14話 鍵音はマナの力の凄さを知る
「え? いいういんぱくと? ううん、『衝撃』? あ、え? なにんで、そんな威力になるの?」
鍵音は目の前で使われた魔法に驚愕していた。相変わらずのどもり具合で呟いたので、『いいういんぱくと』という悪魔が使う未知の魔法かと藤原に感心されるくらいに違う効果だったからだ。
そもそも本来の『衝撃』は初歩の魔法で、踏み込んだ衝撃を数十倍の威力へと変えて扇状に放つ魔法だ。『衝撃』の名前の通り、あくまでも衝撃波なので、敵の体勢を崩し、威力が高ければ吹き飛ばすだけの魔法なのだ。
今、目の前で行われたようように、決して刃のように細く鋭く細められて、しかも複数に分かたれて敵を切り裂くなどという効果はない。
「どんな魔法操作、制御力を持っているの? こんなこと、人間じゃ不可能。世界最強と呼ばれるSランクでも無理! これが大悪魔!」
言葉を失うとはこのことを言うのだろう。青みがかかった長髪を靡かせて、目を細めて立つ美少女は奇跡のような魔法制御能力を見せても、自然な様子で薄く微笑んでいた。
そして、僅かに腰を屈めると、軽く床を蹴ると腰を抜かして倒れている稲美たちのそばへと駆け寄る。
「さぁ、モドキさん。せっかく命が助かったのです。これを機会に心を入れ替えて、人間になる旅をすることをお勧めします。ベラと名乗ると良いかもしれません」
「ひょえっ!? まっっ」
首根っこを掴まれると、稲美はマナに放り投げられた。制止する声をガン無視して、投げられた稲美が鍵音の横を飛んでいき、野次馬たちにぶつかり、ボーリングのように人々を押し倒し、目を回すのであった。稲美のパーティーも同じようにポイポイとゴミのように投げられて、ストライクだ、ターキー決定だ。
「マスター、魔物の殲滅を開始します。目標はヘカトンケイルヘイズでよろしいでしょうか?」
人を乱暴に放り投げたことなどまったく気にしていない様子で確認してくるマナが地下室へと向き直る。その背中は小さくてか弱そうだけど、見せかけだけだ。
「へ、ヘカトンケイルヘイズ? それなぁに? き、聞いたことないんだけど?」
「今倒したのは遠隔探査機である『魔眼涙』です。複数の『魔眼涙』を操り、敵を偵察するのは、使い捨ての偵察兵である『ヘカトンケイルヘイズ』しかおりません。一匹見つけたら、十匹いると思えと言われている害虫のようなものですね」
「へ、へぇ~。ゴキブリカナ? ふふふじわらさんは知ってましたか?」
当然のように言ってくるマナに戸惑い、横に立つ藤原さんへと声を掛けると深刻な顔で、首を横に振る。
「いえ、浅学のため知りません。私もハンターギルドの職員として多くの魔物を知っているはずなのですが……ヘカトンケイルの新種? ですが、マナさんの言い方だと普通に存在するありきたりの魔物?」
考え込む藤原をよそに、マナは拳を前に出す。
「ブレインたるヘカトンケイルヘイズを倒せば終わりです。これより駆逐します」
地下からドスンドスンと重々しい足音が響き、段々と近づいてくるのがわかる。私たちも魔法を行使するべく準備を始めるが━━━。
「なので、ウザい『魔眼涙』は勇気ある戦士たちにお任せします。彼らが囮となり『魔眼涙』に餌となって食べられていれば、ヘカトンケイルヘイズは『魔眼涙』に頼ることはできず単身で戦うしかありませんので」
最後の一言が意味不明だった? 囮? 餌? え? どうゆーこーことかな?
一瞬脳内をはてなマークが埋め尽くし、理解不能と首を傾げてしまったが、すぐに理解した。マナは野次馬たちを戦力に入れて戦闘をする計算をしているんだ!
