10話 マナは正直者
「貴女は召喚獣。ソロモン72柱の一柱であるマナ・フラウロス。間違いありませんね?」
「はい」
「ポジティブ。本当です」
うん、最近はソロモン72柱を名乗るのが流行りだからね。
「貴女は大悪魔である?」
「はい」
「ポジティブ。ほ、本当です」
大悪魔フラウロスと名乗ってるんだよ。
「貴女の世界にはなにがありますか?」
「意思のみでなにもない世界です」
「ポジティブ、これも本当です。意思のみの世界なんてあるんですね」
俺の世界は既に何もない。意思のぶつかり合いで戦争をしてるから嘘ではない。
「悪意を持ってこの世界にやってきた?」
「いいえ、私はマスターの命令を遵守し、その命を守るために存在します」
「ポジティブ。嘘ではないですね」
悪意はない。人類を守るための義務感があるだけだ。そして、マスターとは自身のことを指し示しており、鍵音のことを言っているわけでもない。
「………『嘘感知』を止めなさい」
監視員の藤原が魔法使いの女性に声をかけて、こめかみを押さえると、疲れたようにため息を吐いてパイプ椅子に寄りかかる。
「判断不能ならともかく、全てポジティブですか……誤魔化しているわけではないというわけですね。はぁ〜、こんなことが私がシフトの時に起こるなんて………不幸だ。これ、残業ですよね? サビ残だよ、きっと。止めてくれよ、安月給なんだからさ」
ぶつぶつと呟く危ない男を、ぼんやりと見ている世界一の美少女マナ・フラウロスです。
あれから、鍵音と共に車で連行されてビルに運ばれました。俺の世界ではもはや存在しない50階建ての高層ビル。壁面はガラス張りで、車の中から窓にぺたりと頬を張り付けて、感心したものだ。
誰もが見惚れる美少女が物珍しそうに、幼い子供のように外を眺める姿に鍵音や藤原たちがほんわかとして癒される笑みになってもいた。
どうやらこのビルはハンターギルドという魔物を倒し利益を出している組織なのだろう。新築のように建物はピカピカで、この部屋に来るまでに、多くの兵士が駐屯していた。いや、この世界では兵士ではなくハンターというらしいけど。
今のマナは小さな小部屋で、机を挟んで藤原と女性に調書を取られている。女性の方は嘘を検知する『嘘感知』まで使っている用心深さだ。
(『嘘感知』は他者の嘘を検知する。だが、それは言葉遊びで簡単に誤魔化せるので、『はい、いいえ』で答えさせるんだよな。でも、これも自身の記憶の持ち方一つで誤魔化せる。まぁ、魔法に干渉するよりは簡単だ)
用心深いが、その手法ははるか昔の手法だ。俺の世界では魂に潜り込んで調べる直接的な手法が一般的である。だから、こんなことで引っ掛かるわけがない。魔法技術は予想通り、俺達のほうが遥かに進んでいるみたいだな。
「本屋さんの供述とも差異はありません。質問は以上です。では、最後の確認をするので、こちらへとお願いします」
頭を振って疲れからくる頭痛を感じながら藤原が部屋から出してくれる。リノリウムの床をコツコツと歩いて、通りすがりの人の好奇の視線が突き刺さる。
「うは、美少女があんな格好を。なんだ、コスプレか?」
「すげぇ……テレビの収録かなにかか? どんなドラマなんだ?」
「新人アイドルとか? ちょっと写真撮影して検索を……あれ、写真撮影できないぞ?」
人々の呟きはマナを称賛する声がほとんどだ。ふふふ、そうだろう、そうだろう。世界一の美少女マナ・フラウロスちゃんだ。……でもエロい視線が多いな。周りの人々の服装を見るに露出過多みたい? 目立ちすぎかもなぁ。
「ここです。どうぞお入りください」
「はい」
目的地に到着したようで、ドアの前で藤原は立ち止まる。金属製のドアの上には『第一特殊訓練室』と書いてあるプレートが嵌め込まれていた。
シュインと、扉が自動で開くと、中は体育館ほどの大きさの部屋だった。なにもなくガランとしており、鍵音と、作業服を着た数人が待っていた。
と、鍵音がマナに気づいて走り寄ってくると、飛び込むように抱きついてきた。ナイスキャッチと受け止めないと、倒れるレベルだったので、少し気をつけてほしい。
「マナ! 大丈夫だった? なにか痛いことされなかった? 解剖とか解剖とか解剖とかされなかった?」
「はい。いくつかの質問を受けただけです、マスター。ご心配をおかけしました」
庇護する対象に心配をおかけしましたねと、マナは小さく小首を傾げて、申し訳なさそうにする。可愛らしさが天元突破をしているマナの謝罪に、ふんすふんすと鼻息荒く鍵音は肩を揺さぶってきた。
「ううん、ううん、そそんなことない。私こそ一人にしてごめんね? なにかされてるんじゃないかと心配で心配で仕方なかっただけなの。でも、なにもされていないようで安心しました」
ぎゅ~と抱きしめてくる鍵音。背丈が160センチあるマナよりもほんの少し背が低いので、よしよしと頭を撫でて安心させておく。こういう小さいことから信頼度は高めないとな。マスターのケアもできる優秀な召喚獣なのです。
「あ〜、いちゃつくのはそろそろ止めていただいてよろしいでしょうか。最後の検査がありますので、実施したいのですが」
頭を撫でられてご満悦の鍵音がマナの胸に顔を押し付けて、スリスリと甘えてくるのを見かねて、作業服の人が声をかけてくる。
「あ。はい。すいません。マナ、最後の検査だって。やってくれる?」
