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19話 鍵音はアパートに帰る

 カンカンと金属を叩く音がして、時折ギシッと嫌な音が混ざる。アパートの階段は錆びており、いつも壊れるのではないかとヒヤヒヤしながら鍵音は階段を登る。


 駅から徒歩20分、ハンターたちの学び舎までは徒歩で15分。築60年の二階建てボロアパート、月額35000円の格安。本屋鍵音の自宅はそこにあった。裏通りにあり、コンビニも微妙に遠く、お店も近くにない。隣近所の家屋は同じように古い建物が多く、活力を感じなく、どことなく侘しさを感じる地域だ。


 なんだかとても長い半日を終えて、ようやく家に帰ってきた鍵音だ。その後ろには人生の幸運をすべて使い切って手に入れたんじゃないかと思われる天使な美少女がいる。


「マナ、その服すっごい似合ってます。健康的な空気を醸し出しつつ、ちらりとのぞく肩がえろけふふふふふん」


 私はなにを言おうとしていた!? 慌てて咳き込むフリをして、後ろに続くマナをちらりちらりと見る。


 本人的にはこっそりと覗き見しているつもりだ。だが、このような場合相手にはバレバレである。挙動不審な少女本屋鍵音。これが鍵音自身も美少女でなければ、相手は警察を呼ぶかもしれない。


 しかし、そこは忠実にして優しい美少女召喚獣マナ・フラウロス。目が合うたびに、小首を傾げてニッコリと微笑み返してくれて、そのたびに鍵音は真っ赤になって前を向くのだ。


(奇跡です。マナのコーデは奇跡のマリアージュ。こんな可愛い子が私の召喚獣で良いのかな?)


 服を着替えて、ダサジャージから天使へとジョブチェンジしたマナ。肩出しトップスの上に、春のショートジャケットを羽織り、下は活動しやすいようにショートパンツで揃えている。本来は活動的な健康的な感じのコーデだ。だが、眩しいような白い肌が肩出しトップスからのぞいており、ショートパンツから伸びるスラリとした脚も見てはいけない感じを与えてくるので、目の毒かもしれない。


 ここまで歩いて来る中で、男女問わず振り向いて、マナに見惚れていたことからも分かる。ダサジャージから脱却したマナは100%視線を集めていた。もはや鍵音のことは誰も見なかった。


(やっぱり、ダサジャージのままにしておくべきだったかな? 2つ目の命令はジャージで過ごすことを命じるべきだったかも! でも、マナの美貌を隠すなんて、世界的損失のような罪悪感のような気もするし………神様、私はどうすればよかったのですか? 大悪魔のことは知らんとか言われそう)


 頭を抱えて、うぅっと悩む少女鍵音。はたから見たら不審者にしか見えなかった。


 そんな鍵音もペキ魔法で心を折られたが、それでも服を買い込んだ。店員さんに言われるがままに服を買い、見事に人助けをした初めての報酬のうち、百万円はあっさりと消えた。本当は使う気はなかったけど、いつの間にか使っていた。あのお店は人の認識を虚ろにする亜空間だったのかもしれない。


 だが、お金をかけただけあって、淡い蒼色と白を組み合わせた色合いのワンピースはお淑やかさを見せており、隣にマナがいなければ、それなりに視線を集めただろう可愛らしい装いだ。


 デパートでは服以外に化粧品とかも買うつもりだったが、服を買う時点で力尽き、全ての魔力を使い大魔法マタコンドを使って逃げてきた、いや、買い物を終了したのであった。


「ちょっと待ってね、鍵開けるから」


 誤魔化すようにタハハと笑ってドアを開ける。いや、なにを誤魔化すかは不明だけどっ!


