34話 ヒーローたち
鍵音は目の前の光景が信じられなかった。ようやく鬼を倒したと思っていたのに、さらに鬼が現れたのだ。しかも複数いて、その中には明らかに上位種もいる。
いや、上位種という少し強いくらいのレベルではない。明らかに次元の違う敵だ。
「んんん〜? 部下の気配が消えたと思っていたら、人間如きに殺された? これは儂の目がおかしいのか? 幻覚か? それとも真実か?」
煩わしいように首をゴキゴキと鳴らしながら、流暢な言葉を口にする鬼。武者鎧を着ており、その体格は5メートルはある。腰に履いた大太刀が威容を示し、鬼の身体からは強烈な魔力を感じる。
近くにいるだけで、身体が震えて心臓が鷲掴みにされるような恐怖が心に迫ってくる。━━わかる。気配だけでわかる。この魔物は尋常の強さではない。
「ま、まさか、Sランクの魔物? ど、どうして草加ダンジョンに鬼のSランクがいるの?」
鍵音は目を疑う光景に声を震わす。周囲の生徒たちも痛みを忘れて、カタカタと体を震わせて恐怖で顔を染めていた。
それだけの化け物なのだ。
「はぁ~〜〜。情け無い……人間に殺される情けなさもそうだが、強者に負けたというわけでもないようだ。情け無い。人間お得意の弱者の戦いをされて油断して殺されたかよ。これまで知性を高めて武術を教えた時間を無駄にさせやがって」
武者鬼は呆れたように嘆息する。その嘆息する息遣いだけでも、強大さを嫌でも感じてしまう。
「う、あ、うぅ……」
そして、もはや鍵音は魔力も空っぽで氷のワンドも破壊してしまった。鬼との戦闘で負った傷も深くまともに動くことも叶わない。勝ち目はない。逃げることもできないことに絶望感が襲う。
恐怖に震える鍵音を見て、鼻で嗤うと武者鬼は強者の余裕を見せて、睥睨してくる。
「一応、我が部下を倒した者への礼儀として名乗ってやろう。我の名は酒呑童子。この地一帯を支配する鬼の軍団の頭領よ」
「酒呑童子……聞いたことのない名前です。遥か昔の鬼が復活したとでも?」
多くの魔物の名前を覚えている鍵音だが、人語を流暢に扱い、明らかに人間と同等の知性を持つ鬼など聞いたこともなかった。酒呑童子。御伽噺でよく聞く名前だが、その酒呑童子なのだろうか?
苦痛にうめき声を上げながら、鍵音は酒呑童子を観察する。その内包する魔力は間違いなくSランク。しかも近くにいるだけで震える威圧感から上位種に間違いない。エンペラーゴブリンやオークキングと同格だろうか? しかもその強さは上だ。後ろに控えている鬼たちも尋常の強さではないことが見るだけでも分かる。
鍵音や傷つき倒れている生徒たちが恐れの表情であるのが心地よいのだろう。鼠をいたぶることに喜ぶ猫のように、酒呑童子は牙を見せてにやりと嗤う。
「くくく、魔界でも1、2を争う鬼の王である酒呑童子を知らぬとはな。不敬であるが……寛容な心で許してやろう。生きながら指を一本ずつゆっくりと食べてやる。手足をもぎ取り、酒の肴に齧ってやるから、その間、貴様たちは泣いて許しを請うが良い。運が良ければ簡単に死ねるかもしれぬぞ?」
悍ましいことを言う酒呑童子に、ゾッと怖気が奔る。あの顔は本気だ。自分たちは本当に言われたとおりに殺される。いや、生きながら喰われるだろう。それはどんな死に方よりも恐ろしかった。
「くっ……。こ、ここで戦わなくちゃ……あうっ」
悲惨なる未来を前に、震える腕で立ち上がろうとするが、もはや魔力は無く、身体はボロボロですぐにペタンと倒れ込んでしまう。どんなに力を入れても立ち上がることはできなかった。
「くくく。ワーッハッハッハ。我らの中でも最弱の部下を倒しただけでその体たらく。どうやらこの世界の人間たちは脆弱のようだな。魔界にて常に最前線で戦ってきた我の相手ではない」
鍵音たちが誰も戦えないことに、酒呑童子は小馬鹿にして嘲笑う。たしかにそのとおりだ。鬼一匹を倒しただけでボロボロの鍵音たちでは万全の状態でも敵うまい。
「さて、宴会のツマミにでもするか。12鬼将たちよ。こいつらを運んでいけ。活け造りで食べられるように丁寧に運べよ? 餌は新鮮さが肝だからな」
耳に入れたくない恐ろしいセリフを酒呑童子が口にすると、後ろの鬼たちがこちらへと歩いてくる。
「ひっ、いやぁ~。来ないで、来ないでっ」
「生きながら喰われるなんて嫌だ。誰か、誰かぁ」
「おかあさーん、助けて〜」
倒れている生徒たちが恐怖の悲鳴をあげて、その叫びが美酒でもあるかのように、ニヤニヤと笑って楽しそうに鬼たちは来る。
(ここでおしまい……? そんなの嫌ですっ。マナ、助けてっ!)
