26話 鍵音は召喚獣の合格を喜べない
「すすすふす、凄いっ! 凄すぎるよ! 試験官3人をかすり傷一つ負わずに倒すなんてっ!」
鍵音は舞台に立つ自分の召喚獣を見て、喜びと誇らしさで大興奮だった。観覧席にいる人たちも顔を見合わせて興奮気味に話したり、どこかへと急いで連絡している人もいるほどだ。
「ほんとだねぇ。こんなに強いんじゃ、間違いなくAクラスだね!」
隣に立つルカの言葉を聞くまでは。
「え? Aクラスですか? え? だって、マナは私の召喚獣だから、その、あの……」
興奮がおさまるとコミュ障を発揮して口籠もってしまうが、今の言葉は聞き逃さなかった。Aクラスっ!? アカデミーのクラスはその名の通り、ランクにより所属が決まる。鍵音はもちろん最低のEクラスだ。なのに、マナがAクラス?
「うん。ほら、マナちゃんはこの学園では人間扱いの普通の生徒だよね? だから成績通りAクラスだよ?」
邪気の見えない混じり気無しの微笑みを向けてくるルカを前に、鍵音はザーッと血の気が引く音を確かに聞いた。
「だだだだだ」
「うんうん、わかるよ。鍵音ちゃんはEクラスだから困るということでしょ? 安心して、私はマナちゃんと同じAクラスだから、お世話は私がしっかりとするよ。お友だちだしね。鍵音ちゃんは休憩時間とかに会いに来たら良いと思うの。クラスが違っても、友だちの関係の人はたくさんいるから大丈夫」
トンと胸を叩いて、安心するように言うルカだが、なにが安心なのか、さっぱり分からない。
ここにきて、ようやく嵌められたことに鍵音は気づいた。登校時から既に仕組まれていたのだ。
うぬぬぬと歯噛みして、ニコニコと笑顔のルカを見る。その笑顔には嫌味などは欠片もなく、お人好しの優しい人にしか見えない。
だが、その微笑みこそが厄介なことを思い出した。
(彼女の知られざる二つ名は『悪魔な聖女』。善意で応対してくるけど、その結果は悪意になると聞いたことがある! 今までは、雲の上の人で自分とは関わることがないと思ってたから、すっかり忘れてた!)
ルカは悪人ではない。やることは善意に満ちている。しかしそれが問題なのだ。悪意を持って善意を示す人なら、悪人だと知ってるから警戒できる。だが、蘇我ルカは違うのだ。
善意を持って、善意を示す人なのだ。しかし、この場合、だからこそ善人であるという結果にはならない。噂を聞く限り、彼女はグレー寄りの悪女だ。厄介なところは、彼女は自分の目的を達成するのに、善意で行動をするというところなのである。
最近聞いた話では、レストランの件だった。街に古くからある洋食店。だが、道を一本跨いだ場所に大型レストランが建設されたのだ。資本においても負けており、街の一等地で開店をして、敷地は広く値段や味でも勝てるところはない。洋食店はあっという間に赤字となり、洋食店の娘はこのままでは潰れてしまうと困っていた。
そこに現れたのがルカだ。街に古くからある皆に愛される洋食店を潰すわけにはいかない。しかも洋食店の娘はルカのお友だちだ。見過ごすわけにはいかない。
義憤に燃えて奮起したルカは蘇我家のシェフに美味しい料理を考えてもらい、洋食店の店主の腕を鍛えて、伝手を使って安くて良い食材が手に入るようにした。有名人が訪れるように動いて、お友だちだからとテレビや雑誌で洋食店の宣伝をする。
それだけの労力をかけたお陰で、洋食店はみるみるうちに繁盛店となり、ルカがお友だちのために頑張る話は美談としてSNSなどで噂されたため、ライバル店であるレストランは洋食店を潰す悪役的な噂となり客が来なくなったため、大赤字となった。元よりそのレストランは大手チェーンのレストランだったため、このままでは大赤字を垂れ流す不採算店と判断し、あっという間に撤退した。
めでたしめでたし。善意の美談である。
だが、その裏で語られる噂がある。それは撤退したレストランの跡地を蘇我家が買ったというところだ。元々蘇我家は大型衣料販売店をそこに建設したかったが、一歩の差でレストランに土地を買われたため、撤退した跡地を喜んで買ったらしい。
その土地を目的としていたので、洋食店を手伝ったのでは? 洋食店の娘は知り合い程度だったらしく、ルカがそこまで労力をかけて助けるほど親しくはない。それは後の付き合いで判明したらしい。
これは善意による暴力ではないか? 行いは親切心からのものであり、文句をつけると、文句を口にした者が責められるだろう。
他にも、苛められっ子を助けて、いじめっ子を断罪したのも、本当はいじめっ子が自分の派閥の敵だったからとか、借金に困る人を無利子で借金を肩代わりして、その代わりにその人が絶対に手放さなかった魔道具を譲って貰ったなどと、美談の裏に怪しい噂がつきまとうのだ。
それが、目の前でニコーっと微笑んでいる少女『蘇我ルカ』であり、影では『悪魔な聖女』と言われている由縁である。
とはいえ、善意での行動に好意的な人たちがほとんどなので、陰口でもそのようなことは口にできない。その噂を流しているのは、善意の行動にやられたレストラン関係者や断罪されたいじめっ子などだ。しかし噂が広がるほどに被害者が多いことも確かだった。
「あ、マナちゃんはスマホ持ってるかな? 良かったら、うちの会社のスマホを格安割引で売ってあげる。1年前のスマホで在庫品があるから、店よりも安く手に入るようにするよ。ふふっ、お友だち価格だね」
クスクスと笑ってウインクするルカの姿に悪意はなさそうだ。いや、きっと悪意はない。純粋な善意だ。でも、そもそもおかしいのだ。
だって、もう授業始まってるもん! 観覧席の生徒たちもそうだけど、ここにいるのはおかしい! そもそも編入試験は急遽決まったはずなのに、これだけの人が待ち構えてるなんて、怪しすぎるよっ! 個人情報は? 個人情報保護法はどこにいったの?
