12
馬車に乗ってから「用事があるので。」と断れば良かったのだと気がついた。
そこまで気が回らなかった。
チラリとライアン様を覗き見ると口を強く結んであまり機嫌が良くなさそうに見える。
(機嫌が悪いのなら誘わなくても…)
いつも微笑んでいるイメージの彼の違う表情を見るのは新鮮だなと観察していると、彼もこちらに視線を向ける。
「いつもより大人びた装いですね。」
濃く化粧を施したからだろう、彼と会った時には軽く色を乗せる程度だった。
気になるそばかすも消してある。
「そうですね、たまには。」
少しは綺麗に映るだろうかと考えてしまう。
グレーの瞳がいつもより濃く見えるのは目の錯覚だろうか。
珍しくなかなか会話が続かずに沈黙が重い。
「…すみません。もしお時間があれば学園で必要なものを一緒に買いに行ってもらえませんか?1人だと最低限の物しか分からなくて。」
「ご自分で買われるんですか?そうですね、私でよければ。参考程度にはなるかもしれません。」
「気分転換にと入学前にこちらまで出てきました。リリー嬢に見て頂けるのならとても心強いです。」
優しい笑顔が返ってきてやっと気持ちが落ち着いてくる。
(学園に必要なものを使用人に任せずに買いに出るなんて堅実でいらっしゃるのね。)
優しい笑顔も素敵だけれど
(真剣なお顔もとてもかっこよかった。)
自分の考えに顔が赤くなる。
「ペンはもう買われましたか?リリアとお揃いで買ったのですが、こちらのお店のものは手が疲れにくくておすすめです。」
おすすめのノートや多めに準備しておくといい物を購入していくと、思っていたよりも大荷物になってしまった。
「連れ回してしまってすみません、でもとても良い買い物が出来ました。」
「お役に立てて良かったです。私でよければ」
いつでもお付き合いしますよ、と言いかけてとまる。
年頃の男女が一緒にいるとあらぬ誤解を招く。
「今度はお礼にどこかお誘いしたいのですが、どうですか?学園が始まるまで私はこちらにいる予定なので暇を持て余していて。」
「…ありがとうございます。でも、学園が始まるまでやりたい事があるので。」
言葉がつまりそうになる。
出来たら彼ともっと話をしたいと思ったがそうもいかない。やる事もある。
それに…
「そうですよね。それでは、また。」
「送って頂いてありがとうございます。」
彼には想う人がいる、それだけで断る理由には十分だ。
「リリー嬢、また学園で。」
「はい。」
これが最後になるかも、縋るように彼を見てしまう。
カフェで飲んだ温かな紅茶の味もケーキを食べながら話した時の暖かい気持ちも、もう思い出さなかった。
————-
数日の後、アベルから約束の日にちの連絡が届いた。
すぐに動いてくれたようだ。
(あの後説明の連絡もしないままだったわ。)
お礼の手紙に先日の謝罪を付け足す。
(ライアン様との関係って、知り合い程度だから説明が難しいのよね。)
何度も会っているが客観的に見ると友人ではないので知り合いが妥当だろうと思うと少し寂しく思う。
貴族同士の婚姻で女性が年上ということは稀で同じか年下の女性を選ぶのが普通だ。
身分差もあり想い人のいるライアン様と、なんてありえない。
(苦しくなる前にと離れたのに。)
ライアン様に気持ちが向いてしまっている現実から目を背ける事はもう難しい。
優しく笑う顔も年相応に照れた様子も、笑っていない時の表情さえ魅力的で特別に思えた。
何より会話していると楽しく穏やかな気持ちになる。
まだもう少し話したいと事前に思うのだ。
(今回は期待をしたりなんてしないもの。)
自分に言い聞かせるように大丈夫だと反芻する。
引き出しの奥から大事にしまっておいた四葉のクローバーのネックレスを取り出す。
ひっそりと終われていたネックレスが寂しげに見えて自分と重なる。
せめて使ってあげないと、と栞として使う事に決めた。
(私って惚れっぽいのかもしれないわ。)
それなら政略結婚になっても何とかなるかもしれないと気持ちを持ち上げて、魔法のノートを取り出す。
少しでも何か思いついたらと書き溜めたノートは半分いかないほどまで埋まっていたが、特別良さそうな案はまだ見つからない。
(癒し魔法、水魔法、火魔法、土魔法。)
それぞれの特性を浮かべて、魔力を凝縮してから水を出したり
飲んでみたりと試しているうちにまぶたが重くなる。
(明日は何か見つかるかしら。)
ノートに四葉を挟んで栞にする。四葉のクローバーが幸せを運んできてくれるかも、と少しだけ穏やかな気持ちで眠りについた。