鍵音も恐怖で身体を震えさせ、それでも一縷の助けを求めて心で念じながら鬼たちを睨み━━。
突然目の前が爆発した。砂煙が舞い上がり、視界を覆う。
「ふむ。助けが遅れてしまったかな?」
「そうでもないんじゃないっすか? まだ生きてるっすよ」
「問題ない。護衛対象はヒットポイントが1でも残っていればクエストはクリア」
そして砂煙が風で散る中で、3人の生徒たちが立っていたのであった。
それは鍵音を馬鹿にしていた物部たちであった。
◇
「んんん〜? また餌が飛び込んできたか? いや、仲間を助けに入るとはあっぱれあっぱれ。武人として尊敬の念を送ろう」
欠片も尊敬などないような笑い顔で酒呑童子が適当極まる拍手を送る。どう見ても3人を敵とは考えていない。
「に、逃げてください。この魔物たちはSランクです。しかも群れを成す知性もあります。この情報を先生たちに伝えてくださいっ!」
テストが始まる前に絡んできた男子。たしか物部だと鍵音は気づいて、逃げるように言う。生徒たちではこの鬼たちは倒せない。いや、先生たちでも無理だ。ここはSランクのハンターたちを呼んでもらうしかなく、被害が広がる前に情報を持ち帰ってもらわなければならない。たとえ鍵音たちを犠牲にしても。
必死な様子の鍵音の言葉だが、物部はフッと笑う。
「君は私がSランク如きの雑魚を倒せないとでも言うのかね? えーっと、えーびーしーでー……、強さが20クラス如きに? 最低から数えた方が良い魔物相手に?」
指折り数える物部がフンッと苛立たしげに鼻を鳴らす。
「へ? え? Sランクはその数えだと、19……いえ、そうではなくって!」
思わずキョトンとしてしまう。なぜAから数えているのだ。しかも数え間違えてるっ!
「ふっ。馬鹿にしないでもらおうか。このような相手など片手で倒せる」
鍵音のツッコミに冷静に返すと、眼鏡の位置を直しながら、物部は鬼へと向き直る。その言葉は酒呑童子たちにも聞こえており、酒呑童子は面白そうにカッカッと嗤う。
「随分と自身の力に自信を持つ人間が現れたようだ。良いだろう、12鬼将たちよ、少し遊んでやれ! 我らが訓練してきた武術の力を見せてやれっ!」
「へいっ! その首を引っこ抜いて、丸かじりにしてやるで!」
酒呑童子が片手をあげると、部下の鬼たちがチンピラのようにヘラヘラ笑い、ゆっくりと歩いてくる。自身の優位性を確信して余裕のある、いや、生徒たちへと恐怖を与えるためにわざとゆっくりと歩いているのだ。
「ふむ……。木部、自殺志願者のようだ。相手をして上げ給え」
対して物部も揺るぐことなく平然とした顔で片手を上げる。
「へーい。それじゃ足止めをしてやるっすか」
『地獄茨園』
取り巻きの一人。木部が面倒くさそうな顔で手を地面につけると、鬼たちを阻む茨の園が地面から一瞬で生えてくる。まるで触手のようなウネウネとした動きで、明らかに普通ではない植物だ。
「な、なんだ、これは? このっ、千切れんっ! ど、どうなって……ぎゃぉぉ〜!」
鬼たちは最初は小馬鹿にして蔦を引き千切ろうとした。だが、その蔦は細く簡単に引き千切れそうにもかかわらず、鬼たちの怪力でも引き千切ることはできずに、鬼たちを次々と絡みとり、しかもその体内に潜り込んでいく。
鋼のような皮膚をあっさりと貫き潜り込んでくる蔦にようやく異常な植物だと理解したのだろう。慌てて必死な表情で蔦を引き千切ろうと頑張るが、切れることはなく、蔦は鬼たちに潜り込む。皮膚の表面がボコボコと蔦の侵入で不気味に波打ち、そして鬼たちが枯れた草木のように肉体を干からびさせて動きが緩慢になっていく。
「地獄の茨。その蔦は魔剣よりも鋭く、魔鎧よりも硬い。養分を吸い取った蔦は綺麗な花を咲かせるっす」
木部の言葉通りに、蔦から次々と大輪の花を咲かせると、皮と骨だけとなった鬼たちは死ぬのであった。
「お、おのれっ! 奇怪な術を! しかし、蔦の成長には限界があると見たっ! ならばその上を飛び越せばよいっ!」
蔦に絡め取られなかった鬼たちが跳躍して、茨の園を回避しようとする。たしかに茨の園は5メートルほどの高さ。鬼たちにとっては障害物にもならない。
「呆れる。対空準備は終わっている」
だが、砥部が眠そうな目で、指をパチリと鳴らすと、鬼たちの間に無数の光が軌跡となって奔っていく。その光は花びらのように美しく、空中を舞うように飛んでいく。
