43話 侵入できないダンジョン
「ききききききき」
魔物の不気味な笑い声とかではない。最前線行きを命じられた本屋鍵音です。
「あのあのあの」
(ど、どうして、大人の中に混じって最前線に行かないと行けないんですか!? 私はまだ未熟です。きっと皆さんの足を引っ張り、手も引っ張り、動けなくなってお姫様抱っこされることになります!)
ヘロヘロと手を挙げて、ここはきちんと抗議しないとと鍵音は武装した教師に抗議する。しっかりと伝えたつもりだが、もちろん鍵音語は共通語ではないので、教師は胡乱げな表情で見返してくるが、それでも何を言いたいかは簡単に推測できるので嘆息すると口を開く。
「あ~、お前らは最前線での調査可能な実力があると思われたんだ。だが、たしかに本屋は危険かもな。仕方ない、マナへの命令権の譲渡を」
「いきましゅっ! 全然、よゆーで最前線で戦えますっ。わ~い、早くも私のでんでんでん」
教師に最後まで言わせることなく口を挟み、伝説が始まると喜ぶふりをする。ぬぅぅぅ~、これ罠だ! ここで断ると、やはりマナを活用する能力はないなと言われて、命令権を奪われるパターンです! どこもかしこも罠だらけでウンザリです。後ろで、ルカさんが爛々と目を輝かせている気がしますし、隙は見せられない。
「一学年からのメンバーは物部、木部、砥部、蘇我、本屋、フラウロスの6人。丁度よいパーティー人数だな。君たちはSランクを討伐したり、群れを殲滅した功績が考慮されたため、本来ならば後方支援だが、特別に選ばれた」
全然嬉しくないです。それと、その物言いだと私は入っていない気がします。抗議をしても無駄とは思いますが。
「一学年で? ということは他の学生も加わるのでしょうか?」
教師を睨み続ける私と違い、ルカさんは他に気になることがあるようです。
「もちろんだ。2学年はいないが、3学年からは葛城透が最前線に配置される。君たちを主導するリーダーでもあるので、しっかりと指示を聞くように」
「『最強の猪武者』葛城さんですか?」
「ああ、そのとおりだ、蘇我ルカ! 猪武者の葛城透はここにいる!」
ルカさんの後ろから声高に少女の声がかけられる。後ろを振り向くと、刀を佩いた制服姿の美少女が立っていた。燃えるような赤毛をポニーテールに纏めて、切れ長の瞳とすらっと伸びた鼻梁、口元は引き締められて、凛とした端正な顔立ちの美少女だ。腕組みをして背筋を伸ばし堂々として、その立ち姿は武士のようでもある。
「ふんっ、元最強の葛城さんではないですか。この物部守屋の足を引っ張らないでくれ給えよ?」
「ふふん、貴公は誰かと思いきや、物部家の嫡男ではないか。すまないな、我はこのような話し方だが、女装をしているわけではないのだ。男の娘でなくて残念か?」
「ぐぬぅ! それは妹が流したデマだっ! 私は女性が好きだからな! 本屋鍵音、私は女性が好きだからな?」
皮肉げに言う物部守屋に葛城さんがからかう。と、物部守屋はなぜか私に言い訳をしてくるけど、ジェンダーフリーのこの世だから別に気にしなくても良いと思う。
「しかし、元最強とは酷いな。我はこれでもまだ学年最強だと自負しているのだが?」
「もう自称ですよぉ。ほら、マナちゃんがいますから。マナちゃんは人間を超えた戦闘力を持っていると、この間の中間テストで思い知りました。マジ、凄すぎて、対抗しようとも思えなかったんですよ?」
「そそそそそ」
ルカさんの言う通りです。私のマナは最強です。たしかに葛城透さんはアカデミーでも『最強』と呼ばれているし、その功績も聞いたことがあるほど有名だ。Bランクのオーガの群れ数十匹をソロで討伐したとか、Cランクのアーミーアントの巣を破壊したとか、その噂は枚挙にいとまがない。隔絶した力を持つ美少女、それが葛城透さんだ。
三大美少女の一人でもあり、葛城公爵家の息女でもある。財力と武力、美貌と幾つもの力を持つ。私も過去に憧れていた人です。
