27話 ルカは善意で手助けをする
本屋鍵音とマナフラウロスは、編入試験が終わったら、教室にも行かずに早引きした。マナ・フラウロスは編入初日からお休みという斬新な高校デビューとなったわけである。
ともあれ、マナ・フラウロスの試験はもちろん合格。所属クラスは想定通り、Aクラスだ。中期試験まで1週間あるが、全て休むことは想像するに難しくない。きっと本屋鍵音がAクラスになれるように行動するのだろう。
世界樹帝国学園は実力主義だ。テストの成績によって毎回クラスは変わる。とは言っても、Aクラスの最下位でもBクラスのトップよりも成績は良いので、クラス変えはほとんど無かった。入れ替わりが激しいのはBクラス以下だ。それだけAクラスは下のクラスと隔絶した実力差があった。
「ふ~ん、なのに本屋鍵音はAクラスを狙うのね。たしかに彼女は筆記はトップだから、実技でBクラスの点を取れば総合点でAクラスに上がることはできるけど………」
自室にて、ソファに座りコーヒーを飲みながら、蘇我ルカは手元にあるタブレットに表示された情報を見ていた。
ルカの自室はホームパーティーでもできそうな程に広い。調度品は見た目は少し高級な感じなのだが、目利きが利く者がみれば、一般人の数年分の年収の価値あるものだ。これはお金持ちのイメージを自室に招く一般人の友だちに与えないためであり、金持ちの友だちからは侮られないようにとの考えからだ。
お人好しで人懐っこい善人というレッテルを貼られるためには、このような細かなところでも気を遣うのである。漫画のポスターも壁には貼ってあり、少しオタクなところが親しみ易いと感じさせる。ちなみに漫画は『ルックスY』『モブな主人公』『黒幕幼女』とTSものだ。TSものの漫画は人気が出にくいので、打ち切られないようにファンが支えないととルカは思ってます。ルカは思ってます。大事なことなので2回言いました。
蘇我ルカはお人形のようなふわふわの金髪に、煌めく碧眼。小顔で小柄な体格の保護欲を喚起させる恵まれた容姿を持っている。その笑顔は誰もが癒やされる人懐っこさを持っているが、常ならば絶やさない笑みは、今はどこにもなく鋭い目つきで、もたらされた資料を読んでいる。
「本屋鍵音の魔力はG。最低レベルで、ない方が他の職に付けることが簡単だと言われるくらいに低い数値……か。それなのに、Aクラスに上がる? あの時の表情は破れかぶれという感じじゃなかったわ。受かる可能性があると考えている表情だった」
このままだと、マナ・フラウロスが奪われると焦って宣言したわけではないと、ルカは見抜いていた。そして、それがおかしいということも。
「ねぇ、チシャ? 貴女がアカデミーでAクラスを狙うとしたら、どうする?」
壁際で体育座りで待機しているメイドへと声を掛ける。体育座りなのはメイドの趣味だ。少し変な趣味のメイドなのである。
「不可能です、お嬢様。私がアカデミーにいた時とそう変わらないのであれば、絶望的と言ってよろしいかと」
ルカの専属メイドのチシャは丁寧に頭を下げると、ルカの予想通りの返答をしてきた。
「筆記で満点を取得できることを念頭においても?」
「無理です、お嬢様。アカデミーの実技の配点は筆記よりも高いですし、実技において魔力の弱さは致命的となります。結局、最後は魔力の大きさで決まりますので、ランクがCランクの私では不可能です。せめてBランクは必要かと思います」
これはハンターたちの当たり前の常識であった。ランクは壁だ。一つならなんとか越えることはできるだろうが、二つとなると乗り越えることは不可能。そして、本屋鍵音は一般人よりも多少強い程度の最低ランクのGランク。
「そうだよねぇ。だからこそ、マナちゃんのお世話係になって、親友になれると思ったんだけどな〜」
う~んと背筋を伸ばして、マナ・フラウロスの扱いに対する話を思い出す。
本屋鍵音が思っている以上にマナ・フラウロスの案件は大事件として扱われていた。なにせ、ダンジョンの中とか、目撃者が少ない信憑性のない状況ではなく、ハンターギルド内で起きたことなのだ。
特殊個体で推定Sランクの災害級の魔物をマナ・フラウロスは討伐した。Sランクの魔物は通常はSランクのハンターが数人は必要で他にもフォローのための大勢のハンターが必要な上に、それでも何人かは死ぬのに、ソロでは普通は倒せないのにたいした怪我を負うこともなく討伐したのだ。
