38話 マナはコミュ障のマスターを心配する
マナ・フラウロスは72柱の大悪魔の1柱だ。最近の流行りはソロモンの悪魔を名乗ることなので、フラウロスを名乗って召喚獣をしている。
滑らかな黒髪を背中まで伸ばし、穏やかであるが意志の強そうな瞳、整ったちょこんと鼻梁が伸びて、桜色の小さな唇を持ち、小顔の美少女。それがマナ・フラウロスである。
その正体は滅びた地球で魔物たちと戦う人類の最後の兵士『ソウルアバター』である。即ち同じ人類であり、悪魔でもなく、召喚獣でもない。
平行世界の地球に訪れることができたので、これ幸いと嘘をついて召喚獣をしているだけだ。
なにせマナの世界の地球はほとんど空気もなく、生命も滅び、魔力渦巻く世界に魔物が徘徊する地獄のような惑星。対して、今いる地球は生命が満ちあふれており、空気もあり、人々は地球を闊歩している。
マナたちにとっては、何もない砂漠から、食べ物にも水にも困らない緑あふれる土地に到着したようなものだ。この世界を看過することなどできない。しかも人類はお互いに足を引っ張り合い、同じ人類であるのに殺し合っている。人間ではなく人間モドキ、その精神は魔物かもしれないのだ。
そのため、マナはこの世界を見極めるために暗躍することにした。
そして、召喚獣のフリをして、マスターとなった少女に仕えて、彼女が頭角を現すようにも頑張っているのだが━━。
「本屋さん、最近できたケーキ屋さん知ってる? オリジナルのショートケーキがババロアが挟まってて不思議な感触で美味しいんだって。今日、一緒に行かない?」
「あよあよあよ、わたわたわた」
人懐こそうなクラスメイトの少女がニコニコと話しかけているが、鍵音の返答は日本語ではなかった。アワアワと慌てて、暗号らしき返答をする。
「あ、用事あったかな?」
「ぜぜぜ、なななな」
「あ~、うん、わかった。それじゃまた今度行こうね」
蒼白の顔で両手を振る鍵音に、気まずそうにするとクラスメイトは離れていくのであった。無理もない。マナならもう関わらない可能性が高い。そもそも彼女は本当に人間なのだろうか。ドッペルゲンガーとかじゃないのかな?
本屋鍵音。ピンク髪が肩先で揃えられてふわりとしている。ピンクダイヤモンドのような瞳に、スッと伸びる鼻梁。小さな唇は桜の花のような色で、小顔の美少女だ。そして、小柄で巨乳なマナ・フラウロスのマスターでもある。
鍵音がAクラスに昇格して2週間、教室で見慣れた光景である。声をかけられるが、コミュ障の鍵音は単語で応えて、蒼白になるので、クラスメイトは諦めて去るのである。
普通、ここまでコミュ障なら、誰も相手にせずに孤独に暮らす可能性が高いが、クラスメイトたちは誰かしらがいつも鍵音を誘う。
これはクラスメイトたちが聖人レベルでお人好しの性格というわけではない。二つの理由からだ。
一つは━━。
「もぉ~、鍵音ちゃん慌てすぎ〜。マジ皆困っちゃうでしょ? ほらほら、深呼吸して?」
可愛らしく声をかけるのは蘇我ルカという少女だ。一見するとぽわぽわした優しそうな美少女で、この国を支配する貴族の中でも三大貴族の一つ蘇我家の娘ということらしい。
彼女が常に気に掛けるので、周りも放置しない。それだけ、ルカに人望があるということだろう。
二つ目は━━。
「あ、マナちゃん。今日はマカロン持ってきたんだよぉ。マカロンって、食べたことあるかな? 一緒に食べよ?」
「聞いたことはありませんが、美味しそうな響きなのは分かります。もちろん食べます。とおっ」
