3話 マナのアバターは美少女です
地球は水すらもなくなり生命体も存在しなくなり久しく経過して荒れ地だけとなったが、人類は未だに生きていた。ポツンと小さなドームが荒れ地の只中に建っており、そのドームに住む人々が最後の生き残りだ。
そのドームへと戦いの終わった軍がぞろぞろと入っていく。その顔は皆喜びに満ちており、足取りは軽い。
「やったな。遂に敵の50柱の内、1柱を倒したぞ! しかも最強格の竜王ティアマトだ!」
ドーム内に入った途端に隣を歩く筋肉で覆われたような大男が興奮しながら、ペシペシと美少女のか弱い肩を叩いてくる。
先ほど延々と復活魔法を使って味方を支えた天使のような美少女だ。折れそうな細い肩なので結構痛い。だが、いてーよ、このやろーと殴りかかるのはこの少女の役割に合わないので、グッと我慢する。
「当然でしょう。正義の心は決して悪に負けないのです。ティアマトも最後は悔恨の言葉を吐いて消え去りました」
「それズルすぎだろとか叫んでなかったか?」
ニコリと優しく微笑むと、両手を組み合わせて、適当に祈ったフリをする。見た目にも合っており、祈りの姿はお気に入りなのだ。鏡で何回も確認しているマナちゃんお気に入りのポーズの一つなのだ。
マナ・フラウロス。世界一可愛い少女の名だ。ついでに俺が操作するソウルアバターでもある。
◇
地球に魔物というものが現れて、ざっと千年は経過しているらしい。歴史表を記憶はしているが、わざわざ記憶から呼び出さないのでよく分からんけど。
魔物は『魔法』というものを使い侵略してきた。人類の科学兵器は核兵器すら効きにくく、苦戦をしていた。が、戦争中に人間の中でも『魔力』に目覚める者が現れて、魔法科学も生まれていき魔物との戦争に勝利━━━することはできなかった。
当初は敵も弱く撃退できたらしいが、段々と強くなる魔物を前に敗退を続けて800年。次第に人類圏は縮小していく中で人類は悟った。
これ、人類は人の肉体を持ったままでは勝てなくね? とな。いかに強力な魔法を使えても、肉体が耐えられないことが判明した。『魔力』は魂から発生し、その力は人類の肉体のままでは天才的と言われる魔法使いでも引き出せるのが5%が良いところだったのだ。それ以上だと必ず肉体が崩壊する。トカゲの尻尾のように超再生能力を身に着けても、良くて10%。
そして、魔物たちでも上位は100%の魂の力を発揮できる肉体を持っていた。上位の魔物たちは魔力で構成された肉体だったので耐えられるのだ。人間が勝てる道理はなかったのである。
なので人類は考えた。なら、肉体いらなくね? と。魂だけで戦えれば良くない? と。要は魔物たちと同じ土俵に立つことにしたのだ。アホみたいな考えだったが、追い詰められた人類はひどく真面目にその計画に今まで培ってきた魔導科学の全てを費やした。魂のみで戦える方法を開発しようと頑張った。
即ち、魂の発する魔力で肉体を構成し、人間の限界を超える。本来の肉体は時間を停める『停止領域』に保存して、魔力で作り上げた仮初めの肉体であるアバターで戦うのだ。
その目論見は上手くいった。ともすれば想定以上に。魂の力を肉体という殻に制限されることなく引き出せるようになった人類は滅びる寸前に魔物たちに対抗する術を手に入れたのである。
そして、人類はこの150年で徐々に反抗していき、ようやく地球を支配する50匹の魔物の王のうち、最強と呼ばれる竜王ティアマトを討伐することに成功した。
それが今日の戦争の結果だ。
「全員、酒は持ったか? 今日は記念するべき日となるだろう。竜王ティアマトを倒し、その眷属である知性竜も全て殲滅した。人類は遂に未来への希望を形とすることにしたのである! 今日という日に乾杯!」
「カンパーイ!」
「今日の勝利に!」
「人類の新たなる道に!」
大ホールに集まった1000人近い兵士たちが、壇上に立つ司令官ソロモン将軍の音頭に乗って、ジョッキを掲げると喜びの笑顔で隣とぶつけ合い、なみなみと入ったビールを飲む。
