を紡いだ。

 ゆっくりと、聞き取りづらい藍の言葉を、勇人は静かに聞いていた。

 そして、聞き終わると、俯いたまま肩を震わせ、涙をこぼしている藍を、きつく抱きしめた。

 藍はしゃくりあげ、更に泣いた。

 勇人はそんな藍を抱きしめ、藍の温かさを感じていた。

 藍はそのまま泣き続けた。


 次の日の夜、2人はメールのやり取りをしていた。

 藍は自室のベッドの上で仰向けになって携帯を見つめていた。

『俺は大丈夫』

 さっき届いた勇人からのメールだ。

 結局、藍は勇人と別れなかった。

 遠距離でも耐えるから、まだ別れないでいようという結論にまとまった。

 藍は、勇人を信じることにした。

 勇人は自分を信じているのだと思うと、涙が再び溢れそうになった。

 藍はベッドから降り、携帯を机の上に置くと、ベッドに潜り込み、目を閉じた。

 今はとても幸せに包まれている。

 いつまでもこれが続くことを願って、藍は眠りについた。

下手ですいませんでした。


楽しんでいただけたら幸いです。

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