20話 もり蕎麦はソウルフード
「う、うまいっ! 錠剤にはない柔らかい食感、錠剤にはない滑らかな喉越し、錠剤にはない複雑な味!」
「本当だ! かりかりと食べるのが普通じゃなかったのか?」
「す、すげぇ! 食べると味がする! 錠剤と全然違うっ!」
比べる対象が錠剤です。皆はマナの持ち込んできた蕎麦を食べて大騒ぎしていた。敵軍に追い込まれてもこれほど騒いだことのない騒がしさ、命の危機でも冷静な彼らは、感涙したり興奮していたりもした。
この面々は誰かというと、マナの世界。滅びし地球の面々だ。ソウルアバターたる彼らは、蕎麦という初めて食べる食べ物に生きてきて初めての衝撃を受けていた。
基地の大食堂に集まったソウルアバターたちは、古代文献に従い、セイロまで製作し、もり蕎麦を作ったのである。そして、半信半疑ながらも、マナの興奮した説明を受け流しながら食べたのだ。
基地の一部の人員とはいえ、千人近くの人々が蕎麦を啜る姿はかなりの迫力である。
「古代ではこんな美味いものが食べられてたんだなぁ」
「蕎麦粉を使ってるらしいです。蕎麦の実? どうやら植物のようですね」
「この蕎麦つゆも色々使ってあるようだ。醤油に鰹節、砂糖に日本酒? 様々な素材が使われているようですよ」
そして、感激して食べながらも早くも解析をしようとしていた。古代文献と照らし合わせて、すぐに元の素材、しかも植物や魚の形状まで割り出す。ソウルアバターたちにとっては、それくらいお茶の子さいさいである。
だが、対応はここまでである。
「素材がわかっても意味ねぇよなぁ。魔法で作っても、俺らは魔力の味しか感じないから」
「魔法構造体に味を付与しても、私たちは誤魔化されません。本当の味を見抜きます」
「というか、魔力は味がしないから、無味無臭だよ」
そうなのだ。彼らはその能力が高すぎて、魔法で仮のショートケーキやステーキを作って、最高の味を付与されても、備えられた能力が幻と判断し、味覚は反応しない。これは敵との戦いにおける絶対必須の能力のため、オフにすることはできない。
なので、生命体の存在しないこの滅びし地球では、どんな料理を作っても見かけだけで意味がなかったので、もう遥か昔に料理というものは廃れていて、錠剤のみとなっていた。
なので、初めての料理に感激するのは当たり前と言えよう。
「しかし、平行世界の地球とはな………。しかも、魔物に攻撃を受けている最中の地球とは………」
司令官たるソロモンが相変わらずシワ一つないパリッと糊の効いた軍服を着て、真剣な表情で蕎麦をすすりながら言う。
美女たるソロモンが真剣な顔で蕎麦をすすりながら真面目な話をするのは少しシュールでもあった。
「はい。文字通り魂が溢れる程に多く、その生命の輝きで目が潰れるかと思ったほどです。この蕎麦がその証拠です」
鍵音の寝ている最中に、近辺のお店の蕎麦と、蕎麦つゆを買い占めて、『次元転移』にてせっせとマナが運んできたのである。
しかしながら生命体のいる証拠に蕎麦を選ぶあたりどうなのかと思われる。もしも恒星間探査に向かった宇宙船が帰還して、生命体は存在したと言って、素麺を持ち帰ってきたら大顰蹙は間違いない。
だが、彼らは至極真面目な顔で、蕎麦をズーッズーッと啜りながら会話を続ける。
「生命体の存在する地球ねぇ、ならそこからどんどん生命体を連れてくりゃ良いんじゃないの? そうすりゃ、荒れ果てた地球も復興できるだろ?」
行儀悪くテーブルに腰かけて蕎麦を啜っていた赤髪の男性が気軽そうに箸を振る。たしかに簡単に思いつく方法だ。
「アスタロトダブルオーの言う通りにはできない。我らの地球はもはや生命体が自然に棲息することが不可能な環境である。この基地にしても普通の人間ならば、一時間もいることはできないだろう」
ソロモンの言う通り、外はもちろんのこと、基地内も最低限の生命保持ができるだけの環境だ。空気は極めて薄く、人間が晒されたら危険な濃度の魔力が渦巻いている。外と同じ濃度ではあるのだが、生命的には致死的な環境だ。
ちなみにアスタロトダブルオーは、アスタロトの名前が人気のため、名乗る人が多いので少し名前をいじっています。
「となると、まずは生命体が生きられる環境を作らないといけないねぇ。まずはシェルターの建設、かつての地球環境を復活させるための空調設備から建物の室温整備、もちろん魔力濃度を低くすることもしなくちゃいけない」
「ネオダンタリオンの言うとおりだ。そして、それを守るための防衛施設も造らなくてはならない。残念ながら、現状では無理だな。我らは敵に囲まれており、これ以上防衛にリソースを回すことはできない。少なくとも敵の半数以上をこの地球から駆逐せねば、シェルターを建造する余裕はできないだろう」
そばかすのチビッコが話に加わるが、ソロモンはかぶりを振って、その提案を却下する。この戦争に勝つまでは、ドーム外に施設を建設することはできない。
「ちぇーっ、それじゃ、平行世界の地球? に部隊を送り込んで制圧しようよ。聞く限り、そこには人間モドキしかいないんでしょ? なら、遠慮なく人間モドキを殲滅できるし、その世界に移住すれば良くない?」
「気軽に言うけど、それは私が却下します。まだたった1日しか調査してませんが、人間モドキも多いですが、人間たる心を持つ者もいる可能性があります。まだ判断を下すのは早すぎます」