ルカがなにか美味しそうな匂いのする食べ物を見せてくるので、マナは椅子から、とおっと声をあげて飛び降りる。現在のマナは仮想魂で作成した使い魔2体に魔力を分けており、その身体は少しちっこい。
いつもは160センチくらいの背丈だが、今は100センチくらいのちびっこだ。マナの使い魔は3体いるのだが、使い魔を1体召喚していると、背丈が30センチほどちっこくなる。今はマモと千鶴をこっそりと召喚中なので、60センチ程背丈が低くなっている。
本来のマナならそんなことはないのだが、現在のマナは1%ちょいしか能力を引き出せないので仕方ない。次元を超えて他の世界にやってきた副作用であるので、徐々に回復中。
「それ、おいしそーですね。マカロンって、不思議な響き。頬が緩んじゃいます」
ポテポテと歩いてルカのところに行くと、生徒たちがそのラブリーな姿に黄色い声援をあげる。なにせ、幼女だ。幼女はウケが良い。幼女が主人公の小説や漫画をたくさん読んだマナは嘘をつかない。コンハザとかモブな主人公とかルックスYとかコミカライズしているのがお勧めです。
ルカはラブリー幼女マナの姿に癒やされると、目尻を緩ませて抱き上げると膝に乗せる。幼女は抱っこをするという世界の法則に従っているのだ。
「これはマカロンといって、クッキーやドーナツに似てますが違うものなの。クッキーやドーナツよりも作るの大変なんだよ〜。下手に作ると、泡が潰れて台無しになっちゃうからね。はい、あ~ん」
「はむはむ。外はカリッとさっくり、中はフワッとシュワシュワ。おいし~です。はむはむ。不思議な味です。もう1個ください」
「良いよ〜、私の手作りなんだけど、美味しくできて良かったぁ。はい、あ~ん」
満面の笑顔でマカロンを差し出してくるルカに、ニコーッと幼女スマイルで小さいお口を開けて、モキュモキュと食べちゃう。このマカロンという不思議な食感は気に入りました。後で作り方を聞いておこう。
マナとルカの心温まる優しいやり取りを見て、生徒たちがきゃあきゃあと声を上げる。私もオヤツをあげたいわとか、手作りが良いのねとか声も聞こえるので、マナは大歓迎です。なんでも食べ物は頂きます。
「マナちゃんの髪の毛サラサラでいつまでも触っていたくなっちゃう。こんな妹が欲しかったなぁ。ねぇねぇ、ルカおねーちゃんと呼んでみて?」
「ルカおねーちゃん、マカロンもーいっこください」
「ふわぁ! これ、ヤバい。もぉ、何個でも食べて良いよ」
感極まったように顔を緩ませて、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるルカ。ふふふ、そうだろう、そうだろう。このマナ・フラウロスは世界一可愛らしい幼女でもあるのだ。
本当の仲良し姉妹のようにキャッキャッウフフと戯れる2人の力で教室に癒やされ空間が発生し、ポワポワと生徒たちが心を癒やされる。空気清浄機の一億倍くらいの効果のある癒やされ空間だ。
だが、その中でどよどよと暗黒闘気を発生して、教室を侵食する者がいた。誰かと言うと、もちろん本屋鍵音である。
ギリギリと歯軋りをして、髪の毛をゆらゆらと不気味に蠢かせて、メドゥーサみたいに瞳を爛々と輝かせ、深淵から這い出してきた魔物のように暗い空気を発生させている。彼女はマナ・フラウロスのマスターであり、成り上がりをする予定の主人公的な存在になる予定なのに、これだと主人公を逆恨みして妬む雑魚キャラにしか見えないよ?
