25話 マナは受験を終える
『破砕拳』
触れるものを超振動で砕く武技だ。思うのだが、殺意マシマシなのではなかろうか? これ、本当に受験生は受けてたの? 死人出てない?
巨体での攻撃は鈍く、ステップを踏み、軽々と躱しながら不思議に思ってしまう。外れた巨拳は床をあっさりと突き破り、粉砕した粉塵が舞う。
たいした破壊力だ。昨日のヘカトンケイルヘイズよりも少し弱いくらいの力だな。
「ぬおぉぉぉ、逃すかぁっ!」
陸先生はゴーレムの腕を振り上げて、連続で拳を繰り出してくる。カウンターを恐れていないのか、両手を交互に突き出して、全力での攻撃だ。隙だらけのため、躱し様に魔力を収束させた手刀を入れるが━━━。
「ふむ、にゃんこの引っかき傷しかつきませんか。たしかに硬いですね」
何回かカウンターを入れたが、表皮に浅い引っかき傷しかつかなかった。たしかにタンカーとしての能力を持っている模様。
(本気で戦えば倒せますが……ソロモンに禁じられましたし)
もり蕎麦を持ち帰った時に、ソロモンから忠告を受けたのだ。どのような内容かというと━━。
『人目がある中で情報魔法を使わないこと。それでも使わなければならないときは、しっかりと隠蔽すること』
秘匿するべきということだ。もう一つあって、そっちも面倒くさい。
『その世界の戦闘基準に合わせた戦闘をすること。存在しないと思われる強力な魔法は使わないこと』
と、制限を受けた。即ち最高位の魔法は使わないようにとの注意である。情報漏洩に気をつけろとのことだ。
(まぁ、理由はわかる。人類はしぶといからな。俺たちが魔物の技術を模倣して、更に改良したように、この世界の人類が俺たちの技術を手に入れる可能性は決して低くはない)
油断大敵というやつだ。となると、『魂武器化』は禁止。『情報魔法』もできるだけ使わないほうが良いだろう。
(まぁ、なんとかなりますか。初級魔法だけでもいくらでも戦いようはあります)
大岩のような拳を躱しながら、ふふっと微笑む。縛りプレイでも、負ける気はないマナ・フラウロスなのだ。
「後ろがガラ空きだっ!」
回避し続けるマナの後ろに雲先生が回り込むと、横薙ぎに大剣を振るってくる。大剣の攻撃であって、攻撃範囲が広く回避するにも一寸の見切りとはいかない。避けようとすれば、ゴーレムの拳に捉えられるだろう。
マナは腰を囲めると手刀にて迫る大剣を斬り上げて、その軌道をずらし、さらに横にステップをして、ゴーレムの追撃を躱す。
「その攻撃は予想通りだ!」
『疾風連環剣』
だが、ここまでの戦闘で類稀なるマナの体術を見てきた雲先生は大剣を受け流されることは予測していた。受け流された大剣を、身体ごと回転させると、風の魔法にて速度を速めて、独楽のように回り、連続攻撃を仕掛けてくる。
速度と威力を見るに、同じように受け流せば、その場に拘束されて、ゴーレムの拳に叩き潰されてしまう。
「となると、逃げ道はこちらですね」
回転斬りを躱すべく、あえてゴーレムが振り下ろしてくる拳へ向かって跳躍する。
「回避するのが難しい回転斬りと、トロいゴーレムの拳。選択肢は一つ」
体を反らして、ゴーレムの拳をギリギリで躱すと、岩の腕に手を添えて、前転をしながら、トトンと岩の腕を登っていく。
「ぬっ! 俺の腕を踏み台にするかよっ!」
「アトラクションに加えますか? それほど人気は出ないと思いますが」
