40話 マナは襲撃する
東京都と埼玉の県境。家屋やビル、店舗など建物が建ち並ぶ中でも、ポッカリと空いた広大な土地がある。その広さは東京ドーム10個ぶんはある。都内との県境にてそれだけ広大な敷地が空いているのは不可解である。
本来であればすぐに土地は買収されて、建物が軒を並べてもおかしくない。だが、ここは過去に草加ダンジョンから出現した魔物により壊滅した地域であった。魔物は駆逐されて、ダンジョンの侵攻は防いだが、魔物との最前線ともいえる土地に住む者や商売のための店舗を開く者などいるわけがなく、空白地帯となっていた。
そのため、この広大な敷地は国が管理することとなった。そして、建てられた建物はダンジョン管理省の貿易センターである。
草加ダンジョンが近く、他にもいくつかの管理ダンジョンからも近いこの貿易センターには日々大量の魔石や素材が持ち込まれて倉庫に保管されている。無論、盗まれないようにと多くの警備兵も駐屯しており、日々、国内のエネルギーを守るため、センター長を始めとして、多くの職員が仕事に邁進している。
━━との触れ込みだ。本来であれば。
しかして、現実はというと、日が落ちて闇の帳が落ちてもなお騒がしい。
忙しいためだろうかと、一つの建物に目を向けると、窓から煌々と光が漏れており、人々の笑い声が聞こえている。
「わっはっは、良いぞ、もっと腰を捻って踊れ!」
「まだまだ修練が足りんな。胸の谷間が見えるように、服をもっとはだけさせろ!」
「酒が足りんぞ。ドンペリでシャンパンタワーをできんではないか。気の利かぬ奴だな!」
ヒキガエルのようなくぐもった笑い声と、女性たちのはしゃぎ声。紫煙が部屋に充満し、酒の臭いが鼻につく。
その中で老年の男を中心にして、宴会が開かれていた。国が作ったとは思えぬ華美な内装の部屋だ。天井には黄金に輝くシャンデリア、壁際にはギラギラと黄金に輝く調度品が置かれており、直に座れるように、毛足の長い絨毯が敷かれており、虎の敷物を座布団代わりにしている。
テーブルには山海珍味が並び、高価な酒が無造作に置かれている。そして、やけに露出の多い和服やバニースーツ、紐のような水着を着た女性たちが、男性たちに媚びるようにしなだれかかっていた。
「ねぇ~ん、センター長。これくらいはだけさせれば良い?」
「おぉ、良いぞ、良いぞ。儂の手がするりと入りやすい。ウムウム、なかなか良い胸をしてるな。良いだろう、君にはボーナスをやろう、ほれ」
ヒキガエルのような太りきった身体の老人にしなだれかかっていた女性が裸が丸見えになるほどに和服をはだけさせれば、胸の谷間に手を突っ込んで、センター長と呼ばれた男は大笑いをして、床に無造作に置かれていた札束を捻り込む。
「素敵っ! こんなにボーナスもらって良いの? 今日はやけに太っ腹なのね」
「心配いらん。いくらでも金はある。なにせ、アカデミーから流れてきた無料の魔石が大量にあるからな。その数や、Aランクを含めて数千個。100億円は固いのだ。そのうちの少しを掠め取っても、誰も気にせんほどにな!」
抱きついてくる女性に、センター長はご機嫌な様子で説明する。
彼はこの貿易センターのセンター長だ。そして高位貴族の一員でもある。国を支配する高位貴族の例に漏れず、横領を当たり前ともしていた。
アカデミーにてマナ・フラウロスが倒した鬼の群れ。それから手に入った大量の魔石を中抜きして大金を手に入れる予定なのである。
横領など日常茶飯事のこと。その顔にはまったく罪悪感はない。
「ふひひ、今回の儲けは大きいですな、センター長」
「あぁ、ハンターギルドを通していないから、数はいくらでも誤魔化せる。まさかこれだけの魔石となるとは思ってもみなかったが」
「魔石の価格を統制するためにもアカデミーから入ってくるものは、我らがしっかりと管理しないとですからな」
「なにやら悪魔が鬼を大量に倒したとか。とすると、これは悪魔のもの。もしや、悪魔から代価を求められるかもしれませんぞ?」
