31話 貴族たちは謀略に慣れている
貴族と平民の違いは何かと聞かれたとしよう。
物部守屋はこう答える。
「人を陥れる謀略に慣れているか慣れていないか。ただそれだけだ。そして慣れないものは堕ちていく」
貴族とはそういうものだと、幼き頃より知っている。なぜならば姉も妹も守屋を陥れようとしてきたからだ。否が応でも、守屋は貴族の作法を身に沁みて理解してしまった。
物部家の継承者は最も優れた者でなくてはならない。それは魔力だけが優れているだけではだめだ。武の強さを持っていても駄目だ。謀略に優れていなくてはならないのだ。
所詮、魔力も武力も物部家の子供達はそれなりに持っている。天才のような抜きん出た力を持てば話は別だが、不幸なことにそこまでの才能を持つ者はいなかった。テストで90点を取っても80点程度でも、謀略に優れていればその程度の差はなんとでもなる。そのため、物部家では足の引っ張り合い、相手を貶める方法、功績を奪うなど、日常茶飯事であった。
禁止されているのは相手を殺そうとすることくらいだろうか。それも守られているかは不明であるが、殺し合いによる勢力の弱体化は他の家門を喜ばせるだけなので、今のところは事故死も病死もない。ないだけで、生きていることが幸いだとは限らないが。
現在は物部家の子供達は力が拮抗しており膠着状態。その中で起爆剤として突然現れたのが、『マナ・フラウロス』だ。
「彼女の戦闘力の高さはたしかに素晴らしい。ですが……物部家としては槍の魔道具を製作した能力が欲しい。一時的にとはいえ、Sランクの魔物を一撃で倒す武器の製作技術が手に入れば、私の嫡男としての立場は決定的となる。そのためにも……本屋鍵音、私は君を手に入れる」
守屋は口角をつり上げると、取り巻きへと視線を向ける。
「くくく、学科テスト2位の頭脳を見せてやろう。木部、砥部、準備は良いか?」
自信たっぷりに言う守屋だが、取り巻きである分家の木部と砥部はどことなくやる気がなく胡乱げな様子だ。
「ん? なにか、私の作戦に異論があるのかね?」
「えっーっと、異論というかですね、若様、これ本気でやるんですかい?」
卑屈そうな顔つきで小柄な男が手にある紙をジト目で見る。苗字は木部。名前はそういえば知らないなと、守屋は気づき、たしかに本屋の言う通りかもと思う。取り巻きなのに名前なんだっけとも聞きにくい。尋ねた瞬間、忠誠度がストップ安になるのは間違いない。
「……馬鹿、いえ、若、本当にこの通りにするの? あちし、上手くいくとは思えないよ?」
もう一人の取り巻きである少女、砥部墨も守屋の考えた計画に不満そうにする。純朴な顔つきの少女で刀を履いている。馬鹿と呼ばれたような気がしたが気の所為だろう。ちなみに名前まで覚えているのに他意はない。
「この『召喚士になったら冷酷公爵令息に溺愛されています』というテンプレな計画名……ピッコナの恋愛漫画でありそうな題名っすね……」
「馬鹿様は一度も恋愛経験のない恋愛漫画で現実を考えるオタク脳。安心安全のノールックルートを突き進む」
「今、はっきりと馬鹿と呼ばなかったか? あと、ノールックルートとはなんだね?」
「勉強ができて、腕が立っても無趣味でノーセンスで一緒にいてもつま、面白い人のことを言う」
「そこまで言って、誤魔化すなっ! ストレートにつまらない人間だと言い給えよっ!」
どう見ても忠誠度高めの取り巻きたち。そして、年齢イコール恋愛経験ゼロの男、物部守屋である。
「く、くくく、大丈夫ですよ、私の作戦は完璧です。しっかりと考えたのです。見なさい、あの子の様子を」
眼鏡のフレームをガチャガチャと忙しなく触り動揺を誤魔化しつつ、前方を指差す。大木にぶつかって倒れた鍵音だが、なんとか立ち上がり奥地へと今度は慎重に進んでいった。そして、後をつける生徒たち。
「みょあー! 2秒で、倒れるわけにはいかないです。とちゅけぎー」
先程よりも抑えた速度で、今度は森林の中ではなく、元は国道であり樹木が生えていない道を慎重に走っていく。
「あの娘はGランクのはず。しかし、あの速さはC、いやもしかしたらBランクに至っています。本来はGランクの本屋鍵音が刺客に襲われているのを颯爽と助けに入り、『ふっ、身分相応に一層辺りで点数を稼げば良いものを。こんな奥地では帰るのも危険だろう。仕方ない、私と共に来るが良い』と私が言う」
くくくくと笑って、脚本をペラペラと捲っていく。
「そこで、本屋鍵音は『こいつ、嫌な奴だけど、ちょっぴりかっこいいじゃんと━━』」
「なんというか、古臭いテンプレっすね」
「恋愛漫画は一定の需要があるから、完結まで続けるかも」
「おいっ、話を聞き給え! ここからが良いところなのだぞ?」
怒鳴る守屋を小石でも見るように一瞥すると、半眼で脚本を見て2人がため息をつく。
「はいはい、わかったっすよ。第一印象が最悪だったけど、その次の偶然の出会いで好意を抱くパターンっすよね?」
「パンをくわえて、道でぶつかるくらいテンプレすぎる。私が編集なら通さない」
「て、徹夜で考えた脚本だぞ? もう少し手加減して発言をしてくれ。出版社に持ち込みをするワナビではないんだぞ? 貴様たちの上司になる予定の男だぞ?」
厳しい評価にグサグサと心を砕かれて、崩れ落ちそうになるがなんとかプライドを保ち立ち上がる。