ゴーレムの肩まで登り、その首元にレッグラリアットを食らわす。しかし魔力を籠めた一撃であるのに、数センチの溝ができるだけに終わってしまう。ゴーレムは肩についた羽虫を追い払うように平手で打ち付けてくるので、ゴーレムの肩にトンと手をつけて空中に回避。
「空中ならば避けきれないでしょう。連携の恐ろしさを知りなさい!」
『10連魔法矢』
狙い澄ました海先生の魔法。隙を狙っていたのだろう。青い光の矢が高速で飛来してくる。見るに、貫通力を弱めて速度と命中精度を高めている。こちらの体勢を崩すことが目的の魔法だ。魔法矢の数発を空中で受ければ、体勢を崩して地上に落ちる。そして追撃を雲先生たちが行う戦法だ。
「よく練られた連携ですね。ですが、魔法の選択肢を誤っています。この場合は魔法矢を選ぶべきではありませんでした」
目前に迫る魔法矢へと魔力で強化した足で蹴り入れる。バシッと衝撃が奔り、足先に確かな反動を得ると、マナは次々と魔法矢を踏み台にして、空中を移動する。
「はあっ!? 魔法矢を踏み台に?」
「敵の体勢を崩すなら近接爆発する魔法を選ぶべきでした。減点10点です」
魔法矢を踏み台にするなど考えたこともなかったのだろう。唖然とする海先生を他所に、マナは魔法矢へと大きく踏み込むと、その反動を受けて地上へと一気に降り立ち、クスリと笑う。
「だから、どちらが先生なのかな、マナ・フラウロス!」
『ハイパースラッシュ!』
降り立ったマナへと、雲先生が大剣を大きく振りかぶって、振り下ろしてくる。武技の力を得て、その剣速は瞬きの合間に目前へと肉薄してきた。
「大技は敵が体勢を崩さないと使っては駄目です」
だが、その攻撃は大振りすぎる。マナは身体を横にずらして、裏拳にて大剣を横から払うと雲先生の懐に蹴りを入れる。しかし、『クラウドボディ』の力にて、やはりニュルンと滑ってしまう。力を隠しながらだと、この手の敵は面倒くさいなぁ。
雲先生は顔を顰めて、バックステップにて間合いを取り、その横に陸先生が並ぶ。
「講評ありがとう、マナ先生。だが、30秒は過ぎると思うよ?」
雲先生が皮肉げに言うが、たしかにそのとおり。
「30秒は短すぎました。決め台詞を加えると、1分は必要でしたね。ごめんなさい」
3人へと微笑みかけながら、ちゃんと謝れる素直な美少女召喚獣なのだ。
「言ってくれる! なら、君の言う通り、修正した戦法で戦うとしよう! いくぞ、陸、海!」
「おうよ!」
「任せておけ」
雲先生の言葉に、2人が頷き構えをとる。
「うぉぉぉぉ!」
『疾風歩法』
『疾風連環』
「俺も行くぜぇっ!」
『爆裂拳』
マナにとにかく攻撃を命中させようとするのだろう。速度と攻撃範囲重視の回転斬りを雲先生がしてきて、陸先生のゴーレムが拳の連撃を繰り出してくる。
さすがに2人の猛攻を前にしては受け流す暇もないので、マナはバックステップを繰り返し、攻撃を回避していき━━━。
「修正した連携の結果だよ、マナ君」
『10連爆発球』
さっきのマナの注意をしっかりと聞いた海先生が、マナへと拳大の魔法球を撃ち出してくる。マナの周囲へと囲むように落下すると爆発し、その衝撃波によりマナの動きを制限してきた。
「連携には1人では敵わないんだよ、マナ・フラウロス!」
『ハイパースラッシュ』
「ガハハハ、これで終いだな!」
『巌山正拳突き』
広範囲に及ぶ衝撃波。それによりマナの体勢がぐらりと揺れるのを見逃さずに、雲先生たちが必殺の一撃を繰り出してくる。
2人同時にマナへと命中する攻撃だ。体勢の崩れたマナでは防げない。━━と思うだろ?
