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ナポリのライオン  作者: モナーキスト
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第1話 / ジェノヴァ

 イタリア半島北西部に位置するジェノヴァ共和國。地中海に面した地の利を存分に生かした大規模な貿易業に、支配主のスペイン王國の興隆の恩恵もあり繫栄した。


 欧州大陸で数々の國で軍務や外交を務めたテオドール・シュテファン・フレイヘル・フォン・ノイホフは「華麗な都市」の飲み屋で太陽に照らされる地中海を眺めながらグラスを傾ける。


「流浪人は悪くないな」


 一言呟く。思い返せば、濃厚な人生であった。ドイツの生まれで、栄華を誇るフランス王國で軍務を始め、スウェーデン王國やスペイン王國の政治や軍務に携わる。生まれながらの卓越した話術を身に着けていることで各國の要人から見い出され、外交の任務まで与えられた。転々とする経歴から胡散臭さが伴ってしまうが、誰が何と云おうと充実だ。生き方に自負があった。


 一國に忠誠を誓う軍人の鏡なんてつまらぬ。欧州大陸を見よ。イベリア半島から極東のロシア大陸だ。縦横無尽に駆けてこそ欧州男児である。


「貴方はどちらの生まれ?」


「ドイッチュランドだ。何かありましたかな?」


 飲み屋の店主に話しかけられた。


「ほう。いや、貴殿がその旅行鞄のようなものを手にしておられるので気になりました。態々ウチみたいなボロ飲み屋に旦那みたいな旅人がご来店だなんて珍しいですな」


「ボロ? そうか? こちらのビールの味は私の出身地のものに比べ、深みがないとは思うが、なんだか色気漂う飲み物だ。妖しく、なんだか癖になりそうだ。女色に耽るイタリア男が作るからかな。何事に於いても自信を持った方がいい」


「あゝそう。とんだ偏見だが、そりゃ嬉しいナ。まア酔い潰れないように吞んでくれよ」


 褒められているのか、貶められているのか。店主は苦笑を浮かべた。所詮、酔っ払いの戯言なのだから。


「貴方は相当なイタリア半島嫌いだとお見受けした。一緒に呑みましょう」


 奥の席から若い男がノイホフの席隣りに移ってきた。そして、いきなりノイホフに其々、右手を差し出し、握手を求め始めた。


「いやいや、悪かった。諸君らジェノヴァ民を茶化した訳ではないのだ。握手はよしなさい。手を提げなさい」


 笑みを浮かべて寄られたものだからノイホフは恐怖を感じた。握手の意味は何なのか。きっと握る刹那軽く手を捻られるのだろうと推測した。


「いや、違いますよ。私はコルシカというジェノヴァに属する島出身なのです。広義ではジェノヴァなのでしょうが、我々は列記としたコルシカ人なのです」


「コルシカ? ジェノヴァに属するのなら、どこが違うのだ。間接的にジェノヴァ民ではないか」


「違う。違いますよ。分っておられない。貴殿は」


 地中海に浮かぶ小島コルシカは周辺國に翻弄されてきた。自らの手で島を統治できず、常に圧力を受け、搾取される側として苦杯を舐め続けた。度々の独立運動で挫折しつつも、自らの手で真の幸福に満ちた生活を手に入れる為に島民たちは力強く生き続けていた。


 ノイホフは隣で熱くなる若者を目にし、ジェノヴァ共和國内で火種が燻っている話はスウェーデンでの外務官時代に学習した記憶があった。火種のもとがコルシカだったか、どうかは細かいところは思い出せぬ。


「そういえばお名前をお聴きしていなかった? ジャーマンさんとでも呼べばよろしい? 召されている平服は高品質そうですね。お貴族さまでしょうか?」


「笑わすなよ、ジャーマンさんって? 私はフランス王國やスウェーデン王國の陸軍で軍務を積み、スペイン王國との外交担当もさせていただいたし、色々な國を巡った。今は無所属。國を持たぬ流浪人だ。呼ばれた所に現れる助け人よ。各地転々としている経歴から胡散臭いと嗤ってくれてもいい。名はノイホフと云うのだ。よろしくコルシカ氏」


 コルシカ青年は、酔った彼は夢を語っている様にみえたが、目の前の怪しげな「助け人」から差し出された右手を握った。若しかしたら島の独立の助け人になってくれるやもしれないと思った。各地転々し、一時は外交経験があるノイホフに諸外國とのコネクションを期待できた。


 青年は込み入った話をする前にノイホフに退店を促した。


「ノイホフさんの宿までお供しますよ」


 道中、青年から熱心な独立運動家であることを明かされ、独立運動への協力を要請されたノイホフは戸惑った。どうも話が飛躍しすぎている。ジェノヴァ共和國に対し、敵意はないし、青々とした地中海に栄華を憶える程だ。景観素晴らしい街に何を思うのか。


「君の熱意とやらは伝わったが、どうせインチキ臭いだろうと思っているだろう? 私に何を期待しているのか。ただの冒険家とやらに。それに宗主國のジェノヴァで君は何をしているのか」


 今のコルシカには島主たる牽引すべき者がいない現状、欧陸浪人にうってつけである。


「内情視察です。独立を画策しているのだから欠かせませんよ。彼らジェノヴァ人は我々に重税を課し、搾取するだけ搾取して、何ら恩恵は無いのです。ジェノヴァの官吏によるコルシカ民への甚振りも見るに堪えません。どうかお助け願いたい」


 頭を下げられたノイホフは後頭部を掻いた。参った。ただでは済まない……人生はスリリング、危険を冒すことも必要だ。だからこそ己は一國に定まらなかったのではないか。野心が沸々と沸き上がった。島の指導者、あわよくばコルシカの領主になれるのではなかろうか、と夢想した。好機と捉えるべきか。人に仕えるのも飽きた頃だとも思えた。


「分った。引き受けようではないか。話は単純。私が島に渡り、島民たちを統率しようではないか」


「有難い限りです。コルシカに戻りましたら話を進めていきましょう」


 青年運動家はコルシカに戻ると、独立運動の指導者に適した人物を発見し、これをお勧めしたいと周知した。聴けば軍人経験、外交経験のある貴人だ。なにせ各國を渡り歩いたことから他國との協力も充分に期待できると推挙した。


 彼の経歴を怪しむ声は上がったが、最適である旨の意見が多数を占め、ノイホフを「王」として迎える態勢が整った。

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