28話 鍵音は特訓したい
「マナエもーん! だずげでー。このままだと、テニサーで合宿で寝取られちゃうよ~」
「言っている意味がよくわかりませんが、いえ、わかりたくないですが、どうかしましたか?」
本屋鍵音は自宅のアパートに帰宅して早々、頼りになる召喚獣に泣きついていた。そして、例えがエグいマスターでもあった。きっと知ってる人なら、ギルティなサークル漫画でも見てるのと、ジト目となるだろう。サスペンス展開が面白いのと鍵音は抗弁する予定だ。
そんなことよりも、今の鍵音には大事なことがある。
「クラス分けで離れ離れになっちゃうの! マスターと召喚獣がクラス分けで離れるって、そんなの漫画でも聞いたことないよ! 普通は同じクラスでマナが私のお膝に乗ったり、お弁当を食べさせ合いっこしたりとイチャイチャシーンを連発するんじゃないのかな? このままだとマナとルカさんのイチャイチャシーンを私が見ることになるんですっ! きっと扉の隙間からイチャイチャシーンを覗くモブストーカーとかになっちゃうんだぁ〜」
どんなに虐められても見せたことのないギャン泣きを見せる高校一年生である。その姿に呆れて半眼になる召喚獣を許してほしいところだ。
「うぐっ、うくっ、そ、それでですね? 来週、中期テストがあるので、そこで好成績を出して、私は絶対にAクラスに配置換えされないといけないんです」
涙を拭いながら、語り始める鍵音。
「マナと出会ったダンジョンも、元々、中期テストに備えた訓練の一環だったの。それで稲美さんたちパーティーと組むことになったんです。まぁ、結果は酷いものでしたけど、マナと出会えたので、最終的には良かったです」
虐められていた鍵音を稲美がパーティーとして誘った理由もそれだった。枯れ木も山のにぎわいというか、稲美たちも実力が微妙だったので、私を誘ったのだろうと警戒が薄れていたため、鍵音は参加したのだ。
「ということは、中期テストというのはダンジョン探索なのでしょうか?」
「うん、筆記試験と実技試験。表向きは半々での得点配分だけど、実技試験は様々なボーナス得点が加算されることがほとんどだから、実技試験が重視されるんです。資源扱いにはなってるけど、魔物はスタンピードとかあるし、滅んだ地域もあって、討伐するための腕の良いハンターの育成が重要ですから」
そうなのだ。なので試験で満点を取った鍵音だが最下位のクラスに配属された。試験官との試合で2秒で負けた特別減点があって、合格ラインギリギリになったのである。実技試験で得点がマイナスになったのは、アカデミーでは初のことだったらしい。全然嬉しくない。
「でも、今の私ならそこそこの点は取れると思います。恐らくは普通にやってもBクラスには入れるかと。上がった魔力の感じから、今の私はCランクの魔力はあると思うから。これ、マナのおかげだよね?」
「はい。マスターの魔法回路が大きく欠損していたため修復しました。その魔力は本来のマスターの力ですよ。まだ使い慣れていなさそうで出力が低いですが、慣れれば今の倍は軽く出せるようになるでしょう」
ケロリとした顔で話してくれるその姿には当然でしょと語っており、その答えに鍵音はアワアワと慌ててしまう。
「ふえっ!? そうなるとBランク? ううん、Aランクに行くのでしょうか………あわわ、こ、怖くなってきた」
魔法回路とは例えていえば車のエンジンのケーブルやパイプみたいなものだ。欠損していればたしかに魔力を引き出せないだろう。優れた高ランクハンターも魔物との戦闘で大怪我を負い、魔法回路が傷ついて今まで通りの魔力を出せなくなったとは、時折聞く話だ。
だが、問題がある。それは何かというと━━。
『魔法回路』は理論があるだけで、実証されてはいないのだ! 恐らくはあるだろうとのレベルで、誰もその存在を見たことがない!