だから、今までは誰も『最強』の称号に異論は持たなかった。今までは━━。
「鬼の群れ数千匹を討伐したのは聞いています? この話はテストでもあったし、真実ですよ? さすがの葛城さんも同じことはできませんよね?」
「ううううつう」
うんうん、そのとおり。さっきから単語しか口にできない気もするけど、今はマナが最強なのは間違いないです! 物部守屋がSランクを倒した私もいるぞと小声で抗議してたけど、本当に小声なので、誰も聞いてなかった。木部さんたちに、もっと大声でとか言われて、女性のおしゃべりに加わることなどできるかとヘタレなことも言っていた。
私とルカさんの言葉にも怒るのではなく、余裕の表情で髪をかき上げると、葛城さんは不敵に笑う。
「それは我に機会がなかったからだ。同じ機会があれば、我でも簡単にできるだろうよ」
本心から思っているのだろう、その堂々とした態度には圧倒されるけど、え~っ、自信たっぷりだけど……。普通に考えてみて無理。そのことは周囲の人たちも理解しているので呆れているが本人だけは理解していない。
「『最強の猪武者』葛城透。彼女は常に本気だ。学園受験での試験官全員と戦ってボコボコにされた時も、アーミーアントの巣にマッピングもせずに突入して一週間迷子になった時も、オーガの群れに一人で突撃して死にかけた時も、後悔も反省もしていない。ついた渾名が『猪武者』。恐るべことに『最強』に相応しい力を持っているから、ギリギリ死なないで済むので、たちが悪いんだ。ちなみにこいつの学科テストは常にゼロ点で有名。それでもEクラスからAクラスに成り上がったのは、アホみたいに強いからだな」
「へー、マイナスでなければですか」
胡乱げな表情で物部守屋が説明してくれますが、マイナス点を取った少女って誰なんですかね? さっぱり分かりません。
「さぁ、これから我の英雄伝説第1482章が始まる! 皆のもの、我についてくるのだ!」
どうしよう、凄い馬鹿っぽいです。ついていくのに不安しかないです。
「なんということでしょう。成り上がりを目指す人がここにもいたんですね。マスターを選ぶのを早まりましたか……」
「早まってないよ!? マナのマスターは私だけだから! 最強の召喚獣に、頭脳で戦うマスター。丁度よいコンビです!」
「ハッハッハ。そうか、私も頭突きは得意だ」
「マスター。やはりマスターは一人だけでした。一人称を我というまでは耐えられますが、寒いジョークまでは無理です」
「お菓子をたくさん持ってる子もマスター候補になるかな?」
「ぎゃーー! マナを誘惑するのは禁止です! きーんーしー!」
葛城さんのあまりにも頭の悪い発言にマナはマスターを諦めてくれるけど、もう一人諦めていない人がいるので油断はできないです。
「さぁ、我があとに続くが良いぞ。我の先に未来はあり、後ろには伝説が残るというものなのだ。わーはっはっ!」
意気揚々と歩き始める葛城さんを見て、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。予想以上にやばい人かもしれません。
「せんせー、あの〜、本当に葛城先輩をリーダーにするんですか? まじ、全滅する未来しかないんですけどぉ?」
「だからお前ら6人パーティーでフォローをするんだよ。あいつは能力だけは高いんだ。そこら辺で死んでもらっては困るんだ」
「あぁ、そうゆう……わかりみしかないねぇ」
ルカさんの問いかけに気まずそうに答える教師です。あぁ、なんだかとても不安です。絶対にマナのそばを離れないようにしようっと。
◇
草加ダンジョンに来たのはほんの数週間前の話だ。なのに、その様相はまったく変わっていた。
「魔物同士が戦ってる!? え、なんですか、この状況???」
目の前の光景は信じ難いものです。なにしろ、魔物同士が争ってます。同じ切り裂きクワガタなのに、組み合って殺し合い、トレントたちが身体をぶつけ合って身体を砕く。ソードマンティスが蜘蛛の巣に囚われて、モスマンが人食いカズラの蔓に絞められてます。
