52話 噂
最近おかしいと噂は静かに広まっていた。なにがおかしいかというと、ダンジョンの活動が激しくなったのだ。一つだけではない。世界各地の全てのダンジョンが活発な活動を始めた。
毎日のようにどこかの地でモンスタースタンピードが起こり、凶暴化した魔物たちが街を破壊して人を襲う。その圧倒的な数に対抗するだけのハンターたちを人類は用意することができずに、大都市から離れた村々からどんどん魔物に侵攻されていた。
原因は不明。各国は必死になって原因を調べているが、原因は分からず徐々に土地を侵攻されていくのであった。
鍵音が夏休みに入って、8月に入った頃である。
◇
猛暑で外へ歩く人は少なく、サラリーマンたちは疲れた顔をハンカチで拭い、おばさんたちは日傘をさして日焼けから逃れようとしているが儚い抵抗であり、普段なら元気に走り回る子供たちも、あまりにも強い日差しに家に籠って遊んでいる。
ようやく日が落ちて窓から差し込む日差しも無くなり、夜の帷が落ちてくる時間帯。蘇我家の食堂にて、食事をするものがいた。年月が食堂においても貫禄をもたらし、その内装は華美でありながら落ち着いた雰囲気を持つ。一般人などは、蘇我家の食堂で食事をするだけで気圧されて、後に蘇我家で食事をしてきたと誇らしげに話のネタにするだろうレベルだ。
食事をしている者は2人。蘇我家当主の蘇我駿と本屋鍵音だ。長テーブルを挟んでお互いに無言で食事をしている。運ばれてくる食事はさすがは蘇我家。どの料理も美味しいのは当たり前。滅多に手に入らない食材を惜しげもなく使い、それだけでなく一品一品が美しい盛り方をしており芸術品のようだ。
一般人の年収数年分を軽く超える金額がこの料理のコースには使われており、その金額を聞いたら一般人なら恐れ慄くだろう。
その中でお互いに無言で食事をしており、値段のことなど全く気にする様子はない。
蘇我駿は蘇我家の当主として長く君臨しており、幼少の頃から礼儀作法を学んでいるため、食事の所作でも貫禄と上品さを併せ持ち、さすがは当主と皆が感嘆する姿を見せている。
それは当然のことでもあるが、意外なことに本屋鍵音も同様に美しい所作で、貴族然とした空気を醸し出し、ゆっくりと食事をしていた。
その様子を蘇我当主は注意して観察していた。歳にしてもう50になる男は、これまで多くの人間と相対してきた。それは取引相手、敵対する相手、友人や家族と、数多い。その過程で否が応でも人を見る目は鍛えられて、食事を共にすれば相手の格を正確に見抜くほどの目利きを持つようになっていたが、その瞳が今日は役に立つことがなく、そのことに表情には出さないが戸惑いと興味深いことに喜びを持っていた。
これは非常に稀なことであり、蘇我当主が興味を引くことがあるなどと、数年に一度のレベルだ。
(ふむ……聞いていた内容と違い落ち着いた雰囲気の少女だ。コミュ障で人見知りなので、人と対面してまともに話すことはできないとの話だったが。これは一体どこで情報が歪んだのだ? それとも情報は正しいが、そもそもその情報が誤っていた? 面白い)
蘇我当主が観察するところによると、事前情報と今の情報は違いすぎた。落ち着きある歴戦の勇士に見える。持っているオーラが違うのだ。蘇我家を率いて数十年、人のオーラを見切る自信はある。
「本屋さん、どうやら聞いていた貴女と別人のようだが、それは私の思い違いかな?」
最初に口を開いたのは蘇我当主だ。主導権を取るためにも、まずはジャブのように本屋鍵音の態度の違いを指摘する。
「思い違いではありません。私はコミュ障で過去にはイジメられていた、陰キャの少女です。そうした方が、誰もが私を侮り、警戒しないでしょうから」
静かに落ち着いた雰囲気で、鍵音は答える。その答えからは幾つかの推測ができて、蘇我当主はピタリと料理を食べる手を止めると、ジッと鍵音を見つめる。
「今までの行動は偽りであったと? 君には失礼になるが、過去において君は人から不愉快な渾名を付けられて、暴力を振るわれてきたではないか。その弱々しい行動が偽り?」
「もちろん全てが偽りではありません。大怪我をしていたのは誤魔化しようがなく本当のことですし、真実です。ですがそこから導き出される答えが本当かはわかりませんよね? こう考えるとよろしいかと。当時大怪我を負っていた私は魔物を憎み、どうにか復讐ができないかと考えていたと」
「魔物に襲われて命を落としたご両親には冥福を祈るが、魔物に復讐するのは不可能だ。当時襲ってきた魔物は既に討伐されて……」
そこで蘇我当主はある推測を思いつく。ばかげたことではあるが一笑にできない内容だ。
「まさか……魔物全体を滅ぼすと? それこそ不可能だ。しかも君は当時の魔力は最低ランク……いや、これも偽りであったのか?」
「勘がよろしいですね、蘇我駿さん。そうです、当時の私は既に高ランクの魔力を持っていました。このように」
手に持つフォークを鍵音は空中で手放す。フォークは重力に従い落下するかと思われたが、空中にピタリと停止していた。
