12話 戦闘モードは違うんです
「ヘカトンケイルよっ、この私がそなたの相手をいたすっ!」
太郎は不敵な笑みを浮かべて、ヘカトンケイルに立ち向かう。彼は希少な魔物ヘカトンケイルとの戦闘もAランク上位という立場から数回経験しことがあり、その能力も戦闘方法も知っていた。
(こやつは単なる脳筋。魔法を使うこともなく、4本の腕が繰り出す怪力で敵を攻撃してくるのみ。巨人の尋常ではない耐久力と、死角を埋める四つの目に気をつければ良い)
巨人の中でも倒しやすい魔物と言えるだろう。動きはそこそこ速いが、速さであればケンタウロスモードの太郎に及ぶべくもなかった。
一撃で倒そうとするのではなく、少しずつ削り取るように傷を与えていけば倒せる。慎重な戦法であるが傷を負うよりも安全な戦法を太郎は選択した。
「ウォォぉぉ!」
凡庸なハンターであれば、その咆哮だけで動けなくなるヘカトンケイルの雄叫びが通路を響き渡り、ビリビリと空気が痺れるように振動する。
咆哮を上げながら走り出すヘカトンケイル。その体重だけで金属製の床が揺れて、その威圧感を教えてくる。
だが怯むことなく太郎も騎士槍を腰だめに構えると駆け出す。
(最初の攻撃を回避しざまに槍を突き入れる━━なにっ!?)
ヘカトンケイルの狙いはハンターたちの中でも、一際魔力の多い太郎であろうと予測していて身構えていたのだが、意外なことに太郎を相手にせずに横を通り抜けようとしてきた。
普通ではあり得ないその対応に、太郎は驚きつつも急停止すると慌ててターンをしてヘカトンケイルへと向き直る。ヘカトンケイルが駆ける先には低レベルハンターたちがおり、このままではあっさりと殺されてしまうだろう。
「くっ、逃げることを優先するだと? 私の力の大きさに怯えたかっ!? それだけ私の魔力が上がっていたか」
低レベルの魔物は時折強いハンターの魔力に怯えて逃走することがある。弱い魔物に多いことであるが、まさかヘカトンケイルレベルが逃げるとは思わずに面食らったが、気を取り直して追いかける。
まだ低レベルハンターたちとの距離はあるが、ヘカトンケイルの足の速さならすぐに辿り着いてしまう。
『ライトニングチャージ』
騎士槍へと雷を付与すると、太郎は雷の速さで追いついて、騎士槍をヘカトンケイルの右足に突き刺す。巨人の脚に突き刺さった箇所から電撃が奔り、ヘカトンケイルの脚を焼く。
「グォっ!?」
攻撃されて初めて敵に気づいたかのようにヘカトンケイルは振り向くと、腕を振り上げて、ハンマーのように振り下ろす。
「ちっ、さすがに固い。ようやく相手になることを決めたか、このデカブツが!」
振り下ろされる巨大な腕を軽やかにステップして回避する太郎。空を切った腕はその怪力で金属製の床を打ち砕き、めくり上げる。ギギィと金属の歪む音と金属片が散らばる中で、動揺することなく、騎士槍で金属片を弾きつつ、振り下ろされた腕を攻撃していく。
ヘカトンケイルの怪力には及ばないが、それでも太郎の力はAランクだ。人外の筋力を持ち、その攻撃力は人間を遥かに超える。
だが、その攻撃力を以てしても、金属を筋肉組織として束ねたかのような強靭な肉体を持つヘカトンケイルへは深い傷は入れられてなかった。
「やはり、簡単には倒せぬか。しかしそれこそ予想通り。この強さの魔物を倒し、ハンターギルドを救えば━━━Sランクは目の前だっ!」
ヘカトンケイルが繰り出す腕を躱しながら太郎は楽しげに笑う。国内でもSランクは手の指を数えるほど。自身はそのSランクに辿り着けると信じてきた。未だにSランクになっていないのは、単に功績が足りなかったからであると。
この事件は不幸なことではあるが、太郎にとっては絶好のチャンスでもある。この機を逃すことなど考えられなかった。
(常日頃待ち望んでいたチャンス。多くの死者を踏み台に私はトップへと登ってゆく)
いかにヘカトンケイルが激しく攻撃をしようとも、その軌道を読み切り、太郎は軽やかなる走りで回避していき、ヘカトンケイルにダメージを重ねていく。徐々に雷による麻痺が積み重なっていき、ヘカトンケイルの動きは鈍っていく。その様子を見て、遠向きにしていたハンターたちも沸き立つと、魔法を放ち始める。
「ここがチャンスだ! 畳みかけろ!」
「よっしゃ、これで俺たちも『巨人殺し』を名乗れるぜ」
「少しでも報酬を貰わないといけないわね!」