「こ、この作戦の肝は私に本屋鍵音が好意を抱くこと。そして、その後に、ニャインによるやり取り、学校では昼食を一緒に食べて、夜に電話でのおしゃべり、土日はデートをして、そして告白! わ、私が告白する方がギャップ萌えとなるだろう。なるよな? そして、晴れて恋人同士となり、召喚獣のマナ・フラウロスを使役する本屋鍵音を手に入れるのだ! これはマナ・フラウロスを手に入れようとするよりもはるかに成功率が高い。なぁ、女子と連絡先を交換するのはどうしたら自然にできると思う?」
照れながら自分の作戦を語る守屋。そのセリフには熱意が籠もっており、やる気に満ちている。そしてヘタレでもあるので、取り巻きの二人の視線はますます冷たくなる。
「いや、どんだけ迂遠なんっすか。え、この脚本の続きはそんな流れなの? 俺たち、そんなことに付き合わないといけないの?」
「蘇我家に押されている昨今でも、物部家は高い勢力を持っている。不本意だけど分家としては馬鹿様のDT作戦でもついていくしかない」
「大丈夫だっ! この作戦は完璧だ。修正も可能なところが私の完璧なるところだ。『なかなかやるようだな。しかし、ここは危険だろう。ちっ、仕方ない。この私についてくるが良い』にセリフを変更するっ! あと、DT作戦と言うなっ!」
「へーい」
「りょ」
天才的な作戦だろうと、頼もしさを見せる守屋に、木部と砥部は渋々頷く。
「ふっ、マナ・フラウロスを手に入れれば魔道具技術も上がる可能性が高い。そのためにも本屋鍵音を手に入れる。もはや私が嫡子となるのは決定的。姉妹の謀略もここまでだ」
「あんたのプリンは食べたでしょと、勝手にプリンを食べられた挙げ句、さらには私たちのプリンも食べたでしょと姉に言われてプリンを買いに行かされた謀略っすか」
「若様が密かに好きだった娘に、おにーちゃんは男の娘が大好きなんだよと妹が嘘をついた件かもしれない」
守屋の取り巻きとして、彼の過去を誰よりも知る2人である。
「きしゃー、黙れ黙れ! 毎回オヤツを補充する私の身にもなれっ! それに女子がメガネは総受けとか分からないことをつぶやいて、腐った目で見てくるのだ! 恐るべき謀略と言わないでなんとするっ! ほら、お前たち追いかけるぞ!」
「へーい」
「アラホラサッサー」
2人が守屋の熱意に煽られて、やる気十分にため息をつきながら、ヘロヘロと片手をあげる。
その姿はポンコツ3人組に見えるが、守屋が漫才のような空気を打ち消して、指にはめた指輪を撫でると鋭い目で小さく呟く。
『集団飛行』
3人組はその一言でふわりと浮き上がると、空へと舞い上がる。放たれた魔力は最少限に抑えられており、滑らかな魔法の発動を見せていた。
「草加ダンジョンは『飛行』を使えればたいしたダンジョンではない」
「『飛行』は維持も神経を使う繊細な魔法っす。さすがは魔道具使いの物部家っすね」
「それだけは褒められる」
3人は空へと舞い上がり、樹木の尖端ギリギリで止まる。
「さて、では上空から監視しつつピンチの時に助けに入るぞ!」
守屋が手を振ると、3人は水平に飛行して、鍵音たちを追い始める。この草加ダンジョンは上空からの侵入を阻む障害物は存在しない。障害物は。
3人が飛行して、すぐに森から鳥めいたものたちが飛び出してきた。飛行する守屋たちに反応した樹上に棲息する飛行型魔物たちだ。
「ギャーッギャギャ」
翼を入れて3メートルはあるだろう体躯で、見かけはプテラノドンに似ている。尖った嘴から覗くずらりと並んだギザギザの牙は噛まれればただではすまないことを教えてくれていた。
魔物の名前は『ウイングドン』。群れをなして空を駆けて、獲物を喰らう危険な飛行型魔物である。その数は約30匹近い。内包する魔力はCランク相当で、空での戦いは人間にとっては必然的に不利になるので、空を飛ぶ者が少ない理由の一つだ。
だが、守屋は迫るウイングドンを見ても、慌てることなく、冷笑で迎え撃つ。
「木部、砥部、片付け給え」
「へーい。貰っている給料分は働かせて貰うっす」
小柄な体躯の木部が前に出ると、小さな小枝を懐から取り出す。子供が遊びに使いそうな小さな小枝だが、木部はウイングドンへと小枝を向けると、ニヒルに嗤う。
『森林拘束』
小枝を振るうと、魔力が漂い、樹木へと向かう。そうして魔力が樹木に吸い込まれると、ざわりと木々が蠢き、枝がまるで触手のように伸びていき、ウイングドンたちを絡みとっていく。
「次はあちし……はぁ、めんど」
心底めんどそうな顔で砥部が刀を抜くと、ポイと投げ捨てる。他者から見たら、得物を投げ捨てたように見えるが違う。
「分かたれよ」
砥部が人差し指を立てて一言呟くと、刀は空中で光り、次の瞬間にいくつもの刃へと分かたれた。
『烈刃』
ボソリと呟いた言葉に合わせて、刃の群れが枝に絡め取られているウイングドンへと襲いかかる。幾刃もの剣閃が奔っていき、ウイングドンはまるで紙切れのようにズタズタに斬り裂かれると、地上へと落下していくのであった。
通常ならば全てを討伐するのに10人は必要となるウイングドンの群れをあっさり倒した2人だが、当然の表情で喜ぶ様子もない。
「ふっ。それでは本屋鍵音を追うとしよう」
その様子を満足げに見ると、守屋は再び飛行を開始するのであった。
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