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そろそろ実家に帰ると話すと引き留めてくれたけど、理由を話すと仕方ないと分かってくれた。
また学園が始まったらリリアとは会えるのだ。
最後にと手入れの行き届いた庭を散策する。花の匂いが風に乗って優しく撫でてくれるようだ。
なんとなくここに来るのは最後かもしれないなと思ってガゼボに座り込んだ。
何度かここで飲んだお茶は美味しかったし、横にはリリアやライアン様がいた。
(リリアのおかげで楽しい休暇になったわ。あとで何かお礼をしないと。)
リリアならお礼のお礼を持って来そうだなと思うとほんのり口角があがる。
勉強は嫌いじゃないし、刺繍も好きだ。大丈夫。
そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がるとライアン様がこちらに来るところだった。
「ご実家に戻られるのですか?急ですね。」
いきなり帰ると言い出したのは失礼だったな、と思い至る。
「そろそろ勉学に励もうかと思いまして。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。」
目が綺麗だな、と彼の目を見つめる。
初めて会った時にはリリアとお揃いだと思ったけど今はそうは思わない。
「次は学園でお会いできると嬉しいです。」
学年も違う、会うことはないだろうと思いつつもそう言った。
「リリー嬢、」
「また学園で、ベルコット様。」
空気が重くるしくなったような気がして失礼だと思いながらも遮った。
家に帰ったら腕のいいものを呼んで髪をストレートにしようかなと、どうでもいい事を考えながら出来るだけ早足で歩いた。
(ウェーブのかかった髪でも、サラサラのストレートの髪でももうどうでもいい。)
————
「とても良く出来ています。今日はここで終わりにしましょう。」
「ありがとうございます、先生。」
実家に帰ると家庭教師の手配は整っており、すぐに勉学に励むことができた。
(知識が増えると昨日までの私より少しだけ進んだ気がするわ。)
この後は少し休憩してから刺繍をする予定だ。
もうそこそこ上手いと思うがやり過ぎるというこたもないだろう。
(お父様とお母様には心配をかけてしまっているけど。)
帰宅してすぐに今後の事について話す娘に何も思わなかった訳ではないだろうに、私の意思を尊重して何も聞かずにそっとしておいてくれた。
「私達はいつもそばにいるから、思う通りにやってみるといい。」
優しい言葉に守られるようだ。
(結婚して、少しでも早く親孝行をしたい。)
憂鬱だった社交もここまでくると割り切れると思えた。
仕事として行けばいい、なんてことはない。
何かを思い出しそうになる度に本を手に取り刺繍を刺した。
(前に進みたい、早く。)
夜になると月を見ないようにかたくカーテンを閉じてベッドに潜り込んだ。(気にしなければ何も起こらない。)
そんな日が4日続いた頃、ベルコット伯爵家から手紙が届いた。
実家に帰ってすぐにお礼の品を送ったから、その件だろうか?
ソワソワしながらすぐに手紙を開封する。
贈り物に対するお礼と、学園が始まるのが待ち遠しいという内容がリリアの丁寧な字で書かれていた。
彼女からの気遣いが嬉しいのに、何か物足りない気持ちに蓋をして今日やるべき事に意識を向けた。
(そういえばライアン様が魔法の新しい使い道について考えていると仰っていたわ。)
あの時は聡明な彼に感心するばかりであったが、今は少しでも色々な事を吸収したい。
(威力のない水魔法でも何か使い道があれば。)
幸い読書好きの父のお陰で子爵家の割には大規模な書庫がある。
1人で調べるのにも限界がある、と思いついた人に手紙を早馬で出し軽く朝食を済ませてから書庫に籠る。
(もう調べ尽くしてあるでしょうけれど、情報は大事だわ。)
魔法の才能は生まれつき決まっていて、魔力の量によって威力が変わる。
遺伝で受け継がれるのは魔力の量だけで発現する属性に遺伝的要素は関係ない。
(魔力量は多い方が好まれるけど、属性に遺伝子との関連がないから結婚でそこまで重要視されないのが救いよね。)
魔術師クラスの魔法使いになると代々魔力量の多い家柄同士で婚姻を結ぶので、関係のない下位の子爵家や男爵家にはあまり関係のない話なのである。
それでも癒し魔法の使い手は優遇されるので別だ。
何か、私の魔法にも新しい使い道があれば。
遅くまで調べ物をしてみたが新しい発見は得られなかった。
軽く湯汲みを済ませてベッドに横になる。
今日は満月なのだろう、カーテンから漏れ出た月明かりがいつもより多い。
今まであまり月のことなど考えなかったのにとため息をはいて窓から目を背けるように目を瞑る。
明日は何か進展があるといい。