低レベルのハンターたちの魔法だ。その攻撃はヘカトンケイルに対して傷を与えることはできずに、単なる牽制以外の役には立っていない。ヘカトンケイルが敵と考えているのは太郎だけであり、他のハンターたちを全く気にしていない。
しかし低レベルハンターたちにとってはBランクの魔物と戦ったという箔が欲しく、自身の安全が担保されているわけでもないのに攻撃を続けていく。
だが太郎がこのまま攻撃をしていき、ヘカトンケイルを倒せば問題はなかった。本来ならそのような流れとなっただろう。
太郎はヘカトンケイルたちを討伐しハンターギルドを救い英雄と呼ばれてSランクへと一歩近づく。低レベルハンターたちも予想外のボーナスともいえる収入とヘカトンケイルとも戦ったという武勇伝を居酒屋や教室で語ることとなったであろう。
全てがハッピーエンドで終わるはずだった。
今までなら。
『コザカシイハムシガ……コンナトコロデジカンヲロウヒスルワケニハイカヌ』
だがこれまでと違うことがあった。
ヘカトンケイルの瞳が紺色に輝いていくと、胸を張るように四肢を踏ん張る。
『魂解放』
次の瞬間にヘカトンケイルの肉体が太陽のように輝くと、黒い霧のような暴風が巻き起こり、周囲を圧していく。
その暴風は理不尽なる竜巻のようだった。人間では勝てぬと本能が察する魔力量であり、暴風に晒された者たちは青ざめて震えると膝をついていく。
唯一耐えた太郎が暴風を防ぐために腕にて防ぎ目を細めてヘカトンケイルを見る。
「な、なにが!? な、なんだあれは!」
驚きで言葉を失う太郎の瞳に映る先には、新たなる魔物がいた。肉体が燃えるように赤くなり、その表面にはびっしりと目がついていた。そしてすべての瞳はギョロギョロと動き、辺りを見渡している。
「初めて見る魔物………まさか『特殊個体』か!? 不気味な姿……百目鬼とでもいうのか?」
『特殊個体』。それは魔物が突然姿を変えてパワーアップする現象だ。数年に一度出現し、新米ハンターでも倒せるEランクのただのゴブリンがBランクにまでパワーアップして、ハンターたちを殺戮するなど、災害とも呼ばれる事象である。なぜ『特殊個体』に変身するかは研究者の多くが仮説を立てているが、真実は不明。
わかることは、本来の能力を遥かに上回る力を発揮するという事実のみである。
「この威圧は……まさかSランク? し、信じられぬ。こんな偶然が起こるとはっ!」
太郎は歯噛みをして悔しがるが、ここで悔やんでも仕方ないと槍を構え直す。目の前のことに対処しなければ命はない。
「それによくよく考えてみれば、これこそ好機!
BランクではなくSランクを討伐したとなれば、もはや誰もが私をSランクに相応しいと考えるであろう!」
『特殊個体』も元の性能から使用するスキルや魔法は大きく離脱はしていない。ならば鈍重さは変わらないだろうし、速度で上回る自身は勝ち目は大きくある。相性が良いのだ。
そう思っていた。ヘカトンケイルが異様な行動をするまでは。
『魔眼涙』
無数の目玉を持つヘカトンケイルが四肢を踏ん張ると、全身に力を込める。何をするのかと怪訝に思い、警戒して身構える太郎を前に、ヘカトンケイルの身体に張り付く目玉たちがズルリと外へと出てきて、空を遊弋し始めた。
それはまるでおたまじゃくしのようだった。ただし頭が目玉であり、胴体はピンク色の肉塊でできている怖気の走る不気味なおたまじゃくしだ。さらには目玉が中心からばかりと縦に割れるとびっしりと牙の生えた口を見せつける。
空を泳ぐ目玉たちは一斉に周囲へと襲いかかる。その速さは矢のようであり、太郎は慌てて走り始めて、襲いかかる目玉たちを打ち払っていく。
「くっ、なんなのだこれは? たいした力は感じないが厄介な!」
騎士槍を軽く当てただけでも目玉は破裂しあっさりと倒せる。内包する魔力から推測するに恐らくはCランク。耐久力は無く、1、2匹なら同ランクのハンターたちの絶好の稼ぎになるだろう魔物と思われた。しかし、数が多い。なおかつ、牙が鋭く危険だ。
群がる目玉たちの何匹かが太郎の攻撃を潜り抜けて、噛みついてきていた。だが、太郎は全身鎧を身に着けており、その素材はアダマンチウム。Cランクごときでは傷一つつけることはできない……はずであった。
しかし、太郎の鎧は引っ掻き傷が増えていき、ガリガリと嫌な音を立ててアダマンチウムの鎧は削られていた。無論、引っ掻き傷程度では、太郎の鎧を砕くことなどできない。できないが傷をつける事自体が問題なのだ。
「早目に倒さねば、低ランクのハンターはひとたまりもない! それに動きを阻害されてしまっている!」