人類初の勝利であり、この祝勝会は誰もが記憶するだろう記念日となるだろう。全員歳の差はあれど美男美女だ。平凡そうな髪形にしたり、分厚いレンズのはまったメガネをつけて自身の顔立ちをわざと隠す者もいるが、よくよく見るとそのような者たちも美形である。
これは偶然でもなんでもない。『魂のアバター』はある程度姿格好を変えられるからである。そして、皆はなんだかんだ言っても、結局は美形にするのだった。
「ふふ、皆はよく食べてよく飲むように。酔って倒れそうなら僕が介抱してあげるさ」
「この筋肉を見よっ! 鋼鉄よりも硬く、ゴムよりもしなやかな完璧な肉体美っ!」
やけにサラサラの金髪を手で流して、王子のようなキラキラフェイスの男が爽やかに笑う。その隣の筋肉ダルマというあだ名が相応しそうな鍛えた身体の男が上半身裸となり、肉体を見せつけるようにパンプアップする。
彼らの少し前の肉体は女性だった。その前は男性。
「ふふふ、皆さん頑張りましたねぇ。私も胸が踊るわぉ」
「この先も頑張ろ~! えいえいおー!」
赤ん坊の頭よりも大きな胸を持つ魔法使い風の妖艶な美女が豪快に酒を飲み干し、レンジャースーツを着た小柄で無邪気そうな少女がぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでいる。
彼女らの肉体も男性だった。少し前に女性から男性に変わったのに、もう飽きて変えたらしい。
彼ら彼女らは全員趣味に走ったのである。戦争の中で、当初は皆自身の肉体と同じ姿で戦っていた。しかし、長い戦争のなかでネトゲーをやり尽くしてやることなくなったプレイヤーのように自身の姿を変えることとしたのだ。そうしてコロコロと彼ら彼女らは姿を変えている。もはや誰も本来の自分の性を覚えている者はいないかもしれない。
「ふ、にわかめ。私は戦争開始からずっとこの姿だもんね」
俺は戦闘するならアバターは可愛い方が良いだろうと兵役についてすぐにマナ・フラウロスという世界一可愛い姿にしたのだ。神絵師に頼んで理想の少女を描いてもらい、それを参考にして髪の毛一本からこだわって創り上げた最高の美少女だ。ゲームでは少女の姿の方が目の保養になって良いよねと考えるプレイヤーと同じである。
まぁ、俺も他の人たちも戦争をしているのだ。精神が狂うことのない魂だけの存在とはいえ、疲れるのだからこれくらいは許してもらおう。だれに許してもらうかは不明だけど。まぁ、要は戦争に勝てる力があれば良い。見かけは関係ない。
ビールジョッキを両手で抱えて、ちびちびと飲みながら、つらつらとくだらないことを考える中で、やけに色気のある美女がテーブルの上に料理ののった大皿を置いていく。
「あいよっ! 今日は奮発してステーキ錠にローストビーフ錠、マッシュポテト錠だよ、たんと食べておくれ!」
「おー、ご馳走だ! さすがは祝勝会! でも、ご馳走と言いつつ味は変わらねーよな、いえ、変わりませんよね」
皿には山と錠剤が乗っている。確かピンクがステーキで黄色がローストビーフだっけか? 何にしても違いがよくわからないと呟きつつも、ポリポリと食べる。うん、しょっぱいか、とてもしょっぱいかしかわからないな。
「そりゃあ仕方ないよ。あたしだって、ステーキやらの意味はわからないけど千年前はご馳走だったらしいよ」
ガハハと笑う肝っ玉美女がユサユサと胸を揺らして去っていく。もはやステーキやローストビーフなど名前だけで誰も記憶していないデータだ。生命体を食べていたらしいが、詳細は不明。調べれば分かるだろうが、この世界に生き残っているのは僅かな微生物と人間のみなのだから調べても仕方ない。空気や必要なエネルギーは作り出すことはできるが生命体を作ることはできないのだ。肉は作れるが、所詮は魔法構成体。水のように味はしない。もはや手に入る可能性はゼロなのだから、その名前でご馳走と思うしかない。
それにこの身体は魔力が有れば維持できて、飲食不要。食事は人間らしさを忘れないためにだけにある。
