29話 鍵音は肉を食う
「何をなさっているのでしょうか?」
「ぜぜぜぜぜ」
息切れしながらもコミュ障を見せる少女本屋鍵音です。今は南千住ダンジョンの一層で、全力疾走で10キロメートル地獄マラソンを繰り返した結果、地面に倒れて見知らぬメイドが顔を覗き込んで来ています。
10キロメートルマラソンを1回走るのではなく、スクワットをするが如く、倒れるまで永遠に繰り返す地獄です。
「これは私の超絶技巧もり蕎麦マッサージでパワーアップしたマスターが魔力を慣れさせるために修行をしている結果です」
「もり蕎麦とマッサージの関係が想像できませんが、もしや悪魔式マッサージはもり蕎麦を食べながらやるのでしょうか?」
「もり蕎麦は関係ありません。ネーミングに入れただけですね。もり蕎麦好きなんです」
「さようですか。では、次は超絶技巧炎殺黒龍波マッサージと名前を━━」
「ふぬぬぬぬ」
マナとメイドが不毛なる会話を続ける気なので、気合いを入れて起き上がる。このまま延々と不毛なる会話を聞くだけでも精神の修練になりそうだからです。
というか、淡々と話すマナとメイドさん。なにかとても相性が良さそうな2人!
「あらあらあら」
「……あの、本屋様はどこのアパッチ族の方でしょうか? 浅学ながら本屋様のことを知らないで来てしまいました」
多少引いているメイドさんの言葉に羞恥で真っ赤になってしまう。新たなるライバル! とか言わないでよかったです……。
まともに話すためにも深く深呼吸をして、ガラガラの喉が引っかかってゴホゴホと咳き込んでしまう。マラソンの間、全く水分補給をしてこなかったからだ。だが、不思議なことに身体は疲労できついが、血が混じるとか、体調が悪くなったりはしていない。こっそりと回復魔法をマナがかけてくれたお陰である。倒れた方がこの地獄マラソンを止めることができたかもしれませんが。
「あよ、あにゃたはどなたでしょうか? 初めてお会いすると思うんです」
土埃をはたきつつ尋ねる。白いプリムを頭に乗せて、上等そうな白黒のメイド服を着込んだ女性だ。整った顔をしているが、どこか眠そうなつかみどころのなさそうな表情をしている。
「はじめまして、本屋鍵音様。私は一ノ瀬チシャと申します。蘇我ルカお嬢様の専用メイドをしております。量産型よりも150%強いです」
「ゲームにありそうな数値ですね……。えっと本屋鍵音です。よろしくお願いします」
「マナ・フラウロスです。マスターの専用召喚獣をしており、パワーゲインはメイドの5倍あります」
「マナ、謎の対抗心を見せないで。えっと、一ノ瀬さんは、私に何か御用でしょうか?」
2人が漫才をしそうなので、押し留めつつ尋ねると、一ノ瀬はそうでしたとポムと手を打つ。
「そうでした。本屋様のお屋敷を訪れたところご不在でしたので、お探ししておりました。決して、暇になったので南千住ダンジョンで一狩りしようとしていたわけではありません。私の第六感がピキーンと働いたわけです」
どうやら暇つぶしに偶然出会ったらしい。
「それで、本屋様をお探ししていた理由は、ルカお嬢様のお貸しする魔道具をお持ちしたからです」
「魔道具ですか? えっと、本当に貸してくれるんですか!? 魔道具は全部高価なのに」
驚いた。たしかにそんなことを言っていたが社交辞令だと思っていた。安い魔道具でも軽く数百万円するのだ。昨日会った者にホイホイと貸すことなど普通はしない。
「はい。ルカお嬢様のお得意の『お友だち』というやつです。相手に貸しを作らないと交友関係を築けない可哀想な人なので、私もヒモ男を作ったくらいです」
「ヒモ男?」
しれっとした表情で淡々と語るメイドさんに困惑して小首を傾げてしまう。
「はい。私のヒモ男は修行しか興味がなく、時折劇場版で良い父親をしています」
「それって2次元の存在なんじゃ……」
「ルカお嬢様はそのような相手しか信頼できない人なので仕方ないのです。それよりも魔道具を車の中に保管しております。どうぞ、こちらへ」
「あ、わかり━━」
グー
ついていこうとして、顔を真っ赤にしてしまう。お腹の虫がド派手に鳴ったのだ。なにせ、朝からなにも食べていない。そして残金は三百円。
「討伐報酬は月末払いだから、お、お金がないです……どうしよう」
お腹が空いて倒れそうだ。しかし、不思議なことにフラフラなのにまだまだ力が残っていそうな感覚。回復魔法の力のせいだろうけど、気持ち悪い。
「ふむ……仕方ありませんね。ルカお嬢様のお友だちに倒れられても困ります。幸い、この近くには美味しい焼肉のお店がありますので、私が奢ります」
「えっと、それは悪いというか」
「経費で落としますので、ここらへんで最高の焼肉屋にいたします。私も一度入ってみたいと思っていたのです」
「あ、はい。ありがとうございます」
どうやらかなりしっかり、ちゃっかりしたメイドさんらしい。
◇
南千住ダンジョンの周囲にはハンター向けの食べ物屋が多い。それは低ランクのハンター向けから、高ランクハンター向けの店と価格帯は様々だ。
その中で鍵音たちは一ノ瀬の案内で、焼肉屋に来ていた。『波紋苑』という高級焼肉屋で、外観から内装まで上品で格式高そう。はっきり言って入りたいと思ったことすらない。
個室は全て防音で、部屋同士の間隔も広く、明らかに一見さんお断りの雰囲気だ。秘密の話をするにも丁度よい秘匿性も兼ね備えていた。