やれやれとマナは頭を振って、ネオダンタリオンの提案を却下する。というか、侵略を伴う移住は大きな被害を出す可能性があるし………。
「それに『次元転移』は私以外は羽虫のように弱い魂しか運べないんです。強力な壁が次元の狭間にあるようでして、弱い魂は反応しないのですが、強い魂は反発されてしまいます。たぶんティアマトたちが戦争当初には地球に来ることがなかったことと関係すると思います」
「それは………俺たちの魂は隠しようもなく強いから通過不可能ということか」
たとえ、封印状態になっても、ソウルアバターたちの魂はただそこにあるだけで強力な力を放っている。次元の狭間はその魂を通過させることはできないだろう。例外は『次元転移』を使えるマナくらいだ。それでもほとんど力を失ってしまった。
「ふむ……。ティアマトたちがこの地球に襲来したのは、魔物との戦争が始まって600年は経過したあとだと聞いている。恐らくは100%の力を持って、この地球に来る方法があるにはあるが、時間がかかるのであろう。マナ、これからはその方法を探せ。これは最優先事項だ。人間モドキの住む惑星の調査も合わせて行うように」
ソロモンが最後の一口を啜って、凛々しい表情で命令を下す。蕎麦を食べながらなので、まったく決まらないことこの上ない。だが命令は命令だし、断る理由もない。
「わかりました。このマナ・フラウロスにお任せください。その方法を調べて、自由に行き来できるようにいたします」
やはりズルズルと蕎麦を飲み込み、マナはコクリと頷くのであった。
「しかし、太陽のもとで、肉体を持って歩くことができるなんて羨ましい限りだよな。ここでそんなことしたら数秒で死ぬぜ」
「私たちは歩くことすらしたことないしね」
アスタロトダブルオーが羨ましそうに言うとおりだ。地上を歩くことだけでもあり得ないことだ。
ソウルアバターたちは生命維持装置のカプセルの中で育つ。魔導と科学、両方の面で最適なる健康的な肉体を維持しつつ、ホログラムで勉強をして、様々な文化も学ぶ。最も魂が成長したら、どのような魔力構成の肉体が欲しいかを選び、魂を抜かれてソウルアバターへと変わるのだ。
なので、自身の性別どころか、姿さえも見たことがない。ソウルアバターとなった時は地上の基地のベッドだったし、魔法構造体となっていた。以来、百五十年、俺は自分の肉体を見たことがない。
だから肉体を持っていた鍵音には驚いたものだ。マナが本来の肉体で地上を歩く日はいつになるだろうか。
「色々と違いがあるようだな。だが所詮は人間に似ただけの存在だと言うことを念頭に置きつつ行動せよ。その全てを以って奉仕し人類復興のため尽力するのが我らソウルアバターだからな」
静かな微笑みをソロモンは向けてくる。その笑みは人の心を癒し、悩みを打ち消してくれる。
「もちろんです。我らは人類のために尽力します。眠りし人類はお互いのために助け合い、善意にて文明を築きますからね。その日が来るまで、精一杯頑張ります」
そっと胸に手を置くと、静かに頷く。
━━━そのとおりだ。人類が勝利するまで、俺たちは戦い続けるだけだ。それが俺たちソウルアバターの役目。人類の守護者にして、救世主。最後の希望なのだから。
◇
人類最後の基地。その地下深く、バンカーミサイルでも到達できない深さに人類のシェルターは存在する。
地下からの侵入を防ぐため、周囲も強固な結界で防護してあり、条件付けで地上を破壊しなければその結界も破壊できないようにしてある厳重なシェルターだ。
その地下深く、シェルターにはソウルアバターでも唯一たった一人ソロモン司令官だけが入ることが出来る。
部屋内は暗闇に覆われて、壁に備え付けてある非常灯だけが僅かに周囲を照らす。ほとんど視界が通らないが、ソロモンにとっては暗闇などは障害にならない。
ソロモンは背筋を伸ばし、ホログラムにマナが写し取った世界を映して報告していた。
「監督官、以上のご報告の通り、新たなる世界は存在しました。生命が溢れ、魂が数え切れないほどに存在するそうです」
暗闇の中でも、円卓が備え付けられているのがソロモンには見える。そして、監督官と呼ばれる本来の肉体を持つ人間たちが座っていることも。
シェルターを守るため、時間停止カプセルから覚醒し、数年ごとに入れ替わり、管理している本来の肉体を持つ人間たちだ。
「しかしながら、その世界には人間そっくりな存在がいます。悪意を持ち、同族を傷つけ殺すことも躊躇いのない存在だと言うことです。考えられないことなので、人間モドキと呼んでよい魔物ではないかと思われます」
監督官たちが言葉を発することもなく静かに座る中で、ソロモンは嘲笑するように口を歪める。
「はい。生きる価値のない存在だと思われます。ですので、人間モドキを滅ぼし、彼の地の生命体及び魂をこちらの世界に運ぶ方法を探します。もちろんこちらの技術が漏れないように細心の注意を払いたいと思います」
淡々と語るソロモン。監督官たちはその発言に対して、反対はなかった。
そのことに満足そうに微笑むと、ソロモンは深く礼をする。
「全て我らソウルイーターにお任せください。人類のためにこそ我らは存在するのですから」
そう言うと、ソロモンは再び地上へと上がるのであった。
ルックスYが2025年9月24日より始まります!マガポケでーす!!!でで~ん!
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