当然ながら、このニュースは大貴族たちに光の速さで伝わった。撮影動画などはなぜかマーモットの疑似喧嘩に変わっていたが、認識阻害魔法だろうと予測されていたし、目撃者は多数いたのだ。
誰も彼もが動いた。召喚石を奪おうと考えた者もいたし、本屋鍵音を亡き者にして、契約を強引に譲渡させようとする者もいた。
しかし、ここでマナ・フラウロスが召喚獣であることがネックともなった。人間ならば、金を積み、脅迫しと様々な方法がある。だが、契約者たる本屋鍵音は天涯孤独であるし、契約者を殺害もしくは召喚石を奪って、マナ・フラウロスを手に入れられる可能性が低かったのだ。
通常、召喚獣は契約者が死ぬと消える。召喚石を破壊などしても同じことだ。低い可能性で召喚獣が残る可能性もあるが、ここまで貴重な召喚獣に、そんなギャンブルのような賭けをするわけには行かなかった。
大貴族同士の牽制もあったが、とりあえず様子を見ながら対応を検討する。そのような流れであったが、そこに一石を投じたのが、蘇我ルカだ。
「マナ・フラウロスは人間と同じ自我がある。これまでの召喚獣のように契約者としか話せないとか、命令を聞けないとか制約が少なそうなんだよねぇ」
呟きながら、画面をスワイプする。画面には手書きのマナ・フラウロスの絵が載っており、推測される能力などが記載してある。推測される能力と言ってもほとんど不明としか書いてなかったが。
当たり前のように他者と会話のできる召喚獣。精霊王のように契約者の魔力により肉体を維持しており、偉そうに語りかける傲慢なところもない。普通の少女にしか見えないのだ。
だからこそ、ルカは単純な方法で召喚獣を手に入れることを考えた。即ち、友だちになることである。
Aクラスでのマナのお世話係となって、仲良くなるのだ。これまで同じようなことを人間相手にしてきたルカにとっては簡単なことだった。仲良くなって、一緒にダンジョンに潜ったり、魔物を討伐するようにすれば良い。
本屋鍵音は最低ランクのG。家で待機して、マナが稼ぐ一生使えきれないほどの大金を貰って、贅沢に暮らせば良い。中抜きするつもりなど毛頭ないし、それどころか、討伐の報奨金に色を付けても良い。
目的は、マナ・フラウロスを蘇我家の一員として迎えること。Sランクの魔物を討伐できる召喚獣がどれだけ役に立つか。大貴族は権力の維持や、ダンジョンの討伐などで力を示すことなどが必要で、多少の金額の問題ではないのである。
ルカに悪意はない。戦わずに、大金持ちとなるのだ。平民として、これだけ幸福なことはないだろうとの善意があって、結果的に蘇我家の力になるだけなのだ。
契約者がいなくても、言うことを聞いてくれそうなマナ・フラウロスは友だちになるのが一番の方法だと考えていた。
「それなのに、奪われることを危惧してAクラスに挑戦………そういえば変なことを言ってたわね?」
Aクラスになると宣言した鍵音に、ルカの対応はと言うと、心配顔で無理はしないでねと、お手伝いするからと、Aランクの魔道具を貸そうかと提案したのだ。Aクラスになれなくても、鍵音はルカに恩義を感じるはずだし、お世話係にマナをお願いすると言ってくるとも考えたからだ。
━━━だが、鍵音は断った。ただ断ったのではない。Bランクの魔道具を貸してほしいとも言ってきた。これは予想外である。
「ねぇ、チシャ。貴女が最高の魔道具を貸してもらえるとしたら、どのランクを借りる?」
「そうですね……自分よりも余りにも高いランクの魔道具を借りても使いこなせません。ここはBランクを借りると思います」
「ワンランク上か……そうだよねぇ」
チシャの言葉に納得して、鍵音の言動のどこが不可解なところなのかを認識した。
「Bランクの魔道具を借りたい……。Bランクの魔道具を借りたい……その意味は?」
(鍵音ちゃんがBランクの魔道具を借りたいと言ってきたのは、きっとCランクの魔力を持っているからだわ。でも、急に魔力が上がることなんてある? 召喚獣と契約したら強くなれるとは聞いたことはあるけど、GからCに? あり得なくない? そういえば、鍵音ちゃんはエリクシールで身体を回復させたとか。その影響? ううん、待って待って?)
