33話 鍵音は鬼ごっこをしたくない
『鬼』は人々に知られている魔物の中でも有名だ。赤銅の肌に額に生やした角。そして大柄な体躯に棍棒と、仏教でも出てくる鬼そのままだ。違うのは虎柄のパンツではなく、革のズボンをはいていることだろうか。
厄介なことに、物理、魔法耐性が高く体力もあるので、弱点という弱点を持たない魔物だ。しかも知性があるために群れもなすことがあり、倒しにくい魔物としてランクはBランクである。極めて強力な魔物といえよう。
その代わり出現場所は限られており、少なくとも森林ダンジョンである『草加ダンジョン』での目撃情報はない。
━━ないはずなのに、『鬼』は目の前にいた。
よくよく見ると、空き地のそこかしこに生徒たちが倒れており、戦闘の痕跡も見えた。鍵音が来る前に戦闘があったのだろう。
「う、うぅ……た、助けてくれ……」
「痛いよぅ……」
倒れた人たちはうめき声をあげており、まだ死んでいないようだった。その代わりに手足があらぬ方向に曲がっており、逃げられないように手足を折られていた。鬼が餌として後で食べるために殺していないのだ!
「新しい餌、オデ捕まえる。親分喜ぶ」
しかも片言ながら日本語を話す! 多分『自動翻訳』のスキルが発動してるんだろうけど、これは厄介だ。『自動翻訳』は異世界転生するニートに付与するだけにしてほしい。
なにが言いたいかというと、このスキルを持つ鬼は通常の鬼よりも優れていることを示している。簡単に言うと物理攻撃だけではなく、武技や魔法も使う可能性が非常に高いのだ。
パワーアップした鍵音でも、この化け物を倒すことはできない。こいつを倒すには、奇策や弱点を突く攻撃が通用しないため、実力による殴り合いしかないためである。
「でも……ここで逃げるわけにはいかないですっ!」
『三連魔法矢』
殺されそうな人を前に、魔物から逃げるわけには行かない。それは鍵音の決意であり矜持だ。
空中に青い矢が生み出されると、疾走して鬼へと向かう。迫る3本の魔法の矢を前に、鬼は僅かに目を見開く。鬼の拙い知識でも、発動速度が異常だったのだ。
だが、本能が警鐘を鳴らし、鬼は胸を張ると魔力を体外に放出する。
「ぬぅぅぅ」
『金剛体』
赤銅の肌が炎のように真っ赤になるとその硬度を跳ね上げる。魔法の矢が命中するが、泡のように消えてしまう。
「くっ、少しのダメージも入らないの?」
渾身の力を込めて放った魔法の矢だ。初級魔法はダメージは少ないが、それでも魔力を多く籠めればそれなりのダメージは出るはずだった。なにせ、Cランクに上がった魔力だ。Bランクといえど、無傷で済むわけがない。
(でも、よりによって物理、魔法耐性の高い鬼が、物理、魔法耐性を大幅に上げる『金剛体』を使うなんてズルいですっ!)
しかして、タンカーが使う防御武技『金剛体』を鬼は使用した。そのため、初級魔法くらいではダメージを負うことはなかった。
うにゅにゅと歯軋りをしながら悔しがるが、鬼の方も驚いたのだろう。自身が驚いたことが恥ずかしいのか、悔しいのか、怒りで顔を歪めると、拳を構える。
「鬼驚かす。お前だめ」
『正拳突き』
腰溜めに構えた拳を鋭い踏み込みと共に打ってくる。ゴウッと突風が巻き起こり、離れていた間合いが一瞬で詰められて、突風を巻き起こす強烈な拳が鍵音の眼前に迫ってくる。喰らえば確実に潰れたトマトのように鍵音の頭は破裂するだろう。
「ううっ」
『三連魔力盾』
回転する魔法陣が鍵音の眼前に生まれると、魔力盾が3層になって、鬼の拳と鍵音の間に形成される。鬼は目の前に現れた魔力盾を気にすることなく、拳を振り抜く。
パリンとガラスのように魔力盾が破壊されてしまう。やはり初級魔法では防げない威力だと、鍵音は顔をしかめるが、一層、二層と破壊されてしまうが三層目でようやくその拳が鈍り、一瞬の間ができた。
すぐに鬼は拳を引き戻すと、今度は大きく振りかぶって、腕に力を集めていく。
『ストレート』
今度も武技を使い、威力を跳ね上げた一撃だ。
(魔力を節約するとか、そんな考えはないんですね。所詮は赤ん坊並みの知性。なら、やりようはあります)
『遅延三角魔力盾』
ピラミッドのように三角形の魔力盾を今度は生み出す。綺麗に三角錐となった魔力盾は構成するのに普通の魔力盾よりも時間がかかる。そのため、『遅延』を使い脳内にストックしていたのだ。
鬼の拳は綺麗な軌道であり、三角錐の尖端を合わせることは簡単であった。拳に尖端がめり込むと、その拳を半ばまで粉砕していく。
「グッぎゃぁ!」
自身の力にてズタズタとなった鬼が激痛で顔を歪めながら後ろへと下がる。肉を切り裂き、砕けた骨が覗いていて、あの様子では右手はもう使えないに違いない。