「魂でも寄越せと? そうしたら、そこら辺の貧乏人に金を掴ませて、代わりに魂を売らせるわ。端金で、命を捨てる者など、吐いて捨てる程におるからな」
「まったくです。ハンターたちは命をかけて魔石を手に入れて金を稼ぎ、我らは何もせずとも魔石の売買で懐を潤わせる。上位国民と下位国民の差というやつです」
自身の優位を誇り、ここにいる者たちは嘲笑う。命をかけるなど馬鹿な者であり、己のように椅子に座るだけで金を稼ぐ者こそ、頭の良い者だと信じてやまない者たちだ。事実、彼らはハンターたちが稼ぐ数十倍の稼ぎを得ていた。
「お分かりになっていて何よりです。悪魔のものを使えば、代価が必要。説明する必要がなく、簡単で良かった」
と、宴を繰り広げるセンター長たちに、凛とした声が響く。大声でもないのになぜか、耳に入り、注目を集める声だ。
いつの間にか、宴会場の中心に2人の人物が立っていた。一人はローブを羽織っており、その顔はよく見えない。もう一人はメイド服を着ており、顔には顔の上半分にマーモットの仮面を被っている。
「ぬ? 誰だ? メイド? なにかの余興か? う~む、そのローブを脱ぐと下は裸か? 裸など見慣れているぞ? それくらいでは、ボーナスは渡せんぞ?」
酔っている頭で何事かと考えて、なにかの余興なのだろうとセンター長は笑い、他の面々も追従する。なにせ、ここは大量の魔石が保管されている貿易センターだ。警備は万全であり、凄腕の警備兵や強力な魔道具、監視カメラやセキュリティドアも各所に備えられている。
とすれば、呼び寄せた水商売の女だろうと楽観的に考えたのだ。それにしてはメイド服はコスプレにしては上等のものであり、その雰囲気も普通ではないが、酔った頭では気づかない。
「さようでございますね。ご主人様にお見せるためにも、私が一つ余興をしたいと思います」
メイドが一歩前に出ると、片手をあげて軽く振る。振った腕から、ヒラヒラと白い花びらが無数に生まれると、空中に舞い散って、幻想的な光景となる。
「おぉ、素晴らしい。素晴らしいぞ。なんだ、これは魔法か? このような美しい魔法を見たことがない。丁度よい酒の肴だな、ワハハハ」
ヒラヒラと散る花びらを見て、機嫌よくセンター長は拍手をする。他の面々もやんややんやと歓声をあげるが━━。その歓声はすぐに変わる。
機嫌よく拍手をして花びらを見ていたセンター長に、ドサリと女性がのしかかってくる。その重さに顔を顰めてセンター長は女性を見る。
「なんだ? 少し重い……ぬあっ!?」
くぐもった悲鳴へと。
「あ、あ、あだじの肌が……どうなってるの?」
センター長にのしかかっていた女性は美しかった肌は皺くちゃの老婆のように皺だらけとなっていた。美しかった顔は面影もなく、今にも死にそうな老婆となっていた。
「ひいっ! な、何事だ?」
センター長が思わず女性を振り払って、恐怖で立ち上がる。そして周囲からも悲鳴が響き渡る。
「こ、これは!? 俺の身体が」
「吸われる、私の命が吸われている!」
「は、花びらが付いた場所が。花びらが付いた場所がっ!」
見ると、宴会を楽しんでいた者たちの誰もが老化して、皺だらけとなると枯れ木のように変わっていく。よくよく見ると白い花びらは人間の肌につくと、その色を血のように紅く染めていき、まるで生命を吸い取っているかのようだ。いや、まさしく生命を吸収しているのだろう。
「貴様ら、何をしたっ! これは貴様らの魔法だなっ! 警備は何をしておる? 警報は? セキュリティはなぜ動いておらんっ!」
激昂するセンター長にメイドはスカートの裾をつまむとカーテシーをして頭を下げる。
「そのとおりでございます。私、このたび人類と敵対する組織に入ることに決めまして、その証として最初の活動をしているところでございます」
『死出妖花』
人々の生命を吸い、死に至らしめた花びらであるのに、恐れることなく摘み取るとメイドは淡々と告げる。
「雑草狩りの魔法とのことですが、これほどの威力を少ない消費魔力で発動できるとは、ご主人様の知識には感嘆を禁じ得ません」