「ううう、むううううう、ま、マナ! 私も、えっと私もパンの耳があります! 今朝、学食の職員から貰ったパンの耳なので作りたてです。はい、あ~ん!」
鞄からビニール袋に入ったパンの耳を取り出すと、ピシッと突き出してくる。その必死な様子にエリートで貴族主義な生徒たちもからかうことはせずに、気の毒そうな表情で眺めているので、どれだけ鍵音が哀れなのかわかるだろう。
まぁ、食べるんだけどね。食べ物は食べられるというだけで価値がある。地獄の方がマシだろうというくらいマナの酷い環境の世界には食べ物なんか存在しないし。
はむ、とパンの耳を咥えてモキュモキュと食べる。これは甘くもないし、食感も少し固い。だけど小麦の味がして美味しい。
「うわ~ん。マナだけです、私の召喚獣は! あ、でも私のお昼ご飯でもあるから2、3個で終わりね?」
泣きながら抱きしめてきて、絶妙にせこいことを口にする鍵音は涙無しには見ていられないようで、何人かの生徒はお弁当を分けてあげようかと話し合っていた。同情から友人もできるかもしれない。
とはいえ、鍵音が生徒たちから見捨てられない二つ目の理由はマナ・フラウロスが鍵音の召喚獣だからだ。
ラブリーな幼女にもなれて、強くてかっこいい絶世の美貌を持つマナ・フラウロスが鍵音の召喚獣のために生徒たちは縁を作ろうとしているのだ。
「鍵音ちゃん、無理をしないで良いんだよ? ほら、まだこの間壊した氷のワンドの弁償金1億5799万9500円残ってるんだしね?」
ルカが心配げに小首を傾げて言う。
先日、中期テストにて借りた氷のワンドを破壊した鍵音。1億5800万円だったが、500円返せた模様。全て返却するのは何千年後になるんだ?
「うわ~ん! マナとダンジョンに行ってお金を稼ぎたいです! そうしないとお菓子堕ちしたマナが寝取られちゃう!」
号泣して机に突っ伏す鍵音。寝取られ好きなのかな、このマスターは?
「鍵音ちゃんのハンターランクはEランクだから、高ランクには入れないよぉ。頑張って少しずつランクを上げていこうよ」
「猫探しとか公園の掃除とかばかりなんですもん。公園の掃除は楽で日給も良いから、好きなんですけど。えへへ。でも、私、なにかやっちゃいましたって言いたいんです。マナの力でいきなり一億円稼いだりして、皆から称賛の視線と歓声をシャワーのように浴びたいんです〜」
他力本願極まる発言をして、ルカの慰めの言葉を拒否する鍵音。なるほど、これが突然力を手にした者の溺れる姿か。勉強になります。
とはいえ、鍵音のハンターランクでは高ランクのダンジョンには入れないらしい。この間のオーガレベルでは一億円稼ぐのは遠そう。
「ふはは! どうやら金に困っているようだな、本屋鍵音! ならば、全身筋肉痛で登校するのも苦労する私の代わりに、物部家から奪取された魔導鎧を取り返すクエストはしないかね? 報酬は十億円だぞ? その場合、私と連絡先を交換する必要があるが、依頼には必要なので仕方ないな!」
ブリキ人形のようにカクカクとした動きで教室に入ってきた物部守屋が上から目線で言ってくる。物部守屋。魔導具作りの家門の子供で眼鏡をかけて秀才タイプの男だ。なぜかそわそわして鍵音を見ているので不審者のようにも見える。
「あうあうあうやめゆめやめ」
「お断りします、だって。先日奪われたAランクの力を発揮できるという魔導鎧でしょ? 奇跡の技とか再現できないとか言われてる。蘇我家がその依頼受けよっか? お友だちが苦労しているの見過ごせないもんね」
「断るっ! 取り返しても分解して解析し技術を盗むつもりだろうがっ!」
「取り返した時に壊してないか調べるだけだよ?」
「嘘つけっ! これは物部家と、物部家が選んだハンターのみしか対応させんから、絶対に手を出すなよ? 絶対だぞ?」
ルカのお友だち攻撃に、嫌そうな顔で断る守屋。足の引っ張り合いが実にしょうもない。人間モドキなところがよく分かる。
「おーい、お前ら。そろそろ授業始めるぞー」
やる気のなさそうな顔で先生がやって来るまで、ぎゃいぎゃいと騒がしかったのだった。
そういや、鍵音はルカとは普通に話せるようになったのかな?
あ、このマカロンって本当に美味しい。今度元の世界にお土産に持っていこう。
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