30話 鍵音は中期テストを開始する
━━1週間後。
『草加ダンジョン』は世界樹帝国学園から電車で1時間のところにある。貴族は車だが、もちろん貧乏な鍵音は電車である。この一週間、地獄マラソンをしつつ、日払いの魔物討伐をしてなんとか糊口をしのいでいたのだが、それでも電車代はギリギリだった。ついでに言うと今日のお昼ご飯代もない。
━━そして、鍵音は自分を狙うと教えられた人間があからさまにそばに居るので恐怖していた。Eクラスの自分の側にBクラスの生徒たちがいるのだ。教えられなくても怪しんでいただろう。というか、人を舐めるような目で見てくる上に、これ見よがしに鞘から剣を出し入れして厭らしく舌なめずりをしているので隠す気はゼロの模様。
「全員揃ったようだな。この中期テストは遅刻は許さん。今この時点でこの場にいないものは欠席とする」
先生、私に殺意を持っている人も欠席としてください、と本屋鍵音は言いたかったが、言ったところで馬鹿なことを言うなと怒られるだけなので我慢した。この場合の馬鹿なことを言うなという意味は、テストでそんな理由で欠席にはできないことと、貴族の策略を一介の教師が防げるはずはないだろうとの二重の意味がある。
廃墟が森林に侵略されて、滅亡した街並みを見せている草加市の入口にて、仮の壇上に立つ学年主任を虚ろなる瞳で見ながら、鍵音はため息をつくのを辛うじて抑えていた。
中期テスト前に、生徒たちは各々適当に散らばって始まりの合図を待っている。整列などはしていない。これは中期テストの一部でもあるからだ。自身がどの立ち位置にいてスタートラインにつくのかも戦略のテストになるからだ。
そのせいで、鍵音は危機に陥っていた。自分のいるEクラスのクラスメイトは集団の一番後ろだ。きっと一層の魔物を安全に倒すだけで終えるつもりだろう。
しかし、鍵音は違う。マナの編入試験の際に宣言したAクラスに入るとの決意。その決意通りに、ポイントを稼ぐにはスタート地点も後方などでは不利になる。そのため、鍵音は集団の前方にいた。だからこそ、周りの生徒たちはA、Bクラスのエリートたちだ。
「うお、何あの子、可愛いんだけど? あんな子クラスにいたか?」
「エリクシールで回復した口裂け女だよ。あんなに可愛かったのか」
「おいおい、あの子、Eクラスの元口裂け女だろ? なんでここにいるんだ?」
「お前、知らねーのか? 召喚獣の編入試験でAクラスに入るって、蘇我さんに宣言したんだよ」
「へぇ~、身の程知らずだな。でも、俺が手伝えば良い点取れるかも?」
「単に可愛い子とお近づきになりたいだけだろ。やめとけやめとけ、あいつの周りにいるとヤベーぞ」
コソコソと話す周りの人たちの会話の内容に、個人情報保護法はどこにいったのと叫びたいが、このアカデミーは力の無いものにとっては、個人情報は守られないことを知っているので諦めるしかない。
それに遠巻きに話すだけの人たちは問題ない。問題はこちらをニヤニヤとした笑みで見ている人たちだ。どう考えても良からぬことをしようと計画しているようにしか見えない。
ゴクリと唾を呑み込み、ぷるぷる震える手で氷のワンドを強く握りしめる。好奇の目、興味の目、嫉妬の目、蔑みの目と、様々な視線が集まってくる中で、先生の話を聞くことに集中する。先生はポイントの仕様や、注意点を説明していく。
ようやく説明が終わると、先生は生徒たちを見渡す。
「では、説明は終わりだ。皆、準備をせよ。次の合図でテストを開始する」
先生の言葉に生徒たちは真剣な顔になると、補助魔法を使ったり、チームを組んでいく。
(私もマナとチームを組みたいけど……)
マナはルカさんと共に一番前にいて、モキュモキュと大福を食べていた。周りにいる人たちはキャイキャイと大騒ぎだ。
「や~ん、髪の毛さらさらだねぇ〜」
「可愛い〜。飴ちゃん食べる?」
「ほんとにこの子が召喚獣なの?」
もう女の子たちに大人気だ。Bクラスの子たちも混ざって、緊張感に欠けた様子でちやほやしてる。絶世の美少女のマナはマスコット枠に入った模様。マナの隣でニコニコと微笑むルカさんが、私よりもマスターっぽくてずるいと思う。
(うぬぬぬ、マナへの餌付けは禁止です。私だけが餌付けしたいのに! でもお昼も食べられない軽さの財布ですけど。貧乏って辛いです。朝ごはんのトトトールのモーニングセットがあんなに高いだなんて思わなかったです。あと、マナがカルビサンドを頼むんだもん!)