目玉が脚や手に噛みついてくるため、太郎は少なからず動きを阻害されていた。その隙を逃さずに、先程よりも遥かに速い拳撃が振り下ろされてくる。
「たかだか魔物の癖に考えているっ!」
無理矢理目玉を振り払い、ギリギリのところでヘカトンケイルの拳撃を躱せた太郎は毒突きながらも、出し惜しみをしているときではないと判断した。切り札を切る時だ。
「ぬぉぉぉぉ! 我が魔力を全て使うっ! 見よ、厩戸家の秘奥義をっ!」
己の魔力全てを雷に変換。自身の肉体に付与して、人の限界を超えていく。太郎の身体が光り輝き、半精霊化していき━━━雷を纏う黄金の騎士へと変わっていった。
『顕現:雷鳴の騎士』
雷の力そのものとなった太郎。その身体に噛み付いていた目玉たちが焼け焦げて灰となっていく。
「ゆくぞおっっっ!」
雷の矢と化したかのように太郎は4本の脚を繰り出し駆け出す。
「ウォォぉぉ!」
ヘカトンケイルが4本の腕を使いドラムのように激しく叩いてくるが、雷鳴と呼ばれる騎士は消えるような速さで次々と躱していく。金属製の床がヘカトンケイルの拳により砕かれて穴だらけとなり、もはや床でなくなり、砕けた金属片が周囲を舞う中で、太郎は裂帛の咆哮をあげて、ヘカトンケイルへと騎士槍を向ける。
「これが人間の力。魔物たちの天敵であるSランクの威力だっ! くらえええええっ!」
『プラズマチャージ』
自身の力を全て使い切り、超高熱のプラズマと化した太郎は突進し、騎士槍を突き入れる。
(狙うは心臓。核となる奴の魔石を狙い撃つっ! 目玉を飛ばしたことが仇となったな。目玉の跡に騎士槍を突き入れれば、いかに強靱なる肉体でも耐えられまいっ!)
ヘカトンケイルは身体中に生み出した目玉を放ち、その後は瞼でも閉じたかのように塞がっている。だがそれでも亀裂のように線が見えており、太郎は心臓に近い亀裂を狙い突き入れた。
「核さえ砕けば貴様は終わりだっ! 私の功績の一つとなれえっ!」
超高熱のプラズマの槍が亀裂をこじ開けて、その体内にねじ込んでいく。ヘカトンケイルの肉体は焼けていき徐々に槍はめり込んでいき、太郎は勝利を確信し笑いが漏れる。
たしかに手応えはあった。このままプラズマの槍にて貫けばヘカトンケイルを討伐できたであろう。
だが、太郎は特殊個体に変化したヘカトンケイルの力を見誤っていた。
━━━フッとプラズマがかき消えて、己の体を纏う雷がスイッチでも消したかのように消えた。
「なっ!? なにが? 魔力が尽きた? そんなはずはないっ。私が計算を間違えるなどありえぬっ!」
狼狽する太郎の背筋がゾクリとして、さらに力が抜けていく感覚が走る。身体が重りでも付けられたかのように重くなり、動きが鈍くなっていく。
意味不明だ。だが、この感覚は知っている。魔力が抜けていく感覚だ。
慌てて周りを見た太郎は気づいた。
周囲に浮いている目玉たちがジッと太郎を見つめていた。噛み付くわけでもなく、ただ静かに。
そして、太郎はスプーンで壺の水を掬われるようにじわじわと少しずつ魔力が抜けていくことを悟り顔を蒼白とさせる。
「ま、まさか。まさかこの目玉たちは全て魔眼か? 『吸魔の魔眼』なのか? この全ての目玉が!?」
震える声で絞り出すように呟く。『吸魔の魔眼』。その視界に入ると魔力を奪われる魔眼だ。それだけを聞くと恐ろしい魔眼であるが欠点が大きい。抵抗しやすく、喰らってもほんの1%の魔力程度しか吸収できない魔眼の中でも使えない魔眼なのだ。魔物が使えば、その分手数が減り、反対に喜ぶべき魔眼。
その数が一体だけであれば。
瞳に映る浮遊する魔眼たちは何体いるだろうか? 50? それとも100?
100回中10回抵抗に失敗して、10%の魔力を奪われたとする。魔力が減り抵抗力が弱くなった次は何回抵抗に失敗する? その次は? さらにはその次は?
答えは身を以て知ることになった。雷鳴の騎士モードが解けて、すぐにケンタウロスモードも解けてしまう。肉体が自分のものでないように重くなり、貧血のように頭がくらくらとし始める。
━━━魔力が欠乏したのだ。
Aランク上位のハンター。魔物の天敵と自負していた厩戸太郎はただの人間となった。今は突き刺さった槍にしがみつく羽虫のような存在にまで落ちた。
「ぬかった! このような恐るべき力を持つ魔物がいようとは、一生の不覚。妹よ、すまぬ、厩戸家の再興は━━━」
パチン
最後まで太郎は語ることはできずに、蚊を潰したような音が響くのであった。