『妖花剣閃迅の舞』
「ウゲッ。俺様の身体がズレて」
軌跡が奔った後に、鬼たちの身体がズルリとずれていく。そして、こちらへと落ちてくるときには細かに切り刻まれた小さな肉片となって地面へと降り注ぐのであった。
「12鬼将と大層な名前であったが期待外れだ」
物部がフッと鼻で嗤う。と、茨の園が爆発して大穴が空く。
「ふ、フハハハ! 人間の癖にやるではないか。だが、この酒呑童子には小細工は効かぬぞ?」
楽しそうな笑みで酒呑童子が拳を突いた構えで立っていた。先程まで鬼の皮膚をやすやすと貫いていた蔦だが、酒呑童子を絡め取ろうとしても簡単に引き千切られて、その皮膚の硬さに侵入できていない。
さすがは酒呑童子と名乗るだけあって、次元の違う力を持っていた。
「さて、童子と言うから雑魚だと思うのだが、どうやらお前しか残っていない様子。俺様がお相手しよう」
「子供の鬼とか、もういじめっすね」
「酒呑幼女だと油断できなかったかも」
物部たちが口々に煽り言葉を口にして、酒呑童子は殺意に満ち溢れた目つきとなる。
「くくく。多少腕に自信があるようだが、我の力を見て恐れ慄けっ!」
『サイクロンブロー』
腕を腰溜めにすると、酒呑童子は拳を突き出す。鬼のコークスクリューなどとは比べ物にならない巨大なサイクロンが拳から打ち離れて、地面を削っていく。その巨大さは、物部たちだけでなく、周りの生徒たちをも呑み込む大きさだ。
「では、俺様も同じことを告げよう。俺様の力に恐れ慄け」
『8連魔道具解放』
だが、物部は平然とした顔で、サイクロンの前で、指輪や宝石などの手持ちの魔道具を取り出すと放り投げる。空中に放り投げられた魔道具たちはバチバチと放電をすると爆発し破壊されて内包する魔法陣が複雑に絡まっていき━━一つの魔法陣へと変容する。
『光輝機動防御障壁1式』
そして、物部たちを守るように青く薄く広がるハニカム構造の魔法盾がドームのように表れて、サイクロンを受け止めると、あっさりと暴風を防ぎ掻き消してしまうのだった。
「し、信じられない……魔道具の魔法陣を破壊して、それらを組み合わせて、一つの魔法陣を作り出す!? に、人間技じゃないですっ!」
そんなことが可能だとは誰もが思わなかった奇跡の技を物部は見せつけるが誇りでもなく、当然のような顔でニヒルに笑う。
「そよ風にもならんな。で、童子よ? 次の技はなんとする?」
「ふ、フハハハ! や、やるではないか。見たことがあるぞ、その防御障壁。相手にとって不足なし! この酒呑童子が全力で戦うに相応しい敵だと認めようっ!」
対して酒呑童子は自身の武技が防がれたことに楽しそうに嗤うと、両拳をぶつけて告げる。
「だが全力で戦いたいが、二日酔いだった! ここは二日酔いが覚めてから、戦おうではないか! がははは、その時を楽しみにしてるぞ!」
そうして、くるりと踵を返すと逃げ出すのであった。
森林の中を飛ぶように駆けて、酒呑童子は恐怖の表情で後ろを顧みることなく逃げ出す。
「ひ、ひいっ。最前線から賄賂を払って異動して、ようやく安全な戦場に来たはずなのにっ! な! なぜ、なぜぇ〜!」
森林の中に消えていく酒呑童子。その泣き言は生徒たちには聞こえなかったが物部は失笑すると片手を上げる。
「ここで逃すつもりはないし……魔道具もまだ残っている」
物部の身体から小粒の光が生み出されて、天へと昇っていく。その光は魔道具の光だ。魔道具の大家である物部家の多くの魔道具であった。
『38連魔道具解放』
小粒の光は組み合わさってそれぞれ内包していた魔法陣を作り出す。そうして、作り出された魔法陣が奇跡のように組み合わさって一つの魔法陣へと変容する。
「最大火力は男の浪漫。ふはは、受け止めてくれたまえ」
『星の光の欠片』
天に複雑極まる立体型魔法陣が生み出されると、地上へと光の槍を落とす。光の槍は正確無比な軌道で逃げる酒呑童子へと落下して━━大爆発を起こして、その身体を跡形も無く吹き飛ばすのであった。
「フハハハ。気持ちいいー! やっぱり最大火力をぶっ放すのが正義! 大艦巨砲主義ばんざーい」
呆気にとられる生徒たちを前に、キノコ雲が発生し、爆風で木々が吹き飛んで行く中で、物部は嬉しさ極まるといった顔で踊るのであった。
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