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第五話



「──やっぱり、ここにいたのか」


 青桜学園の屋上。

 あの恐ろしい転獣と戦闘をした、次の日の休み時間に。

 アツキは、屋上の片隅でフェンスにもたれかかりながら、ぼんやりと空を眺めている柴乃にそう言った。


 アツキの声に、柴乃のこちらを向く。その表情は、ここにアツキが来ることをどこか予想していたようなものだった。

 柴乃は再び視線を空に戻しながら、小さく呟く。


「……どうして、あなたがここにいるんですか?」


「どうしても何も、お前が居そうな場所で思いつくのはここだけだったしな」


 本当は教室で、柴乃を捉まえたかったのだが──一限目の授業に、柴乃は教室に来ていなかったのだ。まさかと思い、屋上に足を向けたら案の定、柴乃はここにいたわけだった。


「何か用ですか?」


 固い声で言葉を紡ぐ柴乃に、アツキは真剣な眼差しで柴乃を見つめながら、単刀直入に言った。


「昨日のあれは、いったいなんなんだ?」


 言いながら、アツキは昨日の出来事を思い返した。


 アツキから『力』を奪い去ったあれ。

 『存在』そのものを奪い去ったあれ。


 柴乃が絞り出すような声を漏らす。


「……いったい何のことですか?」


「言わなくてもわかるだろ」


「そんな関係に、あなたとなった覚えはありません」


「そういう意味じゃない!」


 言って、アツキは黒いアームカバーに覆われた柴乃の右腕を真っ直ぐと捉えた。


「──お前の右手はいったい何なんだ?」


 この楽園世界での常識をアツキは知らない。でも、あの右手が起こした現象は常識の範囲で収まるようなそんなものではなかった。


 明らかな異常。

 異常の中の異常。


 アツキは何も知らないが、それだけは断言できる。


「……もう、あなたには隠し通せませんね」


 小さな溜息とともに、声を零して。

 柴乃は立ち上がると右腕のアームカバーを捲り上げた。眩しいほどの白い肌が、直接太陽の下に晒される。


「私の右手──いや、正確には右腕でしょうか、これは異質なモノなんです」


「異質……?」


 訝しげな表情を浮かべるアツキに、柴乃は薄く笑うと、静かにフェンスに触れた。

 刹那。

 フェンスが音もなく腐敗すると、あっけなく崩壊する。柴乃が手を伸ばした先には何も残っておらず、右手が空中を泳いだ。


「わかりましたか」


 アツキが絶句する横で、柴乃は悲しげな表情を浮かべた。


「これが、私の秘密です」


「今のは……いったい?」


 呆然と呟いたことに、柴乃は自嘲的な笑みを浮かべて答える。


「《絶対体質アブソリュート・ワールド》、です」


「……《絶対体質》?」


「はい、《絶対体質》は本人の意思に関係なく発動する、人に刻まれ、絶対に解呪することができない呪いのことです。私の《絶対体質》は、《呪怨(ザ・グラッジ)》──触れたモノの生命力や神力から何もかも奪いつくして、喰らい尽して吸収する呪いです」


「そんな……」


 だから。

 だから、あのフェンスは崩れ、問答無用にアツキは『力』を吸収されてしまったというわけなのか。


 柴乃の《絶対体質》によって。

 《呪怨》によって。


 柴乃の言葉が、脳裏に蘇る。



 ──もう、私には近づかない方がいいですよ。あなた自身が消えたくないのなら。



 冗談ではなく、脅しではなく。

 柴乃に近づき触れたら、文字通り『存在』そのものが消えてしまう。


 ずっと、疑問に思っていた。何故、柴乃はいつも孤立しているのかと。なるべく、一人でいるようにしているのかと。

 最初は、柴乃が一人でいるのが好きなのかと思った。

 でも──本当に、一人でいたいならあんな眼はしない。明らかにわかるような拒絶の壁をつくったりしない。

 断言できる。──なぜなら、かつてのアツキとそっくりだったからだ。


「わかりましたか? わかったら、早く私から離れてください。昨日は運よく、あなたにはたいして影響はなかったみたいですが、今度はわかりませんよ」


「……それでお前は良いのか?」


 柴乃の言葉に、アツキは言った。


「今の話を聞く限りじゃ、お前はそれを止められないんだろう? お前の意思は関係ないんだろう? なら、お前のせいじゃねーだろ。こんなところに、いつも一人でいる必要なんか……」