「駄目、駄目です。ここの人たちは守るためにいるのではなく━━み、皆逃げててて、逃げてっ! ここは危険です!」
振り向いて野次馬たちに声を掛ける。半分くらいの人たちはハンターが喰われたところを見て、危機感をようやく持って外へと逃げ出したが、残る半分は最悪だった。
「うひぃ〜、キモッ、ハンター死んだよ、と」
「あの目玉グロっ。もっと近くで撮影できないかな?」
「目の前で死人出ると再生回数爆上がりなんだよ」
自身の命が危険であることも考えず、野次馬根性丸出しで残ってスマホで撮影を続けていた。藤原さんたち職員たちも同様に怒鳴るが、慣れた態度で逃げる様子を見せない。
そして、魔眼涙たちが、足音の主が来る前に、地下から大量に現れた。さっきのは先行していただけだったので、数も数匹程度だったのだろう。今出てきたのは、通路を押し合うようにひしめき合い、何匹いるかもわからない。
その数を前に、マナは立ち向かうことはせずに、素通りさせている。
「くっ、オンクモクモスパイダー、オンクモクモスパイダー。蜘蛛よ、その糸にて敵を縛れっ!」
『縛妖糸』
藤原が複数の符を構えて、迫る大量の魔眼涙へと投擲する。空中にて符は小さな蜘蛛へと変わると、魔物たちを覆い尽くすかのように蜘蛛糸を吐き出す。蜘蛛糸にて絡め取り動きを阻害しようとする。『魔眼涙』たちはそこまで強くはないのか、糸に絡め取れて空中にて藻掻くが打ち破ることはできそうにない。
鍵音も既に『遅延』を使用してめいいっぱいに魔法を用意しており、立ち向かうために解き放つ。
『魔力盾10層』
鍵音の発動により、青白い魔法の盾が壁のように並んでいく。
(なぜか上がっていた魔力を全部注ぎ込みました! これなら多少の時間稼ぎはできるはずです!)
蜘蛛糸に縛られて、その眼前に魔力の盾。いかに敵が多くても、野次馬たちが逃げる余裕はあると安堵の息を吐こうとするが、パッと消えた。
蜘蛛糸も魔力の盾も。さっきのように。そして、鍵音も残った魔力が無理矢理引き出されるように失われ、支えの柱が外されたかのように力なく膝をついてしまう。見ると隣の藤原も他の職員たちもフラフラとして、倒れ込む者もいる。
「!? わかりました。あの目玉の化け物は『吸魔の魔眼』持ちです! あの全てが!」
蒼白となった藤原が言うと、こちらの様子を見ていたマナが当然でしょとコクリと頷く。
「『魔眼涙』は稼働時間を延ばすために『吸魔の魔眼』で魔力を吸収します。部屋の隅とかに魔力の欠片を残していたりすると集まる害虫ですね。っと、来ましたか」
最悪なセリフを告げてくるマナは地下へと向き直ると、拳を突き出す。ガンと重い音が響くとその拳になにか大きな金属塊がぶつかり弾き飛ばされた。ゴンゴンと音を立てて床を転がるのは、一抱えもあるぐしゃぐしゃの金属塊だった。血だらけで塊からも血が滴り落ちている。
なんだろうと疑問に思う鍵音とは違い、藤原はサッと血相を変えると呻く。
「これは、この金属塊は鎧……厩戸さんのものか………。この中身は……」
その呟きを最後まで聞くまでもなく理解してしまった。この金属塊は人だったものだ。スクラップにされるかのように握り潰されたに違いない。
「ウォォぉぉ!」
そして、その身体を人の血で真っ赤に染めた異形の巨人が姿を現した。知っているヘカトンケイルと違う。身体中に瞳が生まれており、その内包する魔力は……魔力は……。今まで感じ取ったことがない大きさだ!
