2話 マナのゾンビアタック
━━話は鍵音がマナ・フラウロスと出会う1日前に戻る。
これはマナ・フラウロスの話だ。彼女の世界のお話だ。
◇
その惑星は滅びを迎えようとしていた。かつては青き惑星と呼ばれた地球。生命の揺り籠として存在し、多くの生命体が終の棲家として暮らしていた惑星は宇宙から眺めれば、もはや青き惑星とはいえない。
海は蒸発し、草木は枯れ果てて、荒れ地だけが広がる赤き惑星ともいえる存在へと変貌していた。
地上に視点を移せば、雨が降らなくなって枯れ果てた河川、枯れ果てた土地は草木一本生えない荒野が広がり、嵐のように強い風により砂塵が舞う。砕けて砂に覆われる道路や、錆びきって風化した行き先を示す看板が今にも倒れそうに揺れて、放置された車両はもはやシャーシだけとなり、崩れ落ちそうな外壁しかない廃ビルがそびえ立つ。
かつては人類が我が物顔に闊歩して、繁栄を享受していた世界は、誰もがこの光景を見れば終わりを迎えたと考える世界となっていった。
しかし暴風の中でも動くものがいた。崩壊し風化の中に消えるだけを待つ廃ビルに、錆びた鈍色を放つ4本の爪をかけて、土色の鱗を持つ腕が伸びる。廃ビルの外壁は掴まれたことにより砕けて、パラパラと地上に落ちていく中で、鰐のような頭を乗り出して姿を現す。重々しい音を立てて、縦長に割れた瞳を見せると、ゆっくりと進む。
全身がビルの影から現れ、廃ビルに負けぬ大きさの巨体を見せるのは、いわゆるドラゴンと呼ばれる存在だ。竜の鱗に覆われて、巨木のように太い四肢を持ち、コウモリのような翼を持つ幻想世界最強の存在。
ドラゴンは口内から時折炎を漏れ出しながら、竜は辺りを見渡しながら進む。一歩進むだけで、地面はひび割れて、激しい震動が劣化した廃ビルや家屋を崩していく。その姿を見れば何者も背を向けて逃げ去るだろう圧倒的な貫禄を見せる。
しかも、その後ろにもドラゴンたちは連なって歩いており、その数は地上を埋め尽くすかのように多い。
絶望という名が行進するかのような光景。全てのドラゴンは目的地があるように足並みは乱れなく、進んでいく。
━━だが、その行進は突如として終わる。なにかに気づいたのか、足を止めて空へと頭をもたげるドラゴンたち。その瞳には天空を敷き詰めるかのような無数の光球が映っていた。
光球は地上へと落下してきて、ドラゴンたちは危機を感じて、皆が口を開き口内に溜めた炎を光球へと放つ。落下してくる光球を撃ち落とそうと放たれたドラゴンブレスは地上から炎の柱となって空へと伸びていき、光球に命中する。
命中した瞬間に大爆発が発生し、直視したら盲目になるだろう激しい閃光と爆発音、そして爆風が周囲に広がっていくが、全ての光球を撃ち落とすことはできなかった。ブレスの迎撃を逃れた光球がドラゴンへと落下して、その身体に命中すると高熱を発して燃やしていく。
断末魔の悲鳴を上げることもできずにドラゴンたちは消滅していき、その数を減らしていく中で、今度は地上を凪いで光条が奔ってくるとドラゴンたちを薙ぎ払う。炎は立ち昇り天まで届く炎の壁となるのであった。
光条を放ったのは、距離にして100キロは遠方に存在する巨大なる戦車であった。横倒しになった高層ビルと同等の巨体を見せる戦車だ。その砲塔は数十メートルの長大なもので、紫電が纏わりついている。その傍らには軍服を着た20代半ばに見える女性が立っていた。さらには、同様の軍服を着た兵士たちの姿もある。
「ソロモン将軍、火之迦具土による射撃及び星光による対地攻撃により敵軍への攻撃成功しました。敵軍3%の戦力を減少!」
インカムを耳に着けた少女が空中に浮いているホログラムに映し出される様々なデータを解析し、戦車の傍らに立つ女性へと報告する。ソロモンと呼ばれた女性は硬い顔つきで頷くと手を振り上げる。
「火之迦具土、次弾放てぇー。その炎にて敵を焼き尽くすのだ!」