「──じゃあ、どうしろっていうんですか!」


 アツキの台詞を遮って、柴乃は声を荒げて叫んだ。柴乃の瞳からは、行き場のないアツキへの怒りが伺えた。


「一人でいる必要がない? でも、そうしないと私は誰かをうっかり消してしまうのかもしれないんですよ! 《絶対体質》のせいでも、実際に消すのは私なんです! 感じるのは私なんです!」


 一転して、柴乃は悲痛な表情を晒した。


「私だって、私だって一人は嫌ですよ……でも、私は、私は他の人と一緒にいると『私』でいられなくなります。『人間』でいられなくなります。だって、私は……」


 柴乃の視線がアツキのものと交錯した。悲しげな──しかし、何かを悟ったような柴乃の表情がアツキの脳裏に深く刻まれた。


「──呪いを持った『化け物』なんですから」


 ああ。

 似ている。疑う余地もない。かつてのアツキと──ユイと出会う前のアツキとそっくりだ。

 アツキにはユイがいたから孤独から──絶望から解放された。でも、柴乃には誰もいない。誰も、柴乃を理解しようとしない──できない。


 でも、アツキなら。

 同じ苦しみを味わったアツキなら──


「……お前はどうしたいんだ?」


 真っ直ぐと柴乃を見つめて、アツキは言った。


「このままでいいのか?」


「……嫌ですよ」


 柴乃は俯いて地面を見ながら呟いた。


「一人は嫌です。誰かと遊びに行ったり、友達と一緒に昼食を食べたりそんな当たり前のことがしたいに決まっているじゃないですか。……でも、そんなこと、私に無理ですよ。たとえ、私が近づいていったとしても、私みたいな化け物と一緒にいてくれる人なんかいるはずも──」


「俺がいるじゃねーか」


 力強く一歩前に足を踏み出して、アツキは言った。


「えっ──?」


「俺がお前の傍にいる。そりゃあ、いつも一緒にいるなんてことはできないけど……それでも、どこかに遊びに行ったり、話し相手ぐらいならいつでもなってやる」


 アツキの言葉に、柴乃は目を見開いて戸惑った表情を浮かべる。


「で、でも、ちょっとしたことで消えてしまうかもしれないんですよ」


「そんなの知るか! でも、もし、それでも不安なら──」


 アツキはもう一歩踏み出して、柴乃の目の前に立った。手を軽く伸ばせば、互いに触れ合うことが可能な距離。

 そして──

 アツキは、柴乃の黒いアームカバーに覆われていない白くきめ細かい肌に、そっと手を伸ばして触れた。


「何を──!!」


 柴乃が叫ぶより早く。

 その現象は発現した。アツキの中のあらゆる『力』がゆっくりと柴乃に吸い取られ──アツキの『存在』そのものが希薄になっていく。

 が、アツキは遠くなりかける意識を確かに持って踏ん張った。『存在』を《絶対体質》に喰われないように、意思を力に変えて抵抗する。

 それから数十秒たっても、アツキが消えることはなかった。


「……ちゃんと触れるじゃなーか」


 ポツリ、とアツキが呟いたことに、柴乃は泣き笑った。


「……無茶苦茶ですよ。そんな、簡単なことではないはずなのに……消えてしまうかもしれなかったのに……あなたはいったいどういう思考回路をしているんですか?」


「さあな。精密なんじゃねーの」


「そんなわけないでしょう。たぶん、短絡的思考しかできませんね」


 言って、柴乃は右腕をアツキから離して、頭だけをこつんとアツキの胸に埋めた。


「……人ってこんなに温かいんですね」


「そうだな」


 アツキは柴乃の頭を眺めながら、高鳴る心臓を必死に押さえつけながら答える。

 ずっと人の温もりに触れてなかったのか、柴乃はその状態を楽しむように、アツキの胸に顔を乗せ続けた。

 数秒後。

 アツキの胸から身体を離した柴乃は、アームカバーで右腕や手を完全に覆い隠すと、視線を空に照準させながら、フェンスに軽く触って小さく呟く。


「……あの」


「何だ?」


「……あなたのことを先輩って呼んでもいいですか?」


「ああ、別に良いけど……何でだ?」


 アツキの疑問の声に、柴乃はくるりと身体をアツキの方へ向けて、初めて微笑んだ。




「知らないんですか? 私って飛び級をしているんですよ、先輩」





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