「魔物同士はほとんど戦わないのが常識なのに、組織だって攻撃しているねぇ。マジ異常」
「うむ……これは一体どうしたことだ?」
ルカさんも物部守屋も戸惑ってます。当然です。今までの魔物学を覆す光景。魔物たちはお互いに味方であると識別しており、同士討ちは行わないという常識が音を立てて崩れたのですから。
「フハハハ、特に問題ないではないか。同士討ちをして数を減らせば、我らも簡単に敵を倒せる。今が好機、我に続け!」
「ばっ、やめろ、葛城先輩!」
「待てと言われてやめる犯罪者は警察になんとかだっ!」
『断罪』
物部守屋が止めようとするけど、まったく聞かずに葛城さんは刀を振るう。刀から扇状に光が迸ると、目の前で争っている魔物たちを呑み込み、一網打尽としてしまった。たったの一撃で10匹は倒したでしょう。
「す、凄いです。あの魔法は?」
「あれこそアカデミー最強と呼ばれていた葛城透の固有スキル『断罪』だ。自分よりも弱い敵を光で消滅させて、同格以上にもダメージを与える必殺技だ」
「あれがあるからこそ、葛城先輩は生き残ってこれたんだよぉ」
「はぁ~……納得です」
最強と言われるだけある。たしかにマナがいなければ、間違いなく最強のハンターだった。そこには私たちとは一線を画す風格すら感じさせる。
「フハハハ、断罪、断罪、断罪! ふぎゃっ。な、こやつらCランク程度なのに、耐えるだと!?」
しかし調子に乗って魔物を駆逐していく葛城さんだが、『断罪』の光を受けても、消滅せずに突進してくる魔物を前に驚きと焦りを見せる。
さっきまでは消滅していた魔物と同種の魔物が身体を焦がしながらも生き残っていたのだ。切り裂きクワガタのハサミが掠り、人食いカズラの蔦で殴られて、葛城さんは吹き飛ぶ。
だが固有スキル頼りではないようで、すぐに体勢を立て直すと、刀で直接切り裂いていく。その太刀筋は閃光のようで、綺麗だ。一撃で斬り倒し、すぐに魔物の屍を重ねていく。
「なんだ、こやつら。少し変だぞ!? こちらの攻撃を学習してる?」
しかし、葛城さんは顔を顰める。倒して行く中で、徐々に防がれるようになってきたからだ。切り裂きクワガタを一撃で倒していたのが、段々と顎で受け流されて、さらには掴まれそうになり、攻撃を読まれていく。敵が急に強くなっているのではない。慣れてきている。
「援護しますっ!」
『烈風刃』
「魔道具『火球』だ!」
「ええたおたえええ」
『遅延氷矢』
私たちもすぐに援護をする。敵のランクはCランク。ルカさんたちはもちろんのこと、私でも倒せる魔物たちだ。
━━でも、数匹は倒せるが、敵はすぐに対応してきた。風の刃はモスマンが竜巻を引き起こし散らしてしまい、火球も氷矢も岩カブト虫が防いでしまう。それぞれの魔物たちが連携し、防御してしまうのだ。
「くっ、どうりで学生を呼ぶ訳だ。学習能力のある魔物に押されているのだな。見ろ、奥にはゾンビたちが徘徊している。油断して倒されたハンターたちだ!」
物部守屋の言う通り、奥には身体から枝葉を伸ばして白目を剥いた人間が徘徊していた。首が折れたり、身体が半分切られたりと、一目で死んでいるのがわかる。
「これ、マジまずいよ。撤退しよう!」
「戯言をっ! 我は少なくとも哀れなるゾンビたちを消滅させてから撤退する!」
ルカさんが顔色を変えて、撤退を進言する。たしかにこれは危険すぎる。ちゃんとこちらも準備をしないと死ぬ。
なのに、葛城さんはゾンビを追って奥に行ってしまう。気持ちは分かるけど無謀だ。
「マナ! 葛城さんを追って!」
「畏まりました。葛城さんを追いますね」
慌ててマナに命令をして連れ戻そうとするが、葛城さんはあっという間に見えなくなり、マナも森林の中に消えるのであった。
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