「雑草狩り? 儂らを雑草扱いするとは生意気なっ!」
『縄杖結界』
センター長の周囲に荒縄が蛇のように広がると、縄が結界となり半透明のドームとなった。ドームは花びらが近づいても、触れた瞬間に燃やしてしまい近づけない。
得意げに顔を歪めて嗤うセンター長の手には荒縄があり、強力な魔力が付与されていることがわかる。
「見たかっ! 儂は伊達にセンター長をしているわけではない。これでもAランクのハンターよっ! 荒縄縛りの門得と呼ばれた儂の力を思い知れっ!」
『魔封捕縛縄』
太った身体に似つかわしくない早さで腕を振るい、荒縄を向けてくると、立っている二人を荒縄で絡め取る。
「油断したなっ! 儂がAランクとは思いもよらなったのであろうが甘かったな。すぐに警備兵に渡して、貴様らのバックにおるものを吐かせてやるぞ!」
センター長は自信があった。縄術において比するものはなく、一度捕縛すれば、たとえAランクでも抜け出すことは不可能。敵は脅威ではあったが、油断があったのだと。
「拘束術。なぜセキュリティを仕掛けておかないのか、いつも不思議に思うんです」
ビシッ
軽い音を立てて、荒縄が自身を捕縛するまでは。
ローブを羽織った者が荒縄をそっとつつくと、捕縛していた荒縄は解けて、センター長へと向かってくると絡め取ったのだ。
ボンレスハムのように紐でぐるぐる巻きとされ、身動きが取らなくなり、センター長は憎々しげに睨む。
「儂の術式を乗っ取ったのというのか……馬鹿な、あり得ん。ぐぐっ、す、すぐに警備兵がやってくる。逃げ切れはせんぞ? 逃げられても必ず捕まえてやるっ! 国の力を甘く見んことだなっ」
「警備兵? あぁ、それをたよりにしていたのですか。結界術で時間稼ぎをしようとしていたんですね。ですが、警備兵は全て魔物に襲われて死にました」
「はぁ? ま、魔物に?」
予想外の返答に、センター長が思わず問いかけるとローブ姿の者はコクリと頷く。
「『情報改変:偽魔物創造』。魔石を使って作り出す玩具のような魔法ですが、ここでは役に立つでしょう。外をご覧ください。」
「なっ!? 魔物? 巨樹の化け物!?」
センター長はなんとか首を動かして窓の外を見て言葉を失う。窓の外には蒲鉾型倉庫が建ち並ぶ光景があるはずだった。しかし、今の光景は違った。天まで伸びる程の巨樹が聳え立っていた。しかもその巨樹の幹は筋肉組織のようにピンク色の肉塊のようで血管のように脈動しており、枝葉はぐねぐねと蠢いている。
いつの間にか、貿易センターは異形の巨樹に覆われており、警備兵たちが抵抗したり、逃げ惑っているが、いずれも枝や根っこに捕まっている。
「『邪悪にして終わりを告げる生命樹』のレプリカです。生命を吸い上げて、魔力を持ってゾンビを作り出す。そうして一帯を支配する特別危険外来樹ですね。あれは偽物ですので、魔石と素材を少々使いましたが性能はほぼ同じです」
ローブ姿の者の言葉を示すように、部屋の扉が開くと、身体中から植物の枝を生やした警備兵がよろよろと入ってくる。白目を剥いており、もはや命がないのは明らかだった。
「この地は、邪悪樹が突然生えてきて、人間モドキはなすすべもなく殺されてしまったのです。ご愁傷様と伝えておきます。なので保管されている魔石などが盗まれていても誰も気にしないでしょう」
「な、ぐ、全員を殺すとは……この悪魔めっ」
その恐るべき台詞に唸り声をあげて最後の言葉を吐き、センター長を絡め取っている荒縄が引き締まり、その身体をバラバラにして、肉塊と変えて地に落とす。
「なんだ、私の正体を知っていたのですね」
被っているフードを取ると、マナは楽しげに笑みを浮かべていた。
「そのとおり。私はソロモン72柱の一柱、マナ・フラウロス。大悪魔の一人です」
◇
次の日、貿易センターは世界樹に似た、されど人を喰らう巨樹に似た魔物が出現し、一人残らず人々は死に、崩壊したとのニュースが伝わるのであった。
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