4本の拳を振るい、マナを倒そうとヘカトンケイルヘイズは激しく攻撃を開始し、マナは手慣れてるように、小刻みにステップをすると軽やかに攻撃を躱していく。
「ひっ、なにあれ? あれは……化け物?」
「あれは信じられませんが、Sランク!? こんな化け物と吸魔の魔眼持ちの魔物が揃っている? いや、あの魔眼持ちをヘカトンケイルが生み出している? 最悪です、この相性は良すぎる。勝てるわけがない!」
絶望の声をあげる藤原さん。私も同様にもはや魔力が無い。たとえSランクのハンターでも、この化け物には立ち向かえない。魔力を吸われていけば、早晩負けることは確定しているからだ。倒すには多くのハンターたちが必要になるだろう。
蜘蛛糸から解き放たれた『魔眼涙』たちが空中を遊弋し、今度こそ私たちを喰らおうと向きを変えてくると、ばかりと目玉を割って牙を剥きよだれを垂らす。
「お、おいおい、まずいんじゃないか?」
「こ、これ、私たち、食べられるんじゃ?」
「ハンターギルドはなにやってるんだ? ほ、ほら、市民が危機だぞ?」
「や、やべぇっ! 逃げるぞ!」
ようやく危機感を持った野次馬たちが踵を返し逃げ出す。倒れ伏すハンターや職員たちよりも、動く獲物の方が美味しそうに見えたのだろう。空を飛び鍵音たちを無視すると、野次馬たちに襲いかかる。
「ぎゃあー、た、助けて!」
「こいつのほうが美味いから、やめてくれ!」
「なんだよ、これなんなんだよ!」
このままでは阿鼻叫喚の地獄絵図になるに違いない。死体が転がり、血が床を埋め尽くすだろう。自業自得とはいえ、放置することはできない。
立ち向かえるのは……マナだけだ! 吸魔の魔眼を受けていると見えるのに、その動きはよどみなく、鍵音にしたら視認も難しい速さの拳をひらひらと躱している。恐らくは吸魔を受けない耐性があるんだと思う。
(ええっと、たぶん私の命令の仕方が悪かったんだ。フラウロスは正確に命令をしないと嘘を吐く。フラウロスは正確に命令をしないと嘘を吐く! だから魔物へと攻撃しないんだ!)
ソロモンの悪魔フラウロスの伝説を思い出し、必死になって命令を考える。正確に、間違いなく遂行できる命令じゃないと駄目だ!
すうっと息を吸うと、心を落ち着けて、自分にできるだけの声を出し、命じる。
「マナ・フラウロス! 契約者である本屋鍵音が命じる! この場にいる『魔眼涙』及びヘカトンケイルヘイズをすぐに駆逐せよ!」
単純な命令。この場と限定し、すぐに倒すように命令。人の命を救えとは曲解されそうなので入れなかった。
「かしこまりました、マスター。では、魔物を駆逐します」
ヘカトンケイルヘイズが振り下ろしてくる拳をバックステップで回避すると、マナはその背中から光る翼を生み出す。その姿は神秘的だった。光の翼を生やす美しき乙女に、命の危機であるにもかかわらずに、思わず見とれてしまった。
『光翼』
そして、たった一回、翼を羽ばたかせると、自身を中心に光の突風を巻き起こす。光の突風は『魔眼涙』を巻き込むとその身体を氷でも溶かすかのように消滅させていく。不思議なことにその光の突風は私たちには傷一つ与えることはせずに通り抜けていくだけだ。
野次馬たちに噛み付いていた百匹を超える『魔眼涙』は残らず消滅し、ヘカトンケイルヘイズは、その身体が硫酸でも浴びたかのように溶けて、皮膚が焼け崩れてたたらを踏んで後ろへと下がる。Sランクの魔物がマナの使ったたった一回の魔法で大きなダメージを負っていた。
「ふむ……『光翼』で倒せないとは。なるほど、今の私がどれほどの力なのか、ちょうどよい案山子がいてくれて助かりました」
ゆっくりと床に降りたマナが慈愛の笑みで呟く。
うん、やけに大きな案山子だね!