49話 鍵音と終業式
巨人ダンジョン。草加ダンジョンの新たなる名前である。
これまでの森林ダンジョンにボスである邪悪樹が出現。邪悪樹の周囲に100メートル近い巨大な巨人を中心に多くの巨人たちが現れたために名付けられた。高ランクのハンターたちが討伐に挑むも、たったの一体も倒すどころか、あっさりと返り討ちにあったため、災厄級と判断されて深層は侵入不可となった世界初の最悪のダンジョンとなった。
とはいえ、浅層はこれまでと同様の動物系、植物系、昆虫系の魔物たちであり、連携を取ってくるので多少強いだけだ。それでありながらなぜかドロップする魔石のランクが通常よりも高いので、ハンターたちの人気スポットに変わったのは皮肉なものである。
草加ダンジョンの顛末は、攻略不可となったが、稼げるダンジョンのため、人類は全対的に見れば得をした、と思うこととしたのである。
その裏にマナ・フラロウスの暗躍があることも気づかずに。
◇
━━一学期の終業式。
「うぇぇぇん! なんで、マナが倒した巨人の魔石が値段が付けられないから没収されちゃうの〜! まだルカさんに杖の弁償代15000円しか返してないのに〜」
そして、教室内で机に突っ伏して号泣する少女がいた。誰あろう本屋鍵音である。マナが討伐したヨトゥンから手に入れた魔石は巨大なものであり、なおかつ品質もこれまでとは比較にならない物であるため、政府が回収してしまったのだ。その魔石の値段が今日連絡来たのだが、まさかの値段をつけられないという結果に終わっていた。
「まぁまぁ、その代わりにマナちゃんは子爵の爵位を貰ったし、勲章も貰えたからこの先就職にも結婚にも困らないよ? ほら、爵位と勲章は毎年年金を貰えるから。えっと子爵と勲章代合わせて、年に1500万円だって! 良かったね?」
「それはマナのお金じゃないですか! 私の物ではないです。召喚士が召喚獣の物を奪い取ったら鬼畜になりますよ。マナの物はマナの物なんです! マナ、お金貸してください!」
ルカが鍵音の頭を撫でて慰めるが、号泣をやめることはなかった。鍵音は召喚獣のことを想いやれる優しい心を持つ少女なのだ。
あと、マナの好感度を下げると、ルカに奪われるかもとも思ってる。それなのに、お金を借りようとも企む少しセコい女の子だ。なぜならば億単位の借金があるからである!
「マスター、まだ年金というものは貰っておりませんので、残念ながらお貸しすることはできません」
「なら、食べてる業務用アイスを一口ちょーだい! 今日もパンの耳しか食べてないの! しかも今日から食堂も閉まるから、二学期までご飯のあてがないっ! パンの耳も食べられなくなっちゃうよぉ〜」
どでかい業務用アイスをスプーンでガッツリと掬い、モキュモキュと食べるマナへと手を伸ばすが、ペチリと叩かれてしまう。冷たい召喚獣である。
召喚獣よりもなぜか生活が苦しい、パンの耳で食生活を賄う可哀想な少女であった。せめて冷たい物を食べたいです。
「おかしいよ、おかしくない? 本屋鍵音の成り上がり伝説はどこにいったのかな? ポンポンと爵位や勲章を貰えるのは本当なら私じゃないかな?」
本屋鍵音の成り上がりストーリーでは、そろそろ自身の力が周囲にバレて、強者として認識されると、国が囲い込みたいと爵位とかを授与する頃なのだ。断じて召喚獣がチヤホヤされて、鍵音は教室の隅っこで影の薄いモブをしてはいない。
そろそろ皆があいつは天才なのではとか、本当は強いのではと向けてくる視線が変わる頃なのに、またあの子泣いてるよと、哀れみと呆れを含んだ視線を向けてくるわけがないのだ。
「でも、正直に言うと鍵音ちゃんのいうこともわかるなぁ。だって、巨人の魔石大きかったもんねぇ。今までの魔石の世界記録は80センチ。巨人の魔石は5メートルはあったもん。マジ驚き」
のほほんと呟いて、チョコを食べ始めるルカに、さりげなく手を差しだす鍵音。プライド? プライドよりもご飯が大事です。
「なのに未発表で政府で隠すなんてひどすぎます。うぇぇぇーん」
ルカの言う通り、巨人の魔石の大きさは公表はされないこととなった。調べれば分かることだが、一般人には秘密とされたのである。
なぜなのかはわかる。魔石の性能は大きさに依存する。それなのに、今までの記録を遥かに上回る魔石だとしたら、どれだけ敵が強いのかわからない。いや、わかることはある。世界最強とも信じているマナでもようやく勝てるレベルなら、人間の力では勝てないだろう。
人類にパニックを起こさせないためにも、ここは未発表にしようと政府のお偉い人にお願いされて、気の弱い鍵音はコクコクと頷いてしまったのである。
その報酬はマナ・フラロウスへと渡されたし。なぜならばアカデミーの授業の一環と言われたから! 酷い、ひどすぎます!
