37話 前兆
青空の下、木々が繁茂して青々と育っている。呼吸をすると、緑の匂いと共に清々しい気分となる。小鳥の鳴き声がピヨピヨと耳をくすぐり、草むらではウサギが草をはむはむとはんでいる。
緑多く、森林と草原が広がっている長閑な風景があった。空は晴天で、この場所でのピクニックは最高だろうと思わせるが、この自然あふれる世界を台無しにする風景も混ざっていた。
森林を突っ切る1本の車道。そして、森林を切り裂くように存在するコンクリート製の大型施設。木々を伐採して、ポッカリと空いた広い敷地に置かれている多くの建物と更地に敷かれたコンクリート製の床は自然保護団体が見たら怒涛の抗議をだしてきそうな施設である。
その施設を離れた森の中で覗いている集団があった。革ジャンにGパンと昔ながらのチンピラのような服装の四人組だ。
「ひなびた田舎に似つかわしくない無骨な大型施設。いかにもって感じですな」
ひょろっとした青年が呟く。彼の名前はギター。もちろんあだ名だ。いや、コードネームとも言うべきものか。
「あぁ! ダンジョンの利権を貪る貴族たちに相応しい施設だ!」
対して答えたのは中肉中背ながら、はち切れんばかりの筋肉で、服がパッツンパッツンになっている男だ。名前はボーカル。彼らのリーダーでもある。
「隊長、あんまり大きな声で叫ばないでくれます? 隠れているのが見つかっちまう」
今にも死にそうな不健康そうに目にクマを作っている男がボーカルを睨む。あだ名はベースだ。
「すまんな! こう、正義の血がムラムラと騒いで、ついつい声を荒らげてしまった」
「ムラムラって、表現がおかしいですぜ。ここはフツフツでしょ」
太っちょの男が苦笑混じりに突っ込む。体格に相応しいのか、そのあだ名はドラムだ。
「そう、それだ、それ。俺は中卒で学がないからな。そういった複雑な語彙はお前らに任せた!」
腕組みをして、がはははと豪快に笑うボーカル。
「小野妹子さん、リーダーは静かに冷静に動くものよ」
「うむ、しかしながらこればかりは性格なのでな! あと、妹子って、呼ばないでくれるか? 女みたいな名前だと言われたら殴らないといけないからな!」
四人組のさらに後ろ。森林の奥にいる女性の言葉にボーカルは再び豪快に笑う。言葉を返すが、本当のところ自身の名前を気にする様子はない。
女性の姿は朧げで、目を凝らしても、どうしてかその姿をはっきりと見ることはできない。
「隊長! トラックが来ました。情報通り、Sランクの魔石を運んできたトラックだと思われます!」
双眼鏡を覗いていたギターが注意を促す。他の面々がその言葉に、道路へと目を向けると、1台のトラックが砂煙を上げながら基地へと向かっているのが見えた。彼らが狙うSランクの魔石を積んだトラックだ。途中で強奪されないようにと、ダミートラックを何台も出して、護衛をあえて少なくして誤魔化している。
しかし彼らは正確な情報を得ていた。
「よし! あのSランクの魔石を使用して、物部家は新型魔導鎧の実験を始めるはず。我らはその魔導鎧を奪取して、この世界に警鐘を鳴らす。ダンジョン管理など無用。それを力をもって知らしめる時!」
妹子が力強く拳を握りしめて宣言する。そう、彼らはダンジョン排斥を求める団体であった。全てのダンジョンは危険であり、資源採掘用として管理することなど不要。全て破壊するべきだと訴える団体だ。
特に物部家は管理ダンジョンを多く持ち、魔石を使用して魔道具を多く製作し財をなしてきた家門であるために、妹子たちの最優先対象であった。
「えぇ、養護施設の仲間が管理ダンジョンから抜け出してきた魔物に殺された時から俺たちの心は変わらない」
「なにがクリーンなエネルギーだ。人の死体を糧に生きているようなものだぞ」
「見て見ぬふりをして、俺たちをテロリスト扱いする輩に正義を見せてやるぜ!」
彼らは過去に同じ養護施設で育った仲間たちだ。そして、魔物に殺された仲間たちのためにもダンジョン排斥を求めていた。
だが、魔石がもたらすエネルギーと、魔物の素材から制作できる様々な品物、それらから生まれる巨額の利益のため、彼らの訴えは封殺されて、現在は勝手にダンジョンコアを破壊しようとするテロリストとして認定されているのだった。
今回の作戦からはテロリストと本当に呼ばれることとなるが、躊躇いはなかった。
「ふふふ、それじゃ、名前呼びは気を付けておかないとね。私は援軍が来るのを防ぐから、施設への攻撃はよろしくお願いするわ」
4人が決意を示し頷きあう。その様子を見て女性はその場から掻き消えて、気配もなくなるのであった。
それを見て、おずおずとギターが手を挙げる。
「あの……隊長。あの人は誰なんですかね? 初めて見る人なんですけど? というか、俺ら4人しかいない弱小組織ですよね? 俺ら捨て駒にされたりしませんよね?」
テロリストの扱いを受ける妹子の団体『エコー』。その内情はたった4人の零細団体だったりした。そんな零細団体に支援をする凄腕そうな女性。どう見ても捨て駒一直線としか思えない。最近の支援内容は荷物が重そうで運ぶのに苦労していたお婆さんの荷物を代わりに運んであげて貰った飴玉一つだ。