その指示に従い砲塔から激しい放電が発せられると、膨大なエネルギーが光となって集束されてゆく。発する熱量は砲塔周りを蜃気楼のように歪めて、その威力を発射する前に教えていた。
「しょ、将軍っ! まだ冷却が終わっていません。すこしお待ちを」
「黙れっ! 火之迦具土の冷却時間など待ってられるか。発射せよ!」
参謀らしい男が慌てて止めようとするが聞く耳を持たずにソロモンと呼ばれた女性は腕を振り下ろす。火之迦具土と呼ばれた戦車は命令を忠実に実行し、その砲塔から熱線を発射した。熱線は射線上の全てを消滅させていき、遠く離れたドラゴンたちへと一瞬で命令すると薙ぎ払う。再度、天まで届くかのような炎の壁が爆発音とともに吹き上がり、ドラゴンたちを焼き尽くさんと覆う。
「よし、敵の損害を確認せよ!」
期待を込めた声音で兵士へと尋ねるが、兵士の顔は芳しくなかった。無念そうに小声で答える。
「敵軍は障壁を展開。損害は……」
最後まで言い切る前に、ホログラムに映し出される炎の壁からドラゴンたちが猛然と飛び出てくるのが見えて、
「ゼロです。火之迦具土による攻撃は無効化されました! 竜言による無効化障壁を展開した模様です!」
悔しげに報告する内容は無情なものであった。
「くっ、ほら見ろ! 言ったとおりじゃないか、すぐに対応されると進言したのに、マッドサイエンティストたちが作りたいとか言うから! これ無駄でしょ! えぇい、次弾を………おおぉ?」
ソロモンは苦虫を噛み潰したように口を歪めると、3発目を撃とうとするが砲塔が溶けて、金属が溶岩のように滴り落ちてきて、兵士たち共々慌てて離れる。
「冷却時間が短すぎたんだ。溶けてやがる」
罵りながら、溶けた金属を前に腕を一振りすると、ソロモンの眼前に流れてきた金属は一瞬で凍結し黒い被膜となって地面を覆うのであった。人間では不可能なことをやってのけたにもかかわらずソロモンは平然としており、周りの兵士たちも驚くことはない。
ソロモンは顔を険しくさせながら、兵士に尋ねると、兵士はホログラムに映る光点の数を一瞬で把握すると報告する。
「残り敵の数は?」
「およそ15076匹です。敵の中に飛行するものもいます」
その報告通りに炎の壁など存在しないかのように、幾何学模様の障壁で身体を覆った無数のドラゴンたちが空へと飛び立ち、接近してくる様子が見えた。
しかし絶望的ともいえる光景でもソロモンは焦ることも恐怖することもなく冷静に指示を出す。
「そうか。ならば玩具での攻撃は終わりだ。敵との交戦を許可する。兵士たちの隠蔽解除。デクたちを出撃させよ! 前面をデクに進ませて盾とせよ!」
「了解です。各隊に告ぐ。全軍交戦許可。隠蔽解除、デクを盾として攻撃を開始せよ。繰り返す━━━」
オペレーターの兵士の指示が伝わり、空を飛ぶドラゴンたちの真下の地上から光条や炎、氷、そして光弾やミサイルが発射されると、ドラゴンたちを撃ち落としていく。
「第一大隊、任務了解。全軍攻撃だぁーっ!」
そしてオペレーターへと野太い声がインカムを通じて届くと、人の数倍はある背丈の鎧武者のようなシルエットの金属でできたロボットたちがマシンガンやロケットランチャーを手に持ち突撃する。
そしてその後ろから人間も同じように飛び出す。人間の方はメカニカルな、されど大昔の騎士や侍のようなシルエットの鎧を着込み、銃や剣や槍、弓や杖を持ち、不思議なことに動力源など存在しないように見えるのに、空を飛んでいく。
そうしてロボットと人間たちはドラゴンたちと戦闘を開始する。驚くことにロボットの攻撃はドラゴンを傷つけるだけに終わり致命的なダメージは与えられないが、人間の振るう剣は一太刀でドラゴンを断ち切り、矢はその身体に大穴を開けて倒していく。
見かけとは違い、人間の方が火力があることがわかる。彼らはドラゴンに比べると矮小な存在ではあるのに、剣の斬撃は長大で、矢の一撃はドラゴンの肉体を消し飛ばす威力を持っていた。杖から放たれる小さい火球はドラゴンを灰にして、あるいは氷の風はドラゴンを小さな氷粒へと粉砕して変えていく。
