第2話 信力 ラーメンへの信心
妹とラーメンを食べた後、洗った器を持って俺は途方に暮れていた。今生の世界では庶民の食器なんて木製がほとんどで、そもそも陶器自体を見たのも今生では初めてかもしれない。町中華でよく使われているラーメン器ですらとんでもない高級品扱いになるのだ。
こんなものを俺のような孤児が持っていたらトラブルになりかねない。そのため、俺は今生で最も頼りになる人物――保護者である孤児院の院長に尋ねてみた。
「それは信力によるものだろうね」
俺からの相談を受けた孤児院の院長、レンツェル神父はそう口にした。レンツェル神父は森人種の男性だ。俺の前世の知識によると森人種はファンタジー物によく出てくるエルフと言われる種族に酷似した種族で、長命であり種族全般が普人種よりも美形で長い耳が特徴的だ。レンツェル神父も切れ長の顔立ちに緑色の瞳が印象的な美丈夫だ。
彼の言う信力とは人の信ずる力と書いて信力と呼び、俺の前世知識でいうところのMP、精神力と呼ばれるものに近い。レンツェル神父は一枚の灰色の紙を取り出して、これに手を置くよう言ってきた。
言われた通りに机の上に置かれた紙の上に手を置くと、俺の手からじわりと何かがにじみ出るように紙にしみ込み、その何かが黒い文字列になるよう動き始める。
「マリア教会においてステータス紙と呼ばれる魔術具だ。触れた人間の能力を紙面に写し取ることができる」
「ステータス?」
「その人の能力が実際に見れると思いなさい。タロゥは読み書きと算術ができましたね?」
「はい。かんたんなもじだけですが」
「それで充分です」
小首をかしげて尋ねる俺に、神父は穏やかな笑みを浮かべながら答えた。文字が浮き上がってきた灰色の紙には黒い文字が浮かび上がり、そこには
生力8 (8.7)
信力7 (7.3)
知力3(3.7)
腕力1(1.1)
速さ2(2.2)
器用2(2.5)
魅力1(1.0)
幸運1(1.0)
体力1(1.0)
技能
市民 レベル1(12/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (1/100)
という文字が描かれていた。前世のゲームなんかでよく見るステータス表を思い出す内容だ。
「うん。ちゃんと浮かび上がってきたね。次はそのステータスを自分の身体に映し出そう。先ほどと同じように紙の上に手を置いてみてくれ」
「はい」
神父様に言われたように紙の上に手を置くと、ステータス紙の黒い文字が再び蠢きだし、俺の右手にうぞうぞと文字が集まってくる。やがてステータス紙はまた元の灰色の紙に戻り、俺の右手の平にはステータス紙に書かれていたステータスが写し出されていた。
「うん、ちゃんと定着しているね。このステータスはこんな風に出したり消したりできるから、タロゥもやってみなさい」
そういって神父様が自分の右の手のひらを見せてくれると、なにも描かれていない手のひらに急に黒い文字が浮かび上がってきたのが見れた。
生力137 (137.7)
信力118 (118.3)
知力153 (153.7)
腕力108 (108.4)
速さ143 (143.3)
器用98 (98.5)
魅力78 (78.8)
幸運1 (1.0)
体力123 (123.3)
技能
市民 レベル4 (0/0)
神官 レベル10 (0/0)
聖騎士 レベル10 (0/0)
教師 レベル4 (57/100)
精霊術師 レベル3 (2/100)
スキル
異端審問 レベル10 (0/0)
尋問術 レベル10 (0/0)
回復魔法 レベル6 (0/0)
光魔法 レベル8 (0/0)
マリア教制式拳闘術 レベル7 (12/100)
マリア教制式剣術 レベル10 (0/0)
マリア教制式弓術 レベル8 (82/100)
いやこえーよ。
森人種としては大柄に属するレンツェル神父の手のひらには、みっしりとステータスが記載されていた。俺の前世知識に間違いがなければこれは相当強いというか、ほとんどのステータスが俺の100倍以上かそれに近い数値になっている。これがこの世界のステータス平均だとちょっと絶望しそうなほどの差がそこにはあった。
そしてなによりも突っ込み所しかないスキルの数々だ。異端審問に尋問術。しかもどうやらレベルMAXである。いやマジで怖ぇって。大事なことだから二回言ったぞ。
俺の表情から感情を読み取ったのか。レンツェル神父は慌てたような表情を浮かべる。
「ああ、落ち込まなくても大丈夫だよタロゥ。君のステータスは年齢相応だ。平均的な普人種の男性は大体のステータスが20くらいにまでは成長するから安心しなさい。私は、ちょっと特殊だからね」
「はい。わかっております」
そこじゃないんですがね???