「あばばば」
「大丈夫です。ここは会員制ですが、不思議なことにルカお嬢様の会員カードが私の手元にございますので」
「焼肉とはどんな食べ物なのでしょうか? お肉を焼くだけという原始的な方法で美味しいのですか?」
すちゃっと会員カードを見せる眠そうな目のメイドさん。マナはメニュー表を見て不思議そうで、鍵音はコミュ障ではなく、一皿の金額で泡を吹いていた。
「一皿五千円!?」
「特選牛タンを3皿頼みます。やはり焼肉は牛タンからでしょう」
「とくしぇんきゅうたんひとしゃら、にまんえんっ! え? これ牛タンは何枚乗ってくるですか? 100枚? にひゃくまい?」
もはや考えられない金額設定で、鍵音は幼児化してしまう。その金額設定は、鍵音の常識外なのだ。あばばばと幼児化している間に、一ノ瀬さんは手慣れた様子で店員に注文をして、次々とお肉がなんか高級感あるお皿に乗せられて、テーブルに置かれていく。
その様子を興味津々の様子でマナが覗き込む。
「牛タンとはなんですか?」
「丹田の一つで、食べると魔力が高まるとの伝説があり、焼肉の中でも人気です。牛の上丹田はとても貴重なんです。ちなみにヘルシーに見えるがカロリーが高い罠の肉でございます」
「自然な表情で嘘をマナに教えないでくださいっ! どこの牛がクンフーを学ぶんですかっ!」
「個人的にはレモン汁をかけるより、岩塩をちょっとつけるほうがお勧めです。さ、牛タンは片側だけ焼いて食べるのが作法ですので熱い間にお食べください」
人のツッコミを完全に聞こえないようにスルーしてメイドさんは焼けたお肉を小皿に乗せてくれる。マイペースすぎるメイドさんだ!
「ここでタレご飯を頼むのは素人。ここは白米一択です。純粋なる米の味が肉とのコラボレーションを高めます」
「おぉ、じゅわっと熱さが広がり、噛みごたえも抜群です。これが焼肉ですか。この花みたいに盛り付けられているのは」
「カルビです。高価なカルビはサシが多いので焦げやすく焼くのに注意が必要。ここは師匠たる私にお任せください」
「師匠、一番弟子のマナ・フラウロスに焼肉の極意をお教えください」
「良いでしょう。この一ノ瀬チシャの焼肉道は水溜りのように浅く、猫の額のように狭いのです。しっかりとついてきてくださいませ」
「はい、師匠」
バクバクと肉に舌鼓を打ちつつ、白米を頬張るマナとメイドさん。いつの間にか師弟関係になる2人。ツッコミを入れようと思うんだけど……思うんだけどっ。
「うぅ、お肉久しぶりに食べました。このお肉、サシがたくさんあるから、少しクドいです」
肉を食べる手が止まりません。ごめんなさい、お肉には勝てなかったよ。しかもいつものパサパサでゴムのようなお肉と違って、噛みしめると赤身の旨味が口の中に広がるし、白米を口の中に頬張ると、甘さが広がっていく。空きっ腹には猛毒なんです。
━━そうして、3人で肉を黙々と焼いて、バクバクと食べること2時間経過。
「これがルカ様よりお渡しされた魔道具となります」
デザートのバニラアイスが入っていた空のお椀をわんこそばのように積み重ねたチシャさんが、かばんの中から魔道具を取り出す。
最初に取り出したのは青いサファイアが尖端につけられているワンドだ。魔法銀製のワンドは50センチ程の長さの杖だ。魔法銀の鈍い光と内包する魔力が高ランクの魔道具であることを教えてくれる。
「こちらは魔力を込めれば『氷の吐息』が発動します。Cランク相当の威力の魔法をお手軽に使える『氷のワンド』、参考価格は1億5800万円です。受験場は森林地帯なので氷魔法がお役に立つと思います」
「いちおくごしぇーまん……お肉どれだけ食べられますか?」
予想以上に良い魔道具に震えを覚えてしまう。こんな魔道具を無料で貸してくれるの!?
「そして、こちらがルカお嬢様のご好意ということで使い捨ての魔道具です。全てBランクの魔法が込められておりますので、後ほど中身はご確認くださいませ。全部で1ダース。参考価格は24億円となります」
「お返しします」
魔法の宝石を渡されたが即座にお返しする。使い捨てでそんな価格の魔道具をホイホイ借りることなんてできないよっ!
「そうですか。たしかに私もルカお嬢様が興奮気味に命じてきたときはアホだろと思いましたが、やはり借りませんよね。わかりました。これはルカお嬢様にお返ししておきます。お嬢様は興奮すると視野狭窄というか、結果を予想しないというか、アホになるのでお許しくださいませ」
「チシャさんが常識人で良かったです。でも、先ほどから主人をディスってません?」
ところどころ怪しい発言をする一ノ瀬さんに半眼で見るが、どこ吹く風と気にする様子もなく今度は紙束を渡してくる。
「これは?」
「これは本屋様を中期テストで害そうとする者たちのリストです。ルカお嬢様のフォローをするべく私が独自に調査を行いました」
紙束には何人かの名前が載ってるけど━━。
「あなたを殺そうとするレベルですので、しっかりとご説明致しますね? 油断すると、中期テストを文字通り生き残れないでしょうから」
メイドさんの眠そうな瞳が妖しく光り、鍵音はゴクリと唾を飲み込むのであった。
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