ロボットを含めても、兵士たちの数は千もいない。だが、圧倒的であった。みるみるうちにドラゴンたちは数を減らしていき、戦場は人間の軍へと勝利の天秤が傾いていき、このまま終わるかと思われたが━━。
突如として、ドラゴンたちをも巻き込んで、戦場が大爆発を引き起こした。きのこ雲が立ち昇り、地面が火山噴火でも起こったかのように、溶けていく。ロボットも兵士たちも焼かれて溶け落ちるか、無事であっても黒焦げだったり、半身となっていたりと死屍累々の光景となる中でそれは現れた。
「不遜なる餌たちよ。愚かにもこのティアマトの領域を攻めようとするとは、その小さな頭は空っぽだと思える。おとなしく滅びを待てば良かったものを、進んで滅びを迎えようとするか」
溶岩の中で地下から一本一本が高層ビルと同等の巨大な竜の首が現れて、蔑む声を口にする。せせら笑いながら傲慢ともいえるセリフを口にするのは多頭の竜であった。しかしてその竜の頭は金属めいた女性の顔で、ニヤニヤと顔をゆがめて嗤っていた。
「標的のティアマト発見! し、しかし、我軍の損害70%を超えます!」
ワナワナと唇を震わせて、青褪めた表情のオペレーターが叫ぶように報告する。たった一回の攻撃で、自軍がほぼ全滅したことに絶望の表情であった。
だが、穏やかな優し気な少女の声が安心するように後ろから聞こえてくる。
「大丈夫です。皆さん安心してください。私たちは光のもとで、絶対に負けません。人類の希望はまだまだ消えうることはないのです」
動揺する兵士たちの合間から進み出てくるのは、歳は15歳程度に見える少女であった。滑らかな黒髪を背中まで伸ばし、穏やかであるが意志の強そうな瞳、整ったちょこんと鼻梁が伸びて、桜色の小さな唇を持ち、小顔の美少女だ。
レオタードにも似たピッタリと肌に張り付く服をきて、胸が強調されて臍を丸出しにして、歳の割に扇情的でもある。宝石を削り取ったかのような美しい肩当てや胸当て、籠手や脚甲を備え付けていた。
兵士たちが注目する中で、白金で作られた神秘的な杖を掲げると、にこりと優しくほほ笑み、目を瞑る。と、少女の身体から優しい光が生み出されるとその背中から光で作られた翼が生えて、大きく羽ばたく。
「さぁ、神の御下にある子供たちよ。未だ悪との戦いは終わらず。奇跡により再臨せよ!」
『再臨』
杖を掲げると、光の柱が天へ昇っていき━━全滅した仲間の真上に天空から光の柱が舞い降りていく。
驚くべきことに、その光の中で半身となった者は手足が生えて元の身体へと戻り、焼け焦げた者も元の肌に戻る。そして、消滅したはずの者も空中に光が集まると人型となって、次の瞬間には復活していた。人間だけではない。デクと呼ばれたロボットたちも同様に元の姿へと復元されていくのであった。
「こ、これはいったい!? 全てを復活させる術を人間如きが使えるというのか! そんなバカな!」
竜の王であるティアマトもその光景を目の当たりにして、目を見張り信じられないと唇を震わせる。
その震える声をホログラムを通じて少女は耳にすると、その優しい顔を━━ニヤリと悪魔のように歪めて嗤う。
「馬鹿なトカゲの王め! こちとら負けるために攻めることをするわけないだろうがっ! うはは、お前らっ、食われなければ死んでも復活させてやっから、恐れずにあの多頭のトカゲを倒してやれーっ!」
「おっしゃー! テメーらの後ろにはマナ・フラウロスがいるんだぜ! 全員、敵の鱗1枚でも良い。死ぬ代わりに少しでもティアマトにダメージを与えろっ! 作戦名ゾンビアタック開始!」
「しゃ、しゃらくさい。何度蘇っても、人間に我が負けると思うかっ!」
見かけと違う悪魔のような姿を見せて少女が叫び、兵士たちが呼応してティアマトへと攻撃を再開する。ティアマトも羽虫のように群がってくる人間たちを迎え撃ち━━━。
━━━18時間後。実に108回の蘇生が行われて、あえなくティアマトは討伐されてしまうのだった。