『衝撃』
崩れた体勢のまま、床を強く踏み込む。踏み込んだ個所から、2本の衝撃波が刃のように放たれて、雲先生とゴーレムを襲う。
『魔眼涙』と違って、彼らは防御術にて身を守っているため、その刃は届かず、身体を浮かせるだけに終わってしまう。
━━━しかし、それで十分なのだ。
必殺の一撃を同じ相手に同時に繰り出す最中に体勢を崩されたらどうなるか? 答えは簡単。
「うおっ、どけっ、雲!」
「ば、ばかや、ぶへらっ!」
お互いの必殺の一撃の軌道は狂う。特に巨体の陸先生のゴーレムは大きく体勢を崩して、隣の雲先生を殴ってしまう。たとえクラウドボディでも、巨拳を受け流すことはできずに床へ叩きつけられる。
「がふっ、し、しかし、これくらいで」
「捕まえました」
だが、それでもすぐに立ち直ろうと、跳ねた衝撃を利用して腕を床につけて空中に跳躍する雲先生だが、マナは行動を読んでおり、空中に浮いた雲先生の手を掴んだ。
「『クラウドボディ』の隙間は2つ。手足を包んではいないということです。包むと攻撃できなくなりますもんね」
「はっ、ちくしょうめ。計算づくだったか」
手を掴まれて、支点として固定されれば、いかに体を滑らせる防御術でも防げない。いや、防がせはしない。
「しっ!」
『魔力拳』
左足を踏み込み、腰を捻り、力を拳へと流していく。共に魔力を収束もさせて、達人たる完璧なフォームにて、雲先生の顔へとマナは拳を叩きつける。その一撃はたとえクラウドボディでも防ぐことは敵わず、するりと入り込んで、雲先生の意識を刈り取るのであった。
「お、おのれっ! だが、時間は稼げた。これを受けられるか、マナ・フラウロス!」
『死霊の手』
気絶した雲先生をポイと捨てると、今度は杖を振りかざして海先生が叫ぶ。同時にマナの足元から黒く濁った水たまりが生み出されると、舟幽霊のような真っ黒で蛇のように長い手が何本も水たまりから現れて、マナの身体を絡め取る。
「ギャー、マナ。そそそれは、広範囲に敵を拘束し、尚且つ死霊の手が魔力と生命力を吸い取って、術者に集める海先生の得意技なの! 私も受験時にそれを防ぐために考えながら試合場で歩いて転んで気絶した恐ろしい魔法なの! 逃げてー!」
マスターがどうやって2秒で負けたか判明した。そろそろお口にチャックした方が良いのではなかろうか。
「大丈夫です、マスター。吸収系統の魔法は拙い魔法使いが使ってはいけないんです。こんなふうに」
冷ややかな目で絡まれた黒い手たちを見下ろすと、黒い手は力尽きたかのようにマナの身体からズルリと滑り落ちて消滅していく。
そして、魔法を使った海先生は真っ青な顔でよろけると━━━。
「ま、まさか、吸収される魔力に魔力毒を含めるとは………この海の眼力をもってしても見抜けなかったわ! こふっ」
口から血を流して、崩れ落ちるのであった。魔力を吸収するなら、魔力以外の物が混ざっていないかチェックしなければならない。だから吸収系統の魔法は扱いが難しいため、使い捨ての魔物以外は使わないし、俺たちも使わないのだ。
いわんや、赤ん坊レベルの魔法構成でしか使えないのに、吸収系統を使うなんて自殺志願としか思えない。
「軽い毒なので、1時間もすれば治りますよ。して、残るは陸先生だけですね?」
あっという間に2人が倒されたことが理解できないのか立ち尽くす陸先生へと告げる。
「く、うぉぉぉぉ! まだ俺が残っている! 負けるわけにはいかぬっ! 俺たちは試験官だぞっ!」
『爆裂拳』
咆哮をあげて、必死になって連撃を繰り出してくる陸先生だが無駄だ。
「もはや、フォローするアタッカーもおらず」
拳を避けながら、人差し指でゴーレムを突いていく。
「支援の魔法使いも倒れた今」
舞うように回避して、腕や足、肩や脇腹を突いていく。
「その鈍いゴーレムだけでは私には届きません」
「ぬうっ、し、しかし、貴様も俺の金剛不鎧の外装を破壊はできまいっ!」
狙うべき場所に穴を開け終えて、マナはゴーレムの正面に立つと人差し指を向ける。
「いいえ、貴方のゴーレムは既に終わっている」
『遅延爆発』
小さな穴に仕込んだ爆発球が爆発する。破壊力はほとんどなく、通常ならゴーレムの装甲に傷もつけられないだろう。
「ゴーレムを作るなら硬いだけではなく、柔軟部位も作るべきでした。硬いだけだから破砕点を繋ぐだけで」
しかして、無敵の装甲を持つはずのゴーレムは爆発と共にヒビが無数に入っていく。
「こ、これは!? これはいったい!?」
焦った声の陸先生へと微笑みを向けて構える。
「弱い一撃でも破壊されるのです」
『究点破砕突』
最後にマナはゴーレムの懐に入り込み、鳩尾へと人差し指で穴を開ける。破砕点を突かれたゴーレムはヒビが全身に入ると、粉々に砕け散る。硬いだけの装甲だから、もっとも重量がかかっている部分を破壊するだけで。全身が破砕してしまうのだ。
「ギャッハー!」
そうしてゴーレムが砕け散る衝撃を受けて、中にいた陸先生が悲鳴を上げて吹き飛び、地面へと叩きつけられる。
「全員補習ですね。レポートの提出を命じます」
そよ風が吹き、青みがかかった髪を靡かせて、フフッと悪戯そうにマナは笑うのであった。