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第三話

「おい、注目しろ!」


 二階堂の声が、訓練場であるアリーナに響いた。

 アツキが異世界トリップをして、この楽園世界と呼ばれる世界に来て二日目。

 神力を使った実践演習ということで、アツキの所属するクラス──一年四組のクラスの生徒が、このアリーナに集まっていた。


 アツキの横の場所は真癒が陣取って、他の人達はアツキから一定距離を離したところに座っている。多くの人は真癒を羨望の視線で見つめて、残りはアツキの近くに座ろうとしているみたいだが──女子同士で何かを相談するように話している。


 前で、二階堂が喋っているものの、そちらに視線はあまりに向かれていない。多くは、アツキか真癒に向けられているのだ。

 昨日から続く居心地の悪さに、アツキは若干辟易しながらも、そっと辺りを見回した。


 果たして──探していた人は直ぐに見つかった。

 アツキを取り巻いている集団から少し離れたところ──そこに、御影柴乃が一人孤独に座っていた。


「……どうしたんですか? 一霧君」


 アツキの視線が前に向いていないことに気づいたのか、真癒が耳元で囁く。

 振り向くと──思った以上に近くに、真癒の顔があった。真癒が吐き出した息がアツキの首筋にあたる。


「あ、いや、えーっと……」


 アツキは微かに顔を赤らめながら、顔を逸らすが──真癒は全く気にしていないようだった。


「あれってどうしたのかな、って思って」


 アツキが一人でポツンと座っている柴乃を指すと、真癒は腑に落ちたように声を漏らした。


「あ、御影さんですね。……彼女はいつもあんな感じなんです。なんか、こう、私に近づくな! みたいな……しょうがない部分もありますけど」


「しょうがない?」


「はい、御影さんは飛び級しているので、私達よりも一つ歳が下なんです。……そのせいもあって、クラスに溶け込めないようで……本当は、委員長の私がしっかりしないといけないんですけど……うぅ……」

 

 喋るにつれて、真癒がどんどんと落ち込んでいく。

 その可愛らしい姿に、アツキは苦笑を滲ませた。


 しかし──


 前で行われる授業をぼんやり聞きながら、アツキは思考を巡らせる。

 本当に、それだけが理由なのだろうか。歳が一つ下というだけで、クラスに溶け込めず、あんな壁をつくったりするものなのだろうか。

 あんなことを口にするものなのだろうか──私に近づくな、などと。


 と。


「そこ! ちゃんと聞いているのか!?」


 その声で、アツキの思考は強制的に打ち切られた。

 前を向くと、二階堂がアツキの方に指さしていた。クラスメイトが皆、視線をこちらに放って一層注目が集まっている。


「今、神力の系統について講義していたが、ちゃんと聞いていたか──二閃!」


 

 流石に、この楽園世界に来たばかりのアツキを指名するのは憚られたのか、二階堂はアツキに突き付けられていた指はスッと横にスライドして──代わりに、真癒を照射した。


「答えてみろ」


 二階堂による突然の指名に。

 が、真癒は慌てることなく、その場から立ち上がると、スラスラと答える。


「神力の系統は、大きく三つに分かれます。物質を創り出す──《顕現系》。幾つかの属性の現象を起こす──《事象系》。世界に対して働きかける──《特質系》。基本的には、私たちはどれも使うことができますが、人によって得手不得手が存在し、主に一~七までの七つのランクでその得手不得手の度合いを区別します」


「……その通りだな。なら、肝心の神力の使用方法はなんだ?」


「イメージです。神力の使用には、主にイメージが必要になります。強固なイメージであるほど、その現象は、よりはっきりと具現します」


「……まあ、いいだろう。二閃、ご苦労だったな」


 二階堂の声に。

 真癒はぺこりと頭を下げると、アツキの横に座り直した。その顔には、安堵した表情を浮かんでいる。


「凄いな。いきなりだったのに」


「私には、これくらいしか取り柄がありませんから」


 アツキの賛辞の言葉に、真癒は微笑んで応える。


 ──と。


 二階堂の講義が終わったようで、クラスメイトがアリーナ中に散らばり始めた。

 どうやら、神力の操作の実戦的な形式に入るらしい。

 多くのクラスメイトは、二人組や三人組になって生徒が散らばり──もしくは、遠目からアツキに近寄る機会を伺っている。その中でも、柴乃は一人でアリーナの隅の方へ歩いていく。