 なんとなく、なんとなくだけど、恋人を自分の家に入れるような恥ずかしさと緊張感があるけど気の所為だよねっ! 部屋は散らかってない、うん、散らかってない。元々物を置くほどにお金に余裕はないし。


 部屋の中は6畳半の1DK。もちろんセキュリティはゼロ。本来はまだ15歳の女子高生が住むような部屋ではない。だが、昨日までは口裂け女と蔑まれた鍵音だ。しかも曲がりなりにもハンターのため、襲うような者もおらず、ある意味安全だった。


 もう外は青空から橙色に染まってきており、あと数十分もすれば、宵闇が訪れるだろう。電灯に照らされる部屋は、万年布団が真ん中に敷きっぱなしであり、魔法書が何冊も枕元に散らばっている。小さなテーブルにはお菓子が開けっ放しで、しけったポテチが垣間見える。ゴミ箱にはレポートの紙やちり紙がめいいっぱい入っており、救いは昨日生ゴミは出したということだけだろうか。中古で買った古い冷蔵庫がブブーンと唸り音を立てているのが、悲しいBGMに聞こえる。


 鍵音はダラダラと汗をかいて、顔が羞恥で茹でダコのように徐々に赤く染まっていく。


 前言撤回。たとえ物が少なくとも、部屋を汚く見せることはできる! 絶妙な汚さをこの部屋は醸し出してる! マナをこんな部屋に入れることなんてできない!


「ちょっと待ってて! 5分で良いから、部屋の外で待ってて!」


 鍵音はマナを追い出すと、急いで片付けをしようと腕捲くりをすると突撃を開始した。


 人生で最も早く掃除ができたと、後に鍵音は思ったのである。


           ◇


「えっと、夕飯はもり蕎麦で本当に良いの?」


「はい、マスター。もり蕎麦という食べ物に興味があります。貨幣価値はもり蕎麦一杯を基準にするんですよね? そんな価値のある食べ物がどんなに美味しいか、とっても興味があるんです」


「いや、まぁ、たしかに教科書とかだと、もり蕎麦一杯十六文で、他の物の価値を示していることが多いですけど……まったく知らない人が見るとそんな感想になるんだ………」


 正座をしてテーブルの前にちょこんと座るマナがワクワクした表情で言ってくるので、鍵音は乾いた笑いになってしまう。


 アパートに帰る前にスーパーで食材を買ってきたのだが、マナに何を食べたいか尋ねたら、もり蕎麦が食べたいと答えられたのだ。


 意外な希望だったけど、マナが食べたいならと、二束買ってきた。貧乏な苦学生である鍵音は自炊が基本だ。というか、怖くて一人で外食なんかできない。昨今は食券タイプやタッチパネルでの注文方式になって、店員と会話をすることは少なくなったが、いらっしゃいませと言われただけで硬直する自信がある。


「お蕎麦は家庭での工夫の余地はないから、あんまり美味しくなくてもがっかりしないでください」


 台所に立ち、レッツクッキング。手慣れた様子で作り始める。


 蕎麦は茹でるだけ。蕎麦つゆはお手製で作れるけど塩梅が難しいので市販の物。個性を出す方が難しいので、精々、蕎麦つゆに鰹節のパックをどっさりと入れて煮込むくらいだ。こうすると味にコクとまろやかさが加わり、後味のしょっぱさが消えるのだ。網で濾した鰹節は副菜として用意した、サッと茹でたほうれん草の上にかけておく。


 グラグラと沸騰したお湯に蕎麦を入れて数分後。ていっとザルにあげて、水で締めておしまい。一人暮らしだとネギは切らない。腐りやすいので、ネギ丸々一本を買うことが少ないからだ。


「へー、そーゆーふーに作るんですね。ほー」


「てへへ、照れちゃいます。もり蕎麦はとっても簡単なんです。は~い、もうできたよ。座って座って」


 いつの間にか後ろにいたマナが興味津々といった様子で眺めてくるので気恥ずかしくなってしまう。実際、茹でるだけの工程なので、料理と言ってよいか不安が残るし。


 テーブルにザルに入れた蕎麦をどんと置いて、蕎麦つゆの入った器と、大皿に入れた茹でほうれん草を並べておしまい。


(……なんというか、現役女子高生にあるまじき料理のような気もするような。漫画とかだと、一人一人テーブルの上に小さなテーブルクロスを敷いて、その上にお料理乗せてるよね。こんな雑で良いのかな……。ま、まぁ、現実なんてこんなもんだよ。いちいちテーブルクロスなんか敷かないし、おしゃれなお皿に小分けなんかしないです。あれはフィクション、フィクション)