「はい。どのような検査なのでしょうか?」
「えっと、私はもう受けたんだけど、魔力量によるランク決め。得意属性と持っているスキルの確認かな」
「魔力量によるランク決め?」
「うん。人も魔物も魔力量によってランクを決めるの。もちろん魔力量の多寡だけでその人の実力が決まるというわけではないんだけど、大体の実力は推測できるからね」
意外だった。まさかの魔力量で決めるとは。
(やば。まったく隠してないぞ。そもそも魔力量なんかどうせいくらでも誤魔化せるからと、俺の世界では誰も指標にしなかったからな。そもそも俺たちも魔物たちも持っている魔力量が膨大だから後は自身のテクニックに寄るところとなっていたし)
ゲームで言うと、MP9999から5000くらいと違いがあっても、最強の魔法の消費魔力が99な感じだ。最強魔法はお互いにガンガン撃ち合えるので、もはや魔力量を指標にはできないというわけ。だから気にしなかった。
「分かりました、マスター。どのようにしたらよろしいのでしょうか?」
だが、心の中でエライコッチャエライコッチャと、盆踊りをしても外面にはちらりとも出さないのが美少女召喚獣マナちゃんだ。コテンと小首を傾げて無知にして無邪気なる透き通るような笑みで尋ねる。
「えっとね、ええとね、そそこの中心にある魔法陣が見える? 外からもだいたいの魔力量はわかるけど、あの魔法陣なら正確に測れるんです。マナの魔力量はCランク……あ。あれれ? Bランクになってる? お、おかしいです。初めて見た時はCランクだったのに」
「分かりました、マスター。あの魔法陣の中心に立てばよろしいのですね」
やべ、鍵音が不審そうにしてる。ダンジョンコアに眠っていた魂を残らず食べて少しだけ魂力がこの次元に適応している。その分の上昇が感知されたのか。
なるほどねぇ、ランクがどのような形かは分からないが━━。
魔力構成体であるソウルアバターの魔力は感知できていないっぽいな。感知できるなら上昇分ポッチで不思議がることはない。たぶん流体となって体内に流れる魔力だけを感知しているのだろう。それならば対抗策は簡単だ。
誰にも気づかれないようにこっそりと魔法を発動させる。
『偽装防壁』
解析系統魔法に対して誤情報を送る防壁を展開させる。32558のセキュリティ防壁が常に誤情報を送り込み、相手からの解析を防ぎ、解除コードは魂のパターンコードを利用しているため、クラッキングを許さない。
「では、魔力を流し込みます」
魔法陣に手のひらをつけると魔力を込め始める。なぜか皆がジッと見つめてくるので、世界一の美少女に見惚れているに違いない。
んん? この魔法陣、もしかして……。
少し離れた場所でタブレットを操作している作業員が軽く息を呑み感嘆の声を出す。
「素晴らしい数値です。BランクでもAランクに近い数値です。自我を持つ完全な人間タイプに加えてこのランクはかなり強力な召喚獣と言えるでしょう。精霊家門の精霊王に準ずる性能ですよ!」
「それは素晴らしい! では私は通常の報告書よりも詳細なる内容で作成をしなくてはならないのですね! 上司が納得する世間的に発表しても見栄えのする報告書を! ははは、残業時間が今月はあとどれくらい残ってたかな?」
「最近はコンプライアンス厳しくて、サビ残許されないですもんね。室長お気の毒です。残業時間超えてると怒られてください」
藤原が乾いた声を上げて、全然嬉しくなさそうに力なく笑い、部下の女性が無表情に淡々と言う。あれはフォローをしているつもりなのだろうか?
「この召喚獣の属性は……『氷』『炎』『土』『風』ですね。4属性とはこれもまた珍しい」
「止めてくれよ、そういうチートな情報を教えないでくれ……はへは」
さらなる絶望を藤原に与える作業員である。
「凄い、凄いです。得意属性が4属性なんて、人型の精霊王よりも強いと思います! えへへ、マナおめでとう!」
「ありがとうございます、マスター」
満面の笑みなのは鍵音だけだ。マナにしがみついてきて、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。人懐こくて癒される子だなぁ。俺も優しく頭を撫でてあげて、ふわふわの空気の中で魔法の解析は平和に終わるのであった。
━━━しかし、世界はマナを放っておかないらしい。耳をつんざくようなうるさいアラームが突然鳴り響く。
『エマージェンシー! エマージェンシー! 地下に捕獲されていた魔物たちの封印が解除された模様! ハンターは至急迎撃をお願いします。非戦闘員はすぐに建物から退避してください! 封印から解除された魔物にはBランクも存在し非常に危険です! 繰り返します━━━』
館内に警報が鳴り響き、地震でもあったかのように床が揺れる。この震動は地下からだ。
「あわ、な、なになに!?」
「なにか想定外のことがあったようですね、マスター」
きりりと顔を引き締めて、鍵音の肩を抱き寄せて警戒する。その姿はまさしくマスターを守る忠実なる召喚獣の姿だ。
一体全体なにが起こったんだろう? どうやら解析魔法陣と連携していたこのビルの拙い魔導システムが何者かにクラッキングされたことだけはわかる。でも、わからないふりをしておこう。
なにせ、マナは無知にして無邪気な召喚獣だからね!