それをマナ・フラウロスは知っているようだった。この情報がどれだけの価値を持つかは、鍵音でも簡単に想像つく。
「まままま」
「マスターの母親になればよいのですか?」
「ち、違う。違うよ? 魔法回路のことは秘密で! 誰にも言ったら駄目ですよ? それはこの世界では実証されていない仮説なのです。だからシーッ! シーッ! お口チャックでお願いします! 誰にも言ったら駄目ですからね? 私の魔力が上がったのは、マナと契約したお陰にしておくから。これ、絶対ね! マナの固有スキル『超絶技巧主人強化術』っていう名前の能力にしよう! マナのマッサージを受けたらパワーアップできるのです!」
「もう少し、ネーミングをひねったほうがよろしいかと? それとマッサージで本当によろしいのですか?」
「大丈夫! マスターしか受けられないことにするから!」
さり気なく邪念を混ぜる女の子。その名は本屋鍵音。そろそろ本棚に並んでいる漫画の題名を調べた方が良いかもしれない。
コテンと小首を傾げる可愛い召喚獣だが、わかりましたと頷いてくれる。だが、鍵音は全然安心できなかった。
「やっぱり一緒のクラスにならないとだめですね……。話してはいけない内容を口にするかもしれませんし。というわけで特訓です! 調べたところ、毎年『草加ダンジョン』で試験は行われてるんだけど、どれだけ奥地に到達できたかと、どれだけ強力な魔物を倒せたか、魔物を何匹倒したかをポイントにしてるんです」
「奥地に? 試験官も同行するのですか?」
「試験官はヘリとGPSで確認するんです。『草加ダンジョン』は魔物により滅んだ埼玉県の元草加という市に広がった平原ダンジョンなの」
「あぁ、なるほど。地下に広がるのではなく、平面に広がるタイプなんですね?」
「うん、その通り。だから、『草加ダンジョン』はヘリで上空から見ていれば、管理できるタイプなんです」
『ダンジョン』にはいくつかパターンがある。地下深くに広がっていく通常タイプ。横に広がって、年輪を増やすかのように壁を作って層を重ねていく平原タイプ。空高くへと登っていく塔タイプ。そして天空城や海底基地のように小さな建物だが、移動可能な徘徊タイプだ。
そのうち、『草加ダンジョン』は平原タイプ。空からなら救援にも簡単に行ける管理しやすいダンジョンなのである。
「そこで私は最低でもBランクの点数を取る必要があります。現在の加点状況を予想するに、8階層にまで到達し、Cランクの魔物の魔石を手に入れれば、加点されてBランクの聖石になります。私がソロでもできそうな点数取得の方法です」
真剣な表情で説明する。鍵音は考え抜いたのだ。どうやったら、点数を取得できるのかを。
「これはソロでの最高の手法だと思うんです。正直言って、現状の私はソロでしか活動できないと思います。パーティーを組もうとしてくる人間は敵だと考えますので、パーティーは組めません」
口裂け女と呼ばれた昨日までとは全く違う状況に鍵音の立ち位置は変わっている。回復魔法により容姿は誰もが認めるだろう可愛さになっているし、魔力が上がったことは秘密にしても、マナ・フラウロスという強き召喚獣がいるのだ。
下心なしに近づく相手は皆無だろう。しかも下手したらダンジョンで背中を刺されて殺される可能性まである。たとえ、下心がない相手がいようともそれを見極めるまでは時間が必要だ。
というわけで、必然的にソロ活動確定である。
「わかりました、マスター。では、私が最高得点を取れるように頑張ります。その条件なら軽々とクリアできると思いますよ?」
ニコッと微笑む見惚れちゃうマナのスマイルを見て、顔が緩む鍵音だが、すぐに真剣な顔に戻ると、テーブルをペチンと叩く。
たしかにマナの力を借りれば楽勝なのは簡単に予想できる。そして、ここに問題があることも。
「駄目なんです、マナ。確実にマナを召喚獣として使うことはできないと予想できます、なぜなら人間扱いで学園に入るから! 妨害されます。確実に妨害されますっ! 人間扱いしているから召喚獣として使うのはアウトって!」
「はぁ………たしかに仰るとおりですね。今の状況を鑑みるに、マスターが私を使役するのを阻むでしょう。人間モドキの思考は魔物よりも酷いものですね」
「人間モドキ?」
「いえ、こちらのことです。お気になさらずに。理解しました、だからこそマスターの地力を伸ばさないといけないということですか」
「うんっ! だから地道に訓練する必要があるから、1週間でAクラスに楽勝に入れる訓練をしてっ!」
1週間でAクラスに入れる訓練を地道な訓練かと言われれば、極めて微妙だが、鍵音はひどく真面目にお願いした。
「わかりました、マスター。では、すぐにパワーアップできる訓練をしましょう」
「そんな訓練あるんだ! やたっ! 私、死ぬ気で頑張ります!」
諸手をあげて大喜びの鍵音である。
「どんな訓練? 超神水を飲んだり、悪魔の実を食べれば良いのかなっ? 私は自然系がいいなっ!」
そして地道という言葉の意味が怪しい。お手軽にパワーアップができるかなと期待で瞳を輝かす鍵音に女神のように優しい笑みをマナは見せる。
「では十キロメートルマラソンを気絶するまで全力疾走でやりましょう」
「へ?」
「では十キロメートルマラソンを気絶するまで全力疾走でやりましょう」
「え、えと、なんか特別な魔法とか、お手軽にパワーアップできる方法を……」
「では十キロメートルマラソンを気絶するまで全力疾走でやりましょう」
もじもじとして、イージーモードを求める鍵音だが、彼女は眼鏡をした少年ではなかったため、青狸ロボットのように優しいルートは選択肢に無かった。
「さぁ、走りますよ。南千住ダンジョン内が良いですね。あそこならば魔力濃度も高いですので訓練の成果も高くなるはずです」
「いやぁ~! チョッ、チョッ。私はか弱いから、もう少し手加減をして〜」
悲鳴をあげても、マナは無視して、鍵音を地獄の訓練へと誘うのであった。
それはお昼どころか夕方まで続くこととなるのである。
「お、お腹空いた……。ご飯にしよ?」
そして、お腹が空いても、残金は三百円だった。
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