「せ、成功っ! 初級魔法でも戦えるですっ! これでトドメですっ!」
『最大魔力氷の息吹』
敵が目の前にいるにも関わらず苦しみ隙だらけの鬼へと氷のワンドを向ける。杖に嵌め込められたサファイアが光り、極寒の息吹が視界を埋め尽くす。
「やったかな? 今のはワンドに込められる限界まで魔力を込めたんだけど……」
激しい吹雪で鬼の様子が見えないが、鍵音は手応えを感じて、鬼がどうなったかを期待の目で確認しようとする。
だが、それは誤りであった。鬼がなぜBランクなのか、厄介と呼ばれる体力の多さを考慮に入れていなかった。
「許さんっ!」
半分体が凍りつき、霜が降りているにも関わらず、鬼が吹雪の中から憤怒の表情で飛び出してきた。
「ぬがあっ!」
『拳速向上』
『蹴撃向上』
『身体強化』
『狂化』
鬼の身体が付与魔法にて光で瞬き、その凶暴さが跳ね上がる。炎のように揺らめくオーラが身体から吹き上がり、猛獣に睨まれた獲物のように放たれる威圧に身体を強張らせるが、鍵音は歯を食いしばると、横へと身体を投げ出し、なんとか拳を躱す。
空振りしたのに、暴風を鍵音は肌に感じて青ざめてしまう。
「ひぃ~」
『身体強化』
悲鳴を上げつつ、自身も身体強化をすると、その場から跳躍して回避する。鬼はすぐに向き直ると拳を大振りに振ってきた。地面に叩きつけるような攻撃を続けてきて、外れた拳がドカンドカンと地面にクレーターを作っていく。
「ひ、拳が作り出す音じゃ、絶対にないです!? クレーターを作る威力を受けたら死んじゃうっ!」
『氷の息吹』
威力は上がったが、乱雑となった鬼の攻撃を回避しながら氷の息吹を放つ。吹雪は鬼の体を凍らせるが、まったく気にせずに鬼は鍵音を追いかけてきた。
「だ、だだだだだ、駄目っ。鬼の耐性が高すぎて、みょーー!」
乱雑な攻撃といえど、当たったらタダではすまない威力。そして鍵音は体術を知らず、正直言うと素人だ。天才的な体術を持ち、不動の精神を持つマナではないのだ。怖くて怖くて、無駄な行動をして体力を失っていく。
「ふんっ!」
「みょー」
頭をだるま落としのように落とす勢いのフックを身体を投げ出して、地面を滑りながら回避。
「ちょこまかと!」
今度は掬い上げにて滑る鍵音を捕まえようとするので、放置された車へと咄嗟に入り込む。あわわと唇を震わせながら反対側から飛び出ると同時に廃車がめしゃりと潰される音が嫌でも耳に入ってきた。
そ~っと後ろを見ると、もはやスクラップとなりぺちゃんこで、元が車とはわからない。
「あわわわ、あれを喰らうと私も同じ感じになるです。みょみょみょみょ!」
『遅延十連魔法矢』
取っておきの切り札。魔力を限界まで込めた10本の魔力矢を解き放つ。今できる最強の攻撃だ。
雨あられと、魔法矢は空を駆けて鬼へと向かう。そうして、真っ赤な肌にペシペシと情け無い音を立てて弾けるのであった。無論ダメージはゼロ。かすり傷も与えていない。
「みょわー! やっぱり効かない! わたわたわた私他の攻撃魔法は爆発球しかない! もう打つ手がないです」
予想はしていたが結果は残酷だった。今まで最低魔力しかなかった鍵音が使用できる魔法は『魔法矢』『爆発球』『魔力盾』『遅延』だけだ。この一週間では地獄マラソンしかしてない。
「ぬはは。お前雑魚!」
自身に傷一つ与えられないか弱い人間を見て、鬼が高笑いすると、スクラップとなった車を掴んで投げてくる。
「みょ!」
『三連魔力盾』
脅威の巨大フリスビーとなったスクラップ。鍵音はすぐに魔力盾にて受け止めて弾き返すが、立ち止まってしまう。そして、鬼はその隙を逃さなかった。腰溜めに拳を溜めると、腕を捻るようにして打つ。
『コークスクリューブロー』
放たれた拳からサイクロンが放たれて、地面を削り取りながら鍵音を目指す。そのサイクロンの大きさは鍵音の身長を上回り、削り取られていく地面がその威力を物語っていた。
「それ、コークスクリューじゃないですっ!」
『二連魔力盾』
「ぬぐぐぐ」
二枚の魔力盾を生み出して、迫るサイクロンを受け止めるが、暴風は鋭き刃のように鍵音を傷つけていき、服が斬り裂かれて鮮血が舞う。鋭い痛みで顔を歪める鍵音だが、それでも何とか耐えて━━。
「終わり」
『ニーキック』
鬼がサイクロンが消えた後に突撃してきて、その膝蹴りが鍵音を吹き飛ばすのであった。
「ご、ゴホッ。つ、強い……か、勝てないよぅ」
なんとか立ち上がり氷のワンドを構えるが吐血して激痛に呻く。
(駄目。私の攻撃が通じない。どうすれば良い? なにをしたら勝てる?)