「一霧はこっちに来い」


「はい」


 その様子を困惑しながら見ていると、二階堂先生がアツキを手招いた。幸いとばかりに、二階堂の方に行くと、何故か後ろから真癒もついてくる。

 その事は、二階堂も思ったようで怪訝な表情を浮かべた。


「どうして、二閃がここにいるんだ?」


「私は一霧君のお世話係ですから」


 さも当然のように、真癒は答える──が、アツキは当然のように知らない。


 ……いったい何時から、そんなことになっていたのだろうか。


 真癒の返答に、あちこちから女子の不満の声があがる。──「えー、そうだったの」「私もやりたかったのに」「二閃さん、抜け駆けはずるいぞ」

 そんな声にも、真癒の表情は動かず微笑んだままだ。精神的に強いのか、絶対的に譲れない信念のためなのかはわからないが……。


 真癒の譲らない態度に、二階堂は大きく溜息をついた。


「まあ実際、二閃が一番適任だからな……いいだろう」


 二階堂の判断に、女子の不満の声があちこちから再び上がる──が、その抗議は、二階堂から発せられた絶対零度の視線にも黙殺された。

 力関係がよくわかる構図だった。


「はぁ……まったく、どうしてこんなに騒がしいんだろうな」


 言って、二階堂がちらりとアツキに視線を放る。


 ──俺のせいじゃありません!


 そう抗議したいのは山々だが──その視線の前では、そんなことを言えるはずもない。

 アツキが視線に萎縮していると、二階堂はどこからか、バスケットボールより一回り小さいサイズの水晶を取り出した。二階堂の手の平で握られた水晶は、何の光源もないように見えたが、主に緑色に強く光り輝いている。


「なんですか? これ?」


「一霧の神力の系統と量を測るものだ。赤色だと《顕現系》。青色だと《事象系》。緑色だと《特質系》だな。量は、その色の輝きによる」


 アツキは、再び二階堂の手の平の乗る水晶に視線を落とした。

 三種の色が混じり合っているが、緑色に強く光っている──これは、二階堂の神力の系統は《特質系》ということだ。それも、かなり強い輝きなので量も多いに違いない。


「……これをどうすれば良いんですか?」


「触れるだけで良い。そうすれば、この水晶がお前の中の神力を勝手に判断する」


 ほら、と二階堂が差し出した水晶を、アツキは両手でおそるおそる受け取る。


 瞬間。


 水晶から目も眩むような煌めきが放たれる──ことはなかった。


「……えっ?」


 呆然と、アツキは声を漏らした。

 だって、水晶から放たれた光は驚くほど小さかったのだから。

 何かを期待したわけではないが──それでも、二階堂先生の時と比べても、その光はやや心許なかった。

色も三色ぴったりに混じり合っているようで、どれが突出して輝いているかなど、目視で判断することはできない。


「……えーっと、これってどういう事なんですか?」


「神力の系統はこれではわからないな。器用貧乏って感じだ」


「それに、神力の量もかなり少ないです。これなら、オールランク1といったところでしょうか」


 二階堂に続き、真癒も意見も述べる──が、真癒の言葉に、アツキは眉をひそめた。


「オールランク1って、どういう意味なんだ?」


「系統の強さは主に神力の量に比例します。……つまりですね、一霧君の系統はどれにも秀でてなく、神力の量も少ないので、全て最低ランクなんです」


 告げられた言葉に、アツキはがっくりと肩を落とした。

 そりゃあ、男の多数は神力を使うことはできないのだから、持っていてもしょうがないかもしれないが──いくら何でもこれは酷い。

 もう少しまともでも良かったはずだ。


 そんなアツキの心情を察したのか、真癒はパタパタと両腕を振る。


「だ、大丈夫ですよ! そんなに落ち込まないでください! いざとなったら、私が助けますから」


 ……それは、男としてどうなのだろうか。


 まあ、この楽園世界ではそれが普通なのかもしれないが。

 と、アツキはふと気になったことを口にする。


「……そういえば、二閃さんの系統とランクっていくつなんだ」


「私は《特質系》のランク五です。その中でも、得意な能力は《治癒》ですね。《特質系》には、こういうちょっと変わった能力が多いんです。……私は前で戦うのは苦手なので、嬉しいですけど」


「ん? 系統によって能力が変わるのか?」


「はい、そうですね。《顕現系》は、物質を創造や変換をする能力。《事象系》は、炎や氷、雷といった自然現象系の能力。それ以外の一風変わった能力は全部、《特質系》です」


