本当の正解
その日は何故かなかなか寝つけなかった。
すると顔に何か触れるものがあった。
髪の毛だ。
誰かの髪が顔に触れている。
人の気配や衣擦れの音はしない。もちろんベッドに重さも感じない。
髪だけが顔に垂れ下がっている。
顔にかかる髪の量がだんだん増える。
それは何者かの顔が近づいているという事を意味していた。
目を開けてしまったら、眼前に顔があるのだろうか。
恐怖で目が開けられない。
目を開けなければ「あれな何だったんだろう」という恐怖体験の可能性で済むかもしれない。
しかし目を開けてしまったら恐怖の「何か」がそこにいるのが確定してしまう。
朝に近づくにつれ髪の感触は薄まり、明るくなると消えた。
その日はとうとう恐怖と我慢で目を開けないまま朝を迎えた。
顔を洗っていると、夜中の出来事は気のせいか夢だったのではないかと思えてきた。
やはり目を開けなくて正解だったのだろう。
しかしそれはある意味正解で、ある意味では誤りだった。
夢や気のせいというは希望的観測であり、現実に起こったそれはその日から毎晩続くことになった。
時折、眠気のため意識を失うことはあるが、まともに眠れない。これでは睡眠不足で神経がまいってしまう。
この話は私の部署の担当営業だった、別会社のAさんから伺った、Aさん自身に起こった話だ。
体調不良を心配した私に、「今夜、ちゃんと見て確かめてみます」と言ってAさんは力なく笑った。
それが私がAさんを見た最後になった。
その数週間後。営業担当が変わるとのことで、新しい方が挨拶に来た。
Aさんは会社を辞めたという。突然連絡がつかなくなり、退職になったそうだ。
数年後、私の同僚がAさんらしき人を見た。
Aさんらしき人は両手にひもを持って、駅の人波のなかで笑いながら立っていた。
両手のひもの先にはそれぞれぬいぐるみが数体ずつ括り付けられていた。映画などの結婚式で、車に空き缶をつけて走るシーンを連想させる姿だった。
ぬいぐるみには長い髪の束がガムテープで貼り付けられていた。
Aさんらしきと同僚が言ったのは、Aさんの風貌のせいで確信が持てなかったからだった。
Aさんの頭は、掻き毟ったように髪が《《まだら》》になっていた。
Aさんは目を開けたのか開けなかったのか。
それを知ることはもうできない。