「ぬぅ……魔法だな? し、しかし魔力を全く感じん。私でも見抜けぬ高度な隠蔽魔法を使っているのか」
目の前で行われていなければ信じることなど到底できなかったであろう。フォークを浮かせているのが魔法であるのは明らかだが、魔力の痕跡をまったく感じさせないのだ。
信じられない神技に思わずポーカーフェイスを崩し、唸り声を上げてしまう。この年端もいかぬ少女は自分をも上回る魔法の技を持っていることとなる。それが信じられなかった。
「そのとおりです。私は幼い頃から既に天才と呼ばれる領域にいました。しかし、この力を使うことは、貴族でもない私にとっては危険だったのです。そのため、両親はなるべく力を使わずにいることを選びました。私も両親のお願いを聞いて、魔法の技を鍛えることはしなかったのです。ですがそれは誤った選択でした。私は自身の力を鍛えて魔物を倒せる力を持つべきだったのです」
驚くべき内容を淡々と告げてくる鍵音に、顔を顰める。それが本当ならば、この歳まで力を隠していたこととなる。そして、今見せた魔法の技から、独学ではなく、バックに何者かがいることも示唆していた。
なによりもその力を今自分に見せる意味が重要な点だ。
「力を隠す必要がなくなったということかね?」
「いえ、これからの話をするにあたり、信じてもらえるようにお見せしただけで普段は隠すつもりです。不思議に思いませんでしたか? ダンジョンの奥地に転移罠で飛ばされて、大悪魔の世界一美しい少女と契約できたなどと。そのような偶然はあるのでしょうか?」
「ふむ……その話には違和感を感じていた。転移罠で一層から深層に飛ばされることがあるのか? とな。そこまで強力な罠の存在を聞いたことはない」
本屋鍵音の飛ばされたダンジョンは比較的優しいダンジョンだ。それなのに、大悪魔などという強力な召喚獣と契約できる召喚石が落ちていることなどあるのかと不思議に思っていた。
しかし、それが偽りであったなら?
「まさか、飛ばされたように見せかけて、深層で大悪魔を呼び出す召喚魔法を使ったのか!? その魔法の存在がバレないように、飛ばされたと偽りを演じた?」
その考えに行き着き、蘇我当主は愕然とする。大悪魔を召喚する魔法。遥か古来に存在したと言われるソロモンの魔法。それを復元したというのだろうか? しかし、今見せた魔法の技を持つ天才少女ならばあり得るとも、頭の片隅に残る。
「そうです。そして、私は大悪魔と契約をすることに成功し、この怪我も綺麗に治りました。これで計画は大きく進みます。そして、私たちにはあまり時間の残っていないことも知っています」
「計画? 君の計画ではあるまい。バックに誰がいる? そして時間がないとはどういうことかね?」
「質問が多いですね。ですが誠実な取引を求めるためにもお伝えしましょう。私のいる組織は『ノア』です。わかりやすくいうと、人類を救済する組織。魔物を駆逐して生き残るための組織です」
「『ノア』……聞いたことがない組織だ」
「当然でしょう。私たちの組織は水面下でゆっくりと勢力を広げています。私もスカウトされた時に初めて知りましたしね。ノアはこれまで魔物の生態と目的を調べてきました。そして、魔物の危険性を知らしめるために、アンダーカバーとして様々な組織を支援もしてきたのです」
それが本当ならば日本を牛耳る蘇我家の情報網にすら引っ掛からない事となる。恐るべき内容で、にわかには信じられないが、偽りだと断じることもできない。本当にノアという組織が存在するのだろう。
「魔物の目的は簡単です。この地球の支配。彼らはダンジョンに出現する資源ではないのです。知性があり、淡々と地球侵攻を狙っていました。そして、それは今急速に動いています。これはマナ・フラロウスと対峙した巨人ヨトゥンの話からも判明しています。彼らはこの世界に定着するために、環境を変えています。そして、最近多くなってきた魔物の襲撃は倒せば倒すほど、彼らが定着できる環境は広がります。人類を駆逐しながら、倒されても環境を改変する作戦です」
「……それが真実ならば恐るべきことだが、その論はこれまでも学会で発表されている。驚くことはない情報だ。そして、ダンジョンから利益を得ている者は多い。多すぎる。だからこそこの理論は認められないのだ」
「わかっています。そのため、我らノアは水面下で行動してきたのです。ですが計算した所、多くの魔物のスタンピードは地球人では耐えられない分水嶺だと判明しました」
「それは……人類が滅びると?」
「そのとおりです。すぐにとはならないでしょうが、人類は詰もうとしています。そこで、蘇我当主に提案です」
「提案?」
「はい。信じなくても保険は必要ですよね? ノアの方舟に支援しませんか? もしもの時に人類が生き残る方法です。一口百億円から募集しております」
本屋鍵音が妖しく微笑み、蘇我駿はその提案に、頭を悩ますこととなった。
━━数日後。蘇我家は500億の支援をすることとした。
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