「どうかな? 鍵音ちゃんとも連絡取りたいな。ほら、初めての召喚獣の編入でしょ? 大変なこといっぱいあると思うんだぁ。まじ大変だよね? だから、私も手助けができればと思うの。これからクラスも分かれるし、マナちゃんのフォローも必要だよね!」
「あばばば」
ルカのようにグイグイくる人間は苦手なコミュ障の本屋鍵音だ。しかし、意思を強く持たねばならない。
(こここの人は危険です。離れないと。マナのお世話は大丈夫ですって、遠慮しないと!)
「わぁ、また1人お友だち増えちゃった。連絡先の交換ありがとうね」
「いいええええ」
だが、コミュ障に陽キャから連絡先を交換しようとお願いされて、断るルートは存在しなかった。しっかりと連絡先を交換して、にへらと笑みを浮かべてしまう。
連絡用の機械とは認識していなかったスマホに初めての連絡先が登録されたのだ。しかも相手はアカデミー3大美少女の1人。悔しいが嬉しい鍵音であった。
「あ、マナちゃん。試験お疲れ様〜。まさか試験官全員を圧倒して倒すなんて想像もしてなかったよぉ〜。まじ凄いんだね〜」
にへへと気持ち悪い笑みで、登録したルカの連絡先を見ている鍵音をよそに、てくてくと戻ってきたマナに、はしゃいだ様子でルカか手を振る。
「ハイタッチしよ〜、へーい!」
「よくわかりませんがわかりました」
しかもマナとハイタッチをして、早くも友だち風をビュービュー吹かしている。その風速は100メートルくらいだろうか?
「それでね、鍵音ちゃんとお話しして決めたんだけど、マナちゃんはAクラス確定だから、私が全面的にお世話をすることとなりました。鍵音ちゃんは別のクラスだから、マナちゃんのお世話ができないから、その代わりです。頼りにしてね」
親指をグッと立てて、ニコーっと微笑むルカ。
「あうあうあう」
そんな話は決まってないですと抗議したいが、持病のオットセイ症候群にかかった鍵音は言えなかった。しかも、してやったりとニヤリと悪党面でルカが嗤えば、この悪党めと奮起して勇気を出せるが、人懐っこそうな笑顔で、どうかしたのかなと疑問の顔を向けられると、そんな奮起もできなかった。
「さっそく、教科書とかそろえないとね。体操服とか訓練用戦闘服とか、買うものはたくさんあるよ。私もお手伝いするから、頑張って揃えよ? 後でクラスの皆にも紹介するね。皆気の良い人たちだから安心して? なにか困ったら私に言ってくれれば良いから」
もはや完全にマナのお世話係のルカの様子に、鍵音は心底慌ててしまう。
(まずいです! これは私が最初に友達になったのに、途中からお友だちになった人がその友だちと私以上に仲がよくなるパターン! そして私とは淡々疎遠になって、最後は自然消滅しちゃうんだ!)
鍵音の脳内に未来の自分が思い浮かぶ。
『マナ、今日はダンジョンに行こう!』
『あ、すいません。今日はルカさんと買い物に行く予定なんです』
またある日は━━。
『マナ! 今日こそダンジョンに行こう!』
『すいませんマスター。ルカさんと一緒に今日から二泊三日でテニスサークルの合宿に行ってくるんです』
と断られて、合宿から帰ってきたら、2人は顔を合わせると赤くなったり、こっそりと手を繋いだりするようになるのだ!
(いやぁぁぁぁ! マナは私の召喚獣なんです! 寝取られ厳禁!)
事ここに至り、鍵音はコミュ障だからとなにも言わないことは将来において悲惨な結果となると認識した。ちなみに、そう考えた元ネタは秘密だ!
「ああのにょにょ!」
なので勇気を出して、鍵音はルカへと声をかけた。噛み噛みだけど頑張った!
「ん? どうしたの、鍵音ちゃん?」
「あぶぶぶ! ええっと、その、お世話係は大丈夫でふっ!」
鍵音の言葉に、ルカはキョトンとした顔になるが、聞き分けのない子供をあやすように言う。
「ほら、マナちゃんは召喚獣で、この世界の常識も、学園のルールも知らないんだよ? 鍵音ちゃんは違うクラスだからお世話をする人が別にいないと困るよ?」
Eクラスだからと嫌味を言うのではなく、別のクラスだからと言ってくれるルカは良い人かもしれない。だが、ここで譲るとテニサーで合宿で寝取られなのだ!
「だ、大丈夫ですっ! えっと、来週の中期試験。そこで好成績を取って、Aクラスにわたひが上がるのでっ!」
強き意思にて、鍵音はルカへと宣言するのであった。