「ほら、そろそろ終業式だから、泣いてないで行こうぜ? マナちゃんの授与式も含めてるんだよぉ?」
「うぅ……マナは何回壇上に上がれば良いんですか。もう壇上に上がるの飽きてませんか? 私はいつになったら壇上に上がれるんでしょう」
愚痴にも似たセリフにルカもマナも答えることはできなかった。なぜならば、この先もそんな光景は見ることはないのではないかなぁとか、薄っすらと思っていたからである。
◇
「ダンジョンにて凶悪なる巨人を倒したマナ・フラロウスと葛城透に褒賞を授ける。両人前へ!」
「はっ!」
「はい」
「うさ!」
終業式の学院長のニニーブのお話はすぐに終わり、政府のお役人がその後に式を継いだ。壇上へと登ったマナと透、そして、透の頭に乗っかっている兎。
鍵音は嫉妬の視線を向けて、うにゅにゅと悔しがっている中で、式はトントン拍子で進む。なんか勲章とか貰ってます。うらやまし~。
とはいえ、マナはまったく勲章に興味はないようで、ポケットに適当に突っ込んで相手のお偉い人が少し怒った表情となっています。さすがはマナ、私なら平伏して受け取ってます。
対して、透先輩は堂々たる態度で、礼儀正しく受け取ってます。その態度を見てお偉い人は自尊心が回復したらしく、満足そうにしてる。あ、勲章をテテに渡しちゃった。またお偉い人の顔が怒った表情に変わってます。
テテは勲章が欲しいようで、どこからか取り出したリボンを付けてネックレスにすると首にかけて嬉しそうに胸を張ってる。子兎のそんなお茶目な姿に学生たちは可愛いなと癒されてます。
「なぁ、あの兎可愛いよなぁ。葛城先輩の使い魔か?」
「森林で出会った悪魔らしいぞ。ああ見えて、強力な悪魔だとか」
「まじかよ。葛城先輩はデビルサマナーになったのか? だから、最近強くなったのか。教師3人と戦って勝ってたからなぁ」
学生たちが、堂々たる葛城先輩を見て、ヒソヒソと噂話をする。巨人ダンジョンでの戦争が終わってから、前のように突撃オンリーの脳筋だった葛城先輩が頭を使って、戦うようになった。そのため、葛城先輩は急速に強くなったのである。国内で数人しかいないSランクに昇格するのも時間の問題だろうと言われているのだが━━。
(むむむ、どう考えてもパワーアップしてます! 地力が上がってるんです。たぶんマナの回復魔法で回復したに違いないです)
ぷくっと頬を膨らませて、不機嫌ご不満な鍵音だ。マナの回復魔法は肉体の全てを回復させる。正常にするのだが、その中には魔法回路も回復させることも含まれる。
マナの回復魔法でパワーアップした鍵音はあれから考えた。どうしてパワーアップしたのかを。魔法回路が傷ついていたからパワーアップした。そう聞いたけど、聞いた時点では納得したけど、その後に疑問に思うことがあった。
即ち、魔法回路が傷ついていたとは、マナの視点からではなかろうかと。マナと鍵音たち人間では隔絶した技術力がある。そして、かけ離れた戦闘力も。
で、思った。もしかして、全ての人類は完全な魔法回路を持っていないのではないかと。マナの回復魔法により完全なる魔法回路を持つこととなった人間は遥かに強くなれるのではと。
━━鍵音の推測は当たっていた。つまるところ、この世界の人間たちは完全なる魔法回路を持たない不完全な生命体であった。しかしそれがこの世界の常識であり、魔法回路を視認できない人間たちは不完全であることも気づかなかった。
だが、マナは違う。完全なる魔法回路を持っており、視認もできる。なので、切れ切れの魔法回路を見たら傷ついていると普通に考えた。当然だろう、完全な魔法回路が当たり前なのだ。まさかこの世界の人間たちは不完全な魔法回路が正常だとは思っても見なかったのである。
なので、肉体から創造された完全なる肉体を持ち傷一つない魔法回路を持つこととなった葛城透は二段階ほどパワーアップしていた。異常なるパワーアップである。脳筋が頭を使うことによってパワーアップしたと皆は思っている。
だが、そのことに当然勘づいた者もいる。
「ねぇねぇ、葛城先輩凄い強くなったよねぇ。良いなぁ、マナちゃんから使い魔を借りたんだよね? ねぇねぇ、私にも貸してくれないかな? もちろんお礼はするよ」
「ええと、マナは使い魔はあれだけだから無理だと思いまふ。ここで葛城先輩から奪うのもあれあれですし」
終業式が終わり、教室に帰る最中に囁くルカに少し噛みながらも答える。本当は3体いるのだが、他2体はどこかにいった。どこにいるのか尋ねるのは少し怖い。なので一体としらを切る。
「そっか、そっか。そうだよね。ここで葛城先輩が契約を止めたら、葛城家が黙ってないだろうしね。あ、それじゃさ……私に回復魔法をかけてくれるのでも良いよ? パワーアップするんだよね?」
ニコリと微笑みながら、耳元でこっそりと囁くルカに、目を剥いてガタガタと震え始めながら、鍵音はルカを凝視する。まさか気づかれているとは思ってもいなかった。
ここは誤魔化さないと!
「えとえとえと、な、なんのはにゃしか分からないです。きゃいふくまほー? マナはそんな魔法使えたっけなぁ〜」
寒さに震えるチワワのように身体を震わせて、挙動不審に目をキョロキョロと彷徨わせる鍵音。誤魔化しは完璧だ! これでルカは誤魔化されて━━。
「分かったよ。それじゃ、後で私のおうちで終業式の打ち上げをしよっ? ここだと誰かに聞かれるかもしれないしね」
もちろん誤魔化されてはくれなかった。




