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夜夜一夜(よながよっぴて)~奇の断片~  作者: 夏の月 すいか


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8/11

本当の正解

 その日は何故かなかなか寝つけなかった。

 すると顔に何か触れるものがあった。

 髪の毛だ。

 誰かの髪が顔に触れている。

 人の気配や衣擦(きぬず)れの音はしない。もちろんベッドに重さも感じない。

 髪だけが顔に垂れ下がっている。

 顔にかかる髪の量がだんだん増える。

 それは何者かの顔が近づいているという事を意味していた。

 目を開けてしまったら、眼前に顔があるのだろうか。

 恐怖で目が開けられない。

 目を開けなければ「あれな何だったんだろう」という恐怖体験の可能性で済むかもしれない。

 しかし目を開けてしまったら恐怖の「何か」がそこにいるのが確定してしまう。

 朝に近づくにつれ髪の感触は薄まり、明るくなると消えた。

 その日はとうとう恐怖と我慢で目を開けないまま朝を迎えた。

 顔を洗っていると、夜中の出来事は気のせいか夢だったのではないかと思えてきた。

 やはり目を開けなくて正解だったのだろう。


 しかしそれはある意味正解で、ある意味では誤りだった。

 夢や気のせいというは希望的観測であり、現実に起こったそれはその日から毎晩続くことになった。

 時折、眠気のため意識を失うことはあるが、まともに眠れない。これでは睡眠不足で神経がまいってしまう。

 


 この話は私の部署の担当営業だった、別会社のAさんから伺った、Aさん自身に起こった話だ。

 体調不良を心配した私に、「今夜、ちゃんと見て確かめてみます」と言ってAさんは力なく笑った。

 それが私がAさんを見た最後になった。

 その数週間後。営業担当が変わるとのことで、新しい(かた)が挨拶に来た。

 Aさんは会社を辞めたという。突然連絡がつかなくなり、退職になったそうだ。



 数年後、私の同僚がAさんらしき人を見た。

 Aさんらしき人は両手にひもを持って、駅の人波(ひとなみ)のなかで笑いながら立っていた。

 両手のひもの先にはそれぞれぬいぐるみが数体ずつ(くく)り付けられていた。映画などの結婚式で、車に空き缶をつけて走るシーンを連想させる姿だった。

 ぬいぐるみには長い髪の束がガムテープで貼り付けられていた。 

 Aさんらしきと同僚が言ったのは、Aさんの風貌(ふうぼう)のせいで確信が持てなかったからだった。

 Aさんの頭は、()(むし)ったように髪が《《まだら》》になっていた。

 

 Aさんは目を開けたのか開けなかったのか。

 それを知ることはもうできない。




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