絶望感に包まれながらも、諦めずに思考を早めていく。今の自分の実力。攻撃に使える種類。
(私の魔法は通じない。ということは必然的に『氷の息吹』しか通用しない。『氷の息吹』を使って勝つ方法……。危険だけど……これなら)
氷のワンドを構えて、息を吸う。鬼はもはや鍵音がまともに動けないことを悟っているのだろう。その歩みはゆっくりで余裕を見せている。
(チャンスは一度! 逃せば、私は死ぬ!)
鬼の様子は鼠をいたぶる猫のようだ。ニヤニヤと笑い、近づいてくる。知性があるからだ。もしも他の魔物ならば、そのような態度は絶対にとらない。
「こ、こないでぇ〜、わだじを食べないで〜」
迫る鬼に恐怖して、泣きながらワンドを振る。その弱々しい姿に鬼は立ち止まると、大きく口を開けて笑う。
「がははは、人間餌。やはりオデ様強い」
だが、それこそが鍵音の狙いだった。きっと笑うと思っていた。しかも隙を見せるほどに大きな笑い。
(今っ!)
『脚部強化』
脚を一時的に強化するとバネのように跳躍する。まさか反撃されると思っていなかったのだろう。目を見開き、驚愕している鬼の口へと氷のワンドを突っ込む。
「これで死んで!」
『氷の息吹』
「ぬおっ!?」
口に入れた氷のワンドから氷の息吹を直接口内へと流し込む。慌てて口を閉じる鬼が、ワンドを噛み砕こうとガリッと噛むが、魔道具である氷のワンドはなんとか耐える。
『氷の息吹』
『氷の息吹』
『氷の息吹』
耐える氷のワンドに魔力を流し込み、何度も氷の息吹を流し込む。流し込みきれない吹雪が口内から漏れて、鍵音の手をも凍らせていくが気にする余裕はない。
「ここでここここで倒します!」
まるで刺すような痛みを感じ、鬼がワンドを抜こうと鍵音の腕を握り潰すが、それでも離すことは無い。ここで離したら、どちらにしても死ぬのだ。
「は、はなぜ、や、やめどぉ〜」
さすがの鬼も体内に直接氷の息吹を流し込まれてしまうと、防ぎようがなく、徐々に動きが鈍くなっていき、体内から凍りついていき━━。
「お、親分。酒呑童子ざま……すまでぇ」
遂に氷像となると、その命の炎を消すのであった。
「や、やった……」
同時に氷のワンドが砕け散り、鍵音も蹌踉めきながら後ろへと倒れ込む。もう腕はぐしゃぐしゃで、凍りついてもいる。使い物にはならないだろう。後でこっそりと回復魔法をマナに掛けてもらわなければなるまい。
それでもBランクの魔物に勝ったのだ。しかもマナの手伝い無く。自然と口元が緩み笑みが浮かぶ。
「それでも鬼に勝ったんだ! やったぁ」
満足げに鍵音は地面へと倒れ込み━━。
「ほう。戦闘が行われているとみて見に来たが……我が部下を倒したか」
ズシンとなにかが着地する音がして、さらにズシンズシンと連続して音がする。
「う、うそ……」
疲れた体を鞭打って、なんとか顔を上げて青ざめて、息を呑む。
そこには武者鎧を着た大鬼と、先程と同じ鬼たちがいるのであった。
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