「……やけに《特質系》の範囲が広くないか?」


「そうかもしれませんけど……《特質系》はそれだけイメージするのが、難しいですから」


 神力を使うには、それだけイメージをする必要になるのだ。だとすれば、確かに自然現象系統の能力である《事象系》よりも《特質系》の方が難度は高いのかもしれない。


 ……どちらにせよ、アツキは使うことはできないのだが。


「そういえば、さっきから思っていたんですけど、一霧君が腕に付けているのって何ですか?」


 真癒がアツキの腕を指し示す。

 白銀に光り輝く腕輪。──昨日、唯奈に武器として貰ったものだ。


「ああ、これは昨日……不時(しとき)学園長に貰ったものなんだ」


「学園長とお知り合いなんですか! 凄いです、一霧君」


「なんだ、一霧、お前学園長と知り合いだったのか」


 真癒と二階堂が感心したように声を漏らす。


「……そんなに凄い人なんですか? あの人」


「凄いも何も、あの学園長はこの学園の創立者にして現楽園世界の最強だぞ」


「ちょっと待ってください。この学園っていつからあるんですか?」


 あの若さで創立者。だとすれば、最近に設立したのかと思ったのだが──

 二階堂が口にした言葉は、アツキの予想を容易に裏切った。


「……確か、だいたい三百年前だったな」


「さ、三百!」


「三百年ですか!」


 真癒も知らなかったらしい。アツキ同様に、大きく目を見開いている。

 この学園は三百年前に設立された。

 ということは同時に──

 アツキの内心を読み取ったのか、二階堂は苦笑した。


「一霧の思っていることはわかる。だが、不時学園長には謎が多いんだ。何か、大事な秘密を持っているのかもしれないな」


「……その学園長から頂いた腕輪ですか……」


 真癒が、アツキの腕輪をまじまじと覗き込む。


「いったい何なのでしょうか?」


「……不時が言うには、武器らしいけど」


 しかし、どう見ても腕輪が武器には見えない。

 二階堂もまじまじと腕輪を見つめる。──と、数秒後、得心したような声を漏らした。


「ん? これは、桐槌(きりつち)が良く使っていた剣じゃないか」


「き、桐槌って誰ですか?」


「知らないんですか!」


 ──と、声を張り上げたのは、真癒だった。

 が、直ぐに、アツキがこの学園に来たばかりのことを思い出すと、顔を赤らめて説明する。


「……桐槌っていうのは、一か月前まえまでこの学園最強だった先輩です。みんなの憧れで……とっても格好いい先輩でした」


「最強だった、って……」


「ええと、先輩はその……先月の戦いで死んじゃって……もうこの学園にはいないんです」


「そうなのか……」


 呟いて、アツキはそっと腕輪を眺めた。

 この学園の生徒の憧れで、最強だった先輩の武器。そう思うと、使いづらいところがある反面、とても頼りに思える。


「……それで、結局これはなんの武器何ですか? このまま腕輪として使うんですか?」


「いや、違うな。桐槌はそれを剣に変えてよく使っていた。おそらく《顕現系》の能力が使われているんだろう。その腕輪自体に神力が付加されているから、神力がない一霧でも使えるはずだ。ただな……」


「どうしたんですか?」


 渋面をつくる二階堂に、アツキは訊ねた。


「その腕輪を剣に変える方法がわからないんだ」


「えっ? どうしてですか?」


「なにせ、桐槌が生きている時も、桐槌以外誰も使えんかった武器だからな。桐槌の死後、何人もの生徒が試したようだったが、ついには誰も使えなかったらしい。だからこそ、学園長が持っていたのだろうが……いったい、どういうつもりなんだろうな、学園長は。ただの腕輪として渡したのか、それとも……」


 その後は、二階堂の口から語られることはなかった。──が、アツキの脳裏に小さくその先の言葉が囁かれる。


 ──一霧には使えると思ったのか。


 ちくり、と心が疼く。

 白銀の腕輪。

 当然聞いたことも見たことも一度もあるわけがない。

 だけど何故か断言できる。──この腕輪を知っていると。

 アツキがその違和感を口に出して、二人に伝えようした瞬間。


「────ッ!!」


 ゾッ、とした感覚が背中をはしった。

 危険。警告。

 本能が『逃げろ』と脳内でけたたましく叫ぶ。


「なに……が……」


 聞き取れないほどの呻きが、アツキから漏れる。

 そして──

 『危険』がアリーナの中心に舞い降りた。





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