アルコールだけは昔と同じように作り出せるので、錠剤を肴に皆はビールや日本酒を飲んで陽気に騒いでいる。その様子を見ながら、フト考えてしまう。
「う~む……」
「ん? どうしたんだ? しけた面して?」
ほっそりとした腕を組み、ついつい唸ると隣で酒を煽っていた男が顔を覗き込むので、お触り禁止とぺしりと叩きながら言う。
「この戦争、勝利の芽が見えてきたけど、勝利後はどうなるのかなって。ほら、このドームには3千人のソウルアバターが活動してるけど戦争に勝てば地下に眠る三百万人が時間停止カプセルから目覚めるだろ? 何するんだろって」
カナリアの鳴き声のように可愛らしい声で言いながらポリポリとステーキ錠を食べる。うん、やっぱり違いなんてわからない。
ドームは人類最後の砦であり、生き残りのほとんどは戦争に勝利するのを待って眠りについている。だが、もはや地球はなにもない、空気も水も生命体も存在せず、荒れ地が地平線の彼方まで続いている。
「あ~、貴方はそんなことを考えてたんだぁ。そんなこと考えてもみなかったわ。それは目覚めたおえらいさんが考えるんじゃないの? 産めよ増やせよと地上を埋め尽くすんでしょ。あたしたちは戦争に勝つまで戦えばいいのよ」
「男の役割が崩れてますよ。でもそのとおりか、深く考える必要はないか。考えすぎかな」
小首を傾げる男へと笑って注意しながら、そんなもんかと思う。たしかに戦争の初戦に勝利しただけだし、この後も戦争は続く。それこそ100年、200年も。
「そのとおりだな。殊勝な考えだ、それこそ兵士の正しい!」
「おや、ソロモン司令。なにしに?」
ドッカと豪快に座る軍服の美女へと顔を向けるとニヤリと笑い返されて、テーブルにドスンと水晶球が置かれる。
━━━いや、水晶球ではない。これは魂だ。虹色のオーラがオーブの中で渦巻いており、途轍もない力を感じる。
「これって……もしかしてティアマトの魂?」
これだけのエネルギーを内包する魂は見たことがない。ということは答えは一つだ。
「あぁ、ティアマトの魂だ。これを食べる者はマナ、貴様に決まった。幸運に思え」
「マジですか……火力高めの奴に食べさせれば?」
人類が反抗に出れたのはソウルアバターを創り上げたことだけではない。魔物の中でも最高位の魔物は人の魂を食べていた。どうやら食事としている模様。ということは魂を食べれば栄養になるのではと、それを真似て、魔物の魂を食べられるようにしたのだ。科学者たちはマッドサイエンティストばかりであると言えよう。
その結果、自分よりも強い魔物の魂を食べるとその一部の力を手に入れて強くなれることが判明した。
そして、ティアマトは世界最強とも言える魂だ。俺よりも強い奴に食べてもらうほうが良い。
「いや、貴様の回復魔法が我らの命綱だ。貴様に滅んでもらっては困ると満場一致で決定した」
ずいと身体を乗り出して顔を近づけてくるソロモン。本来の性別はわからないが、強気の顔立ちの美女には少し照れる。
「はいはい、それじゃ、食べてみるかな」
目を瞑りティアマトの魂を掴むと一口で呑み込む。水っぽい無味無臭だ。が、水とは違い、己の身体に莫大なエネルギーと魂に刻まれたスキルを本能で感じとる。
傍から見たら、俺は光り輝いていたらしい。皆の注視する中で、ゆっくりと目を開く。
「『終の龍言』を手に入れました」
ティアマトが使っていた一言一言が即死級の龍言。それを手に入れたらしい。
おぉ~、と皆が驚く中で、話を続ける。驚くのはまだ早いんだ。
「そして『次元転移』を手に入れたようです」
「なにっ!? 魔物たちの魂をどんなに喰らっても手に入れることのできなかったスキルか!」
ソロモンたちが驚きで騒然となる。その気持ちは痛いほど分かる。このスキルをどんなに待ち望んでいたか。
「はい。敵軍に攻められるだけでありましたが、一つの座標も手に入れています」
小首を傾げると、大輪の花のように微笑む。
「どうやら魔物たちの本国へ攻めることができるかもしれません。準備をしてすぐに偵察に向かいます」
今までのお礼をたっぷりとできるかもしれないな。