「エリクシールって、万能薬として平民には伝わってるんだっけ?」
「はい。平民にとっては高嶺の花で絶対に手に入らないですから。ですが、本当は危険な副作用があって、死の淵でしか使えないことを貴族は知っております。死の淵でも回復する可能性はあるので、高価なことは変わりありませんが」
そうなのだ。エリクシールは万能薬と噂されているが、実はそこまでの薬ではない。使うと回復はするが高確率で体内で癌化するし、欠損した手足などの部位も回復しても普段通りに動くことは難しい。
これは貴族たちにとっては常識でもあった。しかし奇跡の秘薬との噂から平民にとっては万能薬とされているのだ。
この世界の回復魔法は、新陳代謝を早めて回復速度を上げるだけだ。毒や病は対応するワクチンをイメージしなければ使えない。それと同じで、肉体を治すには、遺伝子レベルで理解をして、正確にその部位を培養するイメージで治療しなければならない。失敗すると、皮膚にびっしりと爪が生えたり、目玉に手が生えたりと悲惨なことになる。
なので、物語のような回復魔法は存在しなかった。異世界転生ものでイメージが大切とか言って威力を高めるパターンがあるが、どう考えても人間の遺伝子から細胞まで正確にイメージできる人がいるというのか。どこの誰が遺伝子を全て解析できる量子コンピュータ並みの頭脳を持っているというのだ。絶対にイメージは不可能なので現実では真の意味での回復魔法は存在しなかった。
だが、鍵音は普通であった。どこにも異常は見られなかった。それはルカにある意味を示していることを教えてくれる。
「そもそも最強の召喚獣と契約できて、なおかつダンジョンコアからエリクシールを手に入れるなんて、宝くじで連続1等が当たるような奇跡があるわけない。あの空壜はフェイク。本当のところは………」
知らず、じわじわと笑みが深くなる。この予想が正しかったら、世界がひっくり返るだろう。信じられないことだ。
「悪魔はどんな願いも叶える。伝承通りだとしたら!? チシャ、鍵音ちゃんに魔力補充式魔道具をたくさん贈っておいて! 金に糸目をつけないわ!」
鍵音の魔力が上がったことを隠すには、魔力補充式魔道具が丁度よい。そうしないとルカと同じ結論に至る者が他にも出てくるだろう。
「お嬢様の手持ちとなると数億円の価値の魔道具となりますが?」
「全然構わないから! だってお友だちだもの! お友だちって、金額では表せないと思うの!」
「畏まりました、お嬢様」
ひとしきり貸し出す魔道具の名前を告げて、ふとルカは話を変える。
「あ、チシャは今月は大丈夫?」
「え、と、……申し訳ございません。少し前借りできればと」
「いいよいいよ。だってチシャは専属メイド以上に私の家族だもの!」
気まずげな様子となるチシャに、10万円ほど手渡す。彼女はヒモ男と同棲しており、金をねだられてたびたびルカに前借りをお願いしているのだ。
「ありがとうございます。来月に必ずお返しします」
「いいの、いいの。チシャはよく働いてくれるんだし当たり前だよ!」
真面目なチシャは感謝をして深く頭を下げる。この程度で、恩義を感じるなら安いものだ。彼女は絶対にルカを裏切らない。ヒモ男が人質になっても、真面目なチシャはきっとルカをとる。そのことをルカは理解していた。
恩義による忠誠心は、恐怖による支配や、大金での忠誠よりも遥かに高い。
「さ、早く早く。鍵音ちゃんは大事なお友だちだからね!」
なので、ルカは善意100%の微笑みで、チシャを急かす。
本当に善意からならば、ヒモ男と別れるように説得するだろう。だが、それはルカの利益に繋がらないので、そんなことをするつもりは毛頭ない。
『悪魔な聖女』と呼ばれるルカはお人好しの優しい微笑みを浮かべるのであった。
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