ホントはお昼ご飯代はあったんだけど、予想外の出費があったのだ。あと、マナは食いしん坊ということも、この1週間で分かった。
駄目だとは思うが、さり気なくマナたちへと合流しようとするが━━。
「待ち給え。どうやらマナ・フラウロスの力を借りようとするようだが、彼女はアカデミーでは人間として扱われている。彼女の点数は彼女のもの。テストの点数は己自身で取得するのだ。他力本願はやめたほうがいい」
鍵音を一人の男子が制止してきた。細眼鏡をつけた痩せぎすの神経質な人だ。しわ一つないスーツを着込んでおり、学生であるのにエリートサラリーマンのように見える。
「まままま」
「ふっ、困ったら母親にでも頼るのかね?」
小馬鹿にするように鼻で嗤う男子を鍵音は知っていた。いや、アカデミーの生徒たちも教師も全員知っているに違いない。
「もももも、ももものべなんちゃらさん」
「桃太郎みたいに聞こえるぞ、失礼な! それに私の名前を知らないのかね?」
「えっと、普通は苗字くらいしか他のクラスの人は知らないと思います。噂で聞いても、あの人は鈴木一葉さんだよみたいに、下の名前を口にする人は、なかなかいないとおもいまひゅっ」
口籠もりながら、怒鳴る相手にもじもじと答える。自己紹介ならともかく、噂話で名前まで口にする人はなかなかいない。小説や漫画ではないのだ。
「ぬ……たしかに君の言う通りだ。名前まで知っている見知らぬ奴はストーカー予備軍かもしれないな」
鍵音の言葉に気まずげに咳をする男子が改めて口を開く。
「では改めて自己紹介をしよう。私は魔道具製作の大家である物部公爵家の嫡男である物部守屋。Aクラスに所属し、能力はもちろんAランク。実技試験は上位であり、入学テストでは……2位だ。どこかのゴミが1位をとっていたからな! 実技試験はともかく学科テストでは1位しか取ったことのなかった私がね!」
「あ、はははひっ。すいませんすいません」
学科テスト1位は、その眼光に負けてペコペコと頭を下げてしまう。その様子を眼鏡の位置を直しながら、守屋は小馬鹿にして鼻で嗤う。
「ふんっ、入学試験は偶然だろう。この中期テストで、その化けの皮を剥がしてやろう」
そうして、セコくも守屋の取り巻きが鍵音がマナのそばに近づかないように壁となる。
「ふっ、諦めるが良い。マナ・フラウロスを人間としてアカデミーに入学させた時点で君の下剋上は終わったのだよ。後は我々に任せ給え」
「……まだわかりませんよ? 私がAクラスに入れば、マナと同じパーティーを組むことも可能となりますから。今回、マナとパーティーを組めないこともけけけけ、計算ずくですっ!」
もしかしたらパーティーを組めるかもと思ってたのは内緒です。
前方でドーナツを食べるマナと視線が合う。以心伝心、マナの言いたいことはわかる。マナが小さく口パクをするが━━。
(ドーナツはたくさん種類があるようです。今度はクリーム入りを食べたいです)
嘘だった。まったく意思伝心してなかった。というか、ルカさんはどれくらいおやつを持ってきたの!?
「ふっ、それならやってみるが良い。無駄な足掻きというものをなっ」
守屋が鼻で笑い、取り巻きたちも馬鹿にして大笑いする。く、悔しいけど、自身の力をこれから見せれば良いよねっ。
「では、テストを開始するっ! 大怪我をする前に救援を呼ぶようにっ!」
壇上に立つ先生が手を振り下ろす。そうしてホイッスルの鳴る音が鳴り、テストは開始するのであった。
「おし、いくぞてめーらっ!」
「今回の得点でクラスをあげるっ!」
「ほらほら〜。ドーナツだよ〜。ついてきて〜」
生徒たちが一斉にスタートし、奥地へと駆けていく。もちろん鍵音もすぐに構えを取る。
「ててでではいきましゅっ!」
ワンドを握りしめると、腰を屈めて構えを取り、体内の魔力を活性化させていく。
「みょあー!」
いまいち決まらない叫びを上げるが、体内に駆け巡る魔力は本物だ。
『身体強化』
今までとはレベルの違う身体強化が自身を鋼のように強くしなやかに変えていく。南千住ダンジョンで死ぬほど走った成果だ。肉体が跳ね上がった魔力に適応し、持て余していた魔力を使えるようになっている。
勢いよく足を踏み込み、走り出す。たった1歩踏み込んだだけで、風が巻き起こり、鍵音の髪を靡かせる。2歩目で風圧が感じられて3歩目から視界が移り変わる。
鍵音の足の速さは常人を超えて、ハンターとしても上位の速度へと到達していた。元より少ない魔力を活用するために、日頃から魔力コストを削減して効率的に使うようにしていた鍵音だ。今はふんだんにある魔力を使い、さらには1週間全力疾走でマラソンをしてきた。その結果で一番効果のあったことは『身体強化』だ。
チーターよりも速く、鍵音は疾走する。前方を走るアカデミーでも上澄みの生徒たちを追い抜いていく。
緑が廃墟を覆い、鬱蒼と茂った草木の中を鍵音は駆けぬける。
「うおっ、なんだあの速さは!?」
「あいつ、何者だっ!」
「噂のやつか!」
追い抜かれた生徒たちがギョッとして驚きの声を上げる。今までとは違う蔑視ではない。純粋に鍵音の力に驚いている。
生徒たちの視線を受けて、口元を小さく緩める。
(わかる。私が強くなっているのを。皆の視線の意味を!)
風を肌で感じながら、鍵音は森林の中を疾走するのであった。
◇
「本屋鍵音……たしかに言うだけはあるようですね。どうやらマナ・フラウロスにはまだまだ秘密があることもわかりました」
物部守屋は、予想外の力を見せる鍵音を見て、ニヒルに笑う。
「すげ~! あの子、一直線に木にぶつかりにいったぞ!」
「こんな歩きにくいところで、あんな速さで走るからだよ」
「あの子、受験でも転倒してなかった?」
避けきれずに、大木にぶつかった本屋鍵音が前方で倒れていた。
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