第七章|審議室ヴェクトロ:-3-α
天井が高い。
GIA中央本部地下階層に存在する「審議室ヴェクトロ:-3-α」は、
空間そのものが権威と沈黙を編み込んだような密室だった。
半環状の卓。
その中心に、回転するホログラフ波形。
点滅を繰り返す座標ラベルには、こう刻まれていた。
記録不能個体|コード:N-X
六名の審査官が卓を囲んでいる。
波形は不安定に揺れていた。安定層に属さず、zərf信号にも分類不能。
“視られた側”なのか、“視た側”なのか――判断できない揺らぎが、コードN-Xの本質を表していた。
「情報の全容はまだ不明だが、あの座標を経由してきたとなれば……無関係という線は切れるな」
そう口を開いたのは、調整管理局のヴァシリアン。
黒曜の眼を持つ男。教団事案への対応経験も多い。
「“偶然の迷入”で済ますには、接触の時系列が噛み合いすぎている。
……仮にあの個体が教団の送り込みだった場合、
GIA中枢が“視られた”可能性も否定できん」
「記録不能個体を“送り込む”技術を教団が持っていると仮定するのは、時期尚早だ」
カラン=エレス。記録波解析部門の長が淡々と応じる。
「断裂したzərf波。Δ層の開いた儀式空間。迷入個体との座標干渉。
あらゆる数値が、“異常”を指しているのは確かだ」
「……問題は、あの少女だ」
別の幹部が言った。
「観測子の報告では、明らかにこちらの知識を持っていなかった。
しかし、教団が“わざと無知な者”を送り込んだ可能性もある」
「つまり、教団の回し者である可能性は捨てきれないということだな?」
誰かが口にした言葉が、部屋に重く落ちた。
そのとき。
ひとりの男が静かに立ち上がった。
オスカー・ヘイズ。
GIA特殊記録局所属。階層記録系統の一任者。
卓を見回すように視線をめぐらせ、淡く言葉を発した。
「その判断は、まだ早計だ。
私は、彼女を“敵”と断ずる材料は現時点では存在しないと考えている」
「では“味方”だと? オスカー、君は楽観的すぎる」
ヴァシリアンが即座に返す。
だが、オスカーは首を横に振った。
「私は感情で言っているのではない」
彼は静かに、だが確かに言葉を重ねる。
「この中で、教団事案に最も精通しているのは――他でもない、この私だ。
彼女が教団の回し者であるならば、私の目で見抜く。
逆に、彼女が“視られた側”だとしたら……私が預からねばならない」
沈黙が広がった。
その言葉は、決して激情からではない。
理知と経験に基づいた、責任の申し出だった。
「上位層に確認をとる必要があるが……反対する理由はない」
カランが言った。
「一任でいいのか?」
ヴァシリアンが問う。
だが、オスカーの眼差しは揺るがなかった。
「この件が“事案”で終わるか、“災厄”になるか――
それを分けるのは、たった一人の人間の選択かもしれない。
だからこそ、私が預かる」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
しばしの静寂ののち、記録ホログラフが一度、静かに色を変えた。
コード:N-X。
それは今、仮記録扱いに移行された。