プロローグ
世界が真っ赤に染まった。
視界一面を塗り潰すように──あるいは、逃げ道を全て潰すように『赤』が目の前に広がっていく。
それでもただ無意識に、必死で足を動かす。
迫りくる炎から逃げるために。
足を動かす。
何も考えられない。
思い浮かべることはただ一つ。
ただ──
燃える。燃える。真っ赤に燃える。
家が。道路が。人が。視界が。世界が。
炎に呑まれていく。
何もかも燃やし尽くすように。
逃げ道を潰すように。
『生』への道を閉ざすように。
──汝は何を望む。
ああ。
また、あの声だ。
幻聴──そんなことはわかっている。
煙を大量に吸ったのだろう。思考が鈍り、視界が歪む。
人々が戸惑い、恐れ、叫ぶ声が聴覚に触れる。
身体が痺れ、あらゆる感覚が遠ざかって──あらゆる感覚が『死』に近づく。
だから、
だから、そんな声も聴くのだろう。
──汝は何を望む。
足を止める。
地面に崩れ落ちる。
もうどこにも逃げ場などなかった。
『生』への道など残されてなどいなかった。
残っている選択肢は──道は唯一つ。
『死』への道。
──汝は何を望む。
それでも後悔はしていない。
きっと、助けることはできたのだから。
誰よりも大切に思っている人を助けることはできたのだから。
もうこの場所には自分しか残ってない。
自分は逃げ遅れてしまったが、それで十分だ。
──汝は何を望む。
哄笑したい気分に駆られる。
こんな状況で、今の心境で。
そんなことを聞くのか──この幻聴は。
──汝は何を望む。
何を──望むのか。
そんなことは決まっている。
思い浮かべることは唯一つ。
ただ──
──この場所から逃げて……
生きたい。