「……問題ない。彼女は我らと意志を共にする同志だ。絶対に裏切らないから安心しろ。ロシア語で、タンバリンとか言うやつだ」
「絶対に違うと思うんですけど、ロシア語なんか分からねー」
自信満々に胸を張る妹子に、3人は不安そうにするが反論をする気はなかった。彼らはここまで妹子を信じて戦ってきた。ここにきて、信じない理由はない。
「よし、それでは初の我らの大きな作戦だ。愚かなる貴族たちに我らがどれほどに危険かを教えてやる! ゆくぞっ!」
「おー! やってやりますかっ!」
「オーケー。隊長の指示のとおりに」
「うしし、奴らの驚く顔が目に浮かぶぜ!」
腕を振り上げると、エコーたちは一斉に森林から飛び出して、物部家の研究所へと駆けるのであった。
ダンジョン排斥団体『エコー』。Aランクの小野妹子とBランクの3人でパーティーを組む、零細団体にして、強力な武力を持つ団体であった。
◇
研究所は騒然となっていた。なにせ、田舎の長閑な土地に建てられた施設は、通常は古くなった魔道具を廃棄したり、新型でもたいした価値のない魔道具を実験するだけのものだ。だからこそ、誰も注意を向けないだろうと、今回の新型魔導鎧の実験に使用することとなった。
それが今は完全に裏目となっていた。
基地は爆発音が響き、怒号が各所からあがる。建物は燃え盛り、車は吹き飛び宙を舞う。
ドドドと砲声が響き、火炎弾がマシンガンの弾丸のように無数に飛来する。
研究所内は大混乱であった。既に外にいた警備兵は倒され防衛用ゴーレムは破壊されて、ビル内に敵は侵入しているのだ。そのことに慌てて、通信室にて、必死になって無線機にがなり立てている兵士がいた。
「メーデー、メーデー、こちら多摩地区、第十三研究所。敵襲を受けている。すぐに援軍を送って欲しい。繰り返す、こちら、なにっ、魔法によりそちらも攻撃を受けている? 並みの魔法ではない? 知るかっ、早くこちらに、うわあっ!」
通信室が爆発し、中にいた通信兵と共に吹き飛ばされる。コンクリート製のビルは瓦礫となり、ガラガラと崩れてゆく。
「隊長、通信室を破壊しました! これで援軍はしばらくは来ないかと思います」
通信室を魔法にて吹き飛ばしたギターが、手のひらから炎弾を撃ちながら報告する。辺りは炎に包まれて、もはや地獄絵図となっている。
「あぁ、予想以上に敵が弱いな。警備が薄すぎる。Sランクの魔石に新型魔導鎧があるのに、Cランクの警備兵しかいないぞ?」
首を傾げながら、妹子は放置されているトラックを片手で軽く持つと、向かってくる警備兵へと、小石でも投げるかのように投擲する。まさか、トラックを投げてくるとは思わずに慌てて逃げようとする警備兵たちだが、ボーリングのピンのように薙ぎ倒されるのであった。
「どうやらAランクの警備は、すくそばにある基地で待機していたようです。せっかく誤魔化しているのに、警備が厳重だとバレバレですからね」
死んだ士官の持っていた緊急連絡先が書かれた紙を見ながらベースが鼻で笑う。
「どうやら、タンバリンは上手く陽動をしてくれたらしいな。では、お宝を頂くとするか」
妹子はその報告に満足げに口元を歪めると、目の前の隔壁へと身体を向ける。警備兵が侵入してきた妹子たちから守るために魔導鎧の実験室前に隔壁を下ろしていたのだ。
数十センチはあるだろう魔法金属製の隔壁。通常ならば破壊するのに時間がかかるが、妹子の前には無駄である。
「ぬぅぅぅ!」
隔壁に手をめり込ませると、顔を真っ赤にして、筋肉をはち切れんばかりに膨張させると、妹子は隔壁を無理矢理開けていく。
妹子をAランクにたらしめている固有スキル『働きアリ』の力だ。その能力は自身よりも遥かに重い物を持てる超怪力である。その力により、分厚い金属製の隔壁は軋み音をたてて、歪んでいく。異常なる負荷をかけられて隔壁は亀裂が入ると、次の瞬間には粘土のように引き千切られてしまうのだった。
「ふ〜、あ~、疲れた。よし、中に入るぞ」
妹子は肩を回して薄笑いを浮かべて仲間たちと中に入り━━目に入ってきた光景に目を丸くする。
「な、なんだ、こりゃ? 魔導鎧? これが?」
驚くのも無理はない。妹子たちが予想していたのは、ただの鎧だ。しかし、目の前にあるのは、完全密閉型の強化装甲服というべきものだった。鎧全体が魚の開きのように開いており、中に入ると閉じる仕様のようだ。細身の鋭角なフォルムは狐を思わせて、肩にはショルダーミサイル、右手にはライフル、左手にはシールドガトリングが搭載。腰には日本刀を履いていた。機械のコードが何本も伸びており、外に置かれている端末に繋がっている。明らかに普通の魔導鎧ではない。
「ひひっ。よく来たなテロリスト共! だが、これは世界初の電装搭載魔導鎧。学のないお前らでは操作することもできん! なにせ、OSからまともに動かぬほどにバグだらけだからなっ! まともに動かぬものを持っていくか?」
魔導鎧のそばにいた白衣の研究員が嫌味そうに馬鹿にしてくる。エリートにありがちな自尊心が肥大化して周りの人たちを見下す妹子の嫌いなタイプだ。しかしバグだらけと自信たっぷりに言うのはどうだろうか?