いつもは神父様、神父様と呼び親しんでいる相手の顔を見るのが怖い。いつもよりも数段丁寧な言葉遣いになってしまうのも仕方のない事だろう。
「しかし、夢想具現……言葉の通りに捉えるなら、夢想い描いたものを具現化するという意味だろうが、それで出来たのがこの器なんだね?」
「はい」
レンツェル神父の問いかけに俺は空になったラーメンの器を差し出した。中身は俺と妹の二人で美味しく頂いたため俺たちの腹の中に消えたのだが、この器と箸。それにレンゲはそのまま残ったのだ。
ラーメンを入れていた器は白い陶器に中華風の模様が描かれた代物で、よく町中華などでラーメンに使われている器だった。令和の日本では子供の小遣いでも買おうと思えば買える品物だろう。
だが俺たちが住んでいる商業都市サニムは令和日本じゃない。庶民が食事の際に使う器はほとんどが木製で、少し裕福な家庭は焼き物の器を使っている程度。こんなに真っ白な陶器なんて、両親が生きている時分でも見たことはなかった。
「素晴らしい。透き通るような白さに、この絵付けも良い。なんと幻想的な作風だろう。異国の代物なのかな。それに、食欲をそそる匂いが微かににじみ出てくるのも良い」
それとんこつスープの残り香なんだよなぁ。その言葉を飲み込んでレンツェル神父に要望を伝える。
「これを売って、こじいんのたべものをかえないでしょうか?」
「それは……すまないタロゥ。本来なら、私が頑張らねばならないことだね」
俺の問いに、レンツェル神父は顔に影を落としてそう口にする。ここ最近、町全体の景気の悪さに引っ張られて孤児院に対する喜捨や援助が少なくなっているらしい。現在俺たちは一日一食、ふかした芋を食べさせてもらっているが、これもレンツェル神父が頑張ってなんとか引っ張ってきてくれているものだ。
だから、レンツェル神父を責めることは出来ない。景気が悪ければ真っ先に切り捨てられるのは弱者であるのは古今東西、変えようのない事実なのだから。
とはいえ、ただ黙って飢えて死ぬのを待つわけにもいかない。可能性があるなら生きるために全力で足掻くのが生き物の性で、義務だと俺は思っているし腹を空かせて泣いている妹をもう見たくないのだ。
「ふむ……確かにこれだけ見事な器であれば商人の方も話を聞いてくれるやもしれないね」
レンツェル神父はそう言って少し考えた後、懇意にする商人さんの元へと連れて行ってくれると約束してくれた。異世界で行き足掻く。その第一歩目を、俺はこの時歩み始めたのだ。
そして、その次の日。
「いいわよ。二束三文で買ってあげる」
俺の第一歩目は大きく躓いた。
神聖歴578年 春の始め月 3日時点のステータス
タロゥ(5歳・普人種男)
生力8 (8.7)
信力7 (7.3)
知力3(3.7)
腕力1(1.1)
速さ2(2.2)
器用2(2.5)
魅力1(1.0)
幸運1(1.0)
体力1(1.0)
技能
市民 レベル1(12/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (1/100)