「さっ、マナ。たくさん食べて! まだもう一束あるから、どんどん食べてくだしゃい!」


 初めて他人に手料理を振る舞うにあたり、明らかに豪快すぎる盛り付けである現役女子高生本屋鍵音。漢料理にも見えるが、見えないふりをした。


 とはいえ、盛り付けは雑でも味に変わりはない。ヒョイとお蕎麦を掬うと蕎麦つゆにつけて啜る。


「うん、美味しい。蕎麦はこの啜る際の喉越しが良いです。疲れていましたし、ちょうど良かったかもです」


 蕎麦つゆに一工夫しただけの甲斐はありましたと、満足げにペコペコのお腹を満たしていると━━━。


「あれ? マナ。食べないんですか?」


 箸も持たずに不思議そうにしているマナに気づく。なにか変なことがあったかな?


「いえ、マスター。この食べ物は口の中で錠剤に変わるんですか? 変わった仕様ですね」


 なにかよくわからないことを言ってきた。


「錠剤? なにそれ? そんな面白機能はついてないです。この蕎麦は極一般的な物ですよ? 魔界はどんな食べ物があるの?」


「魔界に食べ物はありません。へーへーへー! これが本当の食べ物………では一口」


 恐る恐るといった感じで、蕎麦をそーっと蕎麦つゆにつけて、慎重に口に入れようとするマナの姿に可愛らしくてクスリと笑ってしまう。なんか幼い感じ。


 だが、ほのぼのとできたのは、そこまでだった。


「かふっ」


 蕎麦を食べたマナが倒れた。


「きゃあ~、マナ大丈夫? もしかして大悪魔は蕎麦が弱点だった?」


 十字架、聖句、聖別された武器、そしてもり蕎麦。まさかの弱点である。


「いえ、大丈夫です、マスター。この食べ物がとても美味しくて意識を飛ばしていただけです。感動しました、これが本当の食べ物なんですね」


 よろよろと座り直すと、うるうるした瞳で、マナは再び蕎麦を食べ始める。


「市販のもり蕎麦に感激するほどの美味しさはないよ!? もぉ〜、驚かせないでよ! もう一束も茹でる?」


「是非お願いします!」


 ちるちると夢中になって、もり蕎麦を食べるマナ。どうやら大悪魔は食いしんぼのようです。


 もちろんもう一束も茹でて、あっという間に完食するのだった。


 ━━━食べ終わり食器洗いを終えて、座り直すと疲れが来たのか、一気に眠くなる。今日は大変な一日だったので、お腹いっぱいになったことと、緊張が解けたことによる反動だろう。もう瞼同士が仲良くなりすぎて、開けることは難しい。


「マナ、今日は掛け布団の上で寝てね。私は敷布団……ふわぁ、お腹空いたら、そこのお金を使って、コンビニでなにか買って食べてください……」


「かしこまりました、マスター。ゆっくりとお休みくださいませ」

 

 まだまだ残り二百万円ある。これなら装備を整えることもできるだろう。


(明日から頑張らなくちゃ……。中期テストもあるし……)


 そうして、鍵音は意識を闇に落とすのであった。なので、ジッとお金を見つめているマナの様子は気づかなかった。


 ━━━次の日、二百万円はすべて蕎麦の空き箱に変わっていた。そして、鍵音の全財産は三百円となった。

ルックスYが2025年9月24日より始まります!マガポケでーす!!!でで~ん!

皆読んでいただけると嬉しいです!

お願いします。

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― 新着の感想 ―
 負けヒロインがいっぱい出てくる作品でも推定30万相当のそうめんだったのに、その7倍の量のそば(乾麺)……コイツは泣けるぜ。
これがかの有名な蕎麦を司る大悪魔...!
むしろどこで200万円分のそばが買えるのかw 日本中でそばを大量買いするマナが目撃されてそう
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