「あー、そうかよ。まぁ、乗ってみりゃわかるだろ。はいはい、どいて」
その様子に妹子は鼻を鳴らして、装甲服に身体を入れる。
「えっと……装甲服を閉じるレバーはこれか?」
キョロキョロと辺りを見渡すと、妹子は目についた小さなレバーを引く。ガコンと音がして、外部と接続されていたケーブルが外れて、装甲服が密閉される。
そして、目の前が光りモニターが表示される。
「随分と未来的だな。えっと、オートバランサー……使えない? 火器管制も駄目、筋力アシストもろくに動かない念話で操作するタイプだが、それもバグだらけ。なんだコレ、出力もCランク。Sランクの魔石を使ってるのに、これゴミじゃねぇか」
モニターの様子を見て呆れてしまう。これではまともに動くわけがない。最低の魔導鎧だ。
「うひゃひゃ、どうだ? まともに動くまい? いや、操作方法すらもわかるまい? わかったら、さっさとその魔導鎧を置いて逃げるがいい」
「へいへい。え~と、OSフォーマット。電子コネクト。まずはオートバランサーからだな。ついでに魔法陣も弄ってしまうか。これじゃ弱すぎる」
『電子コネクト』
『魔法電装変換』
馬鹿にして笑う研究員を無視して、妹子はモニターを忙しなく見ていき、念話にてプログラムを制作していく。理解できるものがいたら、その光景を見て息を呑み驚愕していただろう。
なにせ、コマンドを一文一文積み重ねていくのではない。同時に複雑なコマンドを作り出していくのだ。それは土台を作り下からビルを作るのではなく、それぞれの部品を同時に組み合わせて、ビルを建てるようなものだった。
その光景は神業であり、人間には不可能なレベルの精緻なるプログラムであった。本来は数年はかかるだろうOSの作成を、オートバランサーから火力管制、筋力アシストまで全てを合わせてセキュリティを備えて完成させる。さらには魔導鎧に付与されていた魔法陣も全面的に描き替えるのであった。
たった数十秒で。
「よし、完成。出力も500倍に上がったな。これで一応使えるだろ」
その神業を見せても、妹子はちょっとしたマクロを作ったかのように平然として歩き出す。強化装甲服は人間のように滑らな動きで、まるで不自然さを感じさせない。
「はあっ!? な、なぜだ? ろくに歩くことも叶わないバグOSだったはず。なにをした? 貴様、なにをした?」
「俺は昔あーるぴーじーツクールをやった経験があるんだよ」
その様子を見て半狂乱となった研究員がつばを飛ばして喚くが、眼中になくレーダーに表記される光点を見て、妹子は獣が餌を見つけたかのように嗤う。
光点は高速で接近しており、通路を疾走しているのが丸分かりだ。
「さて、見せてやろう。エコーの新兵器『YK01フォックス』の力を」
ライフルを扉に向けると、引き金を引く。砲身に眩いばかりのエネルギーが凝縮され━━。
「テロリストよ! 物部家のエリートハンターたる我ら特戦隊の━━」
風圧の壁を幾層も突き破り、莫大な熱量が解き放たれる。扉の前に現れたハンターたちをその光に呑み込み、通路を溶かし壁を破壊して、深い溝を形成するのであった。
「あ、あわわわ。い、今の威力はAランクの魔法? いや、Sランクか? 私たちはそこまでの化け物魔導鎧を作成してしまったのか。わ、私は天才だった!」
腰を抜かして、深く刻まれてポッカリと穴が空いた熱線の跡を見て研究員が笑う。想定外の威力に驚きながらも、自身の発明だと思っているのだ。
妹子はその様子を鼻で笑うと、歩き始める。
「よし、お前ら。ダンジョンの恐ろしさ、魔物を危険と思わぬ愚か者たちにエコーの力を見せていくぞ」
そうして、ダンジョン排斥団体『エコー』は台頭し始める。
それは混沌の